1981年夏に、UCLAから出た医学論文により、初めて「AIDS」という病気を目にした、とロバート・ギャロ(Robert Charles Gallo;1937- )は述べている*1。この論文には、ロサンゼルスで若い男性の同性愛者集団に、肺炎が見られることが報告されていた。その原因は、ニューモシスティス・カリニ(PC)という原虫がもとで起こる肺炎だった。しかし、PCが原因の肺炎は、免疫が極度に低下した状態でなければ発現しないため、なぜロサンゼルスの一般人に多く見られたのかは不明だった。
同じ頃、ニューヨーク大学医学部、マウント・サイナイ医科大学では同性愛者の集団にカポジ肉腫(KS)の増加を見出していた。KSも、以前はほとんど見られなかった症例だったため、疫学者たちは新種の伝染性疾患かと思い始めていた。
1983年、エイズの原因となる新しいレトロウイルスLAV(Lymphadenopathy-associated virus)が、パスツール研究所のリュック・モンタニエ(Luc Montagnier;1932- )らによって発見された。ところが、1984年にアメリカ国立衛生研究所のギャロらも発見を主張し、HTLV-III(Human T-lymphotropic virus type III)と命名された。1985年、LAVとHTLV-IIIの遺伝子塩基配列がほとんど同じであることが分かり、新レトロウイルスの第1発見者をめぐり、論争が起きた。これが「エイズ疑惑論争」である。
感染症の領域において通用する、因果関係の公式がある。ロベルト・コッホ(Heinrich Hermann Robert Koch;1843-1910)の「コッホの原則」がそれで、原則は以下の4つで示される。第1に、病原体はすべての病巣で見つからなければならない。第2に、病原体は患者から分離され、純粋培養されなければならない。第3に、植えつけられた病原体は新たに病気を起こし、接種された動物から再び分離されなければならない。第4に、病原体は偶然の病原性のものであってはならない。
コッホの原則は、細菌由来の病気を同定する際には有効であるが、ウイルス感染と発症には必ずしも当てはまらなかった。実験動物が確実に発症する保証はなく、日和見感染のように、潜伏の長い場合が多いからである。