みんさま
お久しぶりです。
まだしぶとく生きてますよ。
だいぶつらい日々があったりして、書くのが嫌になり、投稿していませんでした。
病人には、つまらない日々を、同じ風景、体調が悪い日々、ベッドから起きることもなく、外出と言えば通院。日記は毎日同じ事しかないから、特別お知らせするネタがない。ネタと言えば悪くなることくらい。
わざわざ書くこともないし、つまらない毎日の再認識するだけ。
ひどいときは、鬱々しているから書いて心を落ち着かせているのに、いただくコメントで鬱スイッチをいれられる。
鬱の時は、応援コメントは絶対にダメ。頑張れ、頑張ろう、これがスイッチを入れる。応援してるからねもダメかな。
まぁだいたいツライ時期に入ると家族に当たるしか無いから家族とうまく行かなくなる。そうすると、家族はそんな風には思ってないよとか、家族も一生懸命やってくれてるよとか、応援してくれてるよとか書き込みが有るんだけど、これもスイッチオンの原因になる。
よかれと思って書いてくれているのは分かっているし、わざわざ言ってもらわなくても家族のことは分かっている。
スイッチをオンされるくらいなら、書かない方が良いし、書かなければコメントも頂くこと無いし。
もう、しんどいと、嫌な奴にどんどんなって行くし、それを再認識して、また落ち込んでってなるし。
ブログも元気だったら良いと思うけど、体調が悪いと凄くしんどい。
書かなければ、書くことを促されて、半ば強制的にツラいのに書いている。
もう、脱退しようと思ったりする事もある。
このまま書かなければ楽だなぁって。
ブログ、Twitter、Facebook、一度書くと書かないと心配されるので、体調が悪いと、本当にツライものだ。
近況は、どこまで書いたか不明なので重複していたらごめんなさい。
去年の12月足の筋肉を手術。
今年の1月パゾパニブが保険適応になり、二年ぶりの抗がん剤開始。お腹がおかしいと言い続けたのに血液検査の数値が大丈夫と言われ画像を撮らずに継続。やっと3月にラジオ波をやっている病院に行かせてもらいましたが、既に肝臓が手遅れ。いっぱい有りすぎて全部やると機能不全が起きるし、手術も不適応。何も出来ずに東京にわざわざ行ったのにとんぼ返り。それでも4月までパゾパニブ続行。4月からアドリアマイシン(体調が悪くなり1回だけ)ダガルバジン、エンドキサン二日連続でする点滴で3週間に一回を開始。7月で肝臓が腫れて効いていないので中止。体調もパターンとして最初の一週間は副作用で劇悪。二週間目は徐々に回復。三週間目はそこそこ体調が維持できるようになって次の抗ガン剤のために整えるという感じだったのですが、もう最後辺りは回復せずつらい上に更に抗がん剤を重ねていました。ニオイが良いニオイも、悪いニオイも嘔吐反射が出てオエオエするので、入院も通院も地獄で。次に出来る抗がん剤が入院しないと出来ないと言うことだったのでお断りし、今後どうするかまず一ヶ月待ってもらい、体調が回復せず、パゾパニブの濃度をMAXにする提案をしてもらったのですが、効かなかった抗がん剤をする事に抵抗があるし体調悪いしで更に決断に一ヶ月ほど待っていただき、結局体調が回復するどころか悪化して家族に当たり散らす毎日。体がどんどん言うことを聞かなくなり、二階からの移動がつらい、ニオイが何でもクサイ、お風呂にはいるのがいろいろな意味で大変、掃除が出来なくなった、少し動けば激痛発生。39度前後の熱が毎日必ずでる。体がだるい。肝臓が圧迫してご飯を食べるのに1時間かかる。もう我慢の限界がきて。効かない抗がん剤はただの毒。鬱っていたので抗がん剤の副作用ですぐ死ねるならやろうと思ったり。
最終決断は、抗がん剤をしないになりました。
昨日から訪問医療が始まりました。
ブログしか読んでいない人には、諦めた印象しかないと思います。
私の中では
抗がん剤をする。=生きることを目標とする。
抗がん剤をしない。=副作用の時間を減らし、死ぬまでの間の調子の良い時間に思い出を作る。
世間一般の方は、テレビのドラマでしかガン患者の日常を見ていないので、抗ガン剤をしなければすぐに死んじゃう。抗ガン剤をしないと言うことは生きるのを諦めた。そんな感じでしょうか。ガンの種類によって、弱り方も違うし、そう簡単には感謝しています神様は死にたくても死なせてくれません。それに、抗がん剤をするのは半分ドクター任せの生きる責任も半分他人任せで、効く抗ガン剤があれば抗ガン剤をする選択の方が楽です。抗ガン剤をしない選択は100%自分の種類責任。いい時を過ごすか、過ごさないかも自分の責任。ゴールは死ぬことだから精神的にも強くないと自殺してしまう。
抗ガン剤は、効けば、副作用があっても生きる希望がもてる薬。私のようにどの薬をやっても効かなければ、副作用がしんどいただの毒。抗がん剤を一度始めると、止めるとどうしても細胞が活性化するので、私にとっては、しんどいだけで、結果は反対に体力を落とすだけで、肉腫を活性化させてしまう。私にとっては、恐らく、しない方が延命出来る。
ということで、抗がん剤をしないで、最後まで頑張る選択をしました。
もちろん、不快症状は改善したいので、緩和ケア、訪問医療、訪問看護にお願いをします。
緩和ケア、ホスピスは以前から見学には行ってます。
入院をして、不快症状を調節してくれます。
ツラいとき、両親が面倒をみれないときは、あきがれば重篤な人からいれてくれます。
訪問医療は昨日から開始。
ホームドクターがたまたまやっていたので、ラッキーなことに訪問医療をしてくれる事になり、最初から経過も知っているので楽チンです。
もう、通院がしんどくて、用意しているだけで疲れ果てキャンセルする事があったので。
通常の診察と、たくさん話をしたので、不安が少しずつ無くなってきました。
訪問看護はまだ未定。
40才までまだまだで、介護保険が使えないので、お風呂の介助をしてくれるので、考え中。お風呂がお風呂場に行くまでに疲れているのですが、そこから脱衣して、シャワーして、体を拭いて、服を着る作業がしんどい。他人に裸を見られる恥ずかしさより、助けてもらいたい。
こんな感じで、イロイロけつだんしたり、考えたり、壁にぶつかったり。
安易な気持ちで決断した訳では無いので、私のことを知らないとか、たまに思い出すとか、深い仲でも無いのに、批判や説教やよく考えないでコメントするのは止めて下さい。
そのコメントを読んで、鬱スイッチオンになるのも嫌っだし、私は性格的にコメントをまじめに読んで精神的には繊細なのでショックを受けます。
だったら書かなければいいやんって言われたらその通り!
だから書いていなかった。
書き込みしないと心配すると言われたので、少し療養の仕方が変わったので、書き込みました。
コメント不要です。
なかなか見ないので、お返事が書けません。
このまま消えていく可能性あり。
良くなる事のない病気なので、心配してもきりがないので、心配しないで下さい。
リアル友達の場合は、緊急であれば、メールをいただければ、調子が良いときに返信します。
お久しぶりです。
まだしぶとく生きてますよ。
だいぶつらい日々があったりして、書くのが嫌になり、投稿していませんでした。
病人には、つまらない日々を、同じ風景、体調が悪い日々、ベッドから起きることもなく、外出と言えば通院。日記は毎日同じ事しかないから、特別お知らせするネタがない。ネタと言えば悪くなることくらい。
わざわざ書くこともないし、つまらない毎日の再認識するだけ。
ひどいときは、鬱々しているから書いて心を落ち着かせているのに、いただくコメントで鬱スイッチをいれられる。
鬱の時は、応援コメントは絶対にダメ。頑張れ、頑張ろう、これがスイッチを入れる。応援してるからねもダメかな。
まぁだいたいツライ時期に入ると家族に当たるしか無いから家族とうまく行かなくなる。そうすると、家族はそんな風には思ってないよとか、家族も一生懸命やってくれてるよとか、応援してくれてるよとか書き込みが有るんだけど、これもスイッチオンの原因になる。
よかれと思って書いてくれているのは分かっているし、わざわざ言ってもらわなくても家族のことは分かっている。
スイッチをオンされるくらいなら、書かない方が良いし、書かなければコメントも頂くこと無いし。
もう、しんどいと、嫌な奴にどんどんなって行くし、それを再認識して、また落ち込んでってなるし。
ブログも元気だったら良いと思うけど、体調が悪いと凄くしんどい。
書かなければ、書くことを促されて、半ば強制的にツラいのに書いている。
もう、脱退しようと思ったりする事もある。
このまま書かなければ楽だなぁって。
ブログ、Twitter、Facebook、一度書くと書かないと心配されるので、体調が悪いと、本当にツライものだ。
近況は、どこまで書いたか不明なので重複していたらごめんなさい。
去年の12月足の筋肉を手術。
今年の1月パゾパニブが保険適応になり、二年ぶりの抗がん剤開始。お腹がおかしいと言い続けたのに血液検査の数値が大丈夫と言われ画像を撮らずに継続。やっと3月にラジオ波をやっている病院に行かせてもらいましたが、既に肝臓が手遅れ。いっぱい有りすぎて全部やると機能不全が起きるし、手術も不適応。何も出来ずに東京にわざわざ行ったのにとんぼ返り。それでも4月までパゾパニブ続行。4月からアドリアマイシン(体調が悪くなり1回だけ)ダガルバジン、エンドキサン二日連続でする点滴で3週間に一回を開始。7月で肝臓が腫れて効いていないので中止。体調もパターンとして最初の一週間は副作用で劇悪。二週間目は徐々に回復。三週間目はそこそこ体調が維持できるようになって次の抗ガン剤のために整えるという感じだったのですが、もう最後辺りは回復せずつらい上に更に抗がん剤を重ねていました。ニオイが良いニオイも、悪いニオイも嘔吐反射が出てオエオエするので、入院も通院も地獄で。次に出来る抗がん剤が入院しないと出来ないと言うことだったのでお断りし、今後どうするかまず一ヶ月待ってもらい、体調が回復せず、パゾパニブの濃度をMAXにする提案をしてもらったのですが、効かなかった抗がん剤をする事に抵抗があるし体調悪いしで更に決断に一ヶ月ほど待っていただき、結局体調が回復するどころか悪化して家族に当たり散らす毎日。体がどんどん言うことを聞かなくなり、二階からの移動がつらい、ニオイが何でもクサイ、お風呂にはいるのがいろいろな意味で大変、掃除が出来なくなった、少し動けば激痛発生。39度前後の熱が毎日必ずでる。体がだるい。肝臓が圧迫してご飯を食べるのに1時間かかる。もう我慢の限界がきて。効かない抗がん剤はただの毒。鬱っていたので抗がん剤の副作用ですぐ死ねるならやろうと思ったり。
最終決断は、抗がん剤をしないになりました。
昨日から訪問医療が始まりました。
ブログしか読んでいない人には、諦めた印象しかないと思います。
私の中では
抗がん剤をする。=生きることを目標とする。
抗がん剤をしない。=副作用の時間を減らし、死ぬまでの間の調子の良い時間に思い出を作る。
世間一般の方は、テレビのドラマでしかガン患者の日常を見ていないので、抗ガン剤をしなければすぐに死んじゃう。抗ガン剤をしないと言うことは生きるのを諦めた。そんな感じでしょうか。ガンの種類によって、弱り方も違うし、そう簡単には感謝しています神様は死にたくても死なせてくれません。それに、抗がん剤をするのは半分ドクター任せの生きる責任も半分他人任せで、効く抗ガン剤があれば抗ガン剤をする選択の方が楽です。抗ガン剤をしない選択は100%自分の種類責任。いい時を過ごすか、過ごさないかも自分の責任。ゴールは死ぬことだから精神的にも強くないと自殺してしまう。
抗ガン剤は、効けば、副作用があっても生きる希望がもてる薬。私のようにどの薬をやっても効かなければ、副作用がしんどいただの毒。抗がん剤を一度始めると、止めるとどうしても細胞が活性化するので、私にとっては、しんどいだけで、結果は反対に体力を落とすだけで、肉腫を活性化させてしまう。私にとっては、恐らく、しない方が延命出来る。
ということで、抗がん剤をしないで、最後まで頑張る選択をしました。
もちろん、不快症状は改善したいので、緩和ケア、訪問医療、訪問看護にお願いをします。
緩和ケア、ホスピスは以前から見学には行ってます。
入院をして、不快症状を調節してくれます。
ツラいとき、両親が面倒をみれないときは、あきがれば重篤な人からいれてくれます。
訪問医療は昨日から開始。
ホームドクターがたまたまやっていたので、ラッキーなことに訪問医療をしてくれる事になり、最初から経過も知っているので楽チンです。
もう、通院がしんどくて、用意しているだけで疲れ果てキャンセルする事があったので。
通常の診察と、たくさん話をしたので、不安が少しずつ無くなってきました。
訪問看護はまだ未定。
40才までまだまだで、介護保険が使えないので、お風呂の介助をしてくれるので、考え中。お風呂がお風呂場に行くまでに疲れているのですが、そこから脱衣して、シャワーして、体を拭いて、服を着る作業がしんどい。他人に裸を見られる恥ずかしさより、助けてもらいたい。
こんな感じで、イロイロけつだんしたり、考えたり、壁にぶつかったり。
安易な気持ちで決断した訳では無いので、私のことを知らないとか、たまに思い出すとか、深い仲でも無いのに、批判や説教やよく考えないでコメントするのは止めて下さい。
そのコメントを読んで、鬱スイッチオンになるのも嫌っだし、私は性格的にコメントをまじめに読んで精神的には繊細なのでショックを受けます。
だったら書かなければいいやんって言われたらその通り!
だから書いていなかった。
書き込みしないと心配すると言われたので、少し療養の仕方が変わったので、書き込みました。
コメント不要です。
なかなか見ないので、お返事が書けません。
このまま消えていく可能性あり。
良くなる事のない病気なので、心配してもきりがないので、心配しないで下さい。
リアル友達の場合は、緊急であれば、メールをいただければ、調子が良いときに返信します。