ファンタジスタ☆ブセオ

ダイビングやマラソン 日々の生活で心に残った事などを 綴っていこうと想っていますヽ(^o^)丿

「晴れの国から」 2010・秋・2

2010年11月29日 11時00分01秒 | Weblog
この寝てばかりいた事が
今 振り返ってみれば 
とても大切だったと解る。



翌年の2009年は 昨年の分を取り戻す気で
元気に過ごそう! とはりきっていたが
父があんな事になって それどころではなかった。


肉親を亡くすというのは
想像以上に落ち込むもんなんですね。

私は 父と そんなに深い絆を 感じてはなかった。
なのに こんな悲しみが存在するとは・・・


40年も生きていれば 私もそれなりに 
悲しみの経験を積んでいたつもりだった。


友人が肉親を亡くしたと聞いたら
気持ちをそわして 
心痛を察するように努めてきた。
でも そんな事は 
本当にちっぽけな想いだった。


何かが すっぽりと抜け落ちて 途轍もなく心もとなく
生きるという根源が 緩く軽く薄くなってゆく。

そんな感覚に 気がつくと包まれていて
自分が自分でないように思えた。

生きる力が 一気に落ち込んだんだろう。


でも 私は元気だった。
だって1年間寝てばかりいたから・・・ 


気持ちと身体が リンクしなかった。


精神的には辛かったけれど
身体はすこぶる元気で 
週末の大阪通いもやり通せたし
落ち着いてからは 
中国地方を中心に 小旅行へも出掛けられた。


落ち着いた頃・・・
それは秋だった。


以前から 秋が大好きだった。
食べ物は美味しくなるし 
しっとりとした季節は 気持ちもほぐれる。


ただ 昨年の秋は 今までと違った。
格別 飛びきりな秋だった。


あの紅葉の美しさは 忘れられないだろう。 
特定の場所や木々でなく 
昨年 私が見た紅葉 すべてが美しかった。


その美しさは 心に染みわたり
深く感動している自分がいた。


人は何のために生きているのか?


その問いに 
私は「感動する為に生きている」と答えた事がある。



今年も紅葉は美しい。



夏の暑さが厳しかったせいで
早くに葉を落とした木も多い。


粘り強くとどまった葉っぱ達は
最後の生命の炎を 燃やして
美しく立派に色づき 私を魅了する。



岡山の紅葉は 今年は2週間程早く
私のランニングコースの運動公園も
先々週位から 秋真っ盛りになった。


燃え立つ木々を眺めながら走っていると
昨年の事を想い出す。


紅葉に励まされ 慰められ 勇気づけられた日々を。


昨年は あんなに父に問いかけていたのに
最近は 少なくなった。



生きるってのは 
ほんま図太くって ずうずうしくって
苦しくって 切なくって おまけに 悲しい。

でも だからこそ 面白くって 素晴らしいのだ。





先日 再び サロマのTさんとマラニックに出掛けた。
今回は 岡山市内~和気の28キロコース。
メンバーは Tさん・Uちゃん・H君・私の4人。

前回の日生カキオココースは 
幹線道路沿いが多く 走るのが後半大変だったので
今回は中道を通るコースになった。

田畑が広がる 岡山らしい長閑な光景。
一カ月前より 季節が移り 空気が澄んだせいか
より清々しく 快適な足運びで進んでいく。


河川敷き沿いを走っていると
橋を通り過ぎ このままだと行き止まるコトに気がついた。

通り過ぎた橋は もうかなり遠い。
 
隣岸へ 渡れるんじゃないか?

大の大人4人 裸足になって 手を取り合いながら
怖々 川を渡り始めた・・・。


もちろん 無理。
でも もしかしたら!?って ドキドキ感と恐怖感!
堪らなく面白かった。

あ~ ムダなコトって 
なんで!? こんなに魅力的なんだろう☆


この河川敷き沿いでは いろんな人々が集まって いろんな遊びをしていた。
カヌー・ラジコン飛行機同好会?・サッカー・野球・・・

「リュックに重り入ってる?」

野球少年らしい スポ根を感じる質問は 可愛かった。
残念ながら 蒜山リュックには 着替えのみ。


河川敷きで のんびりし過ぎたので
その後は あまりおしゃべりもせず 真面目に走った。


良い調子で15キロ地点を過ぎ
目的地へ 余裕で 14時までに到着できそう! と喜び始めた時
前方に「キリンビール工場」発見!


できたてビールが呑めるかも!?っと
少々渋る3人を無理やり 引っ張っていき
見事 できたてビール券を 1人2枚ゲットした!

たった15分の工場見学で できたてビール2杯☆
最高だね。まったく!

しかし・・・
みんな 後10キロ近く走らなくちゃいけないから
1杯しか呑まないと言うから 驚いた。

1番麦汁だけで作った「1番しぼり」しぼりたては
驚異ののどごし☆☆☆☆☆ 

こんな幸福を 1杯で 放棄するなんて!?

「この券を捨てたら だあちゃんに怒られる」と言いながら
(だあちゃんは練習不足・那覇マラソン前という事で不参加)
みんなの分を貰って ほとんど私が飲み干した。



再び河川敷きを走る。 


広くて 自由で 活気ある 澄んだ空気。
酔いも手伝ってか? 最高に良い気分☆
ゆっくり ゆっくり 進んでいく。


そして 
私は タヌキの死骸を踏みかけた・・・らしい。

タヌキの死骸。初めて見た。
すでに肉が腐敗し あばら骨が見えていた。
でも 顔の部分は まだ立派に残っている。
ほんま踏まなくて 良かった(涙)

知らなかったらいいけど
知ってしまったからには このままにはしておけない。

埋めるのは無理だけど
せめて 再び 踏まれる危険のないように 
草むらに放り込みたい。

今日知り合ったばかりのラン友・H君。 
この提案に 顔が引きつっている。

そんな顔色は無視するしかなかった。
だって タヌキの死骸は 結構デカく 生々しい。
私一人では 絶対に無理だったから。

二人で 枯れ木を使って 
なんとか 草むらへ 放り投げる。

まあ これも 見方によっては 可哀想だけど
踏まれるよりは いいだろう。


少し死骸に触れた手が 猛烈に獣臭かった。


荒行!?を 一緒に果たして 距離が近くなったのか?
みんなのビールが 本格的に回ったのか?
獣臭い匂いに興奮したのか?


この後 目的地まで 
彼に 相当 いろんな事を 
無防備にベラベラ語ってしまった気がする。
恥ずかしいから もう逢いたくなかも・・・トホホ~。


道中 再び タヌキの死骸を見つける。
しかし 今度は線路沿いに横たわり 
まだ 死にたて ほやほやなご様子。

これは 身の危険度の方が高いから 見なかった事にした。

それにしても 1日で 2度も見るなんて。
初めてが 普通になっていくって こんなモンなんだろう。


先を走っていたTさん・Uちゃんと合流し
15時無事目的到着。


「結局 こないだと同じ時間なったね~」
みんなで 笑い合った。


今回の目的地は 和気にある イラン人経営の「ピザキング」

イラン人の焼くピザは 美味しいというよりも
見た目も味も すべて 異国で エキゾチックだった。 


不思議な味の魅力と赤ワインの香りに包まれながら

「もう この感覚から抜けられないな~」 
お腹の底から 強く感じた。

もう自ら 都会に住まないだろう。

もうずっと前から感じているコトだけど 
大阪にあるマンションに暮すコトはないだろう。

改めて 強く そう思った日だった。




11月から 新しいスケジュール帳を使っている。
その手帳には 来年2011年度のカレンダーと 
翌年2012年度のカレンダーが載っている。


来年の予定は もうなんとなく決まりはじめている。
再来年 2012年は どうなるんだろう?って思った時
気がついた。


2012年4月以降 もしかしたら 
私は もう岡山にいないかも知れない。
だいたい転勤は ほぼ4年周期。


じんっと 胸が 痛んだ。




「晴れの国から」 2010・秋・1

2010年11月26日 10時47分58秒 | Weblog
岡山へ転居して 2年と7ヵ月が過ぎた。

早かった。
早すぎて いろんな事を はしょって過ごしていた。

しかし・・・ 
決して 忘れたわけではなく
想いがあっても 身体が動かず・・・状態だった。


いろんな物事が溜まり過ぎて
どうにもこうにもやらなければ
人として自分を許せないっという所まで
追い込まれてしまった。


なのに・・・
そんなモン 再び無視して
サロマブログを書こうとしていたんだけど

いつもと違い 
どう書けばいいか?
どんな風に書きたいのか? 
わからなかった。


ブログは いつも書きたくって 書いてしまう。
それは 時間が経った出来事でも 変わらない。
サロマを走って 時間が経ったせいではない。


きっと まだ 
私は よくサロマの事が 消化できていないのだろう。


まだ書くのは無理だな~と思い
ならば 先に やらなければいけない事を してみる事にした。


それで最近は ひとつ ひとつ
真面目にやっている。


代表格では 大掃除。
友人への写真送付。 

このふたつに関しては
大まかな所は やり終えて 少し気分が楽になった。
(もちろん まだまだ たっぷりあるけど)


久しぶりに コツコツと掃除や
しずしずと手紙を書いていると
心が静まり 穏やかで平らな心持ちになった。


そうすると サロマの事が 
少しづつ なんとなく 解ってきた。


合わせて 自然と
ここ数年の事も 振り返った。


岡山へ転居した2008年は 体調が優れず 
本当に寝てばかりいた。
風邪もよく引いて ずるずると長引いた。


そして・・・
那覇マラソンまで 棄権した。


大会前に 風邪を引き 仕事を休んでいたので
大会で 再び体調を崩すのが 怖かったから。


今から思えば 
2008年 私のマラソン人生は 危機を向かえていた。
那覇棄権により この年は 大会に出場せずに 終わっている。


走らなかったけど 
那覇へ行って 応援はした。



2万人以上のランナーが 一斉にゴール目指し 駆けてゆく。


その姿が みんな めっちゃ楽しそうで 嬉しそうで 
緊張しているんだけど どこか 間が抜けた感じもあって 
その中に ひたむきさや 素直な喜びが 溢れていて
本当に眩しくって 輝いていた。

早く走れる訳でも 完走する可能性すら ないランナーも多い。

いや 初めから 楽しく走れるトコまでしか走らない と 
決めている沖縄県民ランナーが多い。
(これは 那覇マラソンの魅力的な特徴のひとつでもある)

そんな その他大勢の市民ランナーの輝きを見ていると
弱気になって ぐずぐず うだうだしてる 自分が情けなかった。


元気をもらった! さあ がんばるぞ! と意気込んで帰宅したのに
年明け 早々 人生初のインフルエンザに罹ってしまう。

成人してから 初めて 予防接種していたのに・・・(涙)

すべては 気の緩みなのだ。
そもそも予防接種を受けようと思った時点で
気が弱っていて 病気になる地盤を作っていると感じた。

まあ これは あくまで私の場合ですよ。
予防接種は もちろん有効だと思います。
注射のおかげでしょう。
軽いインフル症状で終わりました。


といった具合で岡山転居後 1年位は 
とにかく体調が思わしくなかった。


岡山の生活環境は すぐ気に入り
特に不満などなかったから 本当に不思議でならなかった。


この寝てばかりいた事が
今 振り返ってみれば 
とても大切だったと解った。


*************

いつもように長くなりました。
続きは後日またアップします。

 






2010年 蒜山高原ハーフマラソン 3 ☆

2010年11月02日 10時08分12秒 | Weblog
「○○さん! 頑張って~」

「○○! ファイト☆」


蒜山ハーフマラソンコースは やたらと折り返し多く
何度も仲間達とすれ違う。

後方から追いかけるように走っている私は
足は遅いが 気持ちには余裕があり
仲間を探しては エール交換に励む。

スタートして1時間。
これ以上暑くなると 辛いな~と感じ始めた頃
陽射しが弱くなった。
さすがに 夏は本当に終わったのだ。
心地よい風が 汗を撫でるように吹いている。


草原に ちょこちょこ 浮ぶように咲く 黄色い小さな花。
菊の花の仲間かな?
か細い その繊細な茎は 草原に溶け込み
花びらは 散らばった金平糖が  揺れているみたいだ。


穏やかに広がる高原の風景は
先日行った北海道を想い出させる。


前からサロマのTさんが走ってくる。
Tさんがいるのに こんなに楽なのが不思議。

Tさんとは サロマで 何度も合流しては別れるの繰り返しがあった。
その都度 声を掛け合い 励まし合っては 時には追い越し 追い越されしながら
それぞれゴールを目指した。

その時は 笑いあう余裕なんてなかった。
でも 今日は二人とも 笑顔で エール交換☆
彼女は とっても快調そう。
だいぶ差を つけられている。


我が所属ランニングチームのトップランナーが
駆け抜ける。


がんばれ! がんばれ! がんばれ!


応援しながら走ると
自分の声援が 応援したランナーを通して
自身のパワーへと変わる。
自然と スピードが上がる。


ここまで ペースを維持して リズムよく走っている。
でも それを乱して
がむしゃらに走りたくなった。
今の所 膝の痛みもない。
次の那覇まで まだまだ時間がある。
私だって 頑張りたい・・・。

後ろを振り返る。
だあちゃんが 少し離れて 必死に走っている。

「2時間10分切れるよ~。がんばろう」
声をかけつつ ペースを上げる。

だんだん 二人の距離があく。

「だあちゃん! ビールが待ってる☆ がんばれ~」

「踵から かかとから 踵から走って!」

「ファイト☆」

必死に追いかけてくるが
どうにも限界のようだ
後5キロを過ぎた。

スピード落として 
だあちゃんを待つが なかなか追いついてこない。


先に行け!の合い図を連発するだあちゃん。


う~ん。
どうしょう!?
ダッシュをかけるには 丁度いい距離。

先に行って 温泉の準備をするかな?


「ゴールで待ってる! その調子でがんばって! 踵からだよ~」


私はスピードを上げた。


「踵から かかとから 踵から」

心の中で つぶやく。
最近のアドバイスのマイブーム。
踵から足を置くように走ると姿勢が安定しやすく
膝への負担が減るらしいのだ。
ただ 「踵から」と意識するだけで ぜんぜん違うらしい。
そのおかげか アップ ダウンがあるのに
今日は 膝が痛まない!?
特に 下りは 踵から しっかり着地するように意識した。

自分的に 猛ダッシュで走った。
2時間切りは もう絶対に無理なので
2時間5分切りを 目指して。

結果は 2時間5分24秒。

もう無いって思っていた 最後の軽い登り坂に 負けてしまった。


だあちゃんは 2時間8分56秒。


私に追いつこうと 必死に頑張ったらしい。
こんなチビっとの差だったら 
一緒にゴールすれば良かったな~とも 思ったけど・・・

久しぶりに 必死に がむしゃらに走って
なんだか 猛烈に やる気が出た。

ハーフを走るのは 岡山へ来て 2回目。

1回目は 今年5月の小豆島。
ただこの時は サロマを控えていたし
膝を故障して 痛みがでたら 
即リタイアが前提の 
私的に ありえない程 慎重に走ったマラソンだった。
  
群馬では 年2回 近所でハーフマラソン大会があり
左足を怪我するまでは 走るごとに タイムを縮めていた。
きっと これが マラソンへのめり込んだ きっかけだったんだろう・・・
あんまし 意識してなかったけど。
怪我してからも 「2時間切る!」を 目指して
いつも がむしゃらに走っていた。


サロマが 時間に追われるレースだったので

もう タイム抜きでいく!
楽しく走る! 楽走☆これが1番☆ って思ったけど

それはそれで もちろん いいんだけど

やっぱり ベストを尽くした楽走も大事なわけで。

私は 基本週5日以上 走るランナーなわけで。

やはり 自分の力も試す事も 必要と思われ・・・


再び ハーフ 2時間切り! 目指す事にしました。


6月 サロマが終わって 
7月 父の1周忌が終わって
8月 屋久島の旅が終わって
9月 父の納骨が終わって

初めての事が続き 緊張・刺激の連続した日々の中にいたせいか・・・
このごろ 気の抜けたビールのようになっていた。


なんとかしなくちゃな~~~~って
ぼんやり思っていたけど どうしょうもなくって・・・

でも もう大丈夫。

来年2月 丸亀ハーフで 2時間切り。

おまけに 東京マラソンも 当選しました。

どうやら 神様も まだまだ 走れ!って 思っているようです。



☆今シーズンの今後の予定です。

12月 那覇フルマラソン
2月 丸亀ハーフマラソン
   東京フルマラソン
4月 津山加茂郷フルマラソン
5月 小豆島オリーブハーフマラソン


先シーズンは サロマの為に 走ってきましたが
今シーズンも 先シーズン以上に 充実したシーズンにしたいモンです。


さてさて 次回から サロマ書き込みしま~す♪
しかし 那覇までに書き終わる自信 
まったくもって 無しです。
それよか 年内に終わる気もしないな~~~~~~~~



追伸!

10キロのトップランナー めっちゃくちゃイケメンだった☆
今時珍しい 肉食系イケメン男子☆
声援に応えた あの引き締まった☆微笑み☆
堪らなく魅力的やった~~~~~~!!!

温泉横の食事処の 「蒜山焼きそば」
めちゃくちゃ旨かったらしい☆
こちらは 食べなかった。
堪らなく残念です。