昭和五十三年というから一九七八年、『ユリイカ』11月号の特集は『植草甚一氏の奇妙な情熱』。その中に西脇順三郎の弟子で英文学者・詩人の鍵谷幸信さんが『植草甚一氏に対する99の質問』をJ・J氏(植草甚一)本人にぶつけている。
「これまた変な質問ですねえ」などと言いつつもJ・J氏は答える。
鍵谷氏による後記に『この99の質問は鍵谷が一時間程で作成したものであり、全くのアドリブである。それに対して植草氏は口頭ではなく、筆記によって解答された』とある。
どんな内容かは、興味のある人が古書店を探し回り、みつけて読んでもらうのがJ・J氏的で面白かろう。
簡単に触れるなら、ほろ酔い加減の超インテリゲンチャが、思い付きで矢継ぎ早に質問をしたのに対し、気の良い物知りオジサンが、馬鹿っ丁寧に返答しているというキテレツな読み物に仕上がっている。
*時計はいくつもっていますか。
*クリスティの作品で文体が変わるのはなんという作品ですか。
*ストラヴィンスキーの三大バレエ曲を好きな順序で答えて下さい。
*フランク・ザッパのよさは何ですか。
*『ユリシーズ』はいつ読まれましたか、版は何ですか。
*新宿西口の高層ビルは、どの位置からみるといちばん美しいですか。
*『ニューヨーカー』はどの欄から読まれますか。
*マルクス兄弟の中で誰がいちばん好きですか。
*ドラキュラとフランケンシュタインのどちらに興味をもちますか。
*東京の好きな散歩道はどこですか。
*ラテン・アメリカの作家について
*好きなレコード・ジャケットをあげて下さい。
*ブルトン、ツァラ、アラゴン、エリュアールのうち誰の作品を好みますか。
*十月X日の食事(朝・昼・晩)の献立を教えて下さい。
*映画の脚本家で誰が好きですか。
*ダリの作品のタイトルで好きなもの。
*ベルイマンのベスト3。
*羊羹のディグニティ(風格と味)でどこのが一番うまいですか。
*アメリカ映画史上最大の大根役者は誰ですか。etc. etc.
では、解答の方も書き出しの部分を少しだけ...。
*孤島へ行くとしたら本は何をもっていきますか。
●そのとき吉田健一全集三十冊が出つくしていたら、それにしようかと思うでしょうが、結局は何でもいいわけで、さしあたり今なら...。
こんな調子で問答が続く。ふたりの知識量が尋常でないことに舌を巻くが、驚くべきは、J・J氏のその奇妙な情熱。