先日、総合化学メーカー・宇部興産が山口県に所有する「宇部興産専用道路」を、熾烈な予約競争を制して見学しました。その様子を報告します。こんな社会科見学は、約11年前に日野自動車の工場を見学して以来です。
まず、その専用道路について。これは山口県美祢市にある宇部興産の伊佐セメント工場と宇部市の工場を結ぶ、全長約32kmに及ぶ「私道」で、日本最長の私道と言われています。同社が生産するセメントの原料(クリンカー)や石炭などを輸送する専用の道路で、もちろん関係者以外は立入禁止。そこを行き交う輸送車両も、セミトレーラの後ろにもう一両トレーラを連結した「ダブルストレーラ」と言われる極めて特殊な車両です。
いすゞの重量物を牽引するための2デフトラクタ「重トレ」がけん引する、ダブルストレーラ(以下、特大車とします)です。車両総重量(車両の自重と積載可能な重量を足した重量)120tで全長が30mに達する巨体で、このサイズと重量では公道の走行は不可能。そのため、公的なナンバープレートの無い「構内専用車」です。この巨体がカーブを通過する姿は圧巻です
何故、自社専用の道路を確保してまでこんな輸送をしているのでしょうか。かつては鉄道による輸送を行っていましたが、その路線(美祢線)が駅と信号場でしか行き違いが出来ない単線で輸送力に限界があった事と、当時の国鉄による毎年の如く実施される運賃値上げに頻発するストライキ、そして積荷の積み下ろしに時間がかかる事が重なったため、輸送効率に優れたトラック輸送に切り替えたそうです。ただ一般道では輸送量に限界があるうえ、定時性に難があることから、こんな専用道路を建設したのですね。何ともスケールの大きな話です。
以前はこんな特大車だけでなく、更なる輸送力の増強のために補助エンジン付きの3両目を連結した「トリプルストレーラ」も走っていました。エンジンの出力はメインと補助を合わせて800馬力に及び、車両総重量が150tに達するお化け車両だったのです。ところが当時の制御技術ではメインエンジンと補助エンジンの総括制御がうまくいかず、動きがギクシャクして故障が頻発。また、急制動をかけると後ろのトレーラが暴れ出して手が付けられない危険な状態に陥ることもあり、使用を停止しました。
まず見学したのが、美祢(みね)市にある伊佐セメント工場でした。
バスの車窓から撮影した、セメント工場の全景です。この煙突の高さは200mあるそうです
工場の隣にある鉱床から掘り出した石灰石に灰など様々な物質を混ぜ、ロータリーキルンと呼ばれる筒状の窯で焼き(1,400℃もの高温です)、クリンカーと呼ばれる半製品を作っているのが、この工場です。この窯は直径6メートルで長さが100mくらいありそうな大型の窯で、世界最大級だとか。また発生する熱も膨大で、バスの窓を開けただけで猛烈な熱気に襲われました。その世界最大級の窯の画像が欲しいところですが、工場内では残念ながら撮影禁止でした。
工場内を通り、未舗装の坂を上って展望台に到着しました。ここから、石灰石を掘り出す鉱山が見られました。鉱山と言ってもトンネルを掘るタイプではなく、海外で多い露天掘りで、直径1,2km・深さ100mにも及ぶ広大な穴が掘られているのです。
遠近感が狂いそう! 階段状に掘られた鉱山です。写真1枚には到底収まらず、またこの迫力は写真だけでは伝えようがありません
そこで使われるダンプも、公道を走りようが無い特大ダンプです。
コマツ製の、60t積み特大ダンプです。車幅5mに高さ5mなど、全てが桁外れのスケールです
石灰石を山盛りにして走るダンプです。全長が意外と短くて高い位置に60tも積むので、まるでトレーラを牽引するトラクタの「しゃくり」のような振動があるようですね
雨水が底に溜まった鉱山の底で活躍する特大ダンプ達です。特大サイズの筈ですが、まるで蟻のように見えますね。尚、鉱山内は35km/hの制限速度があるそうです
荷台を持ち上げ、集積所で荷卸中の場面です。その轟音は数百メートル離れた展望台にも伝わって来ます。※展望台から撮影
展望台にある、特大ダンプのタイヤです。これだけで、直径が2,7mあって重量が1,4tもあります。1本100万円とのこと
展望台での見学を終え、次はいよいよ宇部興産専用道路を走ります。展望台を出る前に、私たち見学者を乗せたバスの車体(特にタイヤ周辺)を念入りに洗車します。これは工場外の道路を石灰で汚さないための配慮で、ここで洗車しない限りけして外に出られないそうです。他にも鉱山で発破を仕掛ける際には周辺の民家で騒音や振動の測定を実施し発破の時間を正午に限定するなど、住民への配慮が厳密に行われています。他にも、事務所で使用する文具の一つをとっても地元の商店から調達するなど「地域との共生」を徹底している、とのことでした。
工場の見学を終えた後は、同社の専用道路を走ります。工場から一旦出て、専用道路に進入しました。
ゲートを通過して、いよいよ専用道路に入ります。ここから先は、特大車最優先で関係者以外立ち入り禁止の、言わば聖域です
バスの車窓限定という限られた条件下での撮影は苦労しました。基本的に片側2車線の高速道路のような道路ですが、標識の数が少なくて部外者には内容がわからない標識があるのが印象的です。最高速度は70km/hですが、所々でそれ以下の速度制限がありました
途中にはトンネルもあります。伊佐トンネルといい、ここは3%の上り坂。特大車の場合はエンジン全開でも7分かかって速度が30km/h台に低下するので、そのためオーバーヒート等のトラブルが一番発生しやすい場所だそうです
宇部工場の手前にある「興産大橋」で、これも専用道路の一部です。この道路のためにこんな巨大な建造物を作ったとは、何と言っていいやら…
バスの運転席にあるサンバイザーが恨めしい写真ですが…橋の下を大型船が通過できる高さ(35m)を確保するため、全長1km余りの長さで6%の勾配があります。ここを走る特大車にとっては難所で、平地で勢いを付けて登り始めても最終的には20km/h以下まで速度が落ちます。この橋の上り勾配で停止状態から発進できること(もちろんフル積載状態)が車両の選定条件でもありますが、ドライバーにとってもこの上り坂で坂道発進補助装置を使わず発進させる運転技術が求められます
一般道と平面交差する場所には、専用道路のための踏切もあります。これは、特大車を極力停車させないための設備だとか。私達(観光バス)が通過するためにも、遮断機を下げて頂きました。すみませんね(笑)
この道路は一般的な道路と違って私有地なので、道路交通法など公道で課される法律の適用外。そのためこんな特大車が走れるのですが、それゆえけん引や大型どころか、普通車の運転免許さえ無しで運転したとしても公的なお咎めはありません。しかしそこは安全最優先、公道の運転で必要なけん引までの免許取得は勿論の事、1か月程度の見習い期間(助手席に同乗など)を経て試験をパスし、ようやく専用道路を運転できるライセンスが発行され、運転できるのだそうです。
晴れてライセンスを取得して運転できるようになっても油断はできず、速度違反が発覚すればライセンスにパンチで穴が開けられ、2回目にはライセンス没収という厳しいペナルティーが待っているとのこと。また関係者であれば誰でもこの道路を利用できるわけではなく、理由を明記して利用申請書を提出し、それが認められて許可証が発行され、初めて利用可能とのこと。実際にこの道路には、数分おきにやって来る特大車以外に構内で作業をするその他のトラック(公道走行可能な車両)がちらほら見られる程度。不特定多数の車が行き交う無法地帯の公道とは比べ物にならない安全性が確保されていると思いました。
専用道路の途中にある、整備工場の隣にある駐車スペースで車両の見学もしました。日本ではここでしか見られない、特大車を間近で見られる極めて貴重な機会です。まずは、牽引される側のボデーから。
2両1組に編成されたバルク(ばら積み)トレーラです。上のハッチから積み込み、下のハッチから排出するので迅速な積み下ろしが可能な構造ですね。1両40t積みですが、トレーラ側だけで4軸もあるのは凄いです。一見どれも同じに見えるトレーラですが、実は国産(東亜自動車工業製)とインドネシア製のトレーラが混在しています
次は、牽引するトラクタです。
いすゞ・ギガのトラクタです。直列6気筒で520馬力のエンジンを搭載し、トランスミッションは重量物牽引車ならではの16段MTです。一見普通の2デフトラクタですが、一回り大きな特殊サイズのタイヤに変更し、ディファレンシャルギアをそれに合わせたギア比に変更するなど、ちょっと見ただけではわからない改造を施された特注生産のトラクタです
トラクタとトレーラを繋ぐカプラ(連結器)です。グリスがこってり塗られていました
いすゞ車に限らず、特大車が履いているブリヂストン製のタイヤで「13R22.5」という、特殊なサイズ(直径114cm)のタイヤです。アルコア製のアルミホイールを履いていました
そして…
日本では殆ど見られない、アメリカのケンワースのトラクタ「C500」です。ボンネットスタイルの車体に、円筒形の燃料タンクや煙突マフラーがいかにもアメ車らしいですね。アメ車ではありますが、本来はオーストラリア仕様なので右ハンドルです。ボンネット車ゆえホイールベースが長く、狭い場所ではハンドル操作に特に神経を使うそうです
嬉しいことに、キャブ内にも入れて頂けました。巨体とは裏腹に運転席内は必要最小限のスペースしかなく、日本の2t車(小型トラック)なみに狭いのが意外です。助手席のコンソールボックスに手が届きそうでした
イートンフラーの18段トランスミッションです。ギアチェンジするにはシフトレバーの途中にあるレバーで更なる操作をするのですが、難解です。しかもノンシンクロらしく、要ダブルクラッチ。こんなお化けミッション、マスターしたいです
運転席と助手席の間には、ボデーの操作パネルが設置されていました。積荷が違うとは言え、スイッチだけで積荷を出し入れできるのは、特積屋としては少々羨ましいです
こちらはケンワースの新しい車両「T609」です。同じアメ車でも実はオーストラリア製で、アメリカ製の右ハンドル仕様の製造が中止されたため、オーストラリア製に切り替えたそうです。このトラクタだけでも全長が長いのですが、本場の大陸横断仕様の車両と比べるとこれでも小さい方。キャブは「デイキャブ」と言う、日本車で言うショートキャブ仕様ですが、本国ではこの後ろに「スリーパー」と呼ばれる居住スペースを設置します。全長もホイールベースもその分長くなります。
またこのケンワースに限らず大部分のアメ車のトラクタは、旅客機のジェットエンジン同様にエンジンメーカーを選べるのが特徴です。デトロイトやキャタピラーなど社外のエンジンを選べるのですが、この車両はカミンズの赤いエンジンが搭載されています。カミンズの場合、日本に日本法人「カミンズジャパン」と取扱ディーラーが各地に点在するので、最寄りのディーラーでアフターサービスを受けられるのが魅力だそうです。尚、アメリカ製の方はキャタピラーのエンジンです。
整備工場の外にはバルボリン製のカミンズ向けエンジンオイルの青いドラム缶が並んでいました
このオーストラリア車の運転席も見せて下さいました。ステップや バーの位置が国産車とまるで違うので、乗り降りは緊張しました
運転席から前方を撮影したものです。キャブオーバー(通常の箱型キャブ)の運転席しか知らない私にとって、前方にボンネットが突き出た眺めが何とも新鮮…ですが、前方視界はその分悪いです。特にボンネット直前は確認用ミラーも無いので一切見えません
木目のインパネに、ゴールド縁のアナログメーターがずらりと並んでいます。それにこの内装の内貼りって…標準仕様とは思えないゴージャスな雰囲気に、言葉がありません
何故、こんなアメ車まで輸入しているのか? この車両が販売されているオセアニア方面では、トレーラを3両も4両も連結した「ロードトレイン」が当たり前に走っているので、牽引するトラクタ側もそれに対応していて、エンジンの出力もそれなりに対応(600馬力級まであります)しているうえ改造が最小限で済むからだとか。ただ日本に正規輸入ディーラーが無いので、英語しかない取扱説明書や補修部品を発注してもなかなか届かず、忘れた頃に届く「コアラのような仕事ぶり」など、苦労も多いそうです。
上記のいすゞやケンワース以外にも、様々な車両が走っています。
最近初めて導入された、スカニアのトラクタ「R580」です。現在はスカニア以外では殆ど生産されないV型8気筒のエンジンで、580馬力あります。また、ここで使われている特大車群の中で唯一の2ペダル車(12段AMT)でもあります
同じスカニアの特装系単車「G450」で、日本では非常に珍しい車両です。これも構内専用車ですが、オフロード走行を前提とした車両のようですね。日本ではナンバー取得が不可能と思われます
この他にも、ボルボ・トラック(乗用車のボルボとは別会社)やいすゞの新型ギガの姿もありました。
これらの車両と設備を使って、朝6時30分から21時まで365日年中無休で工場を往復し、輸送を行っています。ドライバーは途中で交代するものの、この時間の間に1日10往復程度、1日の走行距離が約700kmに達します。トラクタの場合は8年間で160万キロ程度走行してから廃車されるパターンだそうですが、走行可能な距離が意外と長いですね。やはり、専用道路ゆえ発進・停止を少なくできるのが理由と思われます。また燃費はリッター700m程度ですが、総重量120t・積載量80tでこの燃費はなかなか優秀ではないでしょうか? 10t車(ナンバー取得可能な全長12mの大型単車)の燃費がおよそリッター3km台なので。
念願が叶って、いつか見学したいと切望していたこの施設を見学出来て、感無量です。この見学ツアーを開催して下さった協議会の皆さんや宇部興産株式会社様に感謝します。また、ここに辿り着くまでは数多くの困難がありましたが、多くの方々の尽力のお蔭で見学が実現しました。この場を借りて、お礼を申し上げます。
以下、余談です。
帰りに利用した広島空港で目撃した、航空機に給油するための航空給油車です。燃料タンクだけでなく、翼にある給油口に辿り着くための昇降機や燃料圧送ポンプなどが設置されています。それゆえサイズも重量も大きくなるので、本来は輸出専用で車両総重量30t級のシャシ「高床4軸」をベースに昭和飛行機が製作した、典型的な構内専用車ですね。他にも航空機の搭乗に使われるタラップ車や特大ランプバスなど、空港は構内専用車を含めた特殊車両の宝庫です