平成20年7月13日(日)
未丈ヶ岳1,552.9m
梅雨が明けない。梅雨入りは早かったのだが、今年はじとじとした梅雨ではなくて曇りの日が多く、降ると大雨の熱帯的な天気。たまに晴れると、もの凄い暑さで夏そのもの。まだ、夏山の予定もないが、梅雨明けは山に登る人たちにとっては一番の関心事だろう。
変わりやすい天気が続いている。お天気に恵まれなくて一ヶ月近く山にご無沙汰だ。今回も土日休みだが、土曜はまたも次男の部活でアッシー君なので、お預けを喰らい、日曜が晴れの予報で、ようやく山に行けることになった。関東は日曜も雷が懸念される。なので、もう少し天気予報が安定している新潟方面を候補にした。
昨年の秋、長年気になっていた八海山に登った。この方面、登りたいと思って結構そのままになっている山が沢山ある。ただ、新潟の山はどうも残雪期と秋が向いているような気がして、足がやや遠のいてしまうのだ。夏は暑くて、虫が多い。例の刺す虫たち…。過去には随分ひどい目を見ている。5月下旬から梅雨時は最悪だろう。でも、今回はお天気第一で新潟にして、登りたい筆頭の未丈ヶ岳を選んだ。新調したカメラのテストもしたいから、是非晴れて眺めの良い山にしたかった。
未丈ヶ岳は奥深い山だ。かつては容易には達せられない会越国境の奥山だった様だが、電源開発でダムができて一変した山域。そのダム湖を挟んで対峙する会津の山々は、ぼくにとって憧れの駒朝日山塊で、未登の丸山岳を真横から眺められる位置にある(会津朝日岳と窓明山の間は未登)。未丈ヶ岳の山頂は草原が広がり、山上の別天地ということだ。
土曜の夜に家を出て、新潟に向かう。大変蒸し暑く、息苦しいような夜だった。R17で三国峠を越えると、空には星が出ていた。魚沼市になった小出から奥只見シルバーラインに入り、トンネルが続く。トンネルは岩壁むき出しの箇所もある。坑道の様に狭く、中に入ると一気に気温が下がる。外気温は14℃と標示された。天然のクーラーだ。
未丈ヶ岳の登山口は湯ノ沢トンネルの中、泣沢待避所という所。そこにはシャッターがあり、「未丈ヶ岳」とスプレーの文字が書かれてある。そのシャッターを取手で押し上げて車を出す。またシャッターを閉めて、真っ暗な未舗装路を先に進む。道は水たまりだらけで、笹の間に切り開かれていた。ほんの少しで行き止まり。駐車スペースは沢山あって広い。登山者カード入れのポストがぽつんと立っている前に車を停めた。手前の駐車スペースには車が4,5台停まってテントまで張ってある(この人達は登山者ではなくて釣り人らしかった)。車の外に出ると、空は満天の星空。天の川が天頂を走り、なかなかお目にかかれない程の夏の星空だった。アラームを4時半にセットしてシュラフに潜った。直ぐに眠ってしまった。
アラームで目が覚めると、ぼくの車の隣に旧型のレガシィが一台停まっていた。車の主は支度中のようだ。テントを張っている人たちは、もう起きていて調理中のようだが、釣り竿を手にしているところを見て一安心(人は少ない方がいいもの…)。パンを囓って支度をし、4時55分に出発。隣の車の人も支度が終わって間もなく出発の様子(この方は三条から来られた方で、後先になって登りました)。今のところこの方の他には登山者はいない。
しばらく草深い広い道だったが、泣沢に下って幅の狭い流れを飛び石で渡り、左右から草が覆いかぶさった細道を辿る。朝露で濡れた草をかき分けるのでズボンはびっしょりになる。カッパのズボンをはいた方が良かった。付けて行こうと思ったロングスパッツはファスナーが壊れて使えなかったから、今日はスパッツもない。この先、ずっと登山道ははっきり付いていたが、登山者自体が少なくて登山道の刈り払いもしていないようだったから、覆いかぶさる草の朝露は往路でずっとズボンや靴を濡らし続けた。行きは、だからずっとびっしょりのまま…。でも、乾きの早い素材で、歩いているうちに乾いてしまうから、さほど苦にはならないけれど。
泣沢沿いに少し進み再び沢を横切る。ここも幅が狭いので飛び石で難なく渡る。真新しいクサリが付いた岩場を登って、しばらくまた草深い道を辿ると今度は少し幅の広い沢を渡る。水量が余りないから何とか渡れるが、雨後だと少し難儀しそうな徒渉だ。道にガクアジサイやシモツケソウが咲いている。その先で高度のある沢を、掛け替えられたばかりの赤い鉄橋で渡る。ここは手すりもない上に、鉄網の足元は透けて高度感もあり、高所恐怖症の人は渡れない様なしろもの。その橋を渡ると、未丈ヶ岳への立派な標識があり、ここから尾根に取り付く。朝霧が沢の底から立ち上ってくる。上空は真っ青な青空で、暑くなりそうな予感だ。
尾根に取り付いて、しばらくジグザグに登る。直ぐに周囲は見晴らしが良くなり、この先もずっと見晴らしの良い尾根を辿っていくのだ。逆光にシルエットの未丈ヶ岳が高く見上げられるようになる。随分と遠く高い。朝の空気はまだヒンヤリしているが、登り続けていると汗ばんでくる。持場沢の奥に赤崩山が見え、その上にコウモリが翼を広げた様な荒沢岳が見えてくる。大分残雪も少なくなり、沢筋に少し見える程度だった。背後にはどっしりとした越後駒ヶ岳も近い。越後駒も残雪はまばらになっている。松の木ダオと名付けられたタワ(たわみ)まで、それ程傾斜はきつくはないが、どんどん高度を稼いで周囲の景観も段々広がっていくのだ。眺めが良くて気持ちの良い尾根だが、もし雷でも来れば逃げ場が無い。今日は暑くなりそうだから、午後は雷の懸念もある。出来るだけ午後の早い時間に下ってしまう必要がある。この辺りの山の夏の雷は恐ろしいから…昔ひどい目に遭いました。
平坦で見晴らしが良い974㍍ピークに登り、枯れたモノも目立つ、大きな五葉松が何本も生えた松の木ダオを下って上り返し、痩せた尾根を未丈ヶ岳に向かって登っていく。イカルやホトトギスが啼いている。回りを眺めても、随分山深い所だという印象。越後駒に中ノ岳、兎岳、荒沢岳と、かつて登った懐かしい重厚な山々がずっと見えているから嬉しい登りだ。
朝日が背後から照らす未丈ヶ岳はいよいよ高く近づいてくる。なだらかでおおらかな丸みを持った山。新調したソニーのα100で、嬉しくて沢山写真を撮っていたら、直ぐ後から出発した三条の方に抜かれた。この方は、未丈ヶ岳に登るのは3度目だけど、まだ頂上まで行っていないということ。今日は今までで最高のお天気だから、気持ちよく頂上に立てそうだと言っていた。
1204mのピークを7時36分に通過。この先は時々岩混じりの急峻な登りになった。まだ朝の早い時間なのに、陽射しは暑く、既に汗でびっしょり。景観はますますパノラマになって、これ以上はない上天気。エゾハルゼミの特徴ある鳴き声が山稜にこだまする。この蝉の声を今回直ぐ近くで聞いていたけど、例の「ミョーキン・ミョーキン・シィシィシィ」の前に随分長く序奏があるのが分かった。まるでそれは、エンジンをスタートさせようとセルモーターを回している様な声(正確には共鳴胴の音)が不思議でおかしい。ツクツクボウシも序奏は長いが、それに似ている。この蝉にまつわる昔ばなしを、この声を聞くといつも思い出す。それでこの蝉を妖怪じみて感じてしまうのだ。
でも、ホント言うとこの蝉はぼくの家でも時々聞けるのです。どれほど山に住んでいるのか、ばれてしまいそうだけど…。
未丈ヶ岳の北にある山々も見えてきた。大鳥岳を手前に毛猛山・百字が岳・桧岳などの岩と薮の山々。未丈ヶ岳の西斜面には角の様な岩峰が3本突き出していた。ますます登りがきつくなり、頂上に着くのが待ち遠しいところ。ウグイスが賑やかに囀る。ずっと見晴らしの良い尾根を辿ってきたが、さすがに頂上近くなると更に遮るモノも少なくなり四周は大パノラマになってくる。痩せた尾根がもう頂上に続く最後の一登りという岩屑が散乱した所に、三条からの方が休憩していた。やっと、今日は頂上が踏めると嬉しそうな様子。南側の展望も荒沢岳から尾瀬方面に延びる山稜の上に、平ヶ岳や、つんと突き立った燧ヶ岳が姿を現す。絹雲が、紺青の空に刷毛で引いたような筋を付け、夏とは思えない景観を広げている。三条からの方は、まだ少し休んでから最後の上りを登るらしい様子なので、先に失礼してそのまま登っていった。
チシマザサとシャクナゲの生い茂る山頂は、そこから急な登りを少しだった。あれっ、と思うように、あっけなく唐突に山頂に着いた。8時27分に未丈ヶ岳山頂着。3時間半で登り着いた。山頂は非常に狭く、丈の高い笹やシャクナゲに囲まれた小空間だ。二等三角点と「未丈ヶ岳山頂一五五二.九米」の標柱が立ち、腰を掛けるスペースも広くない、10人も人がやってくれば一杯になってしまうだろう。
おびただしい数のナツアカネとタテハチョウが山頂に大乱舞していた。丈の高い笹に邪魔されて、遮ることの無い大パノラマだが、真下が目隠しされて見えない。登り始めからずっと見えていた、西側の越後駒や中ノ岳・荒沢岳に加え、北に毛猛山や遠く浅草岳や守門岳、東に駒朝日連峰、南に燧ヶ岳や平ヶ岳など、ぐるりと眺められる。狭い山頂はそこそこに、一段東に笹藪を下った所に見える草原に降りる。滝沢の源頭部に雪渓が残り、湿性の草原が東側の山頂部をぐるりと巻くように広がっていた。
わずかに遅れて到着した三条の方も、この「山上の別天地」、まるで天国のように美しい静かな山頂をしみじみと味わっている様だった。お互い、最高の天気の日に最高の山に立てた喜びを、自然と笑顔になっていく表情に感じていた。草原には点々とニッコウキスゲが咲き、足元にはタテヤマリンドウも青い星の様に開いていた。陽射しが強すぎて、少し暑い事を除けば、これ程の満足感を得られた山も少ないだろう。
素早く飛び回るアカトンボを見て、「トンボが飛ぶようになると、刺す虫も急に少なくなるんです。トンボがみんな食べてしまうから」と三条の方が教えてくれた。そうだったのか…。そういえば、トンボはもの凄く早く飛びながら、狩りをしているのだ。飛んでいる小虫を手当たり次第に食べているのだった。おかげさまで、半袖でいるぼくも、今日は一度も虫に刺されていない。目に飛び込んでくる厄介な小虫にも悩まされないのも、そういう訳だったようだ。
雪田の末端まで降りていくと、溝状にえぐれた斜面に雪解け水がごうごう流れていた。そこで水を汲んだ。残念ながら、できたての水は余り冷たくも美味しくもなかった。コバイケイソウがその溝を縁取っていた。鋸の様なぎざぎざを見せる会津朝日岳から始まって、なだらかに高く続く三ツ岩岳・会津駒の山並み、いわゆる駒朝日連峰が正面に見えた。その連峰の丁度真ん中にある丸山岳が遙かに憧れをかき立てる。いつかその頂に立ちたいものだ。
草原の北はずれまで行ってみた。そこからは荒沢岳が見事だった。初めて山に持ってきたソニーのα100で最高の被写体を何枚も撮った。
山頂に戻ると。もう三条の方は降りてしまったようで、誰も居なかった。午後になると雷がやって来るかも知れない。今のところ、この青空に雷雲が発生する気配は全くない。どの山も、雲がまとわりつくこともなかった。9時43分に山頂を後に下る。一下りして少し傾斜が緩んだ地点で、登ってくる3人のパーティとすれ違う。その直ぐ下で、三条の方が休んで湯を沸かしていた。
痩せた長い尾根を坦々と下る。陽射しが強烈で、山の上とは思えないほど暑い。見晴らしが良い松の木ダオのピークで休んでいたら、三条の方が下ってきた。今度はお先にと言って別れた。また登ってくる2人連れがすれ違った。振り返るとなだらかな未丈ヶ岳は大きく高く、どっしりと重厚な山容だった。
さすがに越後駒や中ノ岳にも雲がまとわりつくようになるが、雷雲が発生する気配はまだ無い。松の木ダオからどんどん下って渓流の水音が聞こえてくる様になると、少しひんやりした風が下から吹いてくるようになる。汗を乾かし、暑さのせいで距離や標高差の割に疲れた足取りになって沢に降りる。沢沿いの道にはギンリョウソウやガクアジサイやシモツケソウが目を楽しませる。鉄橋と3カ所の徒渉も難なく、猛烈に暑い草いきれの登山口に13時6分に戻ってきた。時間的には軽い山行だったが、暑さのせいで疲れた。
シャッターを開けてトンネルの中に入ると、そこは信じられないくらいの天然のクーラー。トンネル内は14℃なのだった。ああ気持いい…。
シルバーラインを降りて小出に出る手前の、芋川温泉まんねん荘という簡素で静かな旅館で入浴する。おばさんの団体が広間で宴会の最中のようだ。カラオケの音が少し聞こえる。こぢんまりしたタイル張りの小さな湯船だが、気持ちが良い程きれいに掃除されている。少しぬるめのお湯にノンビリ浸かる。他には誰も居なくて全くの貸し切り状態だった。窓の外に佐梨川の流れが見える、何だか懐かしい、古い映画にでも出てきそうな温泉だった。
帰りは「道の駅ゆのたに」で、へぎそば等のおみやげを買って帰路についた。六日町あたりでぱらぱらと雨が降ってきたが、新潟県内では雷には遭わなかった。八海山が屏風のように高くいかつい。峠を越えて群馬に入ると赤城付近で大雷雨になり、滝のような雨の中を走り家路についた。
ぼくにとって未丈ヶ岳はずっと温めていた山の一つだったが、こんなに素晴らしいお天気で、人も少なくて最高の登山になった。それにしても、美しく奥深く、清浄な山頂の印象は忘れられない山になった。またいつか、今度は秋に登りたいな。
未丈ヶ岳1,552.9m
梅雨が明けない。梅雨入りは早かったのだが、今年はじとじとした梅雨ではなくて曇りの日が多く、降ると大雨の熱帯的な天気。たまに晴れると、もの凄い暑さで夏そのもの。まだ、夏山の予定もないが、梅雨明けは山に登る人たちにとっては一番の関心事だろう。
変わりやすい天気が続いている。お天気に恵まれなくて一ヶ月近く山にご無沙汰だ。今回も土日休みだが、土曜はまたも次男の部活でアッシー君なので、お預けを喰らい、日曜が晴れの予報で、ようやく山に行けることになった。関東は日曜も雷が懸念される。なので、もう少し天気予報が安定している新潟方面を候補にした。
昨年の秋、長年気になっていた八海山に登った。この方面、登りたいと思って結構そのままになっている山が沢山ある。ただ、新潟の山はどうも残雪期と秋が向いているような気がして、足がやや遠のいてしまうのだ。夏は暑くて、虫が多い。例の刺す虫たち…。過去には随分ひどい目を見ている。5月下旬から梅雨時は最悪だろう。でも、今回はお天気第一で新潟にして、登りたい筆頭の未丈ヶ岳を選んだ。新調したカメラのテストもしたいから、是非晴れて眺めの良い山にしたかった。
未丈ヶ岳は奥深い山だ。かつては容易には達せられない会越国境の奥山だった様だが、電源開発でダムができて一変した山域。そのダム湖を挟んで対峙する会津の山々は、ぼくにとって憧れの駒朝日山塊で、未登の丸山岳を真横から眺められる位置にある(会津朝日岳と窓明山の間は未登)。未丈ヶ岳の山頂は草原が広がり、山上の別天地ということだ。
土曜の夜に家を出て、新潟に向かう。大変蒸し暑く、息苦しいような夜だった。R17で三国峠を越えると、空には星が出ていた。魚沼市になった小出から奥只見シルバーラインに入り、トンネルが続く。トンネルは岩壁むき出しの箇所もある。坑道の様に狭く、中に入ると一気に気温が下がる。外気温は14℃と標示された。天然のクーラーだ。
未丈ヶ岳の登山口は湯ノ沢トンネルの中、泣沢待避所という所。そこにはシャッターがあり、「未丈ヶ岳」とスプレーの文字が書かれてある。そのシャッターを取手で押し上げて車を出す。またシャッターを閉めて、真っ暗な未舗装路を先に進む。道は水たまりだらけで、笹の間に切り開かれていた。ほんの少しで行き止まり。駐車スペースは沢山あって広い。登山者カード入れのポストがぽつんと立っている前に車を停めた。手前の駐車スペースには車が4,5台停まってテントまで張ってある(この人達は登山者ではなくて釣り人らしかった)。車の外に出ると、空は満天の星空。天の川が天頂を走り、なかなかお目にかかれない程の夏の星空だった。アラームを4時半にセットしてシュラフに潜った。直ぐに眠ってしまった。
アラームで目が覚めると、ぼくの車の隣に旧型のレガシィが一台停まっていた。車の主は支度中のようだ。テントを張っている人たちは、もう起きていて調理中のようだが、釣り竿を手にしているところを見て一安心(人は少ない方がいいもの…)。パンを囓って支度をし、4時55分に出発。隣の車の人も支度が終わって間もなく出発の様子(この方は三条から来られた方で、後先になって登りました)。今のところこの方の他には登山者はいない。
しばらく草深い広い道だったが、泣沢に下って幅の狭い流れを飛び石で渡り、左右から草が覆いかぶさった細道を辿る。朝露で濡れた草をかき分けるのでズボンはびっしょりになる。カッパのズボンをはいた方が良かった。付けて行こうと思ったロングスパッツはファスナーが壊れて使えなかったから、今日はスパッツもない。この先、ずっと登山道ははっきり付いていたが、登山者自体が少なくて登山道の刈り払いもしていないようだったから、覆いかぶさる草の朝露は往路でずっとズボンや靴を濡らし続けた。行きは、だからずっとびっしょりのまま…。でも、乾きの早い素材で、歩いているうちに乾いてしまうから、さほど苦にはならないけれど。
泣沢沿いに少し進み再び沢を横切る。ここも幅が狭いので飛び石で難なく渡る。真新しいクサリが付いた岩場を登って、しばらくまた草深い道を辿ると今度は少し幅の広い沢を渡る。水量が余りないから何とか渡れるが、雨後だと少し難儀しそうな徒渉だ。道にガクアジサイやシモツケソウが咲いている。その先で高度のある沢を、掛け替えられたばかりの赤い鉄橋で渡る。ここは手すりもない上に、鉄網の足元は透けて高度感もあり、高所恐怖症の人は渡れない様なしろもの。その橋を渡ると、未丈ヶ岳への立派な標識があり、ここから尾根に取り付く。朝霧が沢の底から立ち上ってくる。上空は真っ青な青空で、暑くなりそうな予感だ。
尾根に取り付いて、しばらくジグザグに登る。直ぐに周囲は見晴らしが良くなり、この先もずっと見晴らしの良い尾根を辿っていくのだ。逆光にシルエットの未丈ヶ岳が高く見上げられるようになる。随分と遠く高い。朝の空気はまだヒンヤリしているが、登り続けていると汗ばんでくる。持場沢の奥に赤崩山が見え、その上にコウモリが翼を広げた様な荒沢岳が見えてくる。大分残雪も少なくなり、沢筋に少し見える程度だった。背後にはどっしりとした越後駒ヶ岳も近い。越後駒も残雪はまばらになっている。松の木ダオと名付けられたタワ(たわみ)まで、それ程傾斜はきつくはないが、どんどん高度を稼いで周囲の景観も段々広がっていくのだ。眺めが良くて気持ちの良い尾根だが、もし雷でも来れば逃げ場が無い。今日は暑くなりそうだから、午後は雷の懸念もある。出来るだけ午後の早い時間に下ってしまう必要がある。この辺りの山の夏の雷は恐ろしいから…昔ひどい目に遭いました。
平坦で見晴らしが良い974㍍ピークに登り、枯れたモノも目立つ、大きな五葉松が何本も生えた松の木ダオを下って上り返し、痩せた尾根を未丈ヶ岳に向かって登っていく。イカルやホトトギスが啼いている。回りを眺めても、随分山深い所だという印象。越後駒に中ノ岳、兎岳、荒沢岳と、かつて登った懐かしい重厚な山々がずっと見えているから嬉しい登りだ。
朝日が背後から照らす未丈ヶ岳はいよいよ高く近づいてくる。なだらかでおおらかな丸みを持った山。新調したソニーのα100で、嬉しくて沢山写真を撮っていたら、直ぐ後から出発した三条の方に抜かれた。この方は、未丈ヶ岳に登るのは3度目だけど、まだ頂上まで行っていないということ。今日は今までで最高のお天気だから、気持ちよく頂上に立てそうだと言っていた。
1204mのピークを7時36分に通過。この先は時々岩混じりの急峻な登りになった。まだ朝の早い時間なのに、陽射しは暑く、既に汗でびっしょり。景観はますますパノラマになって、これ以上はない上天気。エゾハルゼミの特徴ある鳴き声が山稜にこだまする。この蝉の声を今回直ぐ近くで聞いていたけど、例の「ミョーキン・ミョーキン・シィシィシィ」の前に随分長く序奏があるのが分かった。まるでそれは、エンジンをスタートさせようとセルモーターを回している様な声(正確には共鳴胴の音)が不思議でおかしい。ツクツクボウシも序奏は長いが、それに似ている。この蝉にまつわる昔ばなしを、この声を聞くといつも思い出す。それでこの蝉を妖怪じみて感じてしまうのだ。
でも、ホント言うとこの蝉はぼくの家でも時々聞けるのです。どれほど山に住んでいるのか、ばれてしまいそうだけど…。
未丈ヶ岳の北にある山々も見えてきた。大鳥岳を手前に毛猛山・百字が岳・桧岳などの岩と薮の山々。未丈ヶ岳の西斜面には角の様な岩峰が3本突き出していた。ますます登りがきつくなり、頂上に着くのが待ち遠しいところ。ウグイスが賑やかに囀る。ずっと見晴らしの良い尾根を辿ってきたが、さすがに頂上近くなると更に遮るモノも少なくなり四周は大パノラマになってくる。痩せた尾根がもう頂上に続く最後の一登りという岩屑が散乱した所に、三条からの方が休憩していた。やっと、今日は頂上が踏めると嬉しそうな様子。南側の展望も荒沢岳から尾瀬方面に延びる山稜の上に、平ヶ岳や、つんと突き立った燧ヶ岳が姿を現す。絹雲が、紺青の空に刷毛で引いたような筋を付け、夏とは思えない景観を広げている。三条からの方は、まだ少し休んでから最後の上りを登るらしい様子なので、先に失礼してそのまま登っていった。
チシマザサとシャクナゲの生い茂る山頂は、そこから急な登りを少しだった。あれっ、と思うように、あっけなく唐突に山頂に着いた。8時27分に未丈ヶ岳山頂着。3時間半で登り着いた。山頂は非常に狭く、丈の高い笹やシャクナゲに囲まれた小空間だ。二等三角点と「未丈ヶ岳山頂一五五二.九米」の標柱が立ち、腰を掛けるスペースも広くない、10人も人がやってくれば一杯になってしまうだろう。
おびただしい数のナツアカネとタテハチョウが山頂に大乱舞していた。丈の高い笹に邪魔されて、遮ることの無い大パノラマだが、真下が目隠しされて見えない。登り始めからずっと見えていた、西側の越後駒や中ノ岳・荒沢岳に加え、北に毛猛山や遠く浅草岳や守門岳、東に駒朝日連峰、南に燧ヶ岳や平ヶ岳など、ぐるりと眺められる。狭い山頂はそこそこに、一段東に笹藪を下った所に見える草原に降りる。滝沢の源頭部に雪渓が残り、湿性の草原が東側の山頂部をぐるりと巻くように広がっていた。
わずかに遅れて到着した三条の方も、この「山上の別天地」、まるで天国のように美しい静かな山頂をしみじみと味わっている様だった。お互い、最高の天気の日に最高の山に立てた喜びを、自然と笑顔になっていく表情に感じていた。草原には点々とニッコウキスゲが咲き、足元にはタテヤマリンドウも青い星の様に開いていた。陽射しが強すぎて、少し暑い事を除けば、これ程の満足感を得られた山も少ないだろう。
素早く飛び回るアカトンボを見て、「トンボが飛ぶようになると、刺す虫も急に少なくなるんです。トンボがみんな食べてしまうから」と三条の方が教えてくれた。そうだったのか…。そういえば、トンボはもの凄く早く飛びながら、狩りをしているのだ。飛んでいる小虫を手当たり次第に食べているのだった。おかげさまで、半袖でいるぼくも、今日は一度も虫に刺されていない。目に飛び込んでくる厄介な小虫にも悩まされないのも、そういう訳だったようだ。
雪田の末端まで降りていくと、溝状にえぐれた斜面に雪解け水がごうごう流れていた。そこで水を汲んだ。残念ながら、できたての水は余り冷たくも美味しくもなかった。コバイケイソウがその溝を縁取っていた。鋸の様なぎざぎざを見せる会津朝日岳から始まって、なだらかに高く続く三ツ岩岳・会津駒の山並み、いわゆる駒朝日連峰が正面に見えた。その連峰の丁度真ん中にある丸山岳が遙かに憧れをかき立てる。いつかその頂に立ちたいものだ。
草原の北はずれまで行ってみた。そこからは荒沢岳が見事だった。初めて山に持ってきたソニーのα100で最高の被写体を何枚も撮った。
山頂に戻ると。もう三条の方は降りてしまったようで、誰も居なかった。午後になると雷がやって来るかも知れない。今のところ、この青空に雷雲が発生する気配は全くない。どの山も、雲がまとわりつくこともなかった。9時43分に山頂を後に下る。一下りして少し傾斜が緩んだ地点で、登ってくる3人のパーティとすれ違う。その直ぐ下で、三条の方が休んで湯を沸かしていた。
痩せた長い尾根を坦々と下る。陽射しが強烈で、山の上とは思えないほど暑い。見晴らしが良い松の木ダオのピークで休んでいたら、三条の方が下ってきた。今度はお先にと言って別れた。また登ってくる2人連れがすれ違った。振り返るとなだらかな未丈ヶ岳は大きく高く、どっしりと重厚な山容だった。
さすがに越後駒や中ノ岳にも雲がまとわりつくようになるが、雷雲が発生する気配はまだ無い。松の木ダオからどんどん下って渓流の水音が聞こえてくる様になると、少しひんやりした風が下から吹いてくるようになる。汗を乾かし、暑さのせいで距離や標高差の割に疲れた足取りになって沢に降りる。沢沿いの道にはギンリョウソウやガクアジサイやシモツケソウが目を楽しませる。鉄橋と3カ所の徒渉も難なく、猛烈に暑い草いきれの登山口に13時6分に戻ってきた。時間的には軽い山行だったが、暑さのせいで疲れた。
シャッターを開けてトンネルの中に入ると、そこは信じられないくらいの天然のクーラー。トンネル内は14℃なのだった。ああ気持いい…。
シルバーラインを降りて小出に出る手前の、芋川温泉まんねん荘という簡素で静かな旅館で入浴する。おばさんの団体が広間で宴会の最中のようだ。カラオケの音が少し聞こえる。こぢんまりしたタイル張りの小さな湯船だが、気持ちが良い程きれいに掃除されている。少しぬるめのお湯にノンビリ浸かる。他には誰も居なくて全くの貸し切り状態だった。窓の外に佐梨川の流れが見える、何だか懐かしい、古い映画にでも出てきそうな温泉だった。
帰りは「道の駅ゆのたに」で、へぎそば等のおみやげを買って帰路についた。六日町あたりでぱらぱらと雨が降ってきたが、新潟県内では雷には遭わなかった。八海山が屏風のように高くいかつい。峠を越えて群馬に入ると赤城付近で大雷雨になり、滝のような雨の中を走り家路についた。
ぼくにとって未丈ヶ岳はずっと温めていた山の一つだったが、こんなに素晴らしいお天気で、人も少なくて最高の登山になった。それにしても、美しく奥深く、清浄な山頂の印象は忘れられない山になった。またいつか、今度は秋に登りたいな。
登山口の泣沢のシャッターを開けるのはドキドキしますね。開けたときの興奮は何とも言えません。
それに山頂の風景が画期的に変わるのも面白い山だと思います。
ところで、遠出もガソリンの値段を見ると考えてしまいます。私の車はリッター6キロですから苦しいですね。
この前の山行では、途中で給油ランプが点灯。
仕方なくSAで給油しましたが、182円でした。
思わず「10リッター」と言ってしまいました。
地元が166円ですから、損をした感じです。
それにしても、ちょっと出かけるだけで、交通費1万円は痛いです。
これからは、軽トラックが出番になりそうです。
ぼくの車は意外に燃費が良くて2000ccのフルタイム4駆なのに遠乗りするとリッター14キロは行きます。
でもガソリンそのものが高いから、給油の時は閉口ですね。遠出も少し控えなければ…。
未丈ヶ岳は静かで美しい山ですね。本当にいい日に登れて良かったです。新調したカメラで存分に写真も撮れたし。
重鎮さんは志賀高原の山に行かれた様ですね。
ぼくも焼額山はまだなので、秋にでも登りたいと思ってます。あの辺りの紅葉は(黄葉ですか)素晴らしいですからね。
それにしても、下界も暑いけど、山も暑くなりました。温暖化のせいでしょうか?