イタリアの泉

今は日本にいますが、在イタリア10年の経験を生かして、イタリア美術を中心に更新中。

アメリカ大陸の発見の謎を投げかけるボッティチェッリ

2022年01月23日 17時33分00秒 | イタリア・美術

先週行われたカラヴァッジョのオークションは買い手が付かず、価格を下げての再開催となるらしい。
ほっとしたようななんと言いますか…
その話は日本語記事が出ていたので、興味がある方はこちらでどうぞ。
2割引きでもあんた…という感じですが。

さて、本日は先週書きそびれたお話。
再びボッティチェリ(Botticelli)のお話で、作品はこれ。

写真:Wikipedia
ウフィツィ美術館( Galleria degli Uffizi)所蔵の”サン・バルナバの祭壇画(Pala di San Barnaba)”

”それは(医師・薬種商)組合の守護聖人聖バルナバに捧げられた祭壇画で、中央の玉座に幼児キリストを抱く静かな表情の聖母が座り、四人に天使が玉座の上の垂れ幕を左右に開いていた。その四人のうち、一番左にいて、右手で幕を上へ支えている天使の顔に、サンドロは娘のマリアの面影を描きこんでいた。祭壇の左右には六人の聖人が並んでいたが、左端の聖母カタリーナには私ははっきりとカッターネオの奥方の横顔を感じた。また玉座のすぐ右に立っている洗礼者ヨハネの恍惚とした表情は、花の聖母寺の石段に坐っていた老人の顔を写していると、サンドロが言ったのを記憶しているが、ヨハネは老人というよりはぞっと若々しい人物に描かれていて、サンドロがなぜそんな説明をしたのか、わからなかった。
 ただ洗礼者ヨハネの全体から、一切を放棄した貧困のなかで救世主の到来を信じた人物の誠実な、単純な、不思議な放心状態が感じられた。おそらくこうした自己関心のまったくない、自然な態度をサンドロは乞食の老人の中に見たのかもしれない。
 しかし何回か私が工房に足を運ぶうち、いままでサンドロが一度も描いたことがない、特殊な作品が生み出されているのに気がついた。それは祭壇画の下に並べる付属画として描かれたもので、私はそれを初めて工房の画架の上で見たとき、不器用な弟子のヤコポ・トスキが描いた絵かと思ったのだった。
 私がトスキにそう言うと、彼は肩をすくめて言った。
「そんなことを親方に言わないで下さいね。親方はこの一枚を描くのにどれほど下絵を描きつぶしたかわからないのですからね」
 私はその言葉に何か恐怖に似たものを感じた。ちょうど嵐の直前、黒ずんだ風が木々をざわめかせて吹きすぎるように、トスキの言葉は奇妙な予感で私の心を戦かせたのであった。”

丁度今終盤に差し掛かっている、辻邦生の「春の戴冠4」(中公文庫)にこのようなくだりがあった。
「春の戴冠」長いけど、もう一度読み直したい、そう思う大作だ。

元はと言えばサン・バルナバ教会の為に描かれたもので、この教会どこにあるんだ?と思ったら

写真:Wikipedia
あ、あの中央市場から出て、ちょっと治安の悪いアジア人街みたいなところを抜けたところで、普段開いているのを見たことはなかったなぁ。
一時期この教会の側面に似せの一ドル札が貼られていたっけ…あっ、それは隣の建物か?

1289年6月11日、アレッツォのギベリン党(皇帝派)に対してフィレンツェのグエルフィ党(教皇派)のカンパルディーノの戦いでの勝利を記念し、1309年建設が始まる。
1356年以降、教会はアウグスチノ会と提携し、隣接する修道院に帰属された。
1717年にジョヴァンニ・ヴェルナッチーニによって完成された精巧な金色の木製の天井を含む教会の再建された。
ファサードには、赤十字、ドラ​​ゴンを倒すワシ、フィレンツェのジリオの紋章がある。
これらはそれぞれ、フィレンツェの人々、ゲルフィ党、そしてフィレンツェの街を象徴している。

辻邦生は言及していなかったが、この祭壇画には謎が多い。
それは聖母が座る玉座に描かれたダンテの「神曲」の一節。
「VERGINE・MADRE・FIGLIA・DELTVO・FIGLIO・(処女であり母、あなたの息子の娘)」
これは、『神曲』「天国篇」第33歌冒頭のであり、天界に上昇したダンテがベアトリーチェの導きにより至高天にまで到達し、聖母の御前に立った場面において、聖ベルナルドゥスが唱える祈祷文として発せられるものである。

実はサン・バルナバ教会建立の理由となったフィレンツェが勝利に終わったカンパルディーノの戦いにダンテも参加してたと言われる。
それがここに「神曲」の一節を描き込ませる理由だったのか?
しかしなぜこのフレーズ?
というのは未だに諸説意見が分かれるところらしい。
辻邦生もボッティチェリが「神曲」にはまっていたことは書いている。

しかし、本日のテーマはそこではない。
1月3日のデジタル版Corriere della Sela(全国紙)の地方記事にあったのだが、
Agli Uffizi un enigma sulla scoperta dall'America(ウフィツィ美術館におけるアメリカ発見の謎)というタイトルだ。
一般的にアメリカ大陸を発見したのはコロンブス(Cristoro Colombo)で、その日は1492年10月12日とされている。
しかし、ボッティチェリが描いたこの絵の中に既にアメリカ大陸が存在している。
この絵が描かれたのは1487年と考えられているから、もしこれが本当ならコロンブス以前にアメリカは発見されていたことになる、というわけ。
このコロンブスの発見に関しては、長年信憑性に欠けるところが有ったのは事実だが。

写真:https://www.quinewsfirenze.it/firenze-agli-uffizi-un-enigma-sulla-scoperta-america.htm
大天使ミカエル(San Michele)のアトリビュートと言えば「剣」と「盾」の場合が多く、龍を足元に踏みつけ姿も多い。
これは、大天使ミカエルが悪と戦い、正義と平和を守ることを示している。
龍はサタン(悪魔)を表し「ヨハネの黙示録」で、「天の大軍」を率いて悪魔と戦うのは、大天使ミカエルだ。
他にも「剣」と「天秤」を持つ大天使ミカエル。
これは、大天使ミカエルが人間の死後、魂を正しく計ることを示している。
そしてこの「サン・バルナバの祭壇画」のように宝珠を手にしているものもある。
例えばこのコッパ・ディ・マルコヴァルド(Coppo di Marcovaldo)の作品 

写真:Wikipedia
右手に矢を下向きに持ち、左手には十字架が描かれた玉、宝珠を持っている。
玉の中の印にはキリストのイニシャル(Jesus Xristos)が描かれることが多いのだが、十字架はキリストを表し、球は地球を表すことから、キリストが地球及び世界の支配者で有ることを象徴している。

しかしこのボッティチェッリの”玉”の中には十字架がない。
これは唯一無二のもの。
宝珠というよりむしろ地球儀に近い…といっているのは、Riccardo Magnaniという人で、最近「Nessuno mai ha sciperto le Americhe per davvero(真実、誰もアメリカ大陸を発見した人はいない)」という本を書いた。
この玉の中に描かれているのはアメリカ大陸ではないか?と言っている。
確かにこれが”アメリカ”なら、コロンブスより前に誰かが新大陸を発見していたことになるだろう。
ボッティチェッリは、それを知っていたことになる…?
荒唐無稽な話な気はするのだが、いかがかな?

参考:https://www.quinewsfirenze.it/firenze-agli-uffizi-un-enigma-sulla-scoperta-america.htm



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