世界中でドバイがヤバイ・ヤバイがドバイと大騒ぎの今日この頃ですが、先々週の今月16日月曜、慶応大学出身の在日コリアンが集う同窓会「コリア三田会」の総会が優雅にも交詢社クラブにて和気藹々と執り行われました。この会合に我等がウリ稲門会が三田会会長玄東實氏よりご招待を賜りましたので当日公然に潜り込んで参りました。
当方からは文一陳会長、梁徳守・河相淳副会長と僕が参加いたしました。
ウリ稲門会とコリア三田会とは多少の交流の機会があっても良いのではないか、と以前から感じていたのは自分だけではなく、当会の安前会長・文現会長はじめ多数の幹事にほぼ共通だったと思います。特に当会文現会長の学兄ならぬ実兄でいらっしゃる文一道氏がコリア三田会の重鎮であられるとか、僕の昔の職場の先輩・畏友の柳基善氏がコリア三田会の幹事を務めておられるという個人的な繋がりもあって、今回稀有にも三田会に“潜入”させていただきました。
当日の参列者は留学生・ゲスト等を合わせて約60名弱。会場は慶応なので当たり前のように銀座。当たり前にも理由があるはずですが、その一つはやはり交詢社クラブでしょう。日本最初の社交クラブで、福沢諭吉の三大事業のうちの一つである交詢社の本拠地なのですね。夜な夜な銀座で遊び倒したことがある方にはきっとお馴染みでしょうが交詢社は銀座の通りの名称にまでなっているようです。交詢社ビル1階にはニューヨークバーニーズまで入っていますが、早稲田の社交場って、きっとあるのでしょうけれども行動範囲の狭い僕には「高田牧舎」以外思い浮かびません(笑)。
上品でエクスクルーシブな印象は立地や箱物だけではなく、受付やクローク係りの皆さまの気品ある応答・作法等まで及んでおりました。銀座の交詢社・ネクタイスーツrequiredというだけでやや腰が引けている僕は、会場に入ってナイスミドル・ロマンスグレーな紳士淑女たちを見るに及んで“この会場は本当にコリア何とか会なのか?”と感じた次第。何処となく(というのは纏っているスーツが高価そうということだけではない、ということ)在日には見えないのでした(笑)。
まぁ実際早慶戦観戦の達人の話では、一般席で応援しているオッサンオバサンの身なり・作法・挙動等は早稲田側と慶応側とでは明らかに違いがある、とのことですから、特に感心するには当らないのでしょう、きっと。
開会の辞に続いてコリア三田会の新会長にご就任になられた玄東實氏(ASIANA AIRLINESの専務取締役兼日本地域本部長)のお言葉や役員紹介に続き、慶応義塾常任理事であられる阿川尚之氏、我等がウリ稲門会の文一陳会長、筑波電機�の飯泉隆三氏らお三方の来賓挨拶がありました。
双方の会長からはこれから機会を捉えて早慶にて交流の場を持つようにしてゆきたい、本日はその始まりにしたい、というご趣旨のお話があり、また阿川理事からは交詢社が慶応義塾、交詢社、時事新報という福沢諭吉の「三大事業」の一つであること、交詢社は一般に言う単なる社交クラブとは異なるという趣旨のお話がりました。また慶応には良いところも悪いところもある、と(当たり前のはずですが)極めて率直で謙虚なご意見をお持ちなのが印象的でした。
そういわれてみると確かに交詢社というのは社交クラブの第一号というよりも“近代”日本における初めての本格的な中間団体を目指したのかもしれません。この中間というのは営利と公益(事業仕分けの対象!)の中間という座標ではなく、非市場機構(典型的には国家、特に明治以降は天皇制とか教育勅語で特徴付けられる団体)と市場機構(例えば株式市場設営団体や何々商事株式会社とか)との中間団体というものなのかもしれません。
中間団体の存在というのは在野として近代とか市民社会とかに必須のものであるとのリベラルな視座があったのだろうと門外漢である僕も想像するのですが深読みでしょうか。この点でひょっとすると早稲田よりも慶応のほうがずっと在野かつインテリ市民的ではないかなどと、と空気の読めない僕は思うのであります。
それに交詢社の設立時メンバー(常議員)24人を調べてみるとなんと小野梓もしっかり名を連ねおります。
式次第はその後、留学生や会員紹介、お楽しみ会、慶応の応援歌「若き血」斉唱等々が続くのですが、流石に僕たちが“♪陸の王者~♪慶応~♪”と唄うわけにも行かず(僕らとしては構わないが流石に三田会に迷惑だろうといことで)、プログラム前半でお暇させていただいたのであります。
式次第を見ても何々執行部とか何々実行委員会とか厳めしい活字もなく格式ばったところがなく洗練され同窓会だとの印象を受けました。
確かに慶応といえば「お受験」の本家本元、学歴ブランドのファウンダーに違いありません。また福沢諭吉といえば「脱亜入欧」だけでなく「征韓論」も連想します。
ときに、未だ読了していないけれども結構面白い新書(筑摩)で「学歴分断社会」(吉川徹著)が今手元にありますが、そこに福沢諭吉の「学問のすゝめ」の有名な冒頭部分(天は人の上に人を作らず~)の続きが引用されています;
「人は生まれながらにして貴賎貧富の別なし。ただ学問を勤めて物事を良く知る者人は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるなり。」
相当に荒っぽく率直な物言いですし、学者やインテリは零細商人よりもそれほど偉いだろうかという疑問もなくはないです。しかし時代的背景や本の冒頭でのインパクトの必要性から荒っぽいほうが良いし、職業としての学者等は何々業者より偉いなどと言っているわけでもないですね。
人が社会生活において他人との差異や異同を求めようとするときに用いるベンチマークとして、向学の志向の有無を問題にするというのは至って健全であるに違いありません。このことは現代でも変わらないでょう。(この新書の著者は計量社会学の専攻らしく(計量経済学ではない)、各種格差の皮を剥いていく先に残る核心部分に学歴という格差創出装置が見えてくる、学歴はバカにはできないという趣旨の本であります。面白いので読了後機会があれば感想を勝手に投稿します。)
敵もさるもの引っ掻くもの、良いところはどんどん真似ていきたいし、そのためにも今後、年に1度程度は相互交流の機会を持たせていただきたい、と思ったのであります。
コリア三田会の会長はじめ幹事・会員の皆さま、会合にご招待いただき眞にありがとうございました。この場を借りて御礼申し上げます。(徐富男)
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