うな風呂

やる気のない非モテの備忘録

大久保町の決闘 田中哲弥  うな∈(゜◎゜)∋

2008年05月21日 | 読書感想
長編コメディ。

大久保町は、兵庫県明石市にある田舎町。
なぜか荒野が広がっていてなぜか住民が銃を携帯していてなぜか決闘の文化が生き残っている以外は、どこにでもあるのどかな町だ。
高校生の笠置光則は、夏休みを利用して祖母の家がある大久保町へ、町のことをよく知らないままに訪れて、よくしらないままに保安官と悪者の戦いに巻き込まれ、よくわからないままに腕利きのガンマンと勘違いされ、よくわからないままに命を狙われ、よくわからないままに一目ぼれした女の子が誘拐され、よくわからないままに一大決闘にまきこまれ、よくわからないうちにいろいろあってすべてがよくなったのであった。

くだんらないなあ~。でも憎めないなあ~。
とにかく、主人公の愛嬌が異常。
バカでお調子者で小心者でちょっとスケベで適度に正義漢で運が悪いけど悪運は強くて、と設定だけ聞けば少年漫画によくあるそれなんだが、その按配が絶妙。
間の抜け方が妙にかわいいので、なにをやっても何が起きても「このバカなら仕方ないかなあ」と許せてしまう。この空気を作った時点で、コメディとしてはまず勝利。
それを補佐するように、大久保町の住人がまた牧歌的なんだ。悪人までふくめて、非常に小市民的。西部劇の雰囲気とその小市民さが見事なハーモニーでにやけた笑いを誘発してくれる。
殺すのが大好きだから普段はゴキブリを養殖して殺している悪党の親玉とか、カップメンと魔法瓶にはうるさいその秘書とか、とにかくくだらない生活感が横溢していてたまらない。ドイツ製だから12メートルの高さから落ちても壊れませんじゃねえよ、なんだよその妙に細かい数字は。弟がいるのに名前が末男でうっかりもう一人できちゃったんだろうな、とか実にくだらない。でもありそう。この生活感。思わず笑ってしまう。

客観的に考えると、個々のギャグレベルはさして高いとも思わない。でも笑えてしまう。これは空気作りが統制されていてうまいからだな。全体の空気を乱すものがなにひとつない。だから笑いが許されている。
実際、笑うときに必要なのは、ネタのレベルの高さじゃない。その場に笑いが許されているかどうかだ。例えば、欽ちゃんなんかは昔っからギャグはつまらなかったが、あの空気の作り方は天才的だった。それは、万人の笑顔を許しているからだ。
人は、ことに日本人はだれかに許されなくては、なにひとつ行動をおこすことができない。そういう生き物だ。
だれもがどこかで心を閉ざしている。だれもがどこかで心の解放を願っている。
そこに「笑ってもいいんだよ」という許しを与えてくれる存在、それこそが、人をひきつけるのだ。極論をすれば、面白いから笑うんじゃない。笑ってもいいから笑うのだ。人は笑いたいのだ。その許可が欲しいのだ。だが許可を与えてくれる才能は稀有なのだ。それは許しの才能なのだ。
人を許すには、まず自分を許さなくてはいけない。自分を許せぬものに、人を許せるはずがないのだ。だから、まず、自分を肯定するべきだ。そこに、人はひきつけられる。きっとそうなのだ。

さておき、そういう意味で、今作は非常に良い空気をつくっている。
ヒロインなんかも正統派の美少女で、普通だったらうさんくさいくらいなんだが、主人公がストレートに「カワイイ」と思っているのが読み手に伝わるので、なんか可愛い。萌えとかそういうんじゃなくて、可愛い。

田中哲弥と云えば、W田中(啓文と哲弥)の毒のない方、という認識しかなかったが、いやいやなかなかこれは拾い物だった。
経歴を見ると吉本の台本作家だったりコピーライターだったりで、道理で台詞の噛み方とかタイミングとかが妙に細かいと思ったら、そういうことか。やっぱり脚本やってた人は、台詞の微妙なニュアンスでの臨場感の違いがわかっているよなあ。
人にしゃべらせて不自然な台詞を書かない。
当たりまえっちゃ当たり前なんだが、これを実行するのが、どれほど難しいことか。

大久保町シリーズは三部作らしいし、一通り読んでみるかな。


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2 コメント

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Unknown (きゃべつ)
2008-05-23 18:34:59
うなぎさんが読んだのって、早川版ですか?
私は昔、電撃文庫版で読んで、本編よりもカバー見返しのあらすじ紹介と、巻末の作者本人による「解説」に笑ったんですが、これらは早川版にも載ってるんでしょうか?

私は「大久保町~」2、3作目は読んでないんですよね。
うなぎさんのレビューに期待!!
Unknown (うなー)
2008-05-24 07:29:15
早川版すよ。
旧版の作者自身によるあらすじ、解説も入っているし、それらに対する解説も加わっているよ。本編にも書き下ろしの短編が加わっているよ。
だから全体的に早川版を読むぺきだよ

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