アダーラはガリ

アダーラはガリ

らだらと縛りつけて

2016-07-29 17:15:55 | 日記

「そうじゃないんだ。ぼくはただおばさんを二度と失望させたくないんだ」かれはしばし考えこんでから言った。「ちょっと説明させてくれるかい。ぼくらは一度ひどい言い争いをニーサでやらかしたことがあった。ぼくが言うつもりのないひどいことを言ってしまったときおばさんはそれまでぼくのためにどんな思いをしてきたか、初めて打ち明けたんだ」かれは憂うつな顔を窓の外に向けながら、蒸気のたちこめるグレルディクの船上でのポルおばさんの言葉を思い出していた。「彼女は数千年もの歳月をぼくのためにささげてきたんだよ、アダーラ――正確にはぼくの家族のためだけれど、とどのつまりはぼくのためなんだ。彼女はぼくのために自分のことをすべて犠牲にしてきたんだよ。それを考えればぼくがいかにおばさんに責任を感じているかわかるだろう? ぼくは彼女が望むことなら何でもするし、おばさんを再び傷つけるくらいなら自分の腕をちょん切った方がましだと思っている」
「あなたはたいそうおばさんを愛してらっしゃるのね、ガリオン」
「愛してるなんてもんじゃないよ。ぼくら二人の結びつきを表現できる言葉なんてこの世にはない」
 アダーラは何も言わずかれの手をとった。彼女の瞳には不思議な愛情の暖かい光が宿っていた。
 その日の午後、ガリオンはポルおばさんが手に負えない病人を看病する部屋をひとりおとずれた。ベッドで数日を過ごしたのち、ベルガラスはこの強いられた禁固状態にますます不興の意をあらわすようになっていた。天蓋つきのベッドで枕を山と積んでまどろんでいるときですら老人の顔にはいらだちのあとがあらわれていた。おなじみの灰色のドレスを着たポルおばさんは、そのかたわらに座り、ガリオンのお古の上着をエランドに仕立て直すために針を動かし続けていた。幼い少年は彼女から遠くない場所に座り、かれを実際の年齢よりも老けてみせるあのきまじめな表情を浮かべていた。
「おじいさんの容体はどう?」ガリオンは眠っている老人の顔をのぞき込みながら、小さな声で聞いた。
「快方に向かってるわMFGM 乳脂球膜」ポルおばさんは上着をかたわらに置きながら言った。「ますます機嫌が悪くなってるけれど、これはよい兆候よ」
「例のものがもどってきたきざしはあるの」
「いいえ」彼女は答えた。「何もないわ。まだ早過ぎるのよ」
「二人でこそこそ話をするのは止めてもらえんかね」ベルガラスは目をつぶったまま言った。
「まわりでこそこそされてどうやって寝てろというのだ」
「眠るのはきらいだって、確か聞いてたはずだけれど」ポルガラが思い出させるように言った。
「それは前の話だ」かれはぶっきらぼうに言い返して、ぱっと目を開けた。かれはガリオンをにらみつけた。「今までどこに行ってたんだ」
「ガリオンはいとこのアダーラとすっかり親しくなったのよ」ポルおばさんがかわって説明した。
「それにしたって一回くらいはわしの見舞いに立ちよってくれてもよさそうなもんじゃないかね」
「おとうさんのいびきを聞かされたって、たいしておもしろくはないわ」
「わしはいびきなどかかんぞ」
「ええ、ええ、そうですとも」ポルガラはなだめすかすように言った。
「ポル、わしに向かって保護者ぶるのはやめろ!」
「もちろん、そんなことしないわよ。さあ、おとうさん、暖かい肉スープでもいかが」
「暖かい肉スープなんぞいらんわい。わしが欲しいのは肉そのものだ――それも生焼けの血がしたたるようなやつがいい。それから一杯の強いエールがな」
「でも今は肉もエールもだめよ。あなたが食べるものはわたしが決めます――とりあえず今は肉スープとミルクよ」
「ミルクだと」
「おいやならオートミールがゆの方がいいかしら」
 老人は憤然として娘をにらみつけ、ガリオンはこっそりと部屋を後にした。
 それ以後、老人は着々と快方に向かっていった。数日後にはポルガラの異議にもかかわらず、ベッドから離れた。ガリオンにはポルおばさんの振る舞いの底に隠された意図を両方とも察することができた。いつまでもベッドにだおくのは彼女ごのみの治療法ではなかった。いつも可能なかぎり早く、病人を歩かせるのが常だった。およそ節制とはほど遠い父親を甘やかすとみせかけ、彼女は文字通り老人をベッドから追いたてた。細かいところまでいちいち計ったような規制を加える裏にはわざと父親を怒らせ、その心を刺激しようという意図があった。老人に力を発揮させる機会を与えずに、その肉体的な回復と歩調をあわせた心の回復をはかろうというのである。ポルガラが細心の注意を払って仕組んだ老人の回復は、その芸術ともいうべき薬物の使用によっていっそう早まった。
 チョ?ハグ王の大広間にはじめて姿をあらわしたベルガラスの姿は驚くほど弱々しかった。ポルおばさんの腕にすがった老人は最初のうち足元さえおぼつかないようだったが、だんだん話に熱中しはじめるにつれ、見かけの弱々しさが必ずしも本当のものではないことがあきらかになってきた。老人の演技はあくまでもわざとらしく、ポルガラがいかにうまく演じようとしても、かれも負けてはいないことを証明しはじめた。かれらが、二人だけの手のこんだちょっとしたゲームにひそかに火花を散らすのを見ているのはなかなか楽しかった。
 だが肝心な疑問だけはついに答が得られずじまいだった。ベルガラスの肉体と心の回復はいまや確実だったが、果たしてその〈意志〉を集中させて力を生み出すことができるかどうかは依然、試されてはいなかった。それを試すにはまだ時間がかかることをガリオンは知っていた。
 かれらが〈砦〉に到着してから一週間ばかりがたったある早朝、アダーラはガリオンの部屋のドアをノックした。目をさましたかれは、すぐにノックの主が彼女だと悟った。「何だい」かれは慌ててシャツとタイツを身につけながらドアごしにたずねた。
「これから遠乗りに出かけない?」彼女は言った。「今日はお天気もいいし、いつもより少し暖かいみたいよ」
「むろん、行くよ」かれはヘターにもらったアルガー製の長靴に足を押しこみながら急いで答えた。「身支度する時間をもらえないかい。すぐに追いつくから」
「そんなにお急ぎにならなくても大丈夫よ。もうあなたの馬には鞍を乗せておきましたし、台所から少し食べ物ももってきたわ。レディ?ポルガラに出かけることをお知らせしておいた方がいいんじゃない。わたしは西の厩舎でお待ちしてますから」
「すぐに行くよ」かれは答えた乳鐵蛋白