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ありがとうございました
(
田邉裕章
)
2014-09-29 00:59:38
岩井先生
六日間の再受講、ご指導ありがとうございました。
7年前にカウンセリングしていただいた人間が、六年前のこの養成講座では生涯の伴侶との出会いをも得、今度はカウンセリングをする側としてさらに研鑽を積み、かっての自分のようにうずくまっている何方かにお返しするために、夫婦で再び受講する日が来るとは思いもよりませんでした。
未熟なままの我々夫婦を、かわらず温かく迎え入れてくださるだけでなく、更に深い学びを与えて下さる岩井先生と、アドラー心理学の存在にただただ感謝しています。
無茶ぶりも即座に楽しく引き受けることができました(笑)
先生はじめ、アドラー心理学を世に広めて下さる先輩諸氏、共に学ぶ仲間のおかげで、少しは成長することが出来た姿を見ていただけたことも嬉しい六日間でした。
ありがとうございました。
大きく成長
(
岩井俊憲
)
2014-09-29 05:15:41
田邉裕章様
6日間の研鑽お疲れ様でした。
田邉さんの存在によって仲間に大きな影響を与えてくれたようです。
食い下がる田邉さんあってこそ、講座が深まったと、私からも感謝申し上げます。
2つの無茶振り―カウンセリングとニュースレターの件―にも誠実に答えてくださり感謝です。
6年前をふと振り返ると、よくぞここまで成長されましたね、と「梅さん」と伴侶の優子さんにあらためてエールをお贈りします。
これからもどうぞよろしくお願いします。
その後
(
田邉裕章
)
2014-09-29 13:34:01
一昨日の私のカウンセリングについて二日間振り返りました。
あの時点までは「見かけ上」は所謂ロジャース派の傾聴主体で持って行ったようにも見えましたが、その後、CL(クライアント)が除去したいと訴えた陰性感情について、CLにとって必要なある種警報装置の役割があり、それがあるからCLは多くの事を出来るという事実にとどまらず、CLがその感情を使用して係る人たちにとっては、CLがその陰性感情を代わりに担っているという人生の意味レベルでの「尊い事実」にまで思いを馳せていただけるところまで、アドラー心理学を用いて幾通りかカウンセリングをシミュレート出来ました。
あの時点でCLは「その感情」を嫌なもの、悪いものと「自分がしていました」が、上記の事柄まで、そもそもカウンセリングに来られた事から振り返っていただき、リフレーミングレベルを超えた、自分の人生との邂逅まで、あのCLとアドラー心理学に基づいたカウンセリングであるなら、あともう一回セッションすれば確実に行けると今は実感し、納得できた次第です。
次の日の朝の私の話は、ここに至るまでのプランといいますか道筋が、カウンセリングの場では明確に思い至っていなかったことへの忸怩たる言語化だったと腑に落ちました。
相も変わらずグダグダと(笑)すみませんでした。
気づきと学びの成果をご報告申し上げたく、一筆とった次第です。
ありがとうございました。
不安・心配の使い道
(
岩井俊憲
)
2014-09-30 05:52:42
田邉裕章様
再度のコメントありがとうございました。
田邉さんらしい洞察力に敬服しております。
本来ならば、あと30分ほど延ばせば、田邉さんも納得し、聴衆もクライアントも腑に落ちるところまで行けたでしょうね。
その意味で、途中で切り上げてしまって失礼しました。
私が途中で把握したのは、クライアントの不安・心配の使い道が建設的で、自分自身の行動のコントロールに働いているということでした。
田邉さんが翌日語っていただいたことで、みんなの学びも深まったようです。
私の方こそ感謝申し上げます。
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六日間の再受講、ご指導ありがとうございました。
7年前にカウンセリングしていただいた人間が、六年前のこの養成講座では生涯の伴侶との出会いをも得、今度はカウンセリングをする側としてさらに研鑽を積み、かっての自分のようにうずくまっている何方かにお返しするために、夫婦で再び受講する日が来るとは思いもよりませんでした。
未熟なままの我々夫婦を、かわらず温かく迎え入れてくださるだけでなく、更に深い学びを与えて下さる岩井先生と、アドラー心理学の存在にただただ感謝しています。
無茶ぶりも即座に楽しく引き受けることができました(笑)
先生はじめ、アドラー心理学を世に広めて下さる先輩諸氏、共に学ぶ仲間のおかげで、少しは成長することが出来た姿を見ていただけたことも嬉しい六日間でした。
ありがとうございました。
6日間の研鑽お疲れ様でした。
田邉さんの存在によって仲間に大きな影響を与えてくれたようです。
食い下がる田邉さんあってこそ、講座が深まったと、私からも感謝申し上げます。
2つの無茶振り―カウンセリングとニュースレターの件―にも誠実に答えてくださり感謝です。
6年前をふと振り返ると、よくぞここまで成長されましたね、と「梅さん」と伴侶の優子さんにあらためてエールをお贈りします。
これからもどうぞよろしくお願いします。
あの時点までは「見かけ上」は所謂ロジャース派の傾聴主体で持って行ったようにも見えましたが、その後、CL(クライアント)が除去したいと訴えた陰性感情について、CLにとって必要なある種警報装置の役割があり、それがあるからCLは多くの事を出来るという事実にとどまらず、CLがその感情を使用して係る人たちにとっては、CLがその陰性感情を代わりに担っているという人生の意味レベルでの「尊い事実」にまで思いを馳せていただけるところまで、アドラー心理学を用いて幾通りかカウンセリングをシミュレート出来ました。
あの時点でCLは「その感情」を嫌なもの、悪いものと「自分がしていました」が、上記の事柄まで、そもそもカウンセリングに来られた事から振り返っていただき、リフレーミングレベルを超えた、自分の人生との邂逅まで、あのCLとアドラー心理学に基づいたカウンセリングであるなら、あともう一回セッションすれば確実に行けると今は実感し、納得できた次第です。
次の日の朝の私の話は、ここに至るまでのプランといいますか道筋が、カウンセリングの場では明確に思い至っていなかったことへの忸怩たる言語化だったと腑に落ちました。
相も変わらずグダグダと(笑)すみませんでした。
気づきと学びの成果をご報告申し上げたく、一筆とった次第です。
ありがとうございました。
再度のコメントありがとうございました。
田邉さんらしい洞察力に敬服しております。
本来ならば、あと30分ほど延ばせば、田邉さんも納得し、聴衆もクライアントも腑に落ちるところまで行けたでしょうね。
その意味で、途中で切り上げてしまって失礼しました。
私が途中で把握したのは、クライアントの不安・心配の使い道が建設的で、自分自身の行動のコントロールに働いているということでした。
田邉さんが翌日語っていただいたことで、みんなの学びも深まったようです。
私の方こそ感謝申し上げます。