Il Balletto di Bronzo - Japan Official Info

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An Interview with Gianni Leone by Gianmaria Consiglio (2009)

2013年02月04日 | Gianni Leone
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All rights reserved (c) Gianmaria Consiglio

2011年来日公演でジャンニがステージからばら撒いたビラの内容を一部改訂したものがこのインタビューです。

Q: まずは、好き嫌いから伺います。哲学的すぎて、複雑な内容かもしれませんが、お考えをお聞かせください。

Gianni: 音楽は私の中で常にNo.1ポジションで、しかも多くの部分を占めているの。私のこれまでの人生において、常に私のそばにあったのが音楽なの。音楽は世界のあらゆる出来事を別の側面で垣間見ることができるフィルターなの。音楽は私にとっては絶対的に必要なもの。音楽は時として、私にとてつもない要求をつきつけてくるの。しかし、音楽はやればやるだけ報いてくれ、コミュニケーションの効果的な手段でもあるわ。挑発したり、誘惑したり、ナルシズムを満たすのにも有効な手段だわ。自分の美意識をも満足させることもできるの。フラストレーションや抑圧に対する抵抗の手段にもなるわ。喜びを与えたり、遊びをもたらしたり、あらゆる感情を表現するためのすばらしい手段なの。歌うことは自分の中に湧き上がる波動を解放させ、音楽に昇華することなの。音楽より自然で、直接的な方法はないと思うわ。もちろん、私にとっての音楽は大きな苦しみの根源でもあるのよ。私の中の憎しみの感情が音楽となって出てくるまでの間、私はキーボードに近づくことができないの。自分はなぜこのような苦しみを体験しなくてはならないのか、と苦悶するの。
音楽家の創造性を邪魔しようとする芸術家でない人たち、またはミュージシャンでない人たち、つまりミュージシャンが演奏する機会を決定するのはこの人たちなのよ。ミュージシャンの作品を上から目線で横柄に評価するのよ。たとえキーボードにこっそり秘密の音を仕込んでも、気がつきもしないのよ。多くの場合、私は自分が一度満足した作品でも、もうエンドレスに曲を向上させることができるの。


Q: 代表作の’Ys(イース)’や他の作品にもシェーンベルグの影響が伺われます。他にはアヴァンギャルドな作曲家のリゲティ・ジェルジュ・シャーンドルの表現主義的な影響が現れていると思います。他に影響を受けた現代音楽の作曲家はいますか?

Gianni: シェーンベルグの音楽理論の本を買ったときは、全部読まないで放置しちゃったわ。でも、ある意味で影響は受けたのかもしれないわね。エドガール・ヴァレーズやオリヴィエ・メシアンもあまり深くは知らないのだけど、刺激や影響を受け、そして創作意欲がインスパイアされたわ。

Q: いつもキーボード演奏を始めたきっかけにキース・エマソン、ブライアン・オーガーやピート・ロビンソンを挙げて、尊敬するミュージシャンにはフランク・ザッパ、ジミ・ヘンドリックス、トッド・ラングレン、ブライアン・イーノ、キース・ジャレットを挙げていますね。この中で特に影響を受けた方は誰ですか?

Gianni: まずジミ・ヘンドリックスよ。キーボード・プレイヤーにしてはおかしいかしら。彼からは自分の中の動物的な闘争心を制御せずに、そのまま楽器にぶつけることを学んだわ。若い時に”Are You Experienced?”を聞いたとき、私はすぐに新しい宇宙に飛びこんでしまったの。そして”Axis: Bold As Love”, “Electric Ladyland”の音を聞いたとき、もう刺されたような衝撃を受けたわ。こんな音は聞いたことがなかったの。すごくインスピレーションを刺激されたわ。
フランク・ザッパはご存じのように、真の天才よ。今でも輝きの失せない”Hot Rats”のレコードを聴くわ。現在、もうこれに匹敵するマスターピースを出せる天才はいないでしょうね。他のミュージシャンと比較にならないくらいの怪物級といえるわね!創造性、チャレンジ精神、改革、オリジナリティー、作曲の複雑さなどはすごいわ。もし私が無人島にどのレコードを持っていくかって?それは本当に答えることが難しいわ。キース・エマソンやブライアン・オーガーも、現役では最高のキーボード・プレイヤーだわ。あのタフさ、スタイル、感情豊かだけれど、時として攻撃的、恐ろしいくらいのテクニック…もちろん、彼らを尊敬しているわ。いいえ、このすばらしいレベルのプレイヤーに少しでも近づきたいと思っているの。私はあらゆるインスピレーションを受けて、自分のスタイルを確立しようと試みてきたわ。現在ではドリーム・シアターのジョーダン・ルーデスがトップ・クラスだと思うわ。ブライアン・イーノは初期の頃突拍子もない思想があり、ミュージシャンとしては真剣に評価されなかったわ。当時、私はイーノのソロ・アルバムがアイデアの宝庫であることに気がついていたわ。尋常でない新しいアイデアで、輝きすらあったわ。私は楽器を演奏するには基本のテクニックが必要だと知っていたけれど、彼のように、マインドだけで、スーパーテクニックがなくても、偉大な音楽ができることがわかったの。イーノにも影響を受けたわ。実のところ、私のインスピレーションの源はこれまでもずっと人と違うところにあったようだわ。音楽的にあまり価値がなさそうなものにも影響を受けたわ。もう、私が好きか嫌いか、これしかないのよ。


Q: Il Baletto Di Bronzoのステージはあなたの衣裳と最後に有名な“ジャンニ・レオーネの真実”のメッセージを客席にばらまくことで終わりますね。観客にどのようなメッセージを伝えたいですか?

Gianni: このアイデアはかなり前に思いついたの。パーティーや友人と会うことにもう辟易していた頃、ある晩友人にゲームに誘われたの。そこで、私は人生に対するあらゆる思いを書いたカードを配ったところ、その話題でひと晩中話に花が咲いたのよ。その時からこの「儀式」を定番としたの。ある日、この「儀式」をステージでやろうと思いついたの。もちろん、今では格言みたいになっているけれどね。たまには、劇的で、ほろ苦く、シュールで、皮肉で、パラドックスに満ちた話題もあるわ。私の親友だけが、全部コレクションを揃えているよ。中にはわざと挑発的に煽っているものもあるわ。ま、それが私のその時の気持ちということね。私は少し皮肉めいた、ちょっと“すごい真実”みたいなひねりが好きなの。おそらく私が書くものすべてが自分の経験に基づくから、そうなるのね。

Q: 1973年にIl Baletto Di Bronzoは歴史に残る解散後、あなたは音楽活動をより独自の方向で極めていきました。1975年にニューヨーク、そして、ロス・アンゼルス、そして1979年にはソロとして活動しました。今では、間違いなく、あなたの魂は新しい曲の中で暗く、よりプログレッシブで、でもニュー・ウェイブでもあり、アヴァンギャルドやその他の要素がはいった音楽性に進化しましたね。過去の「ジャンニ・レオーネ」が残った部分と、新しくなった「ジャンニ・レオーネ」はそれぞれ何でしょうか。

Gianni: もちろん、私は自分の生命力、決意、ユーモアのセンス、自分を動かす原動力、爆弾のようなグルーヴ、そしてノンストップでとてつもない規模の情熱、批判精神、そして自分への自己批判などはずっと変わっていないわ。自分の姿勢、子供の部分、空想の世界、おとぎ話、クレイジーなサウンドもずっとキープしているの。ある意味、自分がティーンエージャーだった頃から変わっていないのよ。自分の声のトーンや、音域すら当時と変わっていないのよ。ただ、成長するにすれ、思いやりのようなものがかなり少なくなったような気がしているのよ。まったくの人間嫌いにはなっていないのだけれど。不条理やおかしなことに対する忍耐はなくなってしまったわ。我慢というものががもうできなくなってしまったの。

Q: もう何年も多種多様なバックグラウンドのミュージシャンのゲストとして活動していらっしゃいます。古い友人であるOsannaのProg Familyなど。特に楽しかったようなゲスト参加はありますか?

Gianni: スウェーデンでのツイン・キーボードバンドとのプレイはすごく楽しかったわ。確か、スウェーデン在住のイラン人だったわ。アラブ向けのCDで、1985年にストックホルムでレコーディングしたの。他に、私が作曲した曲で、1980年にハリウッドでScreamersのリード・シンガー、Tomata Du Plentyのレコーディングをしたのよ。最新のコラボレーション、OsannaのProg Familyだけど、ステージではなく、スタジオでリノ・ヴァイレッティと仕事をしたわ。実は、自分が子供だった頃、まだまだIl Baletto Di Bronzoでの冒険を始める前に、1970-71年頃にFarfisa Fast-5を使用していた曲を演奏できたことはすごく意義深いと感じたわ。


Q: 未来はどのようになると思いますか。

Gianni: 私は現在を、ベストを尽くして生きることが好きなの。ある程度は未来に興味もあるけれどね。でも、計画するときには確実性を重視するわ。それがないと、悲しいことなるし、がっかりすることになるから。
また、過去に逃げることもしたくないの。別に過去を否定することもないのだけれど。過去で忘れてはならなのは、自分のルーツ、アーティストとして受けた教育、自分の経験。良かれ、悪しかれ、これまで自分が経験したことは今日の私のモザイクのピースになっているの。もう、言葉どおりよ。良いことも、悪いことも、全部よ。

Q: 沢山のGianni Leoneファン、そして、熱狂的マニアに一言お願いします。

Gianni: すべての音楽を愛する人たちにライオン(レオーネ)の前足で一撃よ!

Q:ありがとうございました。またお目にかかれることを願っています!
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1 コメント

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インタビュー (raba)
2013-02-06 23:35:03
ヴァレーズとメシアンの影響は、初めて知りました。
シェーンベルクの音楽理論本はあまりに難解、12音技法だけでも一章分あります!
ジャンニは“キーボードジミヘン”だなあといつも思っています。以外にもイーノも評伝本「ブライアン・イーノ」でジミヘン絶賛していました。メッセージをまくパフォーマンスは、自らを断片化して他者に提示する、インスタレーションアートのようにも感じます。
全然違いますがイーノの「オブリーク・ストラテジーズ」を思い出しました。黒い箱に格言を書いたカードが入っていて、創作や思考の助けにするというもので限定販売されたものです。
1985年のストックホルム録音は、とても聞きたいです。未発表音源集のリリースをぜひ!
Tomata Du PlentyとのコラボはDVD「Population:1」
で現在も入手できますね。幼き日のBeckも出演しています。このDVDに“あたかもフランク・ザッパとヒエロ二ムス・ボッシュが天使の塵で創った悪夢のようだ(拙訳)”という評があります。画家でもあるTomata氏は残念ながら2000年に亡くなられましたが、Screamersのkey奏者のPaul Roessler氏はニナ・ハーゲンのプロデューサーに、DrsのK.K.Barrett氏は映画のアートディレクター(ソフィア・コッポラ監督作品等)になられています。
Prog familyの“There Will Be Time”のジャンニのピアノはLinoの歌に寄り添い、ピアノが歌っている、最高の感動を受けました。 このインタビューでまた少し“真実”に近づいたような・・・感謝です! 全ての音、歌、動き、ビジュアルが唯一無二の個性、Gianni Genius!!
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