https://blog.goo.ne.jp/0345525onodera/e/7fb4394effeba2101c6d3b161e669827
もう一度~ユダヤ人という民族は存在しない
https://blog.goo.ne.jp/0345525onodera/e/4919eb88e8e33a2d252d3ce1e2dd31c3
馬淵睦夫先生の一人かたり
https://www.youtube.com/results?search_query=%E9%A6%AC%E6%B8%95%E7%9D%A6%E5%A4%AB
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関連記事:アグネス・チョウ(周庭)
https://blog.goo.ne.jp/0345525onodera/e/2e1c386d74e7f0d98027c15cde47a9d6
周庭「香港民主化デモ」中国による過激な香港の弾圧に対し日本ができることは?「光復香港・時代革命」馬渕睦夫
混沌とした各国の思惑や情報戦のさなか、世界を横軸に視ることで国際情勢を多面的に捉えることができます。現在ネットで話題になっている、他では聞けないニュースをお届けします。
香港の民主化運動は、反政府デモ「雨傘運動」で学生リーダーを務めた周庭(アグネス・チョウ)氏や黄之鋒(ジョシュア・ウォン)氏らが代表を務めた。中国政府が香港の民主主義運動弾圧のため「国家安全維持法」を導入してからわずか数ヶ月、元イギリスの植民地として一定の自治を保ってきた香港は、中国に完全な服従を強いられた。また、在日香港人の民主活動家ウィリアム・リー氏は、国家安全維持法(国安法)施行で締め付けが強まった後も、仲間と共に日本から抗議の声を上げている。
未来ネット / 旧林原チャンネル『ひとりがたり馬渕睦夫 #66』東京オリンピックの総括・アフガン問題についてより文字起こし。
香港ドルは「香港の中国化」で消滅の危機
緊張状態が続いてる香港情勢、このような国際情勢を受けて、現在市場関係者の間で注目されているのが、紙くずになるかもしれない香港ドルの今後である。国家安全維持法が可決されたことによって、何が変わるのか?例えば、香港に中国政府独自の治安機関が設置されたり、香港独立や中国共産党への批判が違法になり、集会が自由にできなくなる。など今までの香港ではなくなり、自由がなくなってしまうのではないかと懸念されている。中には香港から投資資金を引き上げる人や、香港から国外に脱出する人も見られ、国際金融センターとしての香港の地位が今後とも続くのかがどうかが注目されている。
悲劇の東アジア黙示録、ウイグル、チベット、ブータン、インド
香港問題「金融の街」から「人権侵害の街」へ
馬渕睦夫:高校生の方のご質問で、新・日英同盟と脱中国 新たな希望を読ませていただきました。あの難しい本を、高校生の方に読んでいただいて。恐縮ですが。
質問者:香港の弾圧を助けるために、できることは何だと思いますか?
馬渕睦夫:ありません。
日本ができることは、ないんです。間接的ですが、今のような日本の政界から親中派を除く、ということですね。
我々の力で、習近平の考えを変えようなんてできませんから、それよりも、習近平を間接的に支援している日本の政治家、一階と三階の間(二階俊博)にある方とかね、そういう方も含めて、そういう方に政界から引退していただく、ということが、我々ができることだと、具体的にできることだと、いうふうに思います。
下記は亡くなった方の発言です。つまり日本は何もできないということです
https://www.youtube.com/shorts/qiY4g5azMH4
ある日突然
https://blog.goo.ne.jp/0345525onodera/e/bf791a490a7a9d06f0d481e58c6ef07e
キッシンジャーが佐藤栄作元首相に対して何と言ったのかめん玉かっぽじってお読みなさい。現在の日本はかつての南ベトナムのようですがパリ和平協定の時に車から降り立った北ベトナム外務大臣グエン・ズイ・チン(Nguyen Duy Trinh, Minister for Foreign Affairs for The Democratic Republic of Vietnam)の祖国を代表する堂々とした真っ白なアオザイ姿を忘れることができない。田中真紀子さんなどとは程遠い若い和服を着た教養のある日本人女性外務大臣も出てくるでしょう。日米安保廃棄のために。必ずそういう時がやってくるのです。
各国代表の調印者
ウィリアム・P・ロジャー国務長官(アメリカ合衆国政府代表)
チャン・バン・ラム外相(ベトナム共和国政府代表<南>)
グエン・ズイ・チン外相(ベトナム民主共和国政府代表<北>)
グエン・チ・ビン外相(南ベトナム共和国臨時革命政府代表<解放戦線>)
ベトナム和平パリ協定全文
ベトナム戦争は当時高度成長期にあった日本にも大きな影響を与えた。ベトナム戦争の期間中、7年6か月間に亘って日本の総理大臣を務めた佐藤栄作(1964年秋~1972年春)は、日米安保条約のもと、開戦当時はアメリカ軍の統治下にあった沖縄や横須賀、横田などの軍事基地の提供や、補給基地としてアメリカ政府を一貫して支え続け、1970年には安保条約を自動延長させた。(Wiki)
ヘンリーキッシンジャー(ベトナム戦争当時の国務長官)が引退後書いたMY WHITE HOUSE YEARS があるが原書版333ぺージにこう書いている....Sato arrived at the White House on November 19,1969.He represented a country that had rested its entire security and foreign policy upon the United States.(佐藤は1969年11月19日ホワイトハウスに到着した。彼はその安全保障と外交政策の全てを米国に依存している国を代表して来た,と。)また面白いことにキッシンジャーは和平条約締結当時の北ベトナム政府代表団の毅然とした態度を褒めちぎっていたのが印象に残った。米国は日本が米国の奴隷になることなんて要求してはいないのです。
日本は女形の国なんですよ。管理人の海外生活が長かったのはそのためです。
http://web.archive.org/web/20170502100404/http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/414.html
『私は女形の持つ恐怖を読者に訴えかけた。天皇ヒロヒトは、男でもなく、女でもなく、その恋は下から上への恋闕(れんけつ)である。これ以上に恐ろしき恋情がこの世にあろうか』安倍首相もそうですよ。私はこの国の本当の怖さを最近分かってきました~というか分かったふりをしています。ふりをしないととてもじゃありませんがこんな国で生きてはいけないのです。
女形の哀しさ
http://web.archive.org/web/20170720214327/http://www5b.biglobe.ne.jp/~kabusk/dentoh14.htm
渡辺保:女形の運命 (岩波現代文庫)
0345525onodera さんが 2022年10月21日 に書かれた記事をお届けします。 続きはリンクから |
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