残念で無念な日々

グダグダと小説を書き綴る、そんなブログです。「小説家になろう」にも連載しています。

ただひたすら走って逃げ回るお話 第九六話 そのキレイな顔を吹っ飛ばしてやるお話

2016-09-21 23:14:38 | ただひたすら走って逃げ回るお話
 裕子と礼をキャンピングカーに残し、外に出たリーダーの男はため息を吐いた。さっき裕子に言われた言葉が、男の心に突き刺さった。
 誰だってこんなことやりたくはない。だが仕方がないのだと自分に言い訳する。39人の避難民を束ねる彼には、何をしてでも食料などの必要な物資を手に入れる義務があった。

 この避難民のグループは、感染者から逃れる人々が自然に集まって出来上がっていったものだった。出身も年齢も性別も皆バラバラで、そんな連中が今のところ纏まっているのはひとえに感染者への恐怖からだった。だが食料が無くなったら皆余裕を無くし、今度はその恐怖が仲間への恐怖へと変わってしまうだろう。

 リーダーはとある商社で部長を務めていた。避難する時に同じ会社の人間が何人かいて、その中で一番役職が高かった彼が自然とリーダーの座に収まることになったのだ。
 感染者からの逃避行を続けるうちに、グループの人数はどんどん増えていった。それに比例して消費される物資と守らなければならない人数も増えていく。女子供、それに年寄りは戦力にならなかったが、見捨てるわけにはいかなかった。

 感染者との戦いで仲間を何人も亡くしながらも、グループは人気の少ない場所を目指して走り続けた結果、このキャンプ場にたどり着いた。元々過疎気味だった村の内外には感染者も少なく、うち捨てられたキャンプ場は彼らにとっての新天地になるかと思われた。

 キャンプ場にたどり着く以前から、リーダーは偶然生存者に出くわすようなことがあると、その度に彼らを襲って物資を奪っていた。物資が大量にある大都会は感染者の数が多くて近づけず、かといって感染者の少ない郊外では先に商店を訪れた生存者たちに軒並み持っていかれたのか、食料を手に入れることが難しくなっていた。
 どこからも手に入れられないのなら、持っている奴らから奪うしかない。そんな結論が下されるまで時間はかからなかった。最初に他の生存者のグループを襲った時、そのグループから略奪できた食料の量が多かったことも、彼らが生存者からの物資の収奪を止められない一因となっていた。感染者に怯えながら危険な街を、わずかにしか残っていない物資を求めて彷徨うよりも、生き延びるために食料を貯め込んでいる人間を襲った方が手っ取り早い。

 グループの皆は当然、最初は略奪なんて真似には反対していた。しかし餓死の危機が近づいてくるにつれてそんなことを言う者は少なくなり、人を殺さないことを条件としてグループの大人たちは略奪行為を黙認するようになっていた。
 なるべく人を傷つけないというのは、自分たちが人間として生きていることを示すためだった。銃さえ持っている彼らが誰かを殺すのは容易い。だが欲望の赴くままに人を襲い、殺して回っていたのでは動物と同じだ。人を殺さないことだけが、生存者たちの精神的な支えになっていた。

「そういやあの三人、遅いっすね」

 狩猟用の散弾銃を抱えた青年が、キャンプ場の入り口の方向を眺めながら呟く。もう二人いるという生存者を捕まえるために三人残してきたのだが、帰りが遅すぎる。とっくに戻ってきてもいい頃なのに、三人は未だに姿を見せない。

「手間取っているのかもしれない。もう少し様子を見よう」
「それよりさっさとあの二人を連れて、その学院とやらに行きましょうよ。早いところ話をつけましょうや」

 青年が下卑た笑顔を浮かべる。以前は人を殴ることすら躊躇する奴だったのに……と、リーダーはグループが変わりつつあることを実感した。長い間様々な恐怖やストレスにさらされ続けた結果、主に若者を中心にして過激な行動に出たり、暴力的な考えを抱いている者が多くなってきている。生きるために略奪という非道な行為に手を染めているのに、最近では暴力を行使することを目的として考えている節がある連中が多い。

「ダメだ、交渉材料は多い方がいい」
「んなこと言ってる間にあの二人の仲間が防備を固めてたらどうするんすか。連中も銃を持っているとはいえ、こっちの方が人数は多い。交渉なんかしないでさっさと行って全員殺せばいいんですよ」
「お前……!」

 さすがにその発言は聞き捨てならなかった。思わず大声を上げかけたその時、「サオリが戻ってきたぞ!」という叫び声が森の方から聞こえてきた。サオリというのは、裕子たちの仲間を襲いに行かせた三人のうちの一人だ。
 リーダーと青年は顔を見合わせ、叫び声が聞こえた方向へと走った。何かがおかしい。もしも予定通り裕子たちの仲間を捕えて戻ってきたのなら、車のエンジン音が聞こえているだろう。しかしそのような音は聞こえなかった。
 それに聞こえてきた名前はサオリのものだけだった。全員が帰ってきたのなら、わざわざ個別に名前をあげたりはしない。ということは、戻ってきたのはサオリだけなのか?


 森の近くの駐車場に行くと、そこには銃を持った仲間たちと、身体を泥と傷に塗れさせた少女がいた。村に残してきた三人の内の一人、以前は女子高生だったサオリだった。後ろ手に縛られ、口には何かを咥えさせられている彼女の顔半分は、タオルやガムテープでぐるぐる巻きにされ、綺麗な部類に入るその顔は見るも無残なことになっている。何度も転んだのかジーンズの膝は擦り切れ、顔にも傷をこさえたサオリは何かに怯えるかのように、しきりに森の方を気にしている。

「どうした、何があった?」
「サオリがいきなり森の中から飛び出してきたんです。誰かに追いかけられてたのか、何度も後ろを振り返っていました」

 その言葉を聞くなり、リーダーは拳銃とトランシーバーを取り出して武器を持った仲間は駐車場に集まるよう指示した。裕子の仲間を襲いに行ったはずのサオリは縛られ、一人で戻ってきた。ただ事ではない。襲撃が失敗したことは明らかだった。

「他の二人は?」
「見当たりません」

 途端にサオリが声を上げたが、口に何かを咥えさせられているせいで意味をなさない呻き声にしか聞こえなかった。リーダーはサオリの口を塞ぐように巻かれたタオルとガムテープを外そうとしたが、何重にも巻かれているせいか上手くいかない。

「全員に警戒するように伝えろ。戦える者は武器を持って駐車場に集合、それ以外は車の中で待機だ」

 サオリが徒歩で村からキャンプ場までやって来たとは考えられない。きっと彼女は裕子の仲間に捕まった後、キャンプ場まで道案内をするように言われたのだろう。そして隙を見て逃げ出したに違いない。でなければ彼女が縛られ、わざわざ森の中を抜け出してここまで来る理由など思い当たらなかった。
 そしてサオリを捕まえた者が彼女の脱走に気付き、後を追ってきている可能性も高い。もしもそいつが姿を現すのなら、森に面した駐車場にやってくるだろう。何人でやって来ているのかわからない以上、なるべく人を集めておきたかった。

「待ってろ、今外してやるから」

 リーダーは詳しい話を聞くため少女の口に張られたガムテープと格闘していたが、一枚一枚剥がしていたのでは時間がかかってしまう。仕方なく、ナイフを取り出した。

「ナイフで切るから、動くなよ」

 駐車場には続々と、武器を持ったメンバーが集まってきていた。武器といっても銃を持っているのはほんの数人で、他はクロスボウやアーチェリーなどの飛び道具を持っている者もいるが、大半のメンバーはバットや鉄パイプなどの鈍器しか装備していない。今まで出くわした生存者はほとんどが銃を持っていなかったため、少ない銃器でも十分威圧することが出来た。それでも仲間や家族を守る分には少なかったために今回の襲撃を決行したのだが、リーダーはその判断を後悔した。やるならもう少し様子を見て、相手の戦力をきちんと把握してからやるべきだったのだ。

 ナイフの刃を慎重に口に巻かれたタオルと頬の隙間に差し込み、前後に揺すって少しずつタオルやガムテープを切断していく。口を塞ぐにしては、やけに厳重すぎる巻き方だった。サオリは口に何かを咥えさせられているようだが、巻かれたタオルとガムテープに覆われていてその正体はわからない。大きさから判断して、ボールか何かだろうか?

 周囲を銃を持った仲間が警戒する中、リーダーはようやくサオリの口に巻かれたタオルを切断することに成功した。次の瞬間、バネが勢いよく伸びる音と共に、何かが彼の額を直撃した。同時にサオリの口に巻かれていたタオルと一緒に、拳大の物体が地面に落下する。

「なんだ……?」

 地面に落ちた物体は濃緑色に塗られ、レモンのような形をしていた。その先端からはわずかに白煙が噴き出している。リーダーはその物体の形に見覚えがあった。彼の生まれ故郷は暴力団が抗争を続けている県で、小学校や中学校で警察から配られた注意喚起のポスターに似たようなものが写真付きで載っていた。

「手榴弾……?」

 なんでそんなものがこんなところに。最期に彼の頭に浮かんだのは人生を振り返る走馬燈でも後悔の念でもなく、ただただ疑問だけだった。





 爆発音と共に駐車場に集まっていた男たちが手榴弾の破片で全身を切り裂かれる光景を、少年は森の中から見ていた。少女が素直に自分の拠点へ向かってくれて良かったと、少年は彼女に感謝した。もっともその少女は自分の足元で起きた爆発に巻き込まれて、手足をバラバラに吹き飛ばされ絶命していたが。
 少年はわざと、少女が脱走するように仕向けていた。しきりに方向を尋ねたり、道を間違え、挙句の果てにはキャンプ場と反対側の方向へと向かっていったのも、彼女が一人でキャンプ場にたどり着くようにするためだった。彼女を木に縛り付けていたロープはあらかじめ緩く結んでおき、さらにはナイフで切れ目も入れてあった。

 最初は正面から殴り込み、ということも考えていたが、銃の性能と数はこちらが上回っているとはいえ、腕は二本しかない。一緒に連れてきた葵は戦力として考えられないし、銃撃戦となれば最終的には銃と扱う人間の数がモノを言う。そのため少年は捕まえた少女を罠として用い、敵の戦力を減らして奇襲をかける作戦を立てた。

 一人で帰ってきた少女を仲間は保護しようとするだろう。その時には警戒のために、銃を持った連中もやってくるに違いない。その時に爆発を起こして少女の仲間を巻き込ませることに成功したら、敵の戦力を一気に減らすことが出来る。そう考えた少年は彼女を拷問した後、その口に手榴弾を咥えさせた。手榴弾は安全ピンを引き抜いても即座に起爆するわけではなく、バネで安全レバーが弾け飛んだ後に爆発する。少女の口周りをタオルやガムテープでぐるぐる巻きにしてあったのは、猿轡が外されるまで安全レバーが吹き飛んでしまわないようにするためだった。

 そして少年の目論見は上手くいった。少女はわざと逃がされたとも知らずに自分たちの本拠地であるキャンプ場に向かい、仲間に保護された。警戒と保護のために少女の仲間は次々と駐車場に集まり、そこで猿轡が切られて手榴弾の安全レバーが外れ、爆発した。
 普通の人間はまさか自分の仲間が手榴弾を咥えさせられているなんて考えもしないだろう。訓練された軍人ならばブービートラップの可能性を疑い、爆弾処理班でも呼んでくるだろうが、生憎彼らはパンデミックが起きる前は普通の人間だった。早く楽にしてやろうという仲間への思いやりが裏目に出た形となった。

 一人を負傷させ、救助しようとした仲間をさらに攻撃する。狙撃手について書かれていた本ではそういった戦術について記載されていたし、現に少年も同じことをライフルの前の持ち主にやられたことがある。最小の手間で最大の戦果を挙げようと考えた少年が、そのような手段を取るのは当たり前のことだった。

 今の爆発に、少女の他にその仲間の男たちが7人巻き込まれていた。既に二人は少年自身が殺しているから、戦える男は後6人ほどしか残っていない。銃を持っていた者は、5人いた。
 銃を持っている者はあと2人だ。全員殺せなかったのは面倒だが、三人くらいなら何とかなる。少年は手にしたM1Aライフルを構え、マウントされたスコープを覗いた。キャンピングカーと大型の乗用車が停まっている方向から武器を持った者たちが3人、駐車場へ向かって走ってきている。爆発音を聞きつけ、何事かと確認に来たのだろう。

 少年はスコープのレティクルを走る男の胸に合わせ、引き金を二回引いた。金属バットを手にした男が胸を撃ち抜かれて頭からスライディングを決め、その後を走っていた者たちが驚いたように足を止めた。その隙を逃さず、少年は森の中から狙撃を継続した。距離は200メートルもなく、少年の腕でも十分狙える距離だった。
 銃声や爆発音、そして撃ち抜かれる仲間たちを目の当たりにして、生存者たちはパニックに陥っているらしい。駐車場の奥からは悲鳴が響き渡り、その中には子供の声も混じっていた。生存者のグループに子供がいることは把握していたが、もしも抵抗してくるようなら子供だって容赦はしない。

 駐車場から逃げようとする者もいたが、少年はその背中へと銃弾を浴びせた。武器を持っている以上、たとえ戦意を失っていても脅威であることに変わりはない。たとえそれがバットや包丁であってもだ。
 さらに二人を射殺し、誰も駐車場へ向かってこないことを確認すると、少年はスコープの倍率を等倍に切り替え、ライフルを構えたまま森から出た。駐車場では手榴弾の爆発に巻き込まれ、重傷を負いながらも運よく―――――――あるいは運悪く生きている者もおり、飛び散った血や肉片と負傷者たちのうめき声で阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げらている。

「た、助け……」

 腹を金属片に引き裂かれ、内臓を地面に零した青年が少年へと手を伸ばそうとしていた。少年はその手をライフルの銃身で払いのけ、青年の頭に一発発砲した。まだ生きている者がいたら、確実にとどめを刺していく。そして彼らが取り落とした銃から弾薬を抜き取って発砲できないようにすると、キャンピングカーなどが停めてある小川へと向かっていった。

 エンジン音を響かせながら、一台のワゴン車が砂利をまき散らしながら逃走を図ろうとしていた。運転席には必死の形相をした男と、後部席には女性の姿が見える。家族だろうかと少年は考えたが、どうでもいいことだった。横腹を見せて走るワゴン車、その運転席へ向けて集中してライフルを発砲する。
 防弾チョッキすら貫通するライフル弾にとって、車のドアなどベニヤ板も同然だった。放たれた銃弾の何発かがドアを貫通し、運転していた男の脇腹に突き刺さる。コントロールを失ったワゴン車が小川に突っ込み、擱座した。

 少年がライフルの弾倉を交換している間に、ワゴン車の後部ドアが開き、額から血を流した女が転げ落ちるように飛び出してきた。彼女は周囲を見回し自分たちを撃った少年の姿を認めると、両手を振りかぶり、奇声を上げて少年に向かって走り出す。
 パニックを起こして自棄になっているのか、素手でも一矢報いようとしているのか。どちらにせよ女が自分を襲おうとしていることは明らかであり、少年はライフルをスリングで胸の前に回し、拳銃を引き抜いた。足元の石を拾って投げつけようとしていた女に向かって二発、拳銃を発砲する。胸を撃たれた女は小川へと倒れ込み、済んだ水が流れ出た血で真っ赤に染まっていく。

「残りは24人か……」

 長いライフルは接近戦には不向きだった。少年は川に突っ込んだワゴン車の運転手にとどめを刺し、今までスリングで脇にぶら下げていた短機関銃を構えながら止まったままの車両の群れに近づいていく。子供の泣き声と女性の悲鳴が車の中から漏れ出ていたが、聞こえなかったことにした。

「この野郎っ!」

 一台のキャンピングカーの陰から、散弾銃を手にした男が飛び出し、引き金を引いた。とっさに地面に伏せ、短機関銃を単発で発砲する。腹に二発、頭に一発銃弾を食らった男が仰向けに倒れた。
 キャンピングカーの窓に若い女の顔が見えた。捕まっている裕子とかと思ったが、違う。恐怖で慄く彼女の顔を見返すと、女は慌てて顔を引っ込めた。車の中からは、子供の悲鳴も聞こえる。

「うわああぁぁぁあああっ!」

 悲鳴のような声をあげ、別のキャンピングカーの窓から身を乗り出した若者がリボルバー拳銃を発砲した。その弾は一発も少年に当たることなく、彼の背後にあった車に突き刺さる。窓が割れる音と共に、聞こえる悲鳴が一層大きくなった。弾切れになったことも気づかず引き金を引き続け、シリンダーを回転される若者の頭を冷静に照準に収め、少年は発砲した。頭から血と頭蓋骨の破片をまき散らす若者の身体が、窓の向こうへと消える。その手から取り落とされたリボルバーが、鈍い音を立てて車の外へ落ちた。

 これでもう、銃を持っている者はいないはずだ。今や悲鳴しか聞こえないキャンプ場で、少年は声を張り上げた。

「先生、迎えに来ましたよ!」
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1 コメント

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Unknown (多材山無畑)
2016-09-29 21:45:25
やっぱりな♂

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