開戦前夜

年が明けて宇部に渡った利三太は、炭鉱従事者の居住区に落ち着き八重子と共に炭鉱関係の働き口を探した。
40を超えた利三太はさすがに地下深くにもぐる石炭掘りの仕事は過酷すぎるので坑道付近までの仕事に携わった。
八重子も飯場の飯炊きの仕事をして、
2人の子供はトクのもとに置いてきた。
が、2人に突然の不幸が訪れた。
八重子は早産で子供を失ってしまった。
精魂尽き果てた八重子をみて
利三太は何もしてやれなかった。
しかし、いつまでも悲しみに浸る時間さえない2人だった。
激しい焦燥感に駆られながらも劇団旗揚げの準備は着々と進めていく。
奇跡的に昔同じ座にいた役者と再会しそこから連絡をとっていって数人の座員が揃った。
あとは経験のない素人ばかりが集まった。
その多くが何某かの事情により、まともに働けない為に劇団を頼って来た人で結成された。

炭鉱で栄えた街には大抵劇場などの娯楽施設があった。
ほどなく片岡劇団は中くらいの小屋と交渉して15日興業にこぎつけた。
当時は活動写真が客を呼び、芝居小屋も活動写真の上映館と併用して「映劇」館となっていた。
大衆演劇「この言葉も当時はなかったが」は廃れる一方だった。

客の入りはまずまずだった。利三太の全国行脚の経験に裏打ちされた派手な演出が功を奏して、評判はたちまちうなぎ上りとなっていった。


だが

再び暗雲は彼らの頭上に拡がり始める。


昭和16年（1941年）、12月8日未明、日本軍はハワイ、オアフ島の真珠湾を襲撃した。

これによって日本は太平洋戦争へと突入していった。


この章おわり