人と仕事を考える

HRM総研代表・八木裕之のブログ

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

叱咤激励

 | Weblog
 矢口史靖監督の最新作「パッピーフライト」を観た。
 以前の作品「ウォーターボーイズ」「スウィングガールズ」は高校生が主役だったが、今回は飛行機を飛ばす人たちの仕事を描いた職場ものである。
 飛行機を1機飛ばすためには、操縦士、客室乗務員、地上係員、整備士、管制官、運行管理者など、実に多くの人がかかわっていることはよく知られているが、この映画はそれぞれの職場で、先輩や上司が「いまどきの若者」である部下たちに顔をしかめながら、それでも仕事の重要性を伝えていくというストーリーとなっている。
 仕事の素晴らしさを強調するのではなく、むしろ大変さから描かれているところが、かえってリアリティを生んでいるが、結局はタイトルどおりのハッピーエンドとなる。現実にはこううまくはいかないのであろうが、娯楽映画として爽やかな気持ちになれる。

 先輩・上司は時に部下たちを叱咤している。最近の「ゆとり社員」たちには、腫れ物に触るように接している実際の職場では、「パワハラ」ととられかねない言動であるが、なぜ今自分が怒っているのかその理由をきちんと説明しているところが心憎い。
 
 また、クレームに対応したCAの態度に余計に腹を立てた客に対して、その場を引き取ったチーフパーサーは、担当を替えろという主張については、客のリクエストにも無理があることを堂々と述べた上で、自分たちの教育が悪かったことを侘び、さらには先程のCAにもう一度サービスをさせる機会をくれと願い出る。
 その場を収めたチーフパーサーは、そのCAに向かってこういう。「もう大丈夫だから、しっかりやんなさい」。「男前」である。
 慰めるのでもなく、「がんばって」でもない。日頃はガミガミいっていても、本当は部下のポテンシャルを認めているからいえる言葉ととれる。
 
 「いまどきの若者」でも、社員となったからには貴重な戦力である。その能力を引き出すため、何をするべきか教えられた気がした。
 

 

 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

言霊(ことだま)

 | Weblog
 職場のコミュニケーションが希薄になっているといわれて久しいが、何気ない一言のもつ心理的効果は大きいものがある。
 先日よく利用させてもらっているお店で、店長と話をしている途中、お店の電話が鳴った。その人は、「あっ、すみません」でも「お話中にごめんなさい」でもなく、「ちょっと待ってくださいね」と言って電話を取った。些細なようだが、「待ってくださいね」の背後には、「あなたとのお話を、引き続いてしますよ」という意味が感じられ、会話を寸断されたという不快感は無かった。

 昔から「言葉には言霊が宿る」といわれるように、人が口にする言葉には、字面の意味を超えて相手に何かを伝える力があるとされる。
 おなじみの香山リカ氏は『言葉のチカラ―コミュニケーションレッスン』(集英社08年)で、いろいろな言葉を取り上げて、その「有効利用法」を紹介している。
 その中で、「きっとうまくいきますよ」という他人からの一言には、前向きスイッチが入るよいきっかけになることがある。この場合、根拠や理由などいらない、「大丈夫、うまくいきますよ」と笑顔で言ってもらえるという、その事実だけが大切なのだといっている。これは、反対に自分が人に言うことで、相手をその気にさせるという効果も持つことを指摘している。(pp.34-36)
 先の店長に、後日、あのときは意識的にああ言ったのかと尋ねたところ、特に気にはしていませんでしたとのことだった。思うに、日頃からお客さんと接する中で自然と身についたホスピタリティなのだろう。

 モチベーション理論の中に、「ピグマリオン・マネジメント」というのがある。これは、ギリシャ神話のピグマリオン王の逸話から名づけられた「ピグマリオン効果」(子供に対して教師が、「この子は伸びる」という期待を持つ場合とそうでない場合とでは、結果として子供の学力に大きな差ができてしまうという研究結果)を応用したマネジメントの考え方であるが、部下を育成する際に「こいつはダメだ」と思いながら接していたのでは、部下が成長することはないというものだ。
 
 相手を動かす一言には、根底に相手のことを気遣う気持ちが必要なのはいうまでもない。心地よい接客にこころを動かされて、またもう一杯、杯を重ねることになる。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

雇用形態間格差のインプリケーション

 | Weblog
 先日、人権啓発の講座で「パートタイム労働者の人権と活用」というテーマで、話をさせて頂いた。
 パートタイム労働者をはじめとする非正規労働者の「人権」と「活用」は、人材マネジメントの実際からは、ある意味背反する面もあるのだが、本来「短時間」という意味(だけ)である「パートタイム」という働き方が、今日のワークライフバランスを考えるうえからは、重要性をおびてくるというストーリーでなんとかまとめてみた。

 この機会に、改めて非正規労働に関するデータなどを調べてみたが、「格差」という言葉が益々重くのしかかってきているという実感を持った。
 「競争社会では格差ができるのは仕方がない」「格差自体は悪いことではない」という考え方もあるが、今問題なのは、雇用形態間等による格差が深刻な「貧困化」を伴うものであり、それが不合理な差別を含んでいることにあるとの指摘もある。(中野麻美『労働ダンピング』岩波新書 p.Ⅵ)

 「貧困」とは重い言葉であるが、社会学者の橋本健二氏によると、貧困とは「普通の暮らし」からこぼれ落ちることをいい、単に食うに事欠く生活のことではないという。かつては「生存に必要なカロリーを得ることができるか」ということが貧困の定義であったこともあるようだが、これは19世紀から20世紀初頭の貧困観だとする。
 ここでいう「普通の生活」とは、たとえば正月におせち料理を食べる、子供の誕生日には好きなものを食べさせる、冠婚葬祭には礼服を着て参列できるといった「当たり前の生活習慣を維持できる生活」のことだという。(『居酒屋ほろ酔い考現学』毎日新聞社pp.21-23)
 橋本氏はこの本で、かつては工場労働者で賑わっていた、とある居酒屋が、久しぶりに行ってみるとネクタイをした人でいっぱいだったという客層の変化を通じて、格差社会の到来を観察している。お店に来ていた階層の人たちは、家で発泡酒を飲んでいるのか、それとも「家」自体も…

 非正規という雇用形態を選んだのは、その人自身ではないかという意見もあるが、本人の意思に基づく選択といえないケースも多い。また、パートタイム労働者の大半を占めるのは女性で、雇用上の男女格差を増幅・固定化する結果ともなっている。
 現実には、パートタイマーとは、短時間労働者という意味ではなくて、「正社員の人材活用システムの対象にならない労働者」という雇用契約上の「身分」となっている側面が大きい。(正社員と同じ時間働く「フルタイムのパートタイマー」はその典型といえる)
 やはり、いわれなき不均衡は是正する方向でなければ、みんなが「普通の生活」ができなくなる社会構造に陥ることになりそうである。
 
 

 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

沖縄の本音

 | Weblog
 先週金曜日から、日本人事総研(JIP)の企業研究会で沖縄に行ってきた。
 JIPの顧問先企業の人事制度の説明を受けるのが目的であるが、その前に沖縄県庁で、沖縄の産業についてのレクチャーを受けた。
 沖縄の産業は、公共事業、基地収入、観光収入によって成り立っているが(3Kといわれているらしい)、最近は情報通信産業・IT関連企業の誘致が活発に進められている。
 当初はIT関連企業の中でもコールセンターの比率が多かったが、ここ数年は情報サービス業やソフトウエア開発といった企業の進出が増えているという。

 沖縄は全国一失業率が高く(07年は全国平均3.9%に対し、沖縄は7.4%)、特に若年者の失業率が高いのが特徴で(15歳以上29歳未満について、全国平均6.7%に対し、沖縄は12.8%)、一人当たりの県民所得は、本土復帰以降ずっと全国最下位が続いている。
 これら情報産業の進出は、雇用の創出という面で大いに期待が集まるところだが、県が誘致を進める理由の一つに、沖縄は日本で一番地震の危険度が低いことがあるという。本土とは断層が異なっているそうである。近年の防災意識の高まりの中で、首都圏に集中している中央官庁や金融機関のデータのバックアップの拠点としてのメリットを職員の方は強調しておられた。

 企業見学(沖縄のリーディングカンパニーということで、大変先進的な取り組みもされており、こちらも非常に勉強になった)のあと、夜は懇親会となったが、地元沖縄の社労士さんと同じテーブルになり、大いに話が弾んだ。昼間のIT企業誘致の話になり、こちらは地震が少ないとは知りませんでしたと何気なく話したところ、次の一言で泡盛でほろ酔い気分になっていたのが吹っ飛んだ。「でも戦争になったらココが真っ先に狙われるのですけどね」。
 沖縄に住む人にとって、戦争とはかくも身近なものなのか。
 そういえば県庁で、IT企業誘致の話に先立って伺った観光振興計画のお話や、観光施設の紹介の中に、ほとんど沖縄戦跡や基地のことが触れられていないのが気になった。
 最初は沖縄の人にとっては触れられたくない過去なのかと、複雑な心境を勝手に想像していたが、それは決して過去の遺跡ではなく、現在につながる日常の問題であるからかもしれない。(ある意味広島の原爆ドームが世界遺産になっているのと対照的である)
 沖縄の社労士さんからは、基地から地代(大半は日本の税金だが)をもらっている人や、米軍関係者を相手に商売をしている人たちにとってみては、基地がなくなったら困るという感情もあるということ。(普天間基地の返還など、あと50年かかっても実現できるか…とも)また、高失業率といわれても、地元の人間は家族や親戚の援助が受けられるケースも多く、さほど深刻には受け止めていないという現実的なお話も聞くことができた。
 私が沖縄に来たのは3回目だが、今回現地に来てはじめて知ることも多く、沖縄の抱える問題の奥深さを感じた。本土に住むものは、感情面での断層の違いにも気づかねばならないと思った。

参考文献:前泊博盛『もっと知りたい本当の沖縄』岩波ブックレット(2008年)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

桃太郎のリーダーシップ

 | Weblog
 先週末の土・日、産業カウンセラーの全国大会に参加してきた。
 今年は岡山県で、「産業界との協働で拓く新たな役割」をテーマに開催された。労働環境の多様化、複雑化に伴い、産業カウンセラーに求められている役割を広く、深くすることを改めて考えようということだ。シンポジウムでは研究者の方や、企業の人事部長さんの議論を通して、また多くの示唆を得ることができた。

 岡山県の郷土のヒーローといえば、桃太郎である。懇親会にも着ぐるみが登場し、大いに場を盛り上げていた。登場のBGMはもちろん「もーもたろさん、ももたろさん…」である。その曲を繰り返し聞いているうちに、ふと桃太郎の話を思い出していた。
 桃太郎は鬼退治に際し、きび団子という外発的誘引をもってメンバー(犬、猿、雉)をリクルートする。メンバーの中には本来、仲の悪い者(犬猿の仲)もいたのであるが、それをまとめてみごとに所期の目標を達成する。すごいリーダーシップではないか。(この際、それなりに平穏に暮らしていたのに一方的に攻められた鬼の立場は考えないことにする。鬼にも言い分があるはずだが、いつの世も紛争というのは悲劇である)

 大会分科会で、メンタルヘルス対策の意義の一つである「生産性の向上」につながるものとして、PM理論のM機能のアップの必要性を指摘する発表があった。
 PM理論とは、三隅二不二(みすみ・じゅうじ)が提唱したリーダーシップ論である。
 リーダーシップ行動には、集団目的を達成しようとするP(Performance)機能と、集団を維持しようとするM(Maintenance)機能とに分類されている。その分類を通して、効果的なリーダーシップ行動を明らかにしようというものである。
 P機能は、集団目標達成への動きを促進する行動なので、部下を最大限働かせようとする、規則をやかましくいう、指示・命令を頻繁に与える、また、目標達成のための計画を綿密に立てる、仕上げる期日を明確に示すなどの行動となって表れる。
 一方のM機能は、リーダーシップの受容に関係する機能なので、メンバー間の人間関係に配慮した行動(部下の立場を理解してくれる、部下を信頼している、個人的な問題に気を配ってくれる等)を取ることで、メンバー間の対立や緊張を緩和し、メンバー間の友好的な相互関係を強化することができるというものである。
 高い生産性をあげている集団では、PとM両方が強いタイプが多く、高いモチベーションの集団ではこのPM両方を兼ね備えたリーダーが多いということが指摘されている。(参考:奥林康司編『入門人的資源管理』pp.41-44 中央経済社 2003年)

 桃太郎の場合、「鬼退治」という明確な目標達成のため、チーム一丸となってことにあたったのだが、長く語り継がれている昔話には、虚構と同時に一面の真理が含まれているのかもしれない。欲を言うとその後の「チーム桃太郎」の様子を聞いてみたい。

 
 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「人材マネジメントの発展段階説」

 | Weblog
 前回、今日の職場環境の変化が生産性に与える影響について述べた。
 人材マネジメントの支援に携わるわれわれとしては、そういった環境の変化に対応した施策を提言することが求められる。
 従来、多くの人事コンサルタントは、少なくとも私は、企業に対し「労務管理」や「人事考課・賃金システム」という「制度」を売ってきた。
 しかし、ここにきて、単なる制度作りをアピールするだけでは、いまひとつクライアントの心に響いていないということを実感している。制度作りをすることによってどういった職場環境を作ろうとしているのか、その効果が実感できなければ、いかに立派な仕組みを作ってもしょせん画餅である。

 人材マネジメントには「発展段階」があると私は考えている。企業を立ち上げて、人を雇い入れたときには、「安全・安心して働ける職場環境」が求められる。(第1段階)この段階においては、就業規則・諸規程の整備、職場モラル・法令の順守といったことが制度や仕組みとして必要であろう。
 次に、従業員が増加すると、「組織的に機能する職場環境」が求められる。(第2段階)この段階になると、人事考課や賃金に関する取り決め、また計画的採用活動や、組織的教育研修といったことが必要となってくるだろう。
 たいていの会社はこの段階で、立ち止まり、「当社は人材マネジメントに対し取り組みを行っている」という認識を持つのではないだろうか。しかし、人材マネジメントの究極の目的は、「人を活用し生産性をあげる」ことであり、そのためには従業員には「働きがい・承認欲求を満たす職場環境」を提供する必要がある。これが第3段階といってもいいだろう。この段階を満たす制度・仕組みを考えるのがこれからの人材マネジメントを考えるポイントになるといえる。

 この「発展段階」は、マズローの欲求段階説ではないが、下位段階の職場環境が満たされなければ、上位段階で考えられる施策を打っても職場環境は良くならないといえる。すなわち、いくら賃金決定の仕組みが整っていても、明らかに労働基準法に違反しているような職場では生産性はあがらないということだ。
 われわれとしては、「ではこの第3段階を満たすために、こういった仕組みを取り入れましょう」と「商品化」して売り出したいところだが、これがなかなか難しい。ここから先は、企業によって人事考課や賃金決定の方法以上に、考え方が多様で、取り組みに対する意気込みにも温度差があるからだ。
 あえて、その方策を探ると、キャリア・デザインという発想の導入、仕事の進め方のルールの再整備、そのための組織の再編といったことが考えられるのではないかというのが目下の仮説である。今後は実際の企業のニーズを掘り起こしつつ、具体策を考えていきたいと思っている。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

仕事と職場

 | Weblog
 気がつけば5月も終わろうとしているが、年度が替わってからこの方、人材の確保に関しての相談もいくつか頂戴した。
 バブル崩壊後、人事のテーマは、リストラ、成果主義、またその揺り戻しと来て、今は人材の確保が大きな課題になろうとしている。
 それは、労働力減少に伴うさしあたっての人手の確保としての「採用活動」と、優秀な人材を育成し会社に残ってもらう「能力開発」といった形で取り組みがなされている。ただし、現実の悩みとして、「いかにして自社に引き止めておくか」というリテンション対策について相談を受けることも増えてきている。

 終身雇用が一般的だった時代は、日本の企業は、社員に対してリテンション策を考えるといったことはあまりなかったが、3年以内に辞める大卒新入社員が3割を超えていることや、メンタルヘルス不全者の増加といった現象は、単に「本人の問題」と片付けられる状況ではなく、会社として具体的対応が求められている。

 高橋克徳他『不機嫌な職場』(講談社現代新書 2008年)では、社員同士が自分の仕事に閉じこもり、お互いのつながりが希薄になっている状況が記されている。
 一人で食事をする子供の「個食」化が問題視されているが、こういった、仕事も「個職」化が進むことによって、業務の狭間に落ちた仕事への対応ができなくなり、ひいては会社の業績にも影響を与えることも考えられる。

 本書では、世界的IT企業や東大阪の歯科医院で、社員同士の協力がうまくいっている例が紹介され、協力し合える組織を作る方法が示唆されている。
 具体的には、コミュニケーションの場を意識的に作ること、「感謝」と「認知」によるインセンティブといったようなことになるのだが、気をつけなければならない点として次の2点を指摘する。一つは、こういった方法論に唯一絶対の「魔法の杖」はないこと。多様な取り組みが複合的にいい結果をもたらすという。
 もう一点は、この手の取り組みはすぐに効果が表れるものではないこと。最近は短期志向で、すぐに結果が出なければ取り組みを中断するということも多いが、現実に社内の風土が変わったと感じるまでには3年ぐらいかかったとするケースが多いという。

 近年は個人的な「キャリア」を重視する傾向が強いが、「職場」に行くこと自体が苦痛であれば、たいていのサラリーパーソンにとっては、キャリア形成にもつながらないだろう。
 人材マネジメントの目的を達成するには、「経営目標の達成に貢献すること」と「社員個々のニーズを満たすこと」の両方を満たすことが必要とされる。それを実現するためには、会社としては、自社の人材マネジメントに対する明確な方向性と信念が必要である。個人的には、まずは、隣の人がどんな仕事の仕方をしているのか、関心を持って見てみることからはじめてはいかがだろうか。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

仕事の価値としての「資格」

 | Weblog
 「多様な働き方」の処遇均衡を図るためには、「同一価値労働・同一賃金」という発想が求められる。この同一価値労働・同一賃金の原則は、国際労働機関(ILO)が1951年に採択した100号条約で定められ、日本は1967年に批准している。
 日本政府は労働基準法第4条に「使用者は、労働者が女性であることを理由として賃金について男性と差別的な取り扱いをしてはならない」と規定していることを根拠に、同条約を満たしていると主張しているが、ILOはそれだけでは不十分だという見解を示している。
 確かに雇用契約形態の違いを明言せず、性別の差だけで処遇差別を禁止しているというのは、はからずも「男性は正社員として家計を支え、女性はパートタイマー等で家計を補助する」という性別役割分業を前提とした人材マネジメントの発想から抜け切れていないことを露呈している。

 一方で、仕事の価値をどう測るかというのは非常に難しい。一つの手法として職務の内容と賃金をリンクさせる「職務給」という考え方があるが、その設定には手間がかかり、特に人に仕事を与える日本の職場においては、納得性が得られにくいともいわれている。
 市場での賃金相場を形成するには、会社が違っても通用するようなコアスキルをどう見極めるかということが前提となる。
 法務、財務、経理といった分野では、法律に基づいた明確なルールがあり、その専門性を極めると、弁護士、公認会計士、税理士といった国家資格を取得するという手段が存在する。このような資格を保有しているということは、その人が社外で通用するスキルを持っているということの一定の証となるだろう。

 では、人事の分野ではどうだろうか。我々社会保険労務士は「人事労務の専門家」と自称しているが、前回紹介した中島豊氏は「それは人事のコアスキルに必要なものであるとは必ずしもいえない」と手厳しい。
 氏は人事のコアスキルとは「人材をどのように活かしていけるか」ということであるが、実際の人材マネジメントは各社まちまちで、特定の会社で成功しているやり方を他社に持っていったとしても、必ずしもうまくいくとは限らないと指摘する。(中島豊『非正規社員を活かす人材マネジメント』pp.193-194)
 我々はよく「人事に正解はない」と半ば冗談めかして言うことがあるが、一面の真理であると同時に、ある程度の普遍性、考え方の標準化といったことへの取り組みを怠ってはいけないと思う。社会保険労務士という資格は、その仕事についてから価値が問われる。反対にいえば、仕事はいくらでも創造できるということか…
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

パートタイマーという働き方

 | Weblog
 4月1日より改正パート労働法が施行される。
 待遇についての説明責任が課せられたり、正社員並みに働くパートについては、正社員との差別的待遇が禁じられるなど、企業にとっての関心も高く、雇用機会均等室の説明会には毎回大勢の人が集まっているようだ。
 今回の法改正では、正社員との均衡処遇ということがいわれており、パートの人件費に上昇圧力がかかることが予想される。また労働力人口の減少で、正社員の採用が困難となってくることから、パートの意欲を喚起し生産性をあげるとともに、優秀なパートを囲い込んで正社員化を図ろうという動きも見られる。

 この10年間日本企業は正社員の数を減らし、反対にパートをはじめとする非正規労働者を多く使うようになった。これは、正社員の仕事が非正規に移されているということができる。いわゆるパート労働者の「基幹化」といわれる現象である。
 ただ、「基幹化」というのは経営にタッチするなど会社の幹部になる、指導的役割を果たすということだけではない。サービス業の増加により、接客の中心はパートをはじめとする非正規労働者に負っているところが多く、彼・彼女らの働きぶりが、その会社のブランドイメージに大きな影響力を与えている。
 そこで、単なる補助業務、定型業務という枠組みを超えて、企業の一員としての意識付けが必要となってくる。衣料品流通業のギャップジャパンで人事部長をされた中島豊氏は、パート労働者等の活用のためには、そのコミットメントを高めて戦略化することが不可欠という。「コミットメント」とは日本語にしにくい概念であるが、「個人が組織に対して強い一体感を持ち、深くかかわること」「目標達成に向けて自分のエネルギーを投入する意欲と責任」などといった意味に用いられている。
 このパート労働者のコミットメントを高めるためにマネジャーがとるべき方法として、「期待される成果を明確にし、とるべき行動に焦点を当てること」「継続的にトレーニングをすること」「フィードバックを繰り返すことによりモチベーションを高めること」「競争原理を導入すること」などがあげられている。(『非正規社員を活かす人材マネジメント』pp.48-49 日本経団連出版 2003年)
 最近関与先でこの話を紹介すると、正社員にもその考え方は使えるねといわれる。まさに、そのとおりで、パートタイマー等の非正規労働者の働き方を考えるということは、それ以外の正社員の働き方を考えるということにつながる。

 本来の「パートタイム」というのは文字通り、短時間ということだけで、安価な労働力という意味ではない。仕事の内容に応じた適切な処遇の実現が、ワークライフバランスを考えるうえでも必要となっている。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

雨ニモマケズ

 | Weblog
 昨日と今日、今日と明日はつながっているのだけれど、やはり年の瀬になると、この1年を振り返り、今年あった出来事などを思い返してみたくなる。

 今年は4月に男女雇用機会均等法が改正されたこともあり、行政が主催されるセミナーを中心に、人権問題と男女協働についてお話をさせていただく機会を多くいただいた。このテーマは、ワークライフバランスに関する課題と対応について、考えるきっかけとなった。これは、今後の人の働き方を考えるうえで、重要な視点であるので、引き続き考えを深めていきたいと思っている。
 秋には、日本産業カウンセラー協会認定のキャリア・コンサルタント試験にも運よく合格することができた。キャリア関係の資格は、ニート・フリーター問題との関連で、就職支援者としての機能を期待する向きも多いが、私はすでに仕事についている人の将来的なキャリアデザインに関する支援に関心を持っている。今後ますます就労形態が多様化することを考えると、その人に応じた働き方を考えることが一層必要となってくるだろう。
 メンタルヘルスの問題に向き合いたいとの思いで、取得した産業カウンセラーの関連では、なんとこのブログを見たといって、メンタルヘルス対策の重要性と企業の必要な取り組みについて、機関紙への執筆をご依頼いただいたこともあった。
 また、年の後半には、大型倒産に立会い、そこで働いていた人のフォローをさせていただくことになった。私が直接意思決定をしてことが運ぶという案件ではないのだが、少しでも困っている人お役に立てているとしたら、うれしい限りである。

 先日、宮澤賢治の「雨ニモマケズ」の朗読が、テレビから流れているのを耳にした。気になって、改めてその全文を調べてみた。この作品については、文学的な評価は色々あるようだが、私は文面どおり素直に解釈したい。
 健康で、おごらず、温厚で感情的ならず、相手の話をよく聴き、共感し、困った人を助け、積極的に名誉は求めない。「サウイウモノニ ワタシハナリタイ」と賢治は言う。
 これは、人を支援することにかかわる人間に必要な素養そのものだといえるだろう。
 来年からはより一層、人の気持ちに寄り添えるように、仕事をしていきたいと思う。
 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加