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プラチンブリ(PRACHINBURI)の風(序章)By Harry H.
2007年3月にタイ王国から日本に戻ったHARRYは十分休養を取り、2年半ぶりに、また新しい出会いを求めて、海外に出ることを決めた。今回も、偶然ではあるが行き先がタイ王国になった。前回は首都バンコクから南に100kmのチョンブリ(CHONBURI)県シーラチャ(SIRACHA)であったが、今回はバンコクから東に150KMにあるプラチンブリ(PRACHINBURI)県シーマハポート(SIMAHAPHOT)である。(注:ブリーBURI-というのは“町”の意味で、タイには、これがついたところが多くある。Chantaburi,Thanyaburi,Kabinburi,Saraburiという具合である。)*左上はタイ王国の国章
8月半ばに日本を発ち、ここシーマハポートに到着した。今回のベース・キャンプは、前回同様、(“シーラチャ便り第10章”にも書いた)“サービス・アパート”である。ホテルとアパートの機能を備えたACCOMODATIONである。(写真右)名前が日本だと高級マンションにつくような THE RESIDENCE 。8月1日にOPENしたばかりで、白が基調の瀟洒な建物である。
こちらに来てから一か月が経ち、生活に慣れてきたこともあり、前回の“シーラチャ便り”のことを思い出し、我が親愛なるアンクルサムに話したところ、また、彼のブログでHARRYの話を掲載してくれることを快諾してくれた。
2006年にブログを始めた時は、“シーラチャ便り”という表題のブログやURLは、あまりなかったように記憶しているが、今、このタイトルでアクセスして見ると、結構日本語のサイトがHITする。2年半もの間に、チョンブリ県やシーラチャには更に多くの日系企業の進出、そして邦人社員が出向いてきていることの証拠であろう。
2年半という時間の経緯でタイがどう変わったのか、変わらないでいるのか、住む場所は異なるが、そんな観点からも、タイを観察して見たいと思っている。今回のタイトルは、“プラチンブリの風”にした。話題と共に、目には見えない暑いタイの風がお伝えできたら・・・と思っている。乞うご期待!!
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(Unclesam) HARRY を初めて知ったのはもう30年近く前になるお互いに30代の頃だった。当時彼は大手のM商事の営業マンで、M電機のA氏の紹介でゴルフがきっかけだった。当時ゴルフはメンバーの紹介でないと出来ない時代、彼はその当時からいくつかの会員権を持っていた。アンクルサムは一度だけオールインワンをしたことがあるがその時も彼はパートナーだった。50代はじめでM商事を退職して、USA(アラバマ)・ルーマニア・タイに渡り1年単位で生活して多くの経験を積み重ねてきた。今回は再度タイに行くと連絡あった。シラチャから送ってくれたレポートは問い合わせが多く、今回も現地での生きた情報を提供してくれることを期待している。