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きみの靴の中の砂

指折り数えると指が足りない





 お通しに出たひじきの煮付けを口に運ぶとき、下地が一滴、シャツの裾に落ちた。すぐにお絞りを当てて被害はなかった。
「大丈夫? おじいちゃん」と小学校の頃の同級生の女子が覗き込む。実にいいタイミングでからかってくれる。
「うん、大丈夫」

 それから何分もしないうちに、今度は彼女が口に運ぶ刺身から一滴、醤油がセーターの胸元に飛んだ。起毛の多いものだったから同じくお絞りを当てて事なきを得る。実はぼくに気付かれないうちに素早く始末したかったようだが、カウンターに並んで座っていたぼくにちゃんと見られた。
「大丈夫? おばあちゃん」
「うん、大丈夫」

 ぼくらが通った私立小学校は、めずらしいことに入学から卒業までクラス替えがなかった。上の中学・高校は当時はまだ別学だったから、同じ校門を時間差で登校させられて、以来、彼女と顔を合わすことはほとんどなかったけれど、それでもふたり、都合十二年間同じ学園に通った。

 公立のように地元から児童を集めれば、歳を経ても多くの友達が地域に残っているだろう。ところが私立は多くが乗物通学だから公立のようにはいかない。いつの間にか多数の消息不明者が出る。
 あの頃、同じ沿線の同じ方向へ帰る級友は、それでも何人かいた。今は二、三人が同じ沿線住まいとして残るのみ。尚かつ、休日の午前中に突然メールで誘ってすぐに集まれるのは、とうとうぼく達ふたりだけになってしまった。

 小学校の入学式 ----- 指折り数えると指が足りない、今から五十五年も前の春の初めのことであった。




Singers Unlimited / It Might As Well Be Spring


 

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