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召西奴の遠行は順調に続いた。夜が来て、宿営が始まった。
朱蒙は一労働者として小屋の外でオイたちと食事をした。召西奴が誘っても小屋には入らなかった。
朱蒙のことが気になる召西奴は朱蒙のそばにやってきて焚き火を囲んだ。
(召西奴の感情が素朴に伝わってくるこの場面は非常に好きである)
「お休みにならないんですか」
「寝付けなくて」
「肩の荷が重くてですか」
「違うといえば嘘になります。反対を押し切って出かけてきたけど・・・手ぶらでは帰れません」
「アガシーはきっとやりとげますよ」
「何を根拠に」
「そのへんの男よりよっぽど頼もしい。始祖山に行った時、お前みたいのは十人倒せるとおっしゃった。覚えてますか。私は情けない奴と言われた」
「だってそう見えたのだもの」
「あの時はね・・・今もそうですか」
召西奴は微妙に笑った。
「あの時はほんとにそう見えました。恩人に対する礼儀も知らず、臆病な上におしゃべりで」
「ええ、あの時はね。今もそう見えますか?」
「そうね・・・ずいぶんましになったけど・・・テソ王子に比べたらまだまだのようね」
朱蒙はため息をついた。
「兄上には勝ち目がない」
「本気でそう思ってるとしたら本当に情けないわ」
二人は見つめあい、笑い合った。
そんな二人を後ろでケピルとサヨンが眺めていた。
ケピルはサヨンに賭けを切り出した。
「アガシーが朱蒙王子に気がある方に塩五升。お前は帯素王子でどうだ」
「どうせなら、塩一俵でどうです」
ケピルは呆れて行ってしまった。
神宮の天祭は続いていた。王妃は天祭をとめようと動いたが、ヨミウルはいうことをきかない。王妃は陛下とヨミウルの関係悪化を心配するが、帯素は陛下の立場を支持した。
召西奴率いる商団は賑やかなヘンイン国の町に入った。食堂で食事をしながら、朱蒙は地図を広げた。旅程のことが常に頭にあるようだった。
翌日の行程について話し合った後、朱蒙らは眠りについた。夜が更けるのを待って匪賊が召西奴の部屋を襲撃した。
武器取引の際、いつか召西奴の前で屈辱に塗れた将軍の手の者たちだった。彼らは匪賊に成り下がっていたのだ。
(第16話より)
匪賊の襲撃を受けた召西奴だったが、襲撃に気付いた朱蒙が部屋に駆けつけてあやうく難を逃れる。
なぜ襲われたかわからない、と不思議がる召西奴だが、記憶力のあるサヨンが襲ってきて倒された兵士の姿を見て思い出した。
「こいつらはアガシーが番頭として最初に武器取引したヘンイン国の兵士です」
「どうして私を襲ったのかしら」
「一介の兵士が商団を襲うとは考えられない」
朱蒙が言った。
召西奴らは朱蒙らと緊急の会議を開いた。
「あの時、殺しておくべきだった・・・」
サヨンが説明を始めた。
「あの時の武器取引で失敗したヘンイン国のペマン将軍は将軍職を追われ、匪賊に成り下がったようです。これは大変です。匪賊とはいいながら、兵士の訓練を受けた者たちです。このまま遠征を続けるのは危険です。夫余へ引き揚げた方がいいでしょう」
ケピルも同調した。
「奴らは狂犬だ。アガシー、夫余へ引き揚げましょう」
朱蒙を囲むマリやヒョッポらも考えは一緒だった。マリは言った。
「連中は今も親分のことを将軍と呼ぶそうです」
ヒョッポは呆れた。
「匪賊のくせに何が将軍だ」
「そうでもないぞ。ヘンイン国の兵士よりしごかれていて、命令されれば火の中にも飛び込む連中だ」
「だから官軍もやつらにはやられっぱなしらしい」
「奴らに目をつけられたとなると困ったことだぞ。兄貴。このまま遠征を続けるのは無理じゃないですか。夫余へ引き揚げるよう、召西奴アガシーを説得してください」
三人の話を黙って聞いていた朱蒙は口を開いた。
「何としてもコサン国へ行きたい。だが、商団の番頭はアガシー(お嬢さん)だ。番頭の決定に従うしかない。・・・ついてこい」
「どこへですか」
「匪賊の山塞だ。奴らの規模を把握しなけりゃならん」
それを聞いてマリたちはため息をつきあった。
宮では訪れたヤンジョンのハンナラ(漢)への援軍要請に金蛙王は頭を悩ましていた。臣下による会議も開かれた。
「陛下の気性からしてハンナラに援軍を出すはずはありません」
宮廷使者の話のあと、プドウクブルは訊ねた。
「フクチ将軍、夫余から一万の兵を出して、夫余を守る兵力は残りますか」
フクチ将軍は答えた。
「辺境を守る兵士や夫余城の兵は動かせないが、四出道の兵を差し向けるなら国の防備に問題はありません」
帯素が言った。
「夫余から援軍を出して何を得られるかだ」
「交易問題が解決でき、ハンナラの鉄製武器も得られるでしょうが・・・」
ヨンポが言った。
「ハンナラに援軍を送って、夫余兵士の武装も軍備もすべてまかせればいいのではないか」
「しかし、陛下がハンナラに援軍を送るとは考えられません」
「問題なのは・・・ヤンジョンが大言壮語するほど、ハンナラの兵力が西南夷族を圧しているかどうかです」
王妃を交えた家族会議でヨンポは王妃と帯素に向かって言った。
「もう我慢がならない。いつまでハンナラの圧迫に耐えなければならないんです。父親に難題を吹っかけるヤンジョンを、こうなったら私が殺してやります」
王妃と帯素は呆れてヨンポを見やった。
「バカも休み休みに言え。夫余を滅ぼすつもりか」
連絡を受け、帯素はヤンジョンに会った。
「ハンナラに援軍をだしたら、武具も武器も提供していただけるのか」
「もちろんだ。約束しよう。ハンナラの兵士と同じ待遇と武器を提供しよう」
ヤンジョンは帯素の気持ちを推し量るような表情で答えた。
「兵士が夫余に引き揚げる時、武具も武器もそのまま持たせてくれ」
ヤンジョンは再び帯素の足もとを見るような表情をした。
帯素は金蛙王に会い、ヤンジョンと交わした約束を報告した。
「ハンナラに兵を出したとして、もしもハンナラが西南夷族に負けたとしたら、いったいどのくらいの夫余兵が戻ってこれると思う? 若い兵士の命を担保にしてまで強国をなしとげるべきか」
「陛下。富国強兵のためにはある程度の犠牲も必要です」
「その犠牲は民の恨みになる。民心が離れ、国が分裂の危機にさらされるだろう」
「しかし、援軍を出さなかったら、ハンナラは交易問題で夫余をしめつけてくるでしょう」
「ハンナラが夫余を圧迫してくるなら、わしはいつでもハンナラと一戦まじえる覚悟はできている」
ヨンタバルとウテもこの問題を論じ合っていた。ヨンタバルは言った。
「クムワがどんな決定をしても、我が商団は大もうけするだろう」
その頃、朱蒙たちはペマン一族の動きを探っていた。彼らは通行人や商団を襲っては略奪を繰り返していた。
奪った商品を動かすだけでなく、拉致した者たちを奴隷として売ったりもしているようだった。
朱蒙たちはそんな彼らの動きを探り続けた。
「どうしてもコサン国へ行きたい」
召西奴の思いも朱蒙と同じようであった。
しかし、彼女は商団の番頭としての責任があった。
サヨンやケピルらの考えをきき、召西奴はその大勢にしたがった。
「夫余へ引き揚げます。その準備に入ってください」
サヨンらに指示を出していたところに朱蒙が戻ってきた。
「夫余に戻ることになった。さあ、準備をしましょう」
ケピルの言葉を聞き、朱蒙は召西奴を見た。
「残念ですが、やむをえません」
朱蒙は少し考えて言った。
「お嬢さんの決定にしたがいますが、帰る支度をする前に少し私の話を聞いてください」
二人は卓台で向かい合った。
「話してみてください」
「商団に入ってまだまもないですが、商売は一文の利益を残すために戦をすることだと感じました。不利だと思って退けば勝利の機会を失う。今回退いたら次も、またその次もコサン国に行く交易路は開拓できないでしょう」
ケピルが口をはさんだ。
「それくらい、わしもわかっておるわい」
「私に二日間だけ時間をください」
朱蒙は言った。
「コサン国へ行く危険を必ず取り除きます」
マリたちはまたまた反対した。
「二日で解決するですって」
「匪賊たちを見てきたじゃありませんか。あれでは将軍に近づくことだって出来ないですよ」
朱蒙らは荷運びの通行人に変装し、匪賊らの縄張り内の道を通った。彼らの襲撃を受け、予定通り捕まった。
塞の奥から出てきたペマンは朱蒙らを見て言った。
「奪った物より、こいつらの方が値打ちがありそうだ」
朱蒙らは丸太の牢にぶち込まれた。
この頃、召西奴とサヨンは朱蒙らの作戦に考えをめぐらしていた。
「何をやるかわからないけど、期待はしていない。打開するにはあまりに難しい状況だから」
「アガシーは帯素王子より朱蒙王子の方に心を惹かれてきているようですね」
「否定はしないわ」
あれこれ話している時、ケプルが血相変えて飛び込んできた。
「アガシー、大変です。・・・朱蒙王子は頭を討ち取るといって山塞に向かったようです」
それを聞いて召西奴の表情は一変した。
頃合を見てヒョッポは腕力にモノいわせ、後ろ手に縛られている縄を切った。丸太の牢を脱け出た。
猛然と頭目のところに向かっていくが、思わぬ計算違いが起きていた。ハンダンがトチの命を受け、ペマンのところへ取引でやってきていたからだ。
網を張って待ち受けていたペマンに朱蒙らは再び捕らえられた。
ハンダンはペマンに朱蒙をすぐ殺してくれと頼むが、召西奴を捕まえるための人質とでも考えているのかペマンは首をタテに振らない。
「召西奴を殺すのが先だ」
「必ず殺してくださいよ」
念を押してハンダンは夫余へ帰っていった。
夫余に戻るなり、ハンダンはこのことをトチに伝えた。
「匪賊に必ず朱蒙を殺すように頼んできました」
それを立ち聞きしたプヨンは涙に暮れる。
援軍要請の返事を聞きにヤンジョンがやってきた。
「援軍は出さない」
金蛙王はそう返事した。
「今の返事はハンナラとの交易断絶を意味しますが」
「援軍は求める方でなく出す方が決めるものだ。援軍を出さないことで再開した交易をだんぜるするなら、ハンナラは自ら拙劣な国であると自ら認めるようなものだ」
「言葉が過ぎますぞ」
「無礼なのはそちらだろう」
「返事の機会を今一度与えます。よーくお考えください」
「何回考えても同じだ」
・・・
「その通りに伝えます」
ヤンジョンはいまいましそうに引き下がっていった。
金蛙王は臨戦態勢を臣下に命令した。夫余は臨戦態勢に向けて動きが慌しくなった。
召西奴は山塞に出向いた朱蒙のことで悩んでいた。
「私たちの力では何も出来ません。夫余へ引き揚げましょう」
ケピルは話すが召西奴は別のことを考え続けていた。
「私が山塞に行く・・・ペマンの恨みを取り除けば我が商団は夫余に撤収しないですむ」
そう言って彼女はむかし父から聞いた話をした。
「商人は仇とも取引するべきだ・・・」
話を聞いてサヨンは訊ねた。
「匪賊と取引するつもりですか」
「できないわけもないでしょう」
召西奴はサヨンと連れ立ってペマン率いる塞に向かった。
「何者だ」
「頭に伝えろ。私はヨンタバル商団の召西奴だ。私がきたと伝えなさい」
召西奴は朱蒙と同じ牢に入れられた(同じ牢に入るのを望んだといった方がいいだろう)。
「ほんとうにすすんでここへこられたのですか」
「ええ・・・」
「いったい、どうして・・・」
「ケガはありませんか」
「アガシー」
「山塞に行くとどうして言ってくれなかったのですか・・・頭を殺しにいったと聞いて本当にびっくりしました」
「申しわけないです。私の判断が間違って・・・商団とアガシーに危険な目にあわせて」
「私が山塞にやってきたのは頭と取引するためです。王子様がいなかったら思いもよらなかったでしょう」
「頭、召西奴が山塞にやってきました」
「召西奴が?」
「いくら商人とはいえ、命を担保に取引するとは無謀すぎます」
「無謀なのは王子様も同じです。・・・私は王子様に自分の運命をかけました」
二人は見つめあった。
「取引に失敗して命を失うことがあっても、後悔などしたりしません」
牢があいた。召西奴が連れて行かれようとする。
彼女に向かって朱蒙は言った。
「私も自分の運命をアガシーに賭けます」
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