犬と暮らせば

フランス人の家族だ 土曜日 春一番 2021年2月20日 日常

1)上天気だ 平和公園のお蔭で 知らない人と 話し合う機会が 貰える
今日は フランス人の親子4人 だ(子供:男8才女6才)と 犬のお蔭で仲良くなった
2)日本人と違って 子供が最優先で無い所が 何とも 気持ちよい
自分たちが 原爆の事実を理解しようと してる
3)質問が なぜ アメリカは 日本に 落とした から 始まる 
:ロシアとの競争だろうと 回答 
貞子(サダコ)の物語は よく知られているらしく 折り鶴に感激してました
4)で質問がなぜ 日本は 原爆が 落とされる まで 降伏しなかったのか と来る 答えにくい 
5)こう聞いて来るのは「パリを守る為に ドイツに降伏する フランス人」だからでしょう
6)僕の答えは 日本はアジア人の規範として ヨーロッパ文明に 死んでも戦いたかったからでしょう
インドは英国に ベトナムはフランスに インドネシアはオランダに 植民地にされ 中国は分断され 全面的に負けていました
アジアの中で 国として 西欧文明と 戦うのは 日本だけだ と 思っていたか 死に絶えるまで 戦ったのだと 思う と 答えた : 
7)どうも フランス人の質問は 思慮深い
で何より 子供たちが オトナシく 聞いているのが 何とも 素晴しい

朝:トースト 黄身の多いオムレツ:目玉:法蓮草
昼:冷凍:シラスご飯:焼売6ヶ:卵とじ味噌しる
3時:イチゴケーキ 4時 カヌレ 6時 人参 ツナ 卵(リシリン?韓国)
浅蜊と野菜炒め みそ汁 玄米ご飯

コメント一覧

江里
まあ、今でもですか。ちょっとほほえましいです。
つけたしですが、萩や宮島では景色も旅行気分ももうちょっと楽しめたようにおぼえています。平和公園と原爆資料館が特別だったような....私の時は終戦からまだたったの30年ちょっとぐらいだったので、広島で会うおじさんおばさんたちは皆、被爆体験者に見えました。学校も不謹慎なことが間違っても起らないようピリピリしていたはずです。公園で談笑するのも禁止.....そんな厳粛な気分を味わうのも当時は学習の一部だったのかもしれませんね。浅井さんのブログを読むと、国際交流やら宗教の勧誘やらイヌ好きどうしの語らいやらもある市民の憩いの場になっていることがわかる平和公園、私が行った時とは違う雰囲気のようです。
市民と語らうのを義務づけた現在の修学旅行は本人たちにとってはかったるいでしょうが、リラックスしていて好感が持てます。
asai0088yo
江里様
 日本の学校の 修学旅行は 楽しく無さそうですよ
紙と鉛筆を持って 書き込む 作業が 大変ですよ
 勿論 学生さんには 地元の人に 聞くと 言う 作業もあって
僕は 良く追っかけられて 「悲惨さ」を 言わされます
 で暫く付き合って
 別れ際に 僕が 「広島って 空が広いだろ?」って 声をかけると
どう答えて 良いのか 分からずに 顔を見合わせてます
stockport
イヌ連れと子供連れが深い話ができる平和公園ってすごい場所ですね。
原爆投下は絶対正当化できません!勝つためには何でもあり、の戦時下でもです。日本も占領国でひどいことをしたり連合国軍の捕虜を虐待したりで負い目があるのは確かですが、だからって原爆を落とされても仕方ないなんて道理はありません。ソ連に先んじて原爆を使用したかったアメリカの非道さをフランス人に説明できる機会があったのは何よりでした。
言いたいことはいーっぱいあるのですが、今回はフランス人との国際交流という心温まる話題なので、このへんでやめます。
平和公園、いいですね。修学旅行で行きましたが自由時間は全くなく千羽鶴を手向け、資料館まで行進、カメラの持参も移動中の私語も禁止で当時の管理教育下の公立中学の典型的な修学旅行は少しも楽しくありませんでした。もどってから世界平和や原爆の悲惨さについて平和公園で学んだ体験をもとに作文を書かされることがわかっていたので、そのことばかり考えていました。今なら川をのぞき込んだり被曝トイレで記念写真を撮ったりイヌを連れた人にイヌをなでさせてもらったり、楽しいことがいっぱいできそうなのですが。
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