アスペルガーの息子が巣立つ日…進学にまつわるあれこれ

アスペルガーの息子が進学すると言い出した!貯金ゼロのシングルマザーの私!!どうする?!すべて赤裸々に描いていきます

障害と向き合う 3

2016-10-22 13:29:21 | 息子のこと
読書をしなさい。

勉強しろと言ったことはあまりないが、これだけは繰り返し、子供たちに話して聞かせた。

息子はわりと読書が好きで、小遣いの大半は活字に消える。

クイズ番組を見ていてもかなりの確率で答えることができるし、「これ知ってる?」というような、物知りさん的な話題にもなんなくついてくる。

苦手なことが多くても、それをカバーする力が、彼には備わっていると感じる。

経験値を増やし、「絶対苦手」なものも「ちょっと苦手」くらいに克服できたら、彼は社会に適応することができるだろう。



彼の障害を、家庭でタブーにしなかった。

できないことを責めない。

別の手があることを認める。

今や毎日のように「さすが自閉脳」「やっぱちょっと変わってるわぁ」と笑いながら、彼の障害を面白がっている。

女子高生が全員同じに見える。声で判別するので、風邪をひいて声がかわるととたんに、クラスメイトの女子が誰か判別不能になる。

と夕食の最中、さも当たり前のように告白する息子に、娘と私は

はァ??

と大変驚いた。たしかに、私もAKBの区別はつかないし、ジャニーズもみんな同じに見える。がしかしこれは、中高年あるあるだと思う(違うというひと、ごめんなさい)。

そういえば以前受けたテストで彼は「聴覚優位」だと診断されている。目から入る情報よりも、耳からの情報のほうが多く、正確にインプットされるらしい。

こういう小さな「得意」「不得意」を理解しているかどうかで、本人へのアプローチが変わってくると思う。目から入る情報が苦手なひとに、「見て覚えろ」は無理だし、そのかわりに聴覚が発達しているならば、例えば音声にして記憶をする助けにすればいいのだ。

恐るべし自閉脳。

凡人の私や娘にはとうてい理解不能だけれど、彼は彼で、今を楽しく生きている。

ストレスは多いだろうと思う学校生活も、今までなんとかやってこられた。

あとは、社会に出る準備をしようね。




障害と向き合う 2

2016-10-22 13:04:45 | 息子のこと
できることと、できないことがある。

得意なことと、不得意なことがある。

でもそれは、みんな同じ。息子の場合、その度合いが激しいだけ。

そのことを正確に二人に理解してもらったことで、私はだいぶラクになった。

できることは伸ばす。

苦手なことは克服する努力をする。

できないことは、潔くあきらめる。

この、あきらめる という選択肢を作ったことで、彼は変わったと思う。

例えば、息子は小学校で学習する「筆算」ができない。継次処理が苦手なので、筆算のように手順の多いものは途中で、

自分が何をやっているのか。ゴールがどこか

がわからなくなってしまう。

筆算の学習の際、彼は上段の、答えをかく列だけを記入し、計算部分を空白で提出した。暗算でぜんぶやってしまうからだ。

答えはわかっている。しかし、その答えを導き出す手順がわからない。

これは小学校のとき、特別支援の先生にお聞きした。

訓練で克服できるものですか?努力でなんとかなるなら、繰り返し取り組ませたいと思いますが。

先生はこともなげにこう仰った。

いえ、おかあさん。ムリです。

無理ですと言い切られて私はこのとき、ちょっと可笑しくなった。

無理なら、努力するの、やめよう!

だいぶラクになった瞬間だった。

とはいえ、筆算ができないと算数のテストで点がもらえない。だから、この時私は、彼にこういう言い方をした。

「社会に出れば、筆算なんてほぼ使わない。計算が必要なら、社会人は100%機械を頼る。でも、あなたに今与えられた課題はこれ(筆算)だから、手順くらいは覚えてね。テストでマルがもらえないからね」

テストでマルをもらうかどうかは実は大きな問題ではないのだけれど・・・

私に似ず、完全理系の脳みそである彼は、国語、とりわけ現代文が苦手だ。中でも、

「このときの主人公の気持ちを20字以内で書き出しなさい」

というやつ。自閉脳は他人の気持ちがわからないのだから、書き出せるわけがない(笑)

その代わり、古文は好きだし、得意らしい。現代で使わない言葉遣いや、わかりやすい指標がたぶん、あるのだろう。

現代文の点数の低さを古文でカバーしている。これは全く予想外だった。

思いがけず「得意」といえる分野が増えた。


障害と向き合う 1

2016-10-22 12:36:17 | 息子のこと
仕事柄、かなり早い段階で、息子の自閉傾向に気づいた、と思っている。

はじめての子だったので、比較対象がなく、なんとなくおかしいと思いつつも、確信に至るまでにはかなりの時間がかかった。

離婚できなくて自分自身が不安定で、そのことが息子に伝播しているのかと思った時期も、ある。

実際、何度も当時の担当教諭にいわれた。

「おかあさんがもっとどっしりと構えて、子育てしてください」

私は、息子と向き合えていないのだろうか?どっしり構えるってどういうこと?

不安は尽きなかった。

離婚しても、子供を育てられるのか。経済的にやっていけるのか。

子供たちから父親を取り上げることの覚悟。

毎日毎日、仕事と家の往復で、悶々としていた。

離婚成立前に、息子の障害はわかったのだけれど、当時の夫にそのことは告げられなかった。

元夫は、障害児・者に関する知識がない。

自分の息子に、発達障害があることを、受け入れられるとは思えない。そして、そのことを

私は共有するエネルギーを持ち合わせていなかった。

夫婦で協力して、子供の障害に向き合う。それは理想だろう。

小学校で、定期的に持たれた面談の際も、何度も聞かれた。

それで、お父さんはどのようなお考えですか?

お考えも何も、話していないのだから考えなどあるわけがないのだが、話していないことを私は学校に伏せていた。

私ひとりで、息子の障害と向き合う。

そんな覚悟をしていた。

リハビリにも定期的に通ったが、これは「おでかけ」としか告げず、息子にもきちんとした説明をしていなかった。

吃音傾向があった息子を「ことばの教室」に通うのだと、リハビリのお姉さん(先生の事)に会いにいこうね。と毎回誘い出した。



私は、息子の障害を、世界で2番目に理解している。と、思っている。

もちろん一番理解しているのは本人、息子だ。

障害が確定してから、さまざまなサポートを受けてきた。小学校の特別支援学級の先生。本学級の担任。校長・教頭を含め学校全体。

中学校でも同様に、特別支援学級の担任と、元学級の担任。

そして、主治医である小児科のドクター。療法士の先生。

プロの視点や知識がなければ分析できない、息子の特長や弱点を、たくさん教えてもらった。

IQテストや、社会力のテスト(名前は失念)を実施し、彼の得意分野、不得意分野も知ることができた。

障害が確定しない前、できないことがたくさんあった息子に、「どうしてみんなと同じことができないの?」と聞いたことは、一度や二度ではない。このとき彼は、言葉が稚拙であったこともあり、自分の気持ちを表現し私にぶつけてくることはなかった。

ただ一方的に私が責め、息子はそのたび、泣いた。

ずいぶんかわいそうなことをしたと、今では思う。

あるとき、自閉症の特集を、ドキュメンタリー番組で放映していた。チャンスだと思い、私はその番組を、なにも言わずに息子と娘に見せた。

息子が小学校高学年、娘が中学年のころだったと思う。

幼いながらも、彼らは発達障害というものを漠然と理解してくれたと思う。

息子は「どうして自分がみんなと違うのかわかった」といい、娘は「兄ちゃんってこれ(発達障害)だったんだね」と合点がいった表情をした。


娘の受験に、兄の手助けを

2016-10-22 11:06:50 | 息子のこと
娘が高校受験を控えている。

昨日、三者面談に行ってきた。

希望する高校には、点数が足りませんと。

予想したとおりではあるが、実際に見た彼女の成績に絶句した(笑)

テスト結果は毎回、親の確認印が必要なのだが、彼女はいつも、「宅急便用」に玄関に置いてある認印を押して学校へ持っていっている。

知ってはいたけれど、黙っていた。

面倒だからではない。見せたくないという彼女の気持ちをわかっているからだ。

昨日、担任教師に見せられた結果はまぁ、わが子ながら驚く点数で・・・

今までも、「数学ならば兄ちゃんが得意だから、見てもらいなよ。教えてもらえば?」と勧めたことがあるのだけれど、

彼女は一向に了承しなかった。兄ちゃんは教え方が下手だから、聞いてもわかんない。

・・・おっしゃるとおりです(笑)

アスペのひとに説明をうけて、理解できる人は少ない(笑)

それでも、昨日の夕食のとき、

「あまりにもひどい点数だから、妹の数学、少しみてやってよ」と、二人がいるところで息子に話してみた。快く了承してくれて、娘もしぶしぶ、食後に兄の部屋に行き、数学を教わっていた。

教わっていたわりには、やたら攻撃的な口調だったけれども・・・

3つ違いの兄妹。

いっぺんに育てたという印象しかなく、それぞれに向き合えていたかというと非常に不安だ。

兄の障害には向き合ったつもりだったけれど、

下の子は全くもってフツーの子で、手がかからなかった。なんでも一人でやってしまう子で、聞き分けのいい子だった。

「学校に求めるのは社会力を養うこと。学力はその次。」

と言い続けた私の教えを彼女は体現していて、社会力は非常によく身に付いた。親の私がいうのもナンだけれど、彼女はどこに出しても恥ずかしくないと、胸を張っていえる。

学力を除いては・・・(笑)

勉強しよう、勉強したいと思うタイミングは、人それぞれ違う。

目標があるとないでは、また違うと思うし、何のために勉強するのか、ということに気づくのがいつなのか。によって、意欲がうまれる時期は、本当に人それぞれではないだろうか。

彼女はまだ、気づけていない。勉強する理由に。

それに気づいたとき、はじめて意欲が生まれると思っているので私は彼女に(息子にも)

勉強しなさい

と言ったことがない。

気づき だ大切だと思っているからだ。

でも、気づいてくれるのはかなり遅かったみたい。受験を目前にして、まだ彼女にはスイッチが入らない。

目標があるのなら、そこへ向かってがんばってみようよ。

私立単願で高校受験を突破した兄ちゃんと、あなたは違うのですよ(笑)


思考停止した息子。

2016-10-22 10:39:44 | 息子のこと
不合格の通知を受け取り、次のことを考えなければならない状況なのに、

息子は思考停止したまま。

無理もない。

進路を決めてからは、彼は彼なりの準備をしてきた。

小論文の課外授業をとり、毎週様々なテーマで書くことをしてきた。

面接練習は、担当してくれる先生の予定を聞いて予約をし、これも何度も繰り返した。

継次処理が苦手な脳の持ち主である彼が、予定を立て、それにまつわる準備をし、実行することは普通のひとに比べて難易度の高い作業であったことだろう。

負荷をかけ続けることは、私の狙いではあった。

よりラクなほうへ選択肢をひろげることは、やろうと思えばできた。

障害を理由に、特別支援学校へ進学する。その先は先生に、彼に会った就職先をあっせんしてもらう。支援学校ならば卒業後数年は、学校の介入があり、就職後のサポートもお願いできる環境ではあった。

しかし、それは彼を「障碍者として社会に出す」ということに他ならない。

履歴書にも「特別支援学校高等科」と記入する必要があるし、多くの場合、障碍者雇用として社会へ出るわけだから、最初から障碍者として生きていくしかない。

給与面でも差がつくのは歴然としているし、彼のやりたい仕事に巡り合えるかどうかといったら、これはかなり難しいと思う。

もちろん、これらの支援が必要な子は、世の中にたくさんいるだろう。支援学校からサポートをうけて就職することは、悪いことだとは言わない。

ただ、私は息子に、それを必要としないと判断したということ。

見栄とか体裁とか、そういうことではないのだ。差別心とも違う。



不合格通知を受け取った日、私は残業が長引いて、彼の寝た後帰宅した。言葉は交わさなかったし、LINEで「これからのことは一緒に考えよう」と送ったけれど、あれ以来、息子と一対一で話す機会をまだもてていない。

娘(中3)のいる場では、彼の言葉をうまく聞き取れないと思うからだ。

娘は、兄の障害を理解しているが、思春期・反抗期もあって素直に兄と向き合う機会が最近少ないように思う。

横やりを入れられて、彼が素直に心境を吐露できるか。難しいだろうと思う。

今日、帰ったら少し時間を作って話してみよう。

これからのこと、と漠然と言われても彼はたぶん、どうしたらいいのか、途方に暮れているのだと思う。

息子よ。

慌てず考える時間を作っていいけれど、決定の時期はもう目前だから、そうそうのんびりはしていられんよ。