オルガン同好会員のネタ帳

オルガンなのにあえて近現代志向

ロイプケ:オルガンソナタ「詩篇94」

2015年03月12日 | オルガン音楽

1 復讐の神、主よ。復讐の神よ。光を放ってください。
2 地をさばく方よ。立ち上がってください。高ぶる者に報復してください。
3 主よ。悪者どもはいつまで、いつまで、悪者どもは、勝ち誇るのでしょう。
4 彼らは放言し、横柄に語り、不法を行なう者はみな自慢します。
5 主よ。彼らはあなたの民を打ち砕き、あなたのものである民を悩まします。
6 彼らは、やもめや在留異国人を殺し、みなしごたちを打ち殺します。
7 こうして彼らは言っています。「主は見ることはない。ヤコブの神は気づかない。」
8 気づけ。民のうちのまぬけ者ども。愚か者ども。おまえらは、いつになったら、わかるのか。

   詩篇94篇「悪への復讐」より


 ユリウス・ロイプケは、一般にはあまり知られていない作曲家かもしれません。24歳の若さで没したこともあり、作品数はごく僅か。しかしながら、ほぼ唯一の大作であるオルガンのための「詩篇94」は、ロマン派オルガン曲における不滅の金字塔となっています。
 リストに師事したロイプケはその影響を強く受けています。1857年に作られた「詩篇94」もまた、リスト直伝の妖しげな半音階的和声や華麗なヴィルトゥオーゾに彩られています。
 一方で、その影響の強さゆえに、ロイプケの個性というものが見えにくくなっています。長生すれば独自の境地を切り開いていたかもしれませんが、病がそれを許しませんでした。
 それでも、「詩篇94」が極めて重要な作品であることには変わりがありません。まだオルガンのロマン派的な語法の開拓期にあったメンデルスゾーンやリストの作品が、その斬新さゆえに構成の散漫さや効果的でないパッセージなども含んでいたのに対し、ロイプケの作品は異様なまでの完成度を誇っています。
 この作品は、オルガン曲としての演奏効果がよく考えられています。強奏部では両手のオクターブによる物量攻勢を使いつつも、それに頼りきりにはなっていません。困難なパッセージを多用しながら、それらが効率よく演奏効果に結びついています。異なる音色の鍵盤が同音域で交差するという、オルガンならではの技法も序盤で駆使されており、また中盤ではコラール変奏曲風の展開が見られます。暗い雰囲気が濃厚ながらも表現やダイナミズムの幅が豊かで、約25分間にわたって聴き飽きることがありません。最後に待ち受けるフーガは、技巧的にも困難を極めますが、それに見合った驚嘆すべき効果を上げます。フーガでは付点リズムが多用され、非常に不気味かつ躍動的な音楽が作り上げられています。
 このソナタは、冒頭で提示される主題が様々な形で展開される一種の変奏曲です。緩-急-緩-急の4部構成と捉えることができますが、各部分は推移部によって切れ目なく繋がっており、あくまで単一楽章の音楽です。
 この4部構成はバロック以前の教会ソナタに通じるものですが、同時に、リストの作品にみられる典型的な形式でもあります。例として、リストのオルガンのための「幻想曲とフーガ」が緩急緩-急の構成です。この作品は1850年に作曲されており、「詩篇94」はその直接的な影響下にあると考えられます。
 「詩篇94」を表題と捉えると、このソナタを一種の交響詩と捉えることもできます。これは旧約聖書の「悪への復讐」という章に対応します。悪人達に対する怒りと復讐心を歌い上げるもの。冒頭にその一部を示した通り、きわめて不穏な内容を伴っています。それに相応しく、「詩篇94」はオルガン音楽としては比類ないほど壮大なスケールを持った作品となっています。重厚な和音が時に軽快に跳ね回り、時には10小節近くに渡ってベタ塗りされます。特に後者のもたらす音の洪水は圧巻で、通常編成の管弦楽では到底実現不可能でしょう。
 峻厳な曲想が目立つ一方で、第3部では安らぎに満ちた旋律が歌われます。この場面にはコラール変奏曲風の展開がみられ、古典音楽へのオマージュが捧げられています。また、このような場面を挟むことで全体の構成が引き締められ、推進力に満ちたフーガによるフィナーレ――ベルリオーズの「幻想交響曲」を思わせる――の印象が強められています。
 早世が惜しまれる幻の大作曲家ロイプケ。しかし彼がオルガンの世界に残した業績は、まさにピアノにおけるリストに匹敵するものでした。

コメントを投稿