yuujiga1banの学習ブログ

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弁証法はいかなる公式・教条主義とも無縁

2016-04-30 04:27:06 | 日記
おはよう学習。「反デューリング論」弁証法はいかなる公式・教条主義とも無縁
 デューリングは、弁証法をヘーゲルが思いついたク公式だと考えて、マルクスがこの公式をうのみにして押し付けようとしていると言って、「否定の否定」を避難しています。エンゲルスは、そこに反論していることも大事です。
 エンゲルスは資本主義が「小所有者の収奪のための諸条件を必然的に生み出したのとまったく同じように、いまや資本主義的生産様式もやはり、自己の没落を不可避とする物質的諸条件をみずから生み出したということを、歴史的に証明して、ここで簡潔にまとめているだけである」と言っています。
 つまり、マルクスは「否定の否定」などの「公式」をヘーゲルから借りてきて、歴史に押し付けているのでなく、歴史そのもののなかに現実に働いている法則を見つけたのだとエンゲルスは言っているのです。
 弁証法は、けっして観念論的な公式や教条ではなく、唯物論にしたがって歴史と自然の現実のなかに見いだされるべきものであることが、ここに言われています。
 エンゲルスは、この章の最後で、弁証法とは何か、ということをまとめています。
「弁証法とは、自然、人間社会および思考の一般的な運動=発展法則にかんする科学という以上のものではない」といい、弁証法がいかなる公式主義や教条主義とも無縁であると主張しているのです。
 これで第1篇 哲学を終了し、次は、第2編 経済学に入ります。

「否定の否定」は人間社会の発展をもしめす

2016-04-27 04:13:40 | 日記
おはよう学習。「反デューリング論」「否定の否定」は人間社会の発展をもしめす。
 マルクスは、「資本論」で「否定の否定」の形を通して発展する社会の姿をいききと描いています。
 次は有名な文章です。「いまや収奪されるべきものは、もはや・・・労働者ではなくて、多くの労働者を搾取する資本家である。この収奪は、資本主義的生産そのものの内在的諸法則の作用によって、諸資本の集中によって、行われる。・・・この転化過程のいっさいの利益を横領しで独占する大資本家の数がたえず減ってゆくのにつれて、貧困、圧迫、奴隷化、堕落、搾取が増大するが、しかしまた、たえず膨張し、資本主義的生産過程そのものの機構によって訓練され団結させれられて組織されてゆく労働者階級の反抗も増大する。資本は、この資本とともにまたそれのもとで開花してきた当の生産様式にたいする桎梏となる。生産手段の集中と労働の社会化とは、それらの資本主義的な外被と両立しえなくなる一点に到達する。この外被は爆破される。資本主義的私的所有の弔鐘が鳴る。収奪者が収奪される」
 桎梏とは、人の行動を厳しく制限して自由を束縛するもの。
 外被とは、内部の機器などを保護するための外側の構造。
 弔鐘とは、死者をいたんで打ち鳴らす鐘。
このマルクスの指摘は、資本主義が社会主義に発展する必然を語った言葉です。
アメリカ大統領選挙で民主党の候補者選びで善戦しているバニーサンダース氏は、自分が善戦している理由について分析し、このように演説した「アメリカの人々が不正な経済にNOを叩きつけているからです。もうこれ以上、平均的なアメリカ人が低賃金で長時間働いているにもかかわらず、新たに創造される富が富裕層の1%に集中するような経済を必要としていないのです。」
 超格差社会を生み出した現在のアメリカ資本主義社会でさえ、その資本主義をささえる政治的な構造や政策について、アメリカ労働者階級は取り払うことを求める世論が強まっています。弁証法的法則を人間社会の発展を研究し科学的に予言したその経済学は
ますます現実味を帯びて展開してきているのです。

マルクスが指摘した「否定の否定」②

2016-04-25 04:02:19 | 日記
おはよう学習。「反デューリング論」マルクスが指摘した「否定の否定」②
 エンゲルスは本書のなかで、デューリングに反論しながら、マルクスが「否定の否定」を使ったところを紹介しています。「それは否定の否定である。この否定は個人所有を再興するが、しかし、資本主義時代の成果を基礎として、すなわち、自由な労働者の協業と、土地および労働そのものによって生産された生産手段にたいする彼らの共同所有とを基礎として生産された生産手段にたいする彼らの共同所有とを基礎として再興するのである。自己労働にもとづく諸個人の分散的な私的所有から資本主義的な私的所有への転化は、もちろん、事実上すでに社会的な生産経営にもとづく資本主義的な私的所有から社会的所有への転化よりは、くらべものにならないほど長々しい、きびしい、困難な過程である」
 ここで言われているのは、「諸個人の分散的な私的所有」が否定され、「資本主義的な私的所有」となり、これがさらに否定されて、社会主義的な「社会的所有」へと転化される過程における「否定の否定」のことです。
 弁証法でいう「否定の否定」は、このマルクスの指摘がしめすように、単純な肯定ではなくて、より高次の段階への発展の意味をもっていることが重要です。
つづく

弁証法的法則3、「否定の否定」① 実例から

2016-04-23 04:10:52 | 日記
おはよう学習。「反デューリング論」弁証法的法則3、否定の否定① 常識的な意味で「否定の否定」といえば、単純な「肯定」となります。「人間ではないわけではない」と言えば、「人間だ」という意味になります。形式的論理学は、単純に「否定の否定は肯定」だと考えます。
 しかし弁証法でいう「否定の否定」は肯定の意味をふくみながら、単純な肯定ではなく、より高次の段階への発展の意味をもっていることが重要です。「否定の否定」は単純な肯定ではなく、発展を意味しています。
 マルクスが「資本論」で人間社会の発展における「否定の否定」といた文章を紹介する前に、エンゲルスは、「否定の否定」の実例として、5つの例をあげてることからみます。第1は、植物の成長の例。大麦の粒は適当な条件のもとにおかれると、発芽し(第1の否定)成長して、実り、秋には茎は枯れて(第2の否定)何十倍かの粒になる、などの例。
第2は、昆虫の例。蝶は卵から、卵の否定によって生まれ、変態を経過して、雌は多くの卵を生んで死ぬ。
第3は、地質学の例。「地質学の全体は、否定された否定の系列、つぎつぎに起こる古い岩石層の破壊と新しい岩石層の堆積との系列である」と言っています。
第4は、数学の例。代数学の例や再び微積分学の例をあげています。
第5は、歴史の例。「すべての文化民族は土地の共同所有から出発している・・・農耕が発展してゆく過程で、この共同所有は生産にたいする桎梏となる。それは廃止され、否定され・・・指摘所有に転化される。しかし、土地の私的所有そのものによって農耕のより高度の発展段階がもたらされると、そこでは、逆に指摘所有が生産にたいする桎梏となる。これこそ、・・・今日見られるところの状態である。この私的所有をもはや否定して、ふたたび共有財産に転化しようとする要求が、必然的に現れてくる」と言っています。
つづく。 

弁証法的法則2、量から質への転化②

2016-04-21 04:22:45 | 日記
おはよう学習。「反デューリング論」弁証法的法則2、量から質への転化② 
 「量的変化の質的変化への転化」の実例として、エンゲルスは、化学物質の例をあげています。CnH2n02であらわされる脂肪酸の系列をあげて、n=1ならば蟻酸、n=2は酢酸、n=3ならばプロピオン酸等々であるが、nが1から2、3、4と単純に量的に増加することによって、それらの化学物質の化学的性質がまったく変わっていくことを指摘しています。
 すなわち、「ここに見られるものは、諸元素を単純に量的に追加することによって、しかもつねに同一の比で追加することによって形成される、質的に異なった諸物質の全系列である。・・・分子式のこういう量的変化が、そのつど、質的に異なった物質を生み出すのである」と言っています。
 どんな物質も量という側面と質という側面をもっているわけですが、デューリングは量は量であり、質は質であり、量が質になったり、質が量になったりするこなどありえないと思っているのです。ものごとをまったく固定して考えてしまっています。そんな考えでは、自然界の事実も社会的な事実も理解することはできないとエンゲルスは言っていて、量の変化が、ある限度までくると質的に変化に転ずること、その逆もまたありうること、ここのところを解明できるのが弁証法であると言っています。
 次は、弁証法的法則3、「否定の否定」へ