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文字のはなし・3

2007-03-13 | 火・DTPと編集
印刷用の文字には、さまざまなデザイン、つまり「書体」があるという話をしました。文字のデザインはとても重要で、まじめな内容の文章をより格式高く見せることもできますし、逆にふざけた印象にしてしまうこともできます。ですからデザイナーも編集者も、どの書体が企画にフィットするか、ページを効果的に演出してくれるか、真剣に考えるわけです。中には自分たちの雑誌ならではの雰囲気をしっかり読者に伝えようと、書体を作ってしまった編集部もあるほどです。

文字はコトバを伝える記号であると同時に、文字の姿形自身が、さまざまな雰囲気を醸し出します。特に日本語は、象形文字などを祖先とする漢字や、それらから派生したかなで構成されていますから、1つ1つの文字が既に表情を持っています。それをどうデザイン的に処理するか、フォントデザイナーの腕の見せ所なわけです。

<字体>
「書体」が文字のデザインをさす言葉であるのに対して、「字体」はそれぞれ1文字ずつが持っている形のことをさします。同じ書体の中にも、文字の数だけ字体の違いがあるということです。「水」と「氷」は似ているけれど違う文字です。ぼくらは両者を「テンの有無」で区別していますが、この違いが字体の違いです。当然ですが、膨大にある文字の中にはお互い字体が似ているものもありますし、全然似ていないものもあります。

さて、「字体」という概念そのものは別にどうでもよいのですが、印刷物を作るときに問題になるのが、「異字体」の存在です。

文字の中には、同じ読み、同じ意味を表すけれども、字体の違う仲間を持つものがあります。1つの文字が複数の字体を持っている場合があるということです。たとえば「国」と「國」(と「圀」)。どちらも訓読みが「くに」、音読みが「コク」でまったく同じ用法で使いますから、同じ文字の字体違いということになります。これに対して「国」と「邦」は、たまたま訓読みが同じなだけで「コク」と「ホウ」で別の文字ですから、この仲間には入りません。

同じ1つの字でありながら、実際の形…点画の位置や向き、画数、形、跳ね止め払いなどの具体的構成要素が違うものを「異字体」といいます。異字体の中にはまるで違う文字のように大きく形が違っているものもあれば、わずかな違いのものもあります。わずかな違いのものについては、マニアックに攻めるとキリがないので、構成要素がまったく同じ場合は異字体とはいいません。たとえば「永」という文字のテンが小さいとか大きいとか、払いが長いとか短いとか、そういった違いは「字形の違い」といいます。「字体」から更に「字形」まで行ってしまうと、書く人の数だけ字形があるわけですし、いや、自分が書く文字だって書くたびに字形は微妙に違うわけなので、ここでは取り上げないことにしますね。

文部科学省が国民教育の観点で整理整頓してきた漢字も、経済産業省が情報交換の観点で整理してきた漢字も、基本的には「一意一字」ですから、日常会話レベルでは、異字体が出てくるチャンスはそう多くはありません。今こうして打っているコンピュータの文字も、できるだけ一意一字になるよう整理されていますから、そもそも異字体の表示はほとんどできないわけです。最低限の国民の教養や、支障のない情報交換と情報伝達、というレベルでは、異字体はほぼバッサリ切り落としてしまっても、まぁ生きてはいけます。

しかし、生きていけることと、文化芸術も含んだ人間活動を豊かに承継していくこととは次元が別です。ご存知の通り、ちょっと古い文学作品などにはコンピュータでは表示できない文字…まさしく異字体が大量にありますし、人名や地名にも、一般的な字形とは違う字形の文字が使われているケースがたくさんあります。さらに、ぼくらが普段書く文字の中にも、異字体が混ざっていることがよくあります。「吉」という文字には上の部分が「土」の字形と「士」の字形があります。牛丼の「吉野家」はホントは「土」の字形ですが、コンピュータでは出てきませんね。「高」も「くち高」と「ハシゴ高」といわれる字形の違いがあります。「社」の部首を「ネ」と書かずに「示」と書く人もいます。

歴史的に変化をしてきた中に残されたり、地縁や血縁などの繋がりで受け継がれてきたこれらの字体は、教育的観点や情報交換の観点からは仕方なく統合し無視するとしても、文化を伝承し形成する媒体であるべき印刷物などにおいては、できるだけ正しく表現したいものです。漢字教育とは別の教育的観点から、異字体への配慮が必要になる場合もあります。たとえば地理や歴史の学習では、地名や人名などを本来の字体で表記したい。森鴎外の「鴎」はコンピュータでは「メかもめ」しか出ませんが、本当は「品かもめ」です。亡き偉大な作家に敬意を払うなら、正しい字体で表記したいですよね。

そこで、印刷用データを作るDTPの現場では、さまざまな工夫をしてコンピュータでは本来表現できない異字体をしっかり表現しようとしているのです。


(つづく)



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