東壁堂本舗

魔法少女 二次 はじめました!
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猫と魔女 その34

2006年09月30日 | 猫と魔女 第1幕
その日のお昼御飯の最中。
佳乃は、やはり心配そうな顔をしていた。
「どうしたんだ?やっぱり先輩からは連絡がなかったんだ?」
「うん…」
あたし達は、いつもの屋上でお弁当タイムだった。
いつもはサンドイッチを3つも4つも平らげている(それでいて太らないのは、彼女が陸上部からなのか、それともそういった体質なのかは不明だが…)が、今日は二つしかもっていない。
あたしが特別に琴美ちゃんや佳乃のために作ってきた(あまりにも、うらやましがるものだから…)、特製のお惣菜もほとんど手をつけていない。
今日は、お前の大好きな鶏の唐揚げなのに。
「どうしちゃったんだろうな、家にも連絡は入っていないんだろう?」
「うん…」
「家出って言うわけでもなさそうだしなぁ…」
あたしはふむっと腕を組む。
「いなくなったのはいつ頃だ?」
「先週の土曜日だって」
「と、いうことは…もう5日にもなるわけか…家出か、事件か判断がつかないところだなぁ…佳乃の話からすると、家出という言うわけじゃなさそうだし…。となると…誘拐…」
はっと、佳乃が息を呑む。
あたしが佳乃のほうを見ると、その目に涙が浮かび始めていた。
しまった失言だ。
琴美ちゃんの視線が若干冷たい。
あははは…ごめんなさい。
あたしは、自分の意見を自ら否定するように手を左右にパタパタと振った。
「あーそれは、ないない。だってそうだろ?誘拐って言うのは金銭が目的の場合がほとんどだ。まぁ、怨恨で…っていう動機も考えられなくはないけど、高校生の女の子にそれはないだろう?ご両親って言う考えもあるけど、それは飛躍しすぎだしな。まぁ、仮に営利誘拐だったとしても、それだったら、とっくにそれなりの要求が、その先輩の家に届いているはずだ。そうなれば、当然、警察がもっと動いているはずだし…」
もちろん、それが本当に誘拐であれば、極秘捜査になるわけで…あたしたちがその捜査の内容を窺い知る事なんてできるはずはないのだが。
身代金受け渡しの要求があったところで、たかだか、後輩でしかない、佳乃にその情報を教えてくれるはずもない。
無論のこと、マスコミの皆さんには緘口令が引かれているだろうからね。
誘拐事件は公開捜査になるまでは、捜査は秘密裏に進められる。
……というのは、ドラマの受け売りだがね。
もし、誘拐ではないのなら何らかの事件に巻き込まれた可能性が高いわけだが…。
5人の人間が、この短期間に行方不明になっていることから、なおのこと、事件に巻き込まれたと推測するべきだろう。
そんなこと、佳乃に言う訳にもいかないな、余計な心配をさせるだけだ。
もっとも、その可能性があることも十分に念頭において入るだろうけれども。
ただ、いなくなった5人の先輩達って…。
「なぁ…先輩以外にもいなくなった人たちがいるんだろ?」
「そういう話ですわ」
「へぇ…そんな噂が広まっているんだ…」
「噂じゃないって!」
「そうなのか?」
「うん…」
「いなくなった人たちって、みんな陸上部の先輩か?」
「え?」
「違うのか?」
「うん…詳しくは知らないんだけど…」
「そうか…全員高等部の先輩?」
「いえ…高等部の先輩方と中等部の生徒もいなくなっているって話ですわ…けど…噂が噂を呼んでしまって…」
「グス…ぐす…先輩も、他の人たちみたいにもう帰ってこないのかなぁ…」
「大丈夫だって。きっと、家出だって。何か悩んでいることがあったんだろ?すぐにひょっこり帰ってくるさ」
「でも、でも!先輩はそんなことをするような人じゃないよぅ」
「そうなのか?」
「そうだよ!先輩はすっごく、強い人なんだから!」
「そうではあっても、佳乃は先輩のすべてを、知っているわけじゃないんだろ?」
「そうだけどさ…」
「だったら、先輩だって、お前に言えないような悩みを抱えていたかもしれないんだぜ?心配だろうけど、早く帰ってくることを願うしかないんじゃないか?」
「うん…けどぉ…」
また、じわっと佳乃の目に涙が浮かび始める。
琴美ちゃんも困ったような表情をしている。
「だぁ!わかった!その先輩のことを調べてみるよ。知り合いに探偵がいるんだ。その人に調べてもらおう、な?」
知り合いと言っても、あいつだ。岡島さん。
胡散臭い事この上ないのだが、すこしでも、佳乃に安心してもらえるのであれば、アレの存在価値もあるというものだ。
「え、ほんと!?」
ぱぁっと、佳乃の顔が光り輝く。
「まぁ…一応、その…知り合いかな?姉さんの知り合いと言うか…とにかく…探偵がいるんだ。優秀かどうかは知らないけど。一度相談だけはしてみよう」
「でも…お金がかかるんでしょう?」
「あ、そっか…」
マスターに…は、相談できなさそうだなぁ。
あの人、あたしが岡島さんにに接触することを良しとしないだろうなぁ、きっと。
まぁ、しかたない。
見積もりを取るだけならば無料だ…という名言がある。
相談をするのも、それはそれで無料の範疇に入るに違いない。
「まぁ…相談だけしてみよう。お金のことはそれからだよ」
探偵の調査料が、普通の中学生に払える金額とも思えないが…。
いざとなったら、マスターに土下座してでもお金を借りればいいことだ。
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猫と魔女 その33

2006年09月30日 | 猫と魔女 第1幕
翌日もマスターは不機嫌そうな顔をしていたが、学校に出かけ際に声をかけてきた。
「何か、おかしなことはおきていないか?」
「はい?」
あたし自身には別におかしなことはおきていない。
少なくともあたしの身の回りには…。
あれ、そうじゃないような気も…あれ?
「いや、別に、何事も起きてなければいいんだ」
マスターは、しかめっ面のまま、学校へと出かけていった。
よっぽど、岡島さんのことが嫌いなんだなぁ…。
本当に昔、あの人と何があったんだろうか?
年齢的には、少し無理なような気もするが、まさか、あの人、マスターの恋人!?
うわー、あの人ってロリコンだったのか…。
それはともかく、彼がマスターの恋人だったかもと考えた瞬間に…なんか、ムカッときた。
あたしってば、何でそんなことを考えるんだろうか、昔、彼女がだれと付き合っていようが、あたしには関係ないだろ?
あたしが腹を立てる筋合いはない。
けど…そうは思いつつも、この腹立たしさはなんだろうか?
むぅ…、これって…嫉妬なのか?
って、ちょっとまて、あたし。
何でそんな風に思っちゃうんだろうか…。
マスターに恋人がいたと言うことが意外なんだろうか?
だって、マスターは……。
違う、違う、マスターが昔だれと付き合っていようとあたしには関係がない…。
でも、あの男とマスターは……。
むぅー。
そんな思考回路のループに陥っていたあたしがふとリビングの時計を見上げると、時計の針が少々やバイ時間をさしていた。
「うわーーー!ち、遅刻するー!!」
あたしは、慌ててかばんを引っつかみ、家を飛び出した。

「ふぅ…」
ぎりぎりセーフ。
あたしが、教室に飛び込んだ瞬間にショートホームルームの始まるチャイムの鐘が鳴り響いた。
さすがに、あの距離を走り続けるのは、いささか疲れ果てた。
当然、美幸先生は教壇に立っていた。
その表情からは、困った娘ね…という苦笑が見て取れる。
「さて、ホームルームをはじめます」
あたしは、そんな美幸先生の凛とした声を聞きながら、机に突っ伏していた。
「大丈夫ですの?」
琴美ちゃんが心配そうに声をかけてくる。
「あ、うん…大丈夫、おっけー…うきゅぅ…」
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猫と魔女 その32

2006年09月30日 | 猫と魔女 第1幕
「ふぅ…いやぁ…すいませんネェ、こんな時間に」
「すまないと思うなら、来るんじゃない」
見もフタもない言葉です、マスター。
マスターは自分の珈琲を飲み干し、岡島さんのカップを手に取り、口をつける。
あたしは思わず苦笑い。
まさに、早く帰れ、攻撃。
「いやいや、そんなに邪険にしないでくださいよ。僕と瑞樹さんの仲じゃないですか」
「なんですと!」
「おやおや、夏樹さんは御存じない?僕と瑞樹さんは、それはもう、切っても切り離せない…おっと」
がしゃん…。
珈琲カップが壁に当たって砕け散った。
マスターが、ほとんどモーションも無く投げはなったのだ。
ああ、マスター。
アレをだれが片付けると思っているんですか…。
「あっはっは、そう邪険にしないでください。今日は、お願いがあって、こうして来たのですから」
「願いだと?」
「はい、瑞樹さんが個人的にお受けになった『ご依頼』の件で」
「依頼?」
あたしが横から口を出すと、マスターに睨まれた。
「すいません…」
「はっはっは…とにかく、あの仕事は『四家』が引き受けることになりましたので。瑞樹さんの手を煩わせるほどのものではありません」
四家?
「おや、御存じない?瑞樹さんから聞いていませんか?」
「岡島!」
「おやおや、叱られてしまいましたか…ともかく、『我々』がこの『依頼』は引き受けます。邪魔はしないでくださいね。用件はこれだけです」
「………」
マスターの唇がヒクっと引きつる。
「おおっと…では、これ以上の雷が落ちる前に、僕はお暇することにいたしましょう」

あたしは、マスターが腕を組んでソファーから動かない様子だったから、岡島さんを見送りに玄関に向かった。
「やはり、瑞樹さんを怒らせてしまいましたか。まいったなぁ…。でも、いたしかたありませんね。では、失礼させていただきますよ。あ、そうそう…何か困ったら…連絡くださいね。瑞樹さんに内緒のことでも…ね」
岡島さんはにかっと例のホスト笑い。
あたしに名刺を手渡すと、家から出て行った。
『岡島探偵事務所』
名刺にはそう書いてあった。
探偵?探偵がマスターに何かようなのか?
というか、あの人はマスターの正体を知っているようだったしなぁ…。まさか、あの人と同類か?
そんな『臭い』はしなかったけど…。
住所は九之宮市街だな…。
駅までいけば、それほど遠くない場所にあるようだけど…。
まぁ、いっか。
あたしはその名刺をエプロンのポケットにしまいこみ、中断してしまった夕食の後片付けと、割られてしまったカップの破片を片付けにリビングへと戻っていった。
この日、一日マスターはずっと不機嫌だった。
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猫と魔女 その31

2006年09月29日 | 猫と魔女 第1幕
「邪魔をしないでいただきたいのですよ、瑞樹さん」
その男は、にこやかにそう言った。

あたしが夕飯の後片付けをしていると、玄関のチャイムが鳴った。
「はーい、お待ちくださーい」
あたしは、濡れた手をエプロンで拭きながら玄関へと向かう。
玄関には若い男が立っていた。
どこかのホストだろうか?
いかにもな顔に、ピシッとしたスーツはいかにも夜のお店で働いていそうな男性であった。
スーツは…たぶん、指が6本ぐらいいるんじゃないかなって言うぐらいの高級スーツ。
口元にはニヤニヤとした笑みが張り付いているが、その目はいささかも笑っていない。
いかにも食わせ物といった人物だ。
うーん、狸か狐かといったところだな…。
しかし…。
「あの…どちらさまですか?」
残念ながら、あたしの脳みそにこの男の人物像は、記憶されていない。
当然のことながら、あたしの知り合いじゃないということは、マスターの知り合いということだな。
いや、まさか、マスター、こんな人と付き合ってるんじゃないだろうな?
「おや、あなたは……そうですか…」
「あの?」
「いやいや、これは失敬。僕は岡島と申します。麻生…瑞樹さんに用があって来ました」
「ます…姉さんに?」
あの魔女め…こんな胡散臭い人物と付き合いがあるのか?
「はい、瑞樹さんは御在宅でしょうか?いやぁ、いらっしゃいますよね?取り次いでいただけますか?」
やはり笑みは崩さない。
いやだなー怖いよ、この人。

あたしが、リビングに珈琲をもっていくと、マスターはこの男を睨みつけていた。
男の方は、マスターの凍りつくような視線をものともせず、例のニヤニヤ笑いを唇に貼り付けていた。
男の前に珈琲のカップを置こうとすると、マスターがあたしの方にぎろっと顔を向けた。
「夏樹、こんな男にそんなものを出す必要はない」
「え、は、はぁ…」
なんか、嫌われてるね、この男。
でも、一度出したものを引っ込めるわけにも行かずに、おろおろとしていると、男が口を開いた。
「いやいや、お嬢さん。おかまいなく。まさか、瑞樹さんのお宅で、こんなものがでてくるとは思いませんでしたもので。僕は僕でこうして準備してまいりました」
いや、まぁ…あたしがこの家に来るまでは、そんな気の効いたものがでてくるとは思えないがね。
男はポケットから缶コーヒーを取り出す。
近くのコンビニで買って来たものだろうね、120円の値札シールがついてるし。
おいおい。
岡島……一応、マスターのお客さんだから、さんを付けておこうか?彼は、ぷしゅっと、プルタブを開け、ごくごくと飲み干す。
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猫と魔女 その30

2006年09月27日 | 猫と魔女 第1幕
「あれ?」
「あら、どうしたの、麻生さん?」
美幸先生が心配げにあたしの顔を覗き込んできた。
「う、うわーー!」
一瞬ビクっと、あたしが体をすくめたもんだから、先生が、悲しげな顔をしてあたしから離れる。
「麻生さん、大丈夫?」
あれ、あれ?
どうしたんだろう…なんだか頭がボーっとするぞ?
先生と、話をしていて…。あれ、どうしたんだろう、記憶がないなぁ?
さっき、先生に感じた『いやな感じ』は、もうしない。
「麻生さん、本当に、だいじょうぶ?」
「はい…多分、大丈夫かと…」
「やっぱり、転校してきたばかりで疲れているのかしら?仕方ないわね。今日はここまでにしましょう?」
「すいません」
確かに、頭がふらふらしているかも。
あたしは、先生に頭を下げて図書館を退出した。
図書館のお手伝いも、また今度ということになった。

あたしは、帰りがけに出会った、琴美ちゃんと佳乃と一緒に帰ることになった。
どうも、ふたりとも…得に琴美ちゃんは、あたしのことを待ってくれていたらしい。
教室から、あたしの姿が見えたものだから、慌てて駈けてきたようだ。
頬を上気させて、軽く息を弾ませている。
運動場から、旧校舎を見上げると、美幸先生の姿が見えた。
先生は、あたしの姿を見つけると、さようならと手を振ってくれた。
しかし…先生が左手を体の後ろに隠していたことと、その手の平についた醜い十字の形をした火傷の様な傷跡に、あたしが気がつくことは無かった。
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猫と魔女 その29

2006年09月27日 | 猫と魔女 第1幕
あたしは図書館へと向かった。
図書館は、旧校舎に存在する。
旧校舎は、新校舎から遠いせいもあってか、人影もまばらだ。
うーん、もう初夏だって言うのになんだか、体が寒いなぁ。
日はまだまだ高いのに、旧校舎はどこかしら寒気がする。
あたしが、風邪気味だからなのかもしれないが…。
だから、魔女の使い魔が風邪を引くのかどうかは、はなはだ疑問だが、猫は風邪を引くこともあるというからには、あたしもそういうこともありうるだろう。マスターには思いっきり否定されそうだが。○○は風邪を引かないとか何とか…。
ちなみに、美幸先生に呼ばれたのは図書館の隣に併設されている図書準備室だ。
あたしはてくてくと、図書館の前を通り過ぎ、図書準備室の前に立つ。
扉はきっちりと閉まっており、中の様子はうかがい知れない。
まぁ、いけない事をしているわけでもないんだから、うかがい知る必要もないんだろうけどさ。
あたしは、扉をノックする。
先生が中でもう、待ってっているかもしれないし。
案の定、中から、「はぁい」と言う声がする。
「美幸先生、麻生です」
扉を開けると、美幸先生は机に向かって書き物をしていた。
おそらくは、小テストの採点だろうね。
うちのクラスの…今日あったんだ。
ちなみに、この人は、英語の教師。
発音もきれいで、ネィティブに近い。留学の経験もありそうだな。
「あら、麻生さん。早かったわね。どうしようかな…そのいすに座って待っていてくれる?」
「はい」
美幸先生は、そのまましばらく、採点を続けていた。
にしても…本当に、この人もきれいな人だ。
きつめの表情をのぞけばスタイルも抜群だし。
「どう?学校には、慣れた?」
先生は、採点をする手を休めもせずにあたしに問いかけてきた。
「え、あ、はい」
慣れたには、慣れたさ。この体にはね。
でも、中学校に通うのは、まだまだ恥ずかしいね。
「そう、よかった。先生、とても心配していたのよ?日本に帰ってきてまだ間が無かったわけでしょ?」
「はい、でも、みなが色々と優しくしてくれましたので」
「お友達もできたみたいね。御園さんと高見さん。二人とも、良い子だわ」
「はい、仲良くしてもらっています」
くるっと、美幸先生が振り返る。
先生と目があった。
先生は微笑を浮かべる。
きれいな顔に浮かんだ、それは、とても綺麗なのに、なぜかいやな気配がした。背中にゾゾッと寒気が走った。
何か違和感を感じる。
「お勉強の方は、ついていけてるって…これは、聞かなくてもいいか。麻生さんはとても優秀だって先生方が褒めていたわ。本当にすばらしい…本当に…」
「!?」
なに?とたんにむっとした匂いが立ち込める。
なんだ、この臭いは!
「本当に……、夏樹さん。うれしいわ。あなたの様な娘が、私のものに…なるなんて…」
美幸先生がにんまりと微笑んだ。
背筋に冷水を浴びせかけられたような感覚。本能が危険を告げていた。
だが、美幸先生と目があった瞬間、体が硬直した。
え、うそ!?
あの微笑を浮かべながら美幸先生が近寄ってくる。
唇がまっかに濡れている。血の様に…血!?
そうだ、このおかしな臭いは血のにおいなのだ。それが先生から立ち上っている。
教室にいたときはかすかに感じる程度だったが、今は強烈に、あたしの意思を押しつぶしてしまうかのように吹き付けてくる。
気がつけば先生はもう目の前にいた。
頭のなかで何かが早鐘のごとく警鐘を鳴らしている。
だが、あたしは先生から目を離すことができなかった。
先生はあたしの頤を人差し指でつっと持ち上げる。
「安心していいわ。怖いことはしない、これからすることはとても気持ちのいいことよ?」
ぬらぬらと血に濡れた様な唇があたしのそれに重なろうとした。
そのときにはもう、先生に感じていた違和感は消えてなくなっていた。
その代わりに湧き上がってくるのは、えもいわれぬような幸福感だった。
先生に触られて嬉しい!
あたしは期待するかのように、先生の唇が重なる瞬間を待ち受けていた。

意識に霞がかかったかのようにぼーっとしてくる。
そして、何も考えられなくなってゆく…。
その重ねられた唇が徐々に首筋にずれて行き…。

先生の手が、あたしの胸元に触れた瞬間、バチっと音がして、先生が慌ててのけぞる。
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猫と魔女 その28

2006年09月26日 | 猫と魔女 第1幕
「あ、あはははは~それで、どうかしたの?元気がないぞ?風邪と言うわけでもなさげだし」
「うん…高等部の先輩がね、ちょっと前から行方不明なんだって」
「陸上部の?」
「うん、家出か何かじゃないかって言ってるけど…どうしよぅ、心配だよぅ」
「家出って言ってるってことは、警察には連絡したんだ?」
「みたいだね、昨日警察の人が来て先生達と話してるのを聞いちゃったんだ。短距離の成績が出なくて悩んでたって…。でも、先輩ってそんなことをする人じゃないよ!それに……」
琴美ちゃんも青ざめた顔で黙りこくっている。
「それに?」
「先輩だけじゃないんだ…いなくなったのって」
なんだって?
「5人目ですの…その先輩を入れると」
「うん……」
「え、だって…ええ?」
それはおかしい。聞けばここ半年ぐらいで5人の生徒が行方不明になっている。
だとしたら警察もそれなりに動いているだろう。大騒ぎになっていない方が変だ。
教師達は緘口令を生徒達にひいているらしい。
まぁ、いいとこの御嬢様学校で半年もの短期間に5人の人間が行方不明になっていればそれは学園の経営問題にも直結するスキャンダラスな事件だろう。
だから世間体を考えて事件を公表していないというのは充分考えられる。
「大人たちはなんて言っているの?」
言葉をしっかりと選んで質問する。
下手なことを聞いて佳乃を悲しませたくはない。
「先生たちの話ではきっと家出だろうって」
そう片付けるのが一番か…。
「どうしたんですの?」
琴美ちゃんが不思議そうな顔をする。
「あ、いや…なんか怖いなって」
とりあえず、あたしには関係のないことだ。そうだろ?
でも、なぜか胸の奥がもやもやする。
今日帰ったらマスターに相談してみるか。
あの人、魔法使いっていってたし、失せもの探し、この場合は行方不明者か?ぐらい探せるだろう。
「麻生さん」
うーん、しかし…どう説明しよう。
あのぐうたら魔法使いに…そうだ、3食御飯抜きにしてしまえば、あの魔法使いといえども…。
「麻生さん!」
「は、はい!」
あたしはびくっと身をすくませた。
あれ、美幸先生?いつも間にか美幸先生があたしの席の横に立っていた。
ホームルームまで…おっと、あと5分か、時間に律儀なこの人は少し早く来ることも珍しくない。そうして、朝配布する資料とかに目を通しているようだった。生徒達の面倒見もいいようで、上級生、下級生に限らず、人気が高い。何でもできる大人の女性という感じにあこがれる娘も多いのだそうだ。でも、あたしは苦手だ。なにか、こう…受け付けない部分があるのだ。それが何かわからないが…。
「麻生さん、なにボーっとしているの?昨日は夜更かしでもしてた?」
「あ、いえ。ちょっと考え事をしてまして…ごめんなさい」
すいません、夜更かしはしてました。
「謝らなくていいのよ、まだホームルームじゃないし。あなた部活動はどうするか決めた?」
「いえ…まだですけど…」
「だったら、午後は少し手があくかしら?」
「は、はい」
や、やだなー何か仕事を押し付けられるんじゃぁ…
「図書委員の子がね、今日一人お休みなのよ。ちょっと後片付けしたいことがあってね、お手伝いして欲しいの」
やっぱり雑用かなにかか…いいけど、元々そういった整理は慣れてるし。
「は?はい…」
「それとね、簡単な面談。ここに来てしばらくたったでしょ?学業は成績優秀で申し分ないし、お友達もできたようだけど…困っていることはないかなって。ああ、大丈夫よ。個人面談は一応、学期ごとに一度、全員やることになっているから、あなただけ特別どうこうというわけじゃないわ。転校してきて、しかも海外から帰国してきて、生活のリズムが変わっているでしょ?だから、体も、精神ももしかしたら、あなたが思っている以上に負担がかかっているかもしれないの。そういったものの兆候を見つけるのもまた、私たち教師の仕事なの、だから、ね?」
うーん、転校生にありがちな、あたしに対するいじめを警戒してるな、この口調は。
でも、ちょっぴり感動した。
最近どーしようもない教師が増えてきている中、こうして生徒たちのことを考えている先生もいるんだな。
だから、この人は生徒達の人気が高いのか、それもうなずける話だ。
「わかりました」
「よろしい、じゃぁ、放課後に図書館へ」
ぞくぞくぞく!なんだ、この怖気は!
うーん、風邪でも引いたか?使い魔でも風邪を引くのか?

あたしは後で、この感覚を無視したことを後悔する。
もっとも、それは、もうしばらく後になってのことだったのだが。
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猫と魔女 その27

2006年09月26日 | 猫と魔女 第1幕
あれから1週間は平穏無事で過ぎてきた。
いや、女子校生としての生活に、精神的には疲れ果ててるんだが。
あの二人はすでにあたしの友達宣言をしていて、二人のキャラクターもわかってきた。
まず、御園琴美。
やっぱり御嬢様だった。
御園家といえば県下有数の資産家で、いくつもの会社を経営している。
なんと、運転手つきのベントレーで通学している。
高級車なんてベンツぐらいしか知らないあたしだが、マスターが「おや、すごい」って賞賛したぐらいだからよっぽどのお金持ちに違いない。
まぁ、似たような車で通学してくる子女なんてざらのようだが。
残念ながら、あたしの高級車の区別はつかない。
彼女は基本的に文学少女。
体を使ったことは苦手のようだが、
運動を除けば実に2学年の主席。
みなに優しいがやや積極性にかける。
次に、高見佳乃。
家は普通のサラリーマン…といっても、某有名製薬会社の上級研究員だってさ。
成績はまぁまぁ。ただ運動神経は抜群。
リーダーシップを発揮するタイプだ。
好奇心もあふれんばかり。
陸上部に所属しており、午後は部活動にいそしんでいるが、朝連のないときやなんかはあたしと学校に一緒に行く。
あたしの家は九之宮台と呼ばれる住宅街だ。
聖麗学園までは、あたしは30分ぐらい歩く距離だ。
その途中で、駅があり、そこであたしは佳乃と合流する。
バスを使うのもありなんだが、あたしは、こうやって歩いて通うのも悪くはないと思っている。
校門の前には琴美ちゃんが待っている。
残念ながら、彼女はあたしたちの通学路とは方向が逆だ。
雨の日以外はこうして彼女はあたしたちが来るのを待っている。
そして、教室まで他愛のないおしゃべりを続けるのだ。

にしても…女の子のおしゃべりはついていくのが精一杯だ。
特に佳乃。
彼女のおしゃべりはすごい。
テレビのドラマの話から、アニメの話。
最近の芸能界のでダレがどうのという内容から、高等部の先輩達の噂話まで。
あたしと琴美ちゃんはうなずくだけで教室にたどり着いてしまう。
もちろん、朝のホームルームが始まるまでその話は続くのだが、よくもまぁ、こうネタがころころと変わりながらしゃべり続けられるもんだ。
その日も朝は佳乃と一緒に登校した。
でも、その日はちょっと違った。
こう、会話にリズムがないというか、佳乃がどこか上の空なのだ。
教室に着いたとき、心配そうに琴美ちゃんが佳乃に話しかけた。
「どうしたんですか?佳乃ちゃん?」
「え?あ。うん」
「そうだよ、佳乃だ黙りこくってるなんて、どうしたんだ?明日は大雨か?世界の終わりか?」
「まぁ、大変。傘もってきませんでしたわ」
……ちょっとボケ体質か?この娘。
「ひどーい、二人とも、いったいどんな目でわたしを見てるの?」
「あ、いえ…その」
「しゃべる混沌」
「あ…あんたが、わたしをどうゆう目で見ていたか、よーくわかったわ」
佳乃がぎゅっと右手を握り締める。あ、青筋浮かんでるし…。

猫と魔女 その26

2006年09月25日 | 猫と魔女 第1幕
その日の夜。
あたしはマスターの食事をテーブルに並べていた。
メニューは焼き魚、かぼちゃと豚肉の煮物、お漬物、そしてしじみのお味噌汁だ。
この魔女は、基本的に好き嫌いはないらしいが、和風の食事を好む。
「マスター、ご飯です」
「ああ」
あたし達はともに手を合わせ夕食を始めた。
こういった意味でも律儀な魔女だ。
「学校はどうかね?」
「疲れました、いろいろと」
「そうか、そういえば理事長がお前を褒めていたぞ。編入試験はすばらしい成績だったようだな」
「当然です」
むぐむぐとご飯をかみながらあたしは頷く。
「そういえば、隣の如月弥生さんに会いましたよ。保健の先生だそうですけど…」
「弥生に?」
「はい…なにか?」
「いや、別に。そうか、医師だとは聞いていたが、学校の校医だったとはね…知らなかった」
「はぁ…」
「他に、何か変わったことは?」
「魔女の使い魔が学校に通っていること以外にですか?」
それが一番の問題だと思うぞ。
「えーと…友人が二人できました…なんだか気恥ずかしいですが」
「おやおや、もう二人も、恋人を作ったか、手が早いな」
「な、!違います!」
「後は?」
「いえ…特には…どうかしましたか?」
「はっはっは、そうだな。いや、一応女子校だからな、変なやからがお前によってくることはないと思うがね。でも、お前は可愛らしい。主である私としては変な蟲がお前につかないか、心配でならないのだよ」
「そんな!」
一応心配してくれているのか?
「何もなければいいさ。平穏無事が一番だ。そうそう、これを渡しておこう」
十字架のペンダント?…これをあたしに付けろって?
「一応、御守だ。銀でできたものは邪気をはらい魔から身を守る」
「邪気?魔?」
「いや、ともかく、身につけていてくれ」
なにか隠しているような気もするが、とにかくあたしの身を守ってくれるものには違いない。
マスターの心づかいには感謝をする。
「ありがとうございます」
マスターは頷き、キッチンから姿を消した。
「マスター、食べてすぐに横にならないでくださいよー」
マスターのけだるげな返事を耳にしながら、あたしは、食事の後片付けを始めた。

猫と魔女 その25

2006年09月24日 | 猫と魔女 第1幕
放課後、あたしは琴美ちゃんと校内の散策に出かけた。
佳乃は部活動に参加するため、あたし達についてくる事ができないのを、悔しがっていた。
「夏樹ちゃんは部活動とかはしませんの?」
「うーん」
部活動か、考えたこともなかったな。
体育会系は、この体では、いささかまずいだろう。
かといって文科系に興味がわくでもない。
「興味ないなぁ、琴美ちゃんはなにか部活動をやっているの?」
「はい、文芸部にはいっています。でも最近は幽霊部員なのですけれど」
ぺろりと舌を出す。
「へぇ、文芸部かぁ。すごいなぁ。書くほうがすきなの?それとも読む方が?」
「両方とも好きですわ。読む方は長編のミステリーなんか好きなんですけれど」
「クリスティとか?」
「クリスティはちょっと、難解すぎて…夏樹ちゃんもお好きですの?」
「あはは、あたしは、海外モノはちょっと。というか、あんまり作者の名前知らないし。でも、推理小説は好きだな」
「そうなんですか…今度、お勧めの本をお貸しいたしますわ」
「え、ほんと?いいの?」
「はい、もちろんです」
そんな話をしながら職員室の前を通り過ぎたとき、あたしは声をかけられた。
「あれ、夏樹ちゃん?麻生夏樹ちゃん?」
そう声をかけられて、あたしはびっくりした。
まさか、知った顔が、この学校にいるとは。
「あれ、弥生さん?」
「あは、やっぱり、夏樹ちゃんだ!やっほぉー」
白衣の美女があたしに駆け寄ってくる。
「弥生さん、どうしてここに?」
「それは私の台詞よ?まさか、あなたが聖麗にいるなんて…御園さんと一緒で、その格好っていうことは、2年生なの?」
「はい、でも弥生さんって…」
「ああ、前に言ったでしょ?私は中学校の保健の先生だって」
「そういえば」
「夏樹ちゃんは、如月先生とお知り合いなのですか?」
琴美ちゃんが不思議そうに尋ねてくる。
「あ、うん。あたしのお隣さんなんだ」
「ああ、それで…」
琴美ちゃんが納得したように頷く。
「にしても、夏樹ちゃんが聖麗とはねぇ、びっくりしたわ。このまえは何も言ってなかったけど?」
「あ、はい。あたしもびっくりでした。あの日の夜に姉さんに言われて」
「ふーん、瑞樹さんがねぇ」
「瑞樹?」
「あ、あたしの姉さんだよ、琴美ちゃん」
「そうなのですか」
「こんど、遊びにおいでよ、紹介するから」
「はい!」
「あらあら、私もお邪魔していいかしら」
くすくす笑いながら言う弥生さん。
「もちろん、構いませんよ」
あたし達は、その後、保健室で差し障りのない話をして時間をつぶした。
弥生さんに、内緒ね、と紅茶までおよばれしてしまった。

猫と魔女 その24

2006年09月24日 | 猫と魔女 第1幕
実は、その時あたしたちを見ていたものがいたのだ。
あたしたちが座っていたベンチは中庭をはさんで図書室の窓から見ることができた。
もちろん、そのことにあたしは気がつかなかった。
その人物はあたしたちの担任、本城美幸先生だった。
「ほぅ…」
二人の人物がいるようだった。もう一人の人物は注意深くあたしのほうに視線を送った。
まともに見れば凍りつくような、獲物を狙う狩人のような視線だった。
「………すばらしいな…」
「はい?」
「あの、そう左端の少女は?」
「はい…転校生です、名前は麻生夏樹。両親は仕事で海外勤務ですぐには帰国できません。姉がひとりいますが、そちらは県内の公立高校に在籍する普通の少女ですわ…成績はきわめて優秀、特に外国語と数学は他のものを引き離しています。数学の藤堂も、あの娘には舌を巻いていましたわ」
「麻生……?」
「はい…けれど、あれぐらいの成績の娘はたまに出るものですわ。それといって優れたところのある少女では…」
「主に向かって意見とは、僭越であるぞ!」
その言葉に美幸先生はびくっと震え上がって顔面蒼白で土下座する。
「お、お許しを……」
「安心せよ、私は寛大な人物だ…下僕の粗相に一度は目こぼしをしてやる度量ぐらいは持ち合わせているぞ」
先生はおびえたように後ずさり、その人物の前に平伏した。
陰の人物は、先生にそれ以上興味をなくしたのか再びあたしたちのほうを見た。
太陽が自らの顔を照らし出さないように充分注意して・・・だが。
「すばらしい……あの、左端の少女…未分化ではあるがすばらしい力を秘めている。『月』に属するものの力だ。くくくく…このようなところに思わぬ逸材がいたものだ…あれを手に入れれば私は100年は生きることができる、くっくっくっくっく、あーっはっはっはっは!」
あたしは、その時寒気を感じてびっくと身を震わせた。

猫と魔女 その23

2006年09月24日 | 猫と魔女 第1幕
「何でって、ご飯。一緒に食べようかなって」
「ダレと?」
「双葉と、御園さん」
「いいんですか?」
「逆にわたしこそ、お邪魔じゃない?」
「そんなことありません!」
琴美ちゃんはくびをぶるんぶるんと振った。
首がおれちゃうぞー。
「よかったー。だったら、食べよ食べよ?お昼休みは少ないんだからゆっくりしてるとすぐに時間がなくなっちゃうよ?」
そういうと佳乃はさっさと、琴美ちゃんの隣に座るとサンドイッチの包みをはがし始めた。
あたしはため息をついて、琴美ちゃんの隣(佳乃とは逆側だ)に座った。
ぱかっと、お弁当箱をあける。
あたしが男だったころのそれの三分の一ぐらいのかわいらしー量だ。
今日はソボロご飯にサラダ、ウィンナー、チキンナゲット、それに野菜の煮物だ。
デザートにイチゴムースも入れてあるぞ、えへん。
当然のことながら手作りだ。
昨日の夕飯の後に作っておいて冷蔵庫の中に入れておいたものだ。
統一性がないが、マスターの好きなものを、彼女のお弁当として作ったものと同じだ。
好みはあたしのというよりはマスターのそれにあわせてある。
寝ぼけて出かけるマスターに、あたしはお弁当箱を手渡しておいたが…。
マスターちゃんと食べてるだろうな?
それはともかく、今は、目の前のお弁当を片付けよう。
いただきますと両手を合わせて、いざご飯と、口をあけたところであたしは硬直した。
琴美ちゃんと佳乃があたしのお弁当箱にじっと視線を注いでいる。
「あの…なに?」
「あ、その…」
「いえ…質問ですけど、そのお弁当って夏樹ちゃんが作られました?」
「うん、そうだけど、マス…姉さんの分を作ったときのあまりものでできてるけど。どうかした?」
「すっごーーーい!」
佳乃が感動したような声をだす、隣で琴美ちゃんがうんうんと頷いている。
「いただき!…むぐむぐむぐ…お、美味しい…」
ひょいと佳乃が煮物のいもを取り上げて口に運ぶ。
ぐはっ!ちょっと油断した好きに…。
まぁ、美味しいって言ってくれるのはうれしいな。
じっと視線を注いでくる琴美ちゃんにあたしは苦笑してお弁当を進める。
「美味しい……」
結局、あたしは、お弁当のほとんどをこの二人にたいらげらてしまった。
代わりに琴美ちゃんのお弁当を頂いた。
むむむ、美味しい!
彼女が造ったものではないのは確かだ。
だって高級料亭も顔負けなの味付けだもの。
本当にどこの御嬢様だ、彼女は?
あとは、佳乃のサンドイッチを分けてもらい、お昼を終了した。
満腹、満腹。

猫と魔女 その22

2006年09月23日 | 猫と魔女 第1幕
「琴美ちゃん!」
「あれ、御園さんどうしたんだろ?」
「………ねぇ、琴美ちゃんっていつも一人でご飯食べてるのか?」
「あ、どうだろ…わたしよく知らないなぁ?」
「すまん、あたしも用事を思い出した!」
「あ、ちょっと待ってよぅ!」
あたしも、お弁当の入った袋をかばんから取り出し、琴美ちゃんの後を追った。
佳乃が何か言っているが、聞こえない。
こういったとき、あたしの体は便利にできている。
琴美ちゃんの『匂い』を記憶し、それを基に『追跡』をかける。
彼女は上の階へと向かったようだ。一番上…屋上?
屋上の扉を開ける。
ただっぴろい屋上。
うーん、いい天気だ。
初夏の気持ちいい日差しが屋上を照らし出している。
数人の生徒達がコンクリートでできた床に座り込んで昼食をとっている。
そのなかには琴美ちゃんはいない。
あたしはぐるーっと屋上を見渡した。
いたっ!
屋上の隅にあるベンチの上で一人彼女が座っている。
あたしはゆっくりと彼女の方に歩いていく。
あたしが彼女の前に立つと、彼女ははっとしたようにあたしを見上げた。
その顔にはうっすらと涙の後が残っていたが、琴美ちゃんはそんなそぶりは微塵も見せなかった。
「あの、なにか?」
「用が無きゃきちゃいけない?」
「そんなわけじゃないのですけれど…高見さんとお食事に行かれたのでは?」
「あたしが一緒にいちゃ邪魔?」
「そんな!」
琴美ちゃんは首をふるふると振る。
「だったら一緒お弁当にしてもいいかな?」
こくりと頷く。
「よかった、嫌われたのかと思ったよ」
「私こそ…ごめんなさい」
琴美ちゃんが、ぽろぽろと涙を流す。
し、しまった!?あたし何かいけないことでも言ったか?
「ちょ、ちょっと…泣かないでってば」
「ああーーーこんなところにいた!あれ?どうかした?ま、まさか!御園さん!夏樹に襲われた!?」
「なんでじゃ!って佳乃、お前が何でいる!」
両手一杯にパンを抱えた佳乃がそこにいた。

猫と魔女 その21

2006年09月23日 | 猫と魔女 第1幕
授業が終わるとあたしの周りに人だかりができた。みんな、1時間目の間にいろいろと考えた質問をどっと浴びせかけた。
「外国ってどこにいっていたの?」
「御両親の職業は?」
「恋人はいるの?」
「3サイズは?」
「部活動はもう決めたの?」
etc、etc
ああ、よくもこんなにべたな質問が飛んでくるものだ。
あたしはマスターと決めた自分自身のプロフィールに従い、適当に答えを返していった。
けど、4時間目が終わったときにはもうぐったりと机に突っ伏していた。
一部の生徒達はまだあたしに質問をしたがっていたが、あたしはそれらを拒否、ストライキモードに突入していたため、すごすごと引き下がっていった。
「ご苦労様です」
困ったような笑みを浮かべた琴美ちゃんがねぎらいの声をかけてくれた。
「あ、ありがとう。でも、夏樹はもうだめ!琴美ちゃん、あたしの屍を乗り越えていって!」
「は、はぃ…」
「あ、その視線はやめて、痛いから」
「はい、あ、あのぅ…もし良かったら…」
「ねぇ、なーつーき!」
あたしたちの背後から声をかけてきたの少女は、たしかさっきの質問攻めの中にいたな。
丸めたノートをマイク代わりにあたしに突きつけていたやつだぞ?
ちなみに、あたしの3サイズを聞いてきたのは、こいつだ。
ということは同じクラスなのか?
「ん、なに?」
「わたしは、高見佳乃(たかみよしの)。よろしく!」
「うん、よろしく。なにか用か?」
「ええ、もちろん!双葉はお昼はどうするの?」
「お昼?」
そういえば、4時間目も終わったから昼ご飯か?
あたし達のころは給食があったわけだが、どうもここの流儀は違うらしい。
周りを見渡すと、お弁当を広げるものや、教室から出て行くものとまちまちだ。
「そう、お昼。夏樹は今日転校してきたばっかりだもんね、よくわからないかなーって思って」
「そういえば、そうだな」
「夏樹は、お弁当もってきた?それとも購買でパンか何か?学食に行くっていう手もあるよ?もちろん、お弁当や購買で買ったものを学食で食べるっていうのもありなんだけどね」
「へぇ…佳乃だっけ?お前はどうするんだ?お弁当かなにかか?」
「わたし?」
あははははーとてれた笑いをする佳乃。
「わたしは、いつも学食か購買部のパンかな?」
「ふむ、そうなのか」
「うん、今日はパンにしようかなとか思ってたんだ。ね、夏樹は?」
「あたしはお弁当をもっているぞ?」
「へぇーー」
感心したような顔をする彼女に、これまたクラスメートらしき数人が声をかける。
「ねー、よしのー!なにしてんのよー学食混んじゃうよー?」
佳乃は、背後の女生徒達に大きく手を振る。
「あーごめーん」
再びあたしたちのほうを振り向いた。
「ね、だからさ、夏樹も一緒に食べない?」
どうしようかと、あたしは琴美ちゃんを振り返ると、琴美ちゃんはぶんぶんと首を振った。
「あ、あの…私………用事がありますから…!」
そういって琴美ちゃんは、手提げ袋をもって教室から飛び出していってしまった。

猫と魔女 その20

2006年09月23日 | 猫と魔女 第1幕
一時間目の数学の授業は退屈なものだった。
当然だ。確かにレベルがかなり高い。とはいえ所詮は中学校の授業だ。
あたしからしてみれば、数学に毛の生えたレベルでしかない。
教科書はまだ準備されていなかったが、隣の琴美ちゃんの教科書を見せてもらっている。
でも、ざっと見た限り、教科書なんかなくても充分についていけるレベルだ。
ちなみにその教科書には丁寧な文字でいろいろと書き込まれていた。
重要な部分から自分がわからないところ、そのことを教師にでも聞いたのだろうか、それに対する解答なんかが書かれている。
御園琴美が書き込んだものに違いない。
その内容をざっと見ただけでも、隣の少女の知能の高さが手に取るようにわかる。
そんなつまらない授業の内容よりも辟易したのが、この今も突き刺さる好奇心に満ち溢れた視線だ。
そりゃそうだ、転校生といえば、あたし達のころだって珍獣扱いだ。
ましてや、『両親の都合で』『日本に帰ってきて』『姉と二人暮し』…いまどき帰国子女なんて珍しいものでもないだろうに。
これらの単語が大勢の少女達の逞しい想像力をかきたてるのには十分な効果を発揮したに違いない。
ひそひそとあたしのことを噂しているのが聞こえる。
その内容はあえてどうこう言わないがあたしの気力を萎えさせるのには十分だった。
がっくりとうなだれる。
「あの……」
「………」
「あの?」
「……あ、なに?」
「麻生さん、どうなさいました?御辛いのでしたら保健室にでも行きましょうか?」
隣の琴美ちゃんが心配そうにあたしの顔を覗き込んでくる。
そんなに暗い顔をしていたか、あたし。
「あ、いや、うん。なんでもない」
「そうですか?」
「ありがと、心配してくれて」
にっと笑い顔を見せてあげると琴美ちゃんも微笑んでくれた。
その優しげな笑顔が、彼女の性格を物語っている。
「あ、それから」
「はい?」
「あたしのことは夏樹でいいよ。キミのことは…琴美ちゃんでいいかな?」
「はいっ!夏樹ちゃん」
いやはや、ちゃん付けなんてこそばゆいなぁ。
「そこ、何をおしゃべりしているの!」
教師の叱責の声が飛ぶ。
「あ、はい、ごめんなさい」
「麻生夏樹。問題集36ページの問い3を白板で解きなさい!」
意地の悪そうな数学教師の顔。
突然理事長の肝いりでやってきた転校生を試そうって腹だな?
まるで自分のせいだと言わんばかりに琴美ちゃんが悲しげな顔をするが、あたしはダイジョウブって目で琴美ちゃんに合図をして、白板の前に立つ。
教科書は琴美ちゃんから借りてホワイトボードのマジックを手に取り問題の内容をざっと目に通す。
典型的な引っ掛け問題だが、あたしにはその出題者の意図が手に取るようにわかる。
単純に計算式から答えを類推するのは困難だ。
ただ、正しい図形を書き上げ、それを数式に落とし込む。
あとは、図式と計算結果から答えを導き出せばいい。
あたしは何の戸惑いもなくすらすらと答えを書き上げるとマジックの蓋をしめ、教師に手渡した。
白板の前で立ち往生するあたしの姿を思い浮かべていたのか、数学教師の顔に、驚きの表情が浮かんだ。
「答えは以上です、解説は、必要ですか?」
「正解だ、よろしい、席に戻りなさい」
悔しそうな教師の声。
あたしは、音のでないように軽く手をたたく琴美ちゃんの前で小さくガッツポーズをして見せた。