6月23日から25日は、OASISのライブで貯めておいた義援金をもって、「JR東日本大人の休日倶楽部」を利用して東北に行って来ました。
今回の目的は宮古市に義援金をお届けする事と、三陸鉄道北リアス線と南リアス線の間にあったJR山田線が復旧して繋がった三陸鉄道リアス線に乗る事です。
小海線中込駅から佐久平に、佐久平から北陸新幹線で大宮に、大宮から東北新幹線で盛岡に、盛岡から山田線で宮古に向かいました。朝早く出たのに、着いた時は13時を過ぎていました。
早速宮古で昼食をいただきます。ここでは海の食材を瓶に詰めた「瓶ドン」が名物のようです。温かいご飯に好みでかけていただきます。
食後は三陸鉄道(旧JR山田線)で釜石まで行きました。
釜石では今年ラグビーのワールドカップが開催されます。
ラグビー場も急ピッチで作られていました。
車窓から見える大槌町ですが、まだまだ復興が遅れています。
この日の宿泊は、宮古にホテルを取りました。ビジネスホテルなので、近くの銭湯に出かけ汗を流しました。BGMは昭和の演歌が流れていました。(笑)
夕食は近くの居酒屋でいただきました。もっと色々のお店を回って、地元の皆さんとお話もしたかったのですが、日曜日でお休みのところが多かったです。寄りたかったライブハウスもお休みでした。
2日目は宮古市役所に、義援金を届けに行きました。今回宮古市に70,000円をお届けし、今までの累計は518,723円になりました。
昨年秋に新しくなったと言う庁舎は駅直結で、とても素晴らしく、市民の色々な拠点になっていました。(いまだに陸前高田市役所はプレハブです。陸前高田市の復興は、かなり遅れていると感じました。)
市の職員さんたちは、皆さんとても親切に対応してくださいました。山崎さん、乙戸さん、そして受付のお姉さん、ありがとうございました。
市役所を後にして、三陸ジオパークのひとつ浄土ヶ浜に、宮古からバスで行って来ました。
ここは神々しい絶景に心が洗われる名勝です。
そして、宮古からバスで田老に行きます。
この地区は過去の震災の大津波で被害を受けた為に、高さ10メートル、長さ2400メートルの、万里の長城と呼ばれている防潮堤を昭和の時代に造りました。しかし、東日本大震災の時は、津波がこれを乗り越えてしまい、そのため現在は17メートルの防潮壁が作られています。
足元が10メートル、向こうに見えるのが17メートルの壁です。
田老ホテルは4階まで水に漬かったようです。今は高台で営業をしています。
この場所は住宅が建てれないので、野球場や道の駅がありました。道の駅でお昼をいただきました。
どんこという魚を使った、どんこ唐揚げ丼とわかめラーメンを頂きました。美味しかったです。
そして昼食後は、田老にもジオパークがあるというので、タクシーで案内してもらいました。
山王岩です。
タクシーの運転手さんは、当時の様子や案内を、親切にしてくださいました。
田老駅から久慈駅へ、そして久慈駅から八戸線で本八戸駅へ向かいました。
八戸の中心街は大きな街でした。飲食店も居酒屋からお姉ちゃんのお店までたくさんありました。そして観光客で賑わっているのが、みろく横町屋台村です。
おばちゃんがやっている屋台で、台湾のカップルや沖縄の人と一緒に飲みました。
屋台村から場所を移し、地元の人がいるお店に。おっちゃん、楽しかったです。(笑)
こちらにも。
そしてラストはこちらです。機会があればまたゆっくり行ってみたいお店でした。
3日目は本八戸から八戸に行き、八戸から青い森鉄道に乗って、青森を目指します。が、ちょっと時間があるので、浅虫温泉で途中下車しました。
途中下車したのは、浅虫駅前にある道の駅に、日帰り温泉があったからです。(笑)
おどな350円で、5階の温泉からの眺めも良かったです。
朝&昼食は、地ビールと色が黒い地元のおそばを頂きました。
再び青い森鉄道で青森に行き、青森からは奥羽本線で新青森に着きました。
ちょっと時間があったので、イカ餃子(250円)とホタテ焼(3個で400円)で休憩しました。
そして新青森から新幹線で帰路につきました。
こんなに電車に乗って東北を旅出来るのも、大人の休日倶楽部があるからですね。なんたって4日間乗り放題でで15000円なんですから。
さて来年は義援金を福島にお届けしたいと思っていますので、もう少しOASISも頑張りたいと思います。(笑)
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