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「一人残らず確実に育てる」理念とそれを実現する方法を提案する矢口教育学を現在・未来に役立てることを目的とする会です。

第14回 水海道資料の撮影と分類整理 (訪問調査)

2008-06-05 | 訪問調査
日 時:2008年5月26日(月),27日(火) 
場 所:水海道小学校
参加者:越川,榊,矢口み
記 録:矢口み  

1 概 況
26日 水海道側からの参加者 : 倉持,飯村,大久保,飯村,菊池,大塚教育長
27日 榊,矢口みの二人で継続(26日水海道泊)

 作業は、撮影班(越川,榊)と、分類整理班(みどり)に分かれて作業。

<26日>
 先生方と菊池さんは連絡した5人全員が早くから見え、4時ごろまで分類整理班の作業を手伝って下さった。
 資料のナンバー確認や仕分けの付箋付け、新たに発見された資料のリスト作りなど、チームワークよく作業していただいた。(感謝!) 
 大塚教育長も10時頃様子を見に来られ、2時間ばかり撮影の様子の見学、先生方と話されていました。

 鈴木悟教頭に挨拶、今後のことも含めて調査活動の予定などお話しした。
 1年生の遠足に随行していた岡田節夫校長には、帰校後お会いできたので調査計画の概略をお話した。

<27日>
 榊と矢口、2人の作業となったが、それぞれの作業を順調に進めることができた。
 2日間の作業の過程で、学校関係者(教師,児童,迎えに来た数人の保護者)から質問などの反応があった。今まで不明であったキャビネットの資料の内容が見えてきたため、関心が出てきたと思われる。

2 作業の経過

《資料撮影の状況》
 昭和23年~30年頃までの資料30冊程、計2300枚位(全体の5分の1位)撮影。
 前々日に購入した資料撮影用デジタル1眼レフのカメラが力を発揮、効率よく撮影進む。
 
《資料の分類・整理の状況》 
通路の7つのキャビネットの資料は、約半分ほどが、教育改革実践に関係する資料。     
教育研究・実践に関係ある資料と、そうでないものに大分類して収納。
はっきり分類できたキャビネットには、子どもたちにも中身が何かわかるように、次のような大きなラベルを貼付した。

○全体の看板として
  水海道小学校の大切な資料  
(1948年頃からの、水海道小学校における教育の工夫・研究の歴史を示す、戦後教育史上の重要資料です)内容の調査・整理中です!<矢口教育学研究会>

○各資料の分類を示すラベル

 第1期(1948~55年頃)地域の課題を解決するための学習を工夫した時期
 第2期(1955~60年頃)具体的な教材・現実的な学習を工夫した時期
 第3期(1960年~  )一人ひとりを育てる学習を工夫した時期

 あかつき新聞、やまびこ新聞(1951~63年のもの)
  児童が経営する2つの新聞社が毎週交代で発行した新聞。
 アルバム(運動会や卒業記念などのアルバム)
 アメリカの教科書(1940年代のもの)戦後、新しい教育を考えるために先生たちが調べたもの。
 外部機関の重要資料(1946年頃からの資料)一緒に教育を研究していた国立教育研究所の研究紀要など

3 今後の計画(2日間の作業を通じての案)

《資料の撮影》
    第2期以降の資料の撮影については、内容の検討をして、重要資料から優先して撮影する。資料の内容によっては(内容的にダブるものなど)、割愛する。

《資料の分類整理・保存と展示を兼ねる》
   資料の種類ごとにわけ、分類ラベルを貼り内容が明らかになったことによって、関係者の関心を高めるのに、大きな効果があると考える。キャビネットを展示ケースと考え、興味関心を持つと思われる内容が見えるように分類収納しラベル貼付して、水海道小関係者(教師,児童、保護者)および常総市教育関係者に示す。

《次回の作業時期》
   人数をかけて、集中的に作業するのが望ましい。7月下旬以降で、計画する。

《資料の解析》
   撮影した内容をCD-Rに落とし、各自のパソコンで見られるようになってから、開始。
   CD-R化作業は、目下榊氏が精力的に進めている。

《先生方など関係者の座談会》
   分類・整理・展示作業および、撮影した資料が映像で見られるようになった段階で、倉持,飯沼,飯村,大久保の先生方、菊池さんを中心とした、関係者の座談会を持ってはどうか。
   当時の教育を振り返って思うこと、今回の作業から思うこと、現在の教育の状況について思う
ことなどを話し合ってもらう。勿論、矢口教育研究会のメンバーも加わって。そこで話されたことが、資料解析の材料にもなると思われる。
   なるべく早い時期に実施するのが望ましい。

《関係者への情報提供など》
   途中段階でも、明らかになったところまでの情報を出していくのがよいと思われる。それによって、市の広報や地元紙に掲載してもらい人々の注意を引くことができればよい。

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