日暮しのたりのたり

心象風景を、感じるままに書いてみようと思い立ち、やがて自分の姿が見えてくればいいな。云わば独り言みたいなものです。

東京電力の役員は全員改選すべきだ

2011-03-30 10:34:47 | 日記
 責任を津波のせいにしようとする発言が目立つ。
 何を考えているのか? 先々の風評によって経済的大打撃を蒙ることを避けようとしているとしか思えない。つまり、よって立つ価値観が“我欲”になってしまっているということだ。この時期最も卑棄すべき思想に、囚われてしまっているということだ。
 とはいえ、幹部役員個人個人の思想は決してそうではないと信じたい。組織権力が狂わせてしまう仕業だと思う。

 かつて最も高い価値観を持って教育を育み、多くの人材を輩出したかの大地は、いま大災害に見舞われているのだが、避難民の大部分は再びその大地に根を下ろし、がんばろうとの気概に満ち満ちている。 このことを私は大切に思いたい。

大災害に直面して

2011-03-27 21:45:30 | 日記
 災害に遭われた人達に、どうか気持ちを強くして生きてください。
 と送りたい。

 私に出来ることは最大のことを実行したい と、思っています。私に大きな影響と豊かな感傷を、そして最高の情緒を与えてくれた東北の大地を私は愛しています。

 この最大の有事に現地で活動をつづける人達は、悲惨な泥沼から立ち上がって「利他」を実践しているのです。肉親を目の前で流されてしまった人、飢えと寒さに震える年寄り、散々苦労を重ねて築き上げた資産を一瞬のうちに全て流されてしまった壮年、水の引いた瓦礫の痕を、家族の名を叫びながら必死に探し回る子供たち。
 
 食料とライフラインの確保の為、自衛隊は遺体の探索や行方不明者の捜索を続けながら、物資輸送や安全確保のため、通路の整備に懸命の努力を続けている。

 福島の原発では被害拡張の抑制に決死の作業が続いている。

 食料や医療、住環境確保の為に、多くの人達が無償の努力を重ねているのです。


 深刻な事態を目の前にしても、一向に変わる様子がないものがある。相変わらずの価値観のままに管理を実行しようとする組織である。
 石原慎太郎さんが「我欲のポピュリズム」といった。これは組織や管理者、為政者やマスコミ、評論家 に対して言った言葉で、現場に対しての発言ではない。
 かかる者たちへ「罰である」といった言葉はまったく正しいと私は思うし、衝撃的な感動すら覚えた。
 日本の教育制度の中で、常々「価値観を」正しく教えてきただろうか?企業理念の多くはコーポレーテッド ガバメントを軸にして、恥ずかしくもなく営利事業を唱える。

  東京電力の幹部コメントや、為政者の発言に聞き入るたびに、「本当にこの人達は現場の人達の視点で発言しているだろうか?」と疑ってしまう。

 「報告がない!」だの、「申し訳ございません」だの、もう聞きたくない。
 へりでげんばに行くなら、防御服を着て、2号炉3号炉の前で指揮をしてみろ!といいたいだけである。