すでに多くの方がご存じだろうが、2月27日夕方に、安倍首相が、全国一律に小中学校および高等学校の休校を「要請」したというニュースが流れた。その前には、様々なスポーツやイベント、我々に強く関係するところでは学会学術集会が中止、延期などが起きている。これら一連の動きも「要請」に影響を受けているものが多いだろう。
筆者は、このような国民生活に大きな影響のある対応を、法律に基づかない「要請」で行うというのは、法治国家としてはあり得ないことだと強い違和感を持っている。
休校の効果についても言いたいことはあるが、それを一旦横に置くとしても、手続きがマズすぎる。
これだけ大きな対応を取るのであれば、なぜ正面から特措法でやらないのだろうか?
“特措法”についてよくご存じない読者も多くおられることだろうから、簡単に説明する。この文脈でいう特措法とは、新型インフルエンザ等対策特別措置法のことである。この法律は、2009年のH1N1の新型インフルエンザの大流行を踏まえて、2012年に制定された。
「インフルエンザだからコロナは関係ないでしょ?」と思われるかもしれないが、この特措法の第2条は、「新型インフルエンザ等」という言葉の定義について、以下のように述べている。
感染症法第六条第七項に規定する新型インフルエンザ等感染症及び同条第九項に規定する新感染症(全国的かつ急速なまん延のおそれのあるものに限る)をいう。
つまり、法律名にある「新型インフルエンザ等」は、「新型インフルンザ等感染症」と「新感染症」の2つの意味を持ち、そのうち「新感染症」の定義については、感染症法の6条第9項を見てくださいね、ということになっている。
そこで、感染症法6条第9項を見てみると、以下のようになっている。
この法律において「新感染症」とは、人から人に伝染すると認められる疾病であって、既に知られている感染性の疾病とその病状又は治療の結果が明らかに異なるもので、当該疾病にかかった場合の病状の程度が重篤であり、かつ、当該疾病のまん延により国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあると認められるものをいう。
ざっくりと要約すれば、「日本でまん延する可能性のある新興感染症」ということになる。
筆者は、このたびのCOVID-19が大きく報道されるようになってから、なぜこれを感染症法でいう「新感染症」とした上で、特措法で扱わないのかといくぶん不思議に思ってきた。後述するが、この特措法では、
第一条
この法律は、国民の大部分が現在その免疫を獲得していないこと等から、新型インフルエンザ等が全国的かつ急速にまん延し、かつ、これにかかった場合の病状の程度が重篤となるおそれがあり、また、国民生活及び国民経済に重大な影響を及ぼすおそれがあることに鑑み、新型インフルエンザ等対策の実施に関する計画、新型インフルエンザ等の発生時における措置、新型インフルエンザ等緊急事態措置その他新型インフルエンザ等に関する事項について特別の措置を定めることにより、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(以下「感染症法」という)その他新型インフルエンザ等の発生の予防及びまん延の防止に関する法律と相まって、新型インフルエンザ等に対する対策の強化を図り、もって新型インフルエンザ等の発生時において国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済に及ぼす影響が最小となるようにすることを目的とする。
第三条
国は、新型インフルエンザ等から国民の生命及び健康を保護し、並びに新型インフルエンザ等が国民生活及び国民経済に及ぼす影響が最小となるようにするため、新型インフルエンザ等が発生したときは、自ら新型インフルエンザ等対策を的確かつ迅速に実施し、並びに地方公共団体及び指定公共機関が実施する新型インフルエンザ等対策を的確かつ迅速に支援することにより、国全体として万全の態勢を整備する責務を有する。
とされている。
感染症法条文前半に該当する、COVID-19がヒト-ヒト感染する未知の感染症であるということについて異論はないだろう。感染症法条文の後半部分、つまり、感染した場合に重篤になるのかどうかや、疾病の蔓延により国民の生命・健康に重大な影響があるかどうかについては、確かに拙速に答えを出せない部分があると思ってきた。なので、1月末頃までは「絶対に特措法に基づいて行動をすべきだ!」とまでは言えないという気がした。しかし、それでも、これからいろいろな制限を掛けるのであれば、特措法に基づいて行動すべきではないかな、と漠然と思っていた次第である。
ここで言う「特措法に基づいて行動すべき」という意味は、「法律に則り、関係各位が、それぞれが取る行動に責任を持って、対応にあたる」というものだと考えてほしい。
1月末にはWHOが「国際的に懸念される公衆衛生上の危機」(いわゆるPHEIC)を宣言した。この段階を迎えて、これはやはり特措法で対応すべきと思った。なぜなら、日本国内での感染が起こった感染症で、PHEICが宣言されたものは、2009年のH1N1以来のことだったからである。H1N1を契機に特措法を作った以上、これを発動しないのでは何のための立法だったのかが分からなくなる。
さて、休校要請に戻ろう。特措法において「休校の要請をできる」としているのは都道府県知事だ(特措法45条「感染を防止するための協力要請等」第2項、文末参照)。つまり、国が(首相であろうが、厚生労働大臣であろうが)全国一律に休校を要請することを法律は予定していない。逆の言い方をすれば、そのような要請を行う主体として法律が想定しているのは、都道府県知事であって、国はむしろそのような行政作用から排除されている、と読むのが普通の法律の読み方ではあるまいか。
休校要請に先立って2月26日には、スポーツやコンサートなどのイベントの自粛も「要請」されていた。要請はただのお願いだから強制はしていない、ということなのだろうが、メッセージを受け取るイベントの企画側は実質的な強制として判断したところも多かったに違いない。3月に予定されていた医学関連の学術集会も、この「要請」を受けて軒並み中止に追い込まれた。集会の自由の実質的な制限なのだから、慎重を期するという点で、法規命令での強制によらない形にしたのかもしれない。しかし、これだとコンサートや学会を中止にした責任がむしろ曖昧になってしまう。別の言い方をすると、「あくまで主催者が自分で中止を決定した」ということになってしまう。
「要請」は目くじらを立てるべきポイントだろうか。確かに特措法第四十五条にも、都道府県知事が「要請することができる」と書いてある。しかし、続けて第四十五条第三項には以下のように書いてある。
特措法第四十五条
2 特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等緊急事態において、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため必要があると認めるときは、新型インフルエンザ等の潜伏期間及び治癒までの期間を考慮して当該特定都道府県知事が定める期間において、学校、社会福祉施設(通所又は短期間の入所により利用されるものに限る。)、興行場(興行場法(昭和二十三年法律第百三十七号)第一条第一項に規定する興行場をいう。)その他の政令で定める多数の者が利用する施設を管理する者又は当該施設を使用して催物を開催する者(次項において「施設管理者等」という。)に対し、当該施設の使用の制限若しくは停止又は催物の開催の制限若しくは停止その他政令で定める措置を講ずるよう要請することができる。
3 施設管理者等が正当な理由がないのに前項の規定による要請に応じないときは、特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため特に必要があると認めるときに限り、当該施設管理者等に対し、当該要請に係る措置を講ずべきことを指示することができる。
本当に必要な対応なのであれば、「要請」が「指示」になるのだ。
この2月26日のイベント自粛要請を法律によらずに行った時点で、ずいぶんおかしなことになってきたなぁと思っていたが、翌27日の一律休校要請はそのはるか上を行く驚きだった。
2009年に課題が見えたにも関わらず、特措法のような法律がなかったのであればそれは立法府の責任だ。しかし、曲がりなりにも法律はすでにあるのだ。2009年のH1N1インフルエンザの教訓を次につなげるために特措法を作ったのだ。
この特措法を必要に応じて適用しないとなればそれは行政府の責任である。政治のリーダーシップは大いに結構だが、口先の「要請」ではなく法律を運用する形でそれを発揮すべきだ。そうしない限り、全国一律休校と言う、空前絶後の社会実験が、誰の責任でなされたのかが曖昧なままになってしまう。せめて今からでも特措法に基づいて「緊急事態宣言」を出し、子供(特に小学校低学年)のいる家庭の労働参加に制限を加えた責任の所在を明らかにした上で、感染対策の効果とのトレードオフを皆が検証できるようにすべきだ。
ここまで休校要請の出所を問いただす指摘をしてきたが、事の本質はこれにとどまるものではない。COVID-19が休校要請を出すほどに国民を脅かす新感染症なのであれば、その自体に対応するために作った特措法に立脚して対応策を進めていくべきだ。そうすることが、2009年をはじめとするこれまでの経験を本当の意味で生かし、国が責任をもってCOVID-19という目の前の危機に対応する道である。
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