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朱蒙と会って言い争い、朱蒙への腹立ちが収まらない帯素は、ヤンジョンに鉄騎軍を襲ったのは朱蒙だと報告を入れた。すぐさま朱蒙を捕らえるべく兵が繰り出された。
朱蒙らは辛うじて囲みを突破し、召西奴らの馬を拝借して逃げ去った。
帯素は鉄製武器の職人を夫余に連れてきた。しかし、ハンナラの人間とは言えない。陛下には古朝鮮の流民だと説明した。
ヒョント城からやってきた職人らは態度が大きかった。モパルモの作った剣を折ってはその技術をあざ笑った。
彼らはモパルモを追い出しておいて剣を作った。
やってきた職人らの仕事ぶりを金蛙王が見にやってきた。金蛙王はそれらの剣を試した。剣を折れず、帯素は得意満面の表情をした。
その頃、朱蒙はチョンム山に向かった。
「兄貴。どうしてまたここに・・・」
「夫余に戻る前にお前たちに話しておきたいことがある」
そこに立った朱蒙は言った。
「夫余に戻る私はもう夫余の王子ではない。タムル軍の子孫だ。私の実父はタムル軍の大将だったヘモス将軍だ」
三人は驚きの目を朱蒙に向けた。
父の成し遂げられなかった夢をこれからは私が引き継ぐ。ハンナラに束縛され、苦しんでいる古朝鮮の流民たちを救い出し、失った土地を取り戻す。これが私が夫余に戻る理由だ・・・オイや、マリや、ヒョッポや、ついてきてくれるか」
三人は声をそろえた。
「もちろんです」
(第25話より)
夫余の練武場では、帯素がヒョント城から連れてきた職人のつくった剣と夫余の剣の強度が試されていた。帯素はヒョント城の職人のつくった剣でナロと相対したが、ナロの手にした夫余の剣は数合と交えぬうち折られてしまった。
帯素は得意満面となった。これで太子の座は自分のものと言わんばかりだ。その話を聞かされた王妃は大喜びだ。マウリョン神女のお祝いの言葉を受けながら、これで太子の座も帯素のものと確信したようである。
「これもテソのために祈ってくれたマウリョン様のおかげです」
「とんでもありません。テソ王子さまの能力が優れているからでしょう。この勢いに乗り、早く太子にならなければ・・・」
「そうです。これ以上 延ばす必要はありません。諸臣下の衆知を集めて早く太子を決めるようにしてください」
「わかりました」と言って宮廷使者も心地よさそうな笑い声をあげた。
朱蒙は宮に戻ってきた。宮内の景色は今までとは変わってしまったような違和感を覚えている様子。自分はこれまで何をしていたのだろう、との厳しい自省の念も感じられる。
その足で彼はユファ夫人に会った。行き場がなく苦しんでいる朝鮮流民を見てきたことを報告した。
今のこの機会を利用してお前が陛下に直接太子の座を求めた方がいい、と王妃は帯素に言った。帯素は、それは陛下の気持ちの変化にお任せして、と伝えかかったが、王妃の苛立ちは極点に達しているようであった。
「追いかけたと思えば遠ざかり、勝ったと思えば逆転され、なぜうまくいかないのだろう」
これではますます兄上から引き離されるばかりだとヨンポは愚痴をこぼした。
トチはそんなヨンポを励ました。
「王子様、そんなに落ち込むことはありません。機会はいくらでもあります」
「機会? もうダメだろう・・・陛下が兄上を太子に決めればそれで終わりだ」
「そんなことはありません。帯素王子の弱みは朱蒙です・・・」
朱蒙は金蛙王に接見した。行き場がなくてあえぐ朝鮮流民の姿を目の当たりにして戻ってきた朱蒙は、ヘモス将軍の抱いていた志と実践が間違ったものでなかったのを痛切に感じていた。
そんな朱蒙に金蛙王は言った。
「わしがヘモスに会ったのは今のそなたの年頃だったな。ふっふ・・・何の不自由も悩みも知らず、生きてきたわしの人生がヘモスに会ってから完全に変わってしまった・・・ヘモスは何をするべきか、どのように生きるべきかを教えてくれた。ヘモスとともにタムル軍を率いた頃が、わしの人生の中でもっとも幸せだった・・・朱蒙の心の中がいま、どんなに混乱しているかわしにはよくわかる。しかし、これだけははっきり言える、わしとヘモスは血を分けた兄弟ではないが、命を共にした同志だった。そしてそなたはヘモスの血を引き継いだが、わしが育てた。正真正銘、わしの息子だ」
この時点では金蛙王もまだ、朱蒙に夫余の太子になってほしいとの思いは強かったのかもしれない・・・。
その思いが伝わらぬうちに朱蒙の心は彼の思いとは別の方向に向かいだした。
金蛙王が朱蒙を太子に据えようとするより、ヨミウルが朱蒙に、あなたはクムワの子ではない、ヘモス将軍の子だ、と告げたのがタッチの差で早かったと言うべきなのかもしれない。
ヘモスはユファ夫人に、自分は親らしいことは何ひとつしてやれなかった、朱蒙はクムワの子です、これからもずっとクムワの子です、と話していた。ユファ夫人はそれをヘモスの遺言として受け止めていた節もある。よってヨミウルの決断が、朱蒙の新しい生き方を切り開いたと言えるだろう。
朱蒙は言った。
「母上と私が受けた恩と恵みは死んでもお返しできません。でも、二十年以上暗い地下牢に閉じ込められ、悲惨なまま死んでいった父のことを考えるとどうしても納得がいかないのです」
「・・・」
「おっしゃってください。父は、テソ兄上とヨンポ兄上に惨たらしく殺されるほどの罪人だったのでしょうか。一生、流民のために献身してきた父が、本当に夫余の未来に害になったとお思いですか。おっしゃってください」
「・・・」
金蛙王は悲しげな目を朱蒙に向けた。
「私はテソ兄上とヨンポ兄上を許すことができません」
「・・・」
「絶対に許すことができません」
金蛙王の部屋を出てきた時、朱蒙は帯素に会った。
「もう、どこにも行かないのか?」
「ええ」
「それはよかった。もう、ふらふらしてないで、父上と夫余のために仕えろ」
「・・・」
「私が太子になったら、やりがいのある肩書きを与えてやる」
「・・・お気持ちだけお受けします。自分のことは自分でやっていきますのでご心配なく」
朱蒙は厳しい表情のまま軽く一礼して帯素のもとを去った。
部屋に戻ってきた朱蒙にユファ夫人は言った。
「私が乳飲み子のお前をかかえて夫余宮に入った理由がわかりますか」
「・・・」
「お父さんの成し遂げるためにはもっと力がいる。お父さんはタムル軍がいて、志を遂げていった。ところがお前には支えてくれる兵士がいない」
「ふむ・・・」
「お前が太子競合をあきらめた時、みながテソを太子に冊立しろと言ったが、陛下はそれを受け入れなかった。これは陛下の心に朱蒙がまだいる証拠。まだ、その機会はあります」
朱蒙は小さくうなずいた。
朱蒙はヨンタバルと召西奴に会った。
「夫余に戻ろうと思います。いろいろと勉強させていただきました」
「とんでもないです。私たちはおかげで大もうけしました」
召西奴も言った。
「帯素王子は鋼鉄剣を完成させました。これからはもっと圧力が強くなってくるでしょう。くれぐれもご注意なさってください」
目を目を見交わし、朱蒙は嬉しそうに笑みをたたえた。
「兄貴が宮に戻ったら俺たちは何をすればいいのですか」
マリがつまらなさそうに訊ねた。
「お前たちもすぐ宮中に呼ぶつもりだ」
「えっ、ほんとですか。俺たちも宮中に?」
「兄貴、宮に行かなければなりませんか」
マリが言った。
「ヤアッ、何を言ってる」
「宮中は不自由そうだ」
「こら、不自由なのが問題じゃないだろう。俺たちの大きな転機じゃないか」
朱蒙は苦笑いを浮かべた。
「オイが言うように宮の生活は下町より不自由だと思う。だが、お前たちの助けが必要だ。黙って私たちについてきてくれ」
宮に戻った朱蒙は金蛙王に挨拶した。
「戻ることにしたのか」
「はい、陛下。今まで王室に迷惑をかけ、国事を助けなかった私をお許しください」
朱蒙は臣下たちを見やった。
「諸臣下も寛大にご理解ください」
「おまえが宮外でも夫余のために努力したことはわしも諸臣下もよく知っている。これからは宮内で夫余の王子として任務を果たしてくれ。・・・帯素とヨンポには典客部と兵官部を任せたが、そなたにも任務を任せる」
朱蒙は厳粛な面持ちで一礼した。
「ご下命ください。最善をつくします」
「わしは朱蒙王子に護衛総官の職を任せる」
朱蒙の言葉に苦吟した上での金蛙王の命である。
しかし、朱蒙の運命は天命によって夫余の外へ誘われている。天の流れにヨミウルより強い透視力を持つピョリハがすでにそれを明言している。
金蛙王の朱蒙への期待は空にかかった虹のようにきれいなまま露と化していくのだ。
「朱蒙王子様は夫余を離れないと死ぬ運命にあります・・・夫余を永遠に離れないと死ぬでしょう」
ピョリハの天地神明の予言が気になってならないユファ夫人は、朱蒙がやってくると言った。
「多くの職の中で護衛総官に任命された陛下の意中を推し量るべきです」
「はい」
「大事をなすにはあなたのために働いてくれる人が必要です。諸臣下から宮中の侍女にいたるまで自分の味方を作る努力をしなさい」
「わかりました・・・」
宮内に味方をつくることで朱蒙の運命を変えられるとユファ夫人は考えているのであろうか。
朱蒙の前に、トチに知恵をつけられたヨンポが現れた。
「あっはは、よかったな」
「ありがとうございます」
「護衛総官になった祝いに酒の席を設ける。格式ばらずに一杯やろう」
「それはどうも」
「ああ」
朱蒙の後ろ姿を見送りながらほくそ笑むヨンポだった。
朱蒙による護衛武官らの訓練が始まった。手始めは忠臣オイをデビューさせることだった。オイは名乗り出てきた武官をらくらくと打ちのめした。
馬術、弓。剣、素手による武術の訓練が激しく続けられた。
朱蒙はマリたちを伴って鉄器工房のモパルモに会いに行った。帯素が連れて来た職人にお株を奪われ、モパルモは自信を失い、酒びたりの日々を送っていた。
朱蒙は酒を浴びて寝込んでいるモパルモの部屋に入った。
「起こしなさい」
起こされたモパルモはそばに朱蒙が来ていて驚いた。
「王子様。私は王子様のためにお役に立てません。ここへやってきた職人たちから技術もおしえてもらえず、そんな自分が情けなくてならないのです」
「モパルモ。お前は私にとって必要な人間だ。ゲルに行って鋼鉄剣の技術を学んでくれ」
ユファ夫人はソリョンに会って言った。
「朱蒙はそのうち夫余を離れるでしょう。しかし、今はその時期ではありません。夫余に残ってやらねばならないことがあります。しばらくの間、そのことは秘密にしておいてください」
「それを秘密にしておくことはできますが、ピョリハの予言した天地神明の予言を変えることはできません」
ユファ夫人は日も夜もない護衛武官らの訓練を眺めながら、その表情は暗い影を落としたままだった。
出ていく金蛙王を追ってきた帯素は涙ながらに訴えるように言った。
「どうすればいいのですか。どうすれば私を認めてくれるのですか。やるべきことはみんなやりました。あとは何をお見せすれば信じていただけるのですか」
ヨンポは愉快そうにした。
朱蒙は厳しい目を帯素に向け続ける。
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