(Op.20250420-2 / Studio31, TOKYO)
作家・水上瀧太郎(みなかみ・たきたろう 1887-1940)のデビュー作『山の手の子』の一節...。
『きらきらと暑い初夏の日がだらだら坂の上から真直ぐに流れた往来は下駄の歯がよく冴えて響く。日に幾たびとなく撤水車が町角から現われては、商家の軒下までも濡らして行くが、見る間にまた乾ききって白埃になってしまう。酒屋の軒には燕の子が嘴を揃えて巣に啼いた。氷屋が砂漠の緑地のようにわずかに涼しく眺められる。一日一日と道行く人の着物が白くなって行くと柳屋の縁台はいよいよ賑やかになった。』
この作家、後年の評価では小説よりも文明批評絡みのエッセイの方が質が高いというのが定説で、それらは岩波文庫の一冊『貝殻追放 抄』で読むことができる。
『山の手の子』は明治四十四年の作品 —— 描かれた風物がレトロなのに目をつぶれば、日本の初夏を描いて鮮やかだ。
水上瀧太郎は職業作家ではない。勤めの傍ら、楽しみつつ、大切に作品を書いていたという。この作家にもまた、かつて、すこぶる夢中にさせられた。