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ぽすれん

藤井さん

藤井さん墓前に突パ報告を…ソフトバンク
2010/10/14 配信 スポーツ報知

 日本シリーズ出場権を争うパ・リーグのCSは14日、第1Sを制したシーズン3位のロッテが、優勝したソフトバンクの本拠地ヤフーDで、ファイナルステージ(最終S=6試合制)を戦う。ソフトバンクは10年前の10月13日に亡くなった元中継ぎエースの故・藤井将雄さん(享年31歳)に、初のCS突破を誓った。

 普段と同じ冷静な口調で、秋山監督が切り出した。「いつも通りに、選手が自分の力を出すこと。大事なのは平常心だよ」。1勝のアドバンテージがあるCS最終Sの開幕前日。短い決意表明の裏に、亡き“戦友”への思いが隠されていた。

 10年前のこの日、藤井将雄さんが肺がんでこの世を去った。2連覇達成直後、まだ、31歳の現役右腕の訃報(ふほう)だった。ダイエー時代に中継ぎエースを務め、投手陣のまとめ役でもあった。CSは天国の仲間に、勝利を誓う舞台になった。

 「今度こそ『勝ちました!』っていう報告をしたいね」。2000年は選手会長だった現主将の小久保が力を込めた。オフのパレードでは藤井さんの遺影を抱えた。故郷の佐賀・唐津市に眠る先輩の墓参りは毎年欠かさない。「全員でひとつになって戦う」。04年にプレーオフ制が導入されて以降、ポストシーズンは5度すべて敗退。もう、下を向く姿は見せられない。

 ヤフーD内の選手ロッカーで、馬原と和田の間は“空室”のまま。ダイエー時代につけ、欠番扱いとなっている「15」のユニホームがかけられ、名前と背番号入りのマスコット人形は、今でも大切に飾られている。

 この日は、ヤフーDで2時間半の全体練習。秋山監督は「やることは変わらない」と繰り返した。球団初のCS突破、そして7年ぶりの日本一。見えない力も味方につけ、ソフトバンクが一気に勝ち上がる。

 ◆藤井 将雄(ふじい・まさお)1968年10月16日生まれ。佐賀県出身。唐津商から日産自動車九州を経て、94年ドラフト4位でダイエー入り。同年に1完封を含む4勝。97年から救援にまわり、98年は48試合で4勝。99年には59試合で3勝1敗3セーブを記録し、パ・リーグ最多ホールド投手(最優秀中継ぎ投手)を獲得した。同年の夏場から体調不良を訴え、2000年10月13日に肺がんで死去。177センチ、72キロ。右投右打。

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報知は解ってるなー。

10/13は藤井さんの命日。

もう10年も前になるのか…

胴上げに藤井ハリーがいなかったのは寂しかったけど、藤井魂で墓前に突パ・日本一を報告できるよう頑張れ!
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