うな風呂

やる気のない非モテの備忘録

さよなら、栗本薫 1

2009年05月27日 | 栗本薫
2009年5月26日夕刻、栗本薫が亡くなったらしい。
27日11時半、寝ぼけ頭でそれを知った自分は「あ、そう」と思った。「ふーん、ついに死んだんだ」
別にショックではなかった。膵臓ガンだというのはずっと前からわかっていたし、早晩死ぬのは明白だった。膵臓ガンという病の重さから考えれば、ずいぶんと長生きした方だとすら思う。
だからまあ、死ぬのはいいんだ。死ぬのは当然で、そしてしょうがない。
それから「栗本薫が死ぬってどういうことだろう」と思い「栗本薫が死んだのに、おれはなにをやっているんだろう」と思った。
なにをやってるんだろうって、なにもやれることもやるべきことも、おれにはないだろう?

とりあえず、作家・栗本薫(評論家・中島梓)の主な経歴をまとめてみたいと思う。

1977年 中島梓名義で群像新人文学評論賞受賞
1978年 『ぼくらの時代』で江戸川乱歩賞受賞
1979年 ライフワークとなるファンタジー小説『グインサーガ』一巻刊行
1981年 『絃の聖域』で吉川英治新人文学賞受賞
1981年 長編伝奇小説『魔界水滸伝』一巻刊行
2009年 死去、享年56歳

……あ、あれ?
81年から死ぬまでの間に書くようなことがない?
なにこの28年の空白?


1981年 今岡清氏と結婚
1987年 ミュージカル『ミスターミスター』演出を手がけ、以後、演劇に手を出す
1990年 乳ガン発覚。手術。生還
2005年 『グインサーガ』当初の予定となる第100巻刊行
2007年 膵臓ガン発覚

とか、ファンや本人にとっては重要な事件もいくつかはあるが、作家としての経歴を見たときに、デビューして5年以内にほとんどのイベントが済んでしまっており、その後がない……
結局、デビュー五年内の間に為したことが、栗本薫という作家の人生の足跡それすべてであったのかと思うと少々、いや、かなり切ない。

実際のところは、こんな細かい昔の業績だのなんだのはなにも残らなくて、栗本薫という作家は『グインサーガ』というやたら巻数の出たライトノベルの作者として、中島梓は『ヒントでピント』の四代目女性軍リーダーとしてのみ認知されているし、今後もされていくのだろう。

その肝心の『グインサーガ』が当初の予定である全百巻をはるかにオーバーして、なお続き、そして最後まで未完のままであり、かつ死病が発覚してもまったく完結させる気がなかったという、作家としてのケジメをまったくつけないままの状態だった。
『グインサーガ』のみならず、栗本薫の著作には数多くのシリーズがあったが、そのほとんどが未完のままに終わってしまった。

全五十巻を構想していた『魔界水滸伝』は、第三部に入り24巻を刊行したところで長いこと止まったままになっていた。
もっともこれは、売上の面もあれば角川お家騒動の煽りを食らって書きづらくなった感も多々ある。このシリーズは前社長の角川春樹にごり押しされていた作品であり、角川ハルキ事務所が設立されてからは伝奇小説はそちらの方で書いていた。なので一概に作者のせいとも云い切れないか。

『グインサーガ』と並ぶもう一本の柱、『名探偵伊集院大介』シリーズは、一冊完結のシリーズであり、『グイン~』や『魔界~』等と比べるとダメージは少ないが、しかし金田一耕助のように「最後の事件」が書かれることはついになかった。
宿敵である殺人鬼シリウスとも一度は決着がついておきながら、のちにのうのうと復活し、挙句そのままシリウスの出番がないままに放置されていたので「あいつなんのために復活したんだよ」という気分にさせただけであった。

新撰組の沖田総司を主人公にしたSF伝奇『夢幻戦記』は15巻まで刊行されたが、途中からストーリーがほとんど進むことがなくなり、新撰組ものなのに新撰組が結成される前後で話が中絶されると云う、意味不明な作品のままに終わった。
つまらない大長編やぐだくだになってる大長編は数あれど、徹頭徹尾「なにもない」大長編小説というのは前代未聞であったかもしれない。中絶されたことに対してなにも、本当に何ひとつ沸き起こる感情がないという、およそ稀有な作品であった。

栗本薫の裏の柱と云えるのが『真夜中の天使』から続く今西良シリーズ(作者曰く『東京サーガ』)
第一作『真夜中の天使』、第二作『翼あるもの』はそれぞれが独立した作品であり。長編シリーズというわけではなかったが、刊行より数年後、『翼あるもの』の直接の続編として『朝日のあたる家』が刊行開始。
こちらは十年以上をかけて全五巻が刊行されたが、ぐだぐだな終盤の展開と「それで終わりで本当にいいの?」と云いたくなるような終わり方で、多くの読者に巨大な疑問符を投げつけながらも一応の完結を見せた。
が、それからさらに9年、2008年になってその続編『嘘は罪』が刊行され、しかし主役が今までのシリーズの今西良でも森田透でもなく、脇役であった風間俊介となり、それだけでどうでもいいような気持ちにさせつつも、当然のように投げっぱなしで終わり「なんで続けたし!」という気持ちにさせてくれた。

『東京サーガ』にはもう一人の主役がいる。『キャバレー』シリーズの矢代俊一だ。
元々世界観だけが共通している別々のシリーズだったのを、後年になって『東京サーガ』と一つにまとめたが故だ。
こちらの方は一作目出してから十年以上放置していたのに、作者自身が本格的にピアノをやるようになってから思い出したかのように続刊が出はじめた作品なので、あまりシリーズと言う印象はない。そもそもシリーズを通じて書かれているようなものがなにもない。

大正・昭和初期を中心としたミステリー風のシリーズ『六道ヶ辻』は、大導寺家という旧家をめぐる因縁の物語で、これも各巻完結で全六巻の予定であったが五巻まで刊行したところで放置された。
五巻まで出ているのに、完結巻に行かず番外編を出し、さらに似たような話を単発物で書き、あと一冊で終わらせられるのに完結させる意思を見せることなく、中途半端に放置されたままであった。

デビュー作となった『ぼくら』シリーズは、三部作で一応の完結を見せたが、その後『猫眼石』で栗本薫くん(これは作者と同名の主人公)対伊集院大介をやるなど、微妙な活躍を続けており、サブキャラクターである石森信も短編や『ハードラックウーマン』などで活躍しているため、明確に完結しているわけでもない。
もっとも、これはファンサービスの範囲と云えなくもないか。

他にも栗本薫最初の中絶長編『魔剣』(全四巻中二巻で中絶)
一巻だけ出してなかったことになった『さらば銀河』
角川お家騒動のあおりを食って存在自体が消滅した『バサラ』(四巻まで刊行)
など、未完作品の多さにおいては怖ろしいものがある。
まさに未完の宝庫。クイーン・オブ・蜜柑ストーリー。
それが、栗本薫だった。
いままでは「もしかしたら完結するかも……」という希望もかすかにあったが、逝去により、そのかすかな希望も潰えてしまった。

逆になにが完結していたのかというと……
小説June誌上で連載されていた長編やおい小説『おわりのないラブソング』(全8+1巻)
角川ルビー文庫で出版されていた長編やおいシリーズ『レクイエム・イン・ブルー』(全四巻)
えーと、あとなんかあったっけか?w
『好色屋西鶴』は連載だったけど全二巻だからあまり大長編と言うのでもなく、『レダ』は文庫で全三巻だけど、ハードカバーで分厚い一冊だったのを分冊しただけだし、あとは『緑の戦士』の全三巻が、連載でちゃんと終わってるくらいか。

その完結してる作品にかぎって、出来がわりとどうでもいいと来たもんだからたまらないね。
『おわりのないラブソング』は、三巻以降、行先不明の展開がぐだぐだぐだぐだ続きまくった挙句、歴史にもまれにみるような「どうでもいい」としか表現のしようがないラストを迎え、色んな意味で涙が止まらなかった。

『レクイエム・イン・ブルー』は「若い役者がインテリヤクザに調教済み」というのをやりたかっただけのホモポルノで、エロシーン以外になんのストーリーもなく、更年期障害を迎えたおばさんの自己性欲満足小説としか読めず、存在自体がおれを落ち込ませた。

『好色屋西鶴』は「好色屋と云いたかっただけちゃうんかと」という内容だし、『緑の戦士』は、まあ普通だった。良くも悪くも。まあ緑の戦士はヨシとしよう。セーフだ。すべりこみセーフ。
だけどその前の三作でスリーアウトだ。チェンジ! チェンジ! くそ! だれか代わってやれよ栗本薫の中の人! チェーーーンジ! あっ、三回チェンジしたらヤクザが来たでござる! そのヤクザがインテリヤクザで実は隠れMなら薫的におk!

著作数三百冊超、などと云えば聞こえはいいが、その著作の数々を思い返せば返すほど、忸怩たる思いが胸のうちからこみ上げてきて苦いものでいっぱいになる。これはなにもつい先ほど追悼として食べた薫の特別レシピ「コンビーフ炊き込みごはん」が、さしもの油ゲテ好きのおれにも耐え切れぬほどアレな逸物だったからではない。ないと信じたい。
しかし本当にアレだった……

「どんなものでも揚げればうまい」という格言を信じるほどに、油信仰の強い俺ではあったが、コンビーフという、それ単品で多量の脂を含んだ食品をご飯と一緒に炊き込み、あまつさえバターまでも投与するという傍若無人ぶりは、ふりかけられる紫蘇やパセリの与えうる爽やか度数の限界をはるかに超越し、そもそも米とコンビーフとバターと紫蘇というそれぞれの素材が、まったくもって調和することなく激しく自己主張をくり広げたまま口中から胃へと激しく舞い降りていく様は、落雷のごとき衝撃を内蔵に与え、こみあげる思いはいつまでも苦く大人の階段を登りつめていくのだ。

さらに心身にそこまでのダメージを与えておきながら、栗本薫の提示する本来のレシピではなんとコンビーフの量が三倍であると云う現実を前に、おれは「私にはあと二回変身が残っています」と告げられたときのM字ハゲのように、未知なる恐怖にふるえることしかできないのであった。

つうか人間の食い物じゃねえだろ、これ。
まず見た目からしてグロイだろ。なんだよこの赤黒いコンビーフ色に染まった米は。直感で本能で野性で「食いたくねえ」という信号を受信したよ。「喉が渇いたらコーラ」とかいって、部屋にペットボトルが散乱してるようなやつすら生ぬるい。
「喉が渇いたらサラダ油」といってボトルからごきゅごきゅ飲むようなやつのための食い物だよ、これは。
こんなものを喰ってたら、だれだって巨デブになるし、早死にもするわいな。
薫はほんっっっっっっっっっっっと~~~~~に味オンチだったんだな~。
まあ、味オンチでなければ、三年間べつに好物でもない変な弁当を食べつづけるなんて儀式を成し遂げるはずもないか。
問題は、そのことに対する自覚症状がなかったことだよなあ(なかったんだよね?)

味オンチだけじゃなくてさぁ、薫ってば、たいていのことはオンチだったよね。
あれだけ目立ちたがり屋なのに全然歌わなかったから、普通の意味でも音痴なんだろうし(hisuiさんが「イシュトヴァーンの『笛は上手いけど歌は下手』という設定は本人のことだよね」と云ってて納得した)、味オンチは見ての通りだし、自転車に乗れないほどの方向オンチだし、ずっと漫画書きつづけてたのにはしにも棒にもひっかからないくらい絵は下手だし、幼年期の話聞いてても漫画と小説の話ばっかりで友達の話なんてびっくりするくらい出てこないし、「もてたもてた」と云いながらモテエピソードは大学時代の彼氏一人だけだし、結局ふられてるし、顔はご覧のとおりだし(太らなければ愛嬌のあるいい顔だと思うけどね)、本当にもう、栗本薫は、いやさ山田純代さんときたら、何ひとつ持っていなかった。
本当に、本当に、なにももたずなににも恵まれず誰をも愛さずゆえに誰にも愛されず、およそ最低の人生でしかなかった。
ただ一点、小説が上手いという部分をのぞいては。

その小説の上手さですら、本人が誇っていたような先天性の才能ではなかった。
果てしない読書量の果てに生まれた狂おしいほどの現実逃避力。
現実への背反と、都合の良い妄想に彩られた、どこかで見たような世界たちによるパッチワーク・ワールド。
一人の無様な少女の築き上げた、砂上の、しかし堅牢なる城砦。
それが栗本薫の世界だった。それが栗本薫の小説だった。
本物なんて、なにもなかった。
多くの体裁を取った。多彩なジャンルを書いた。
ファンタジーを書いた。ミステリーも書いた。SFも書いた。恋愛小説も書いた。ホラーも書いた。時代小説も書いた。単なるホモポルノも書いた。なんでも書いた。なんだって書けた。でも本当は、たった一つのことしか書けてなかった。どんな物語も、一皮剥いてしまえばたった一つの事を鹿主張していなかった。


 私はここにいる


だれにも望まれぬ無力な少女の無力な叫びしか、なかった。

ああ、だからこそだ。
だからこそ、栗本薫こそがおれの……いや敢えて勝手に云わせてもらう。
だからこそ栗本薫は私たちの師であり、代表者であり、救世主だったのだ。
私たちは、無様でなにも持たぬものだったからこそ、栗本薫を必要としていた。
上手いとか、下手だとかではない。
新しいとか、古いとかでもない。
面白かったとか、つまらなかったとかですらない。
必要だった。
私たちには栗本薫が必要だったのだ。
本当に、あの頃の私たちには、栗本薫が必要だったのだ。



長くなったので、続く



栗本薫・全著作感想文へ




最新の画像もっと見る

6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (Kain)
2009-05-27 20:03:14
あ~~~~糞(笑)不覚にも、うなぎの文章で泣いちまった。30過ぎのオッサンだってのにさぁ。言いたい事は沢山ある気がするんだが、今はただ「ありがとうごさいました」の一言を栗本薫に送りたい。
返信する
やっとすっきりしました (通りすがり)
2009-05-28 00:06:12
中学時代大好きでした>今や40過ぎ
文章下手だし、話もアレなのになんで熱狂していたのかが、このサイトでやっとわかりました。

あの時代、確かに必要だった人だったのです。

ありがとう、栗本薫
返信する
Unknown (うなぎ)
2009-05-28 11:33:56
>kainさん
泣かないおっさんはただのおっさんさ……!

>通りすがりさん
必要なものは必要なもの。
それで十分だったのさ


死ねば仏だなんて都合が良すぎる言葉だけど、別にいーよね、都合が良くて。
「ありがとう」と、云えればそれで、いーんじゃないかな!
返信する
ありがとう、栗本薫 (薫さんファン)
2014-08-11 20:47:45
亡くなったことはつい最近知りました。今、伊集院大介シリーズを読んでいるところです。一度は会ってみたかったU+1F4AC
これからもファンでい続けます!ありがとうございました!
返信する
Unknown (うなぎ(管理人))
2014-08-18 02:28:29
え、あ、うん。どうも。
返信する
Unknown (ねこ)
2016-02-09 01:44:11
こんにちは
Yahoo!に 栗本薫氏の別名義作 雑誌収録 と有ったので、何となく検索していて、立ち寄らせて頂きました。

私の趣味は、読書のはずでした。
栗本さんが逝去される前は、他の方の作品も読んでいたのですが、すっかり読書欲が無くなってしまい、私の中では最大だった趣味が、栗本さんと共に消えてしましました。

どうも失礼いたしました。m(_ _)m
返信する

コメントを投稿