オルガン同好会員のネタ帳

オルガンなのにあえて近現代志向

「洲本」前奏曲

2016年11月21日 | 雑記
http://quni.biz/bei/works_sumoto.html

MP3で聴けるようにしてみるテスト。

「洲本」は、描写音楽ではありませんが、洲本の3つの場所の印象を基に作曲しています。
1. 前奏曲 … 洲本の海(穏やかな大阪湾を行き交う船)
2. パッサカリア … 洲本の街(古びた街並み)
3. 即興曲 … 洲本の城(山上の石垣と、そこから見える洲本の全景)
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交響曲

2016年10月26日 | 雑記
交響曲の第1楽章を作り直しました。

併せて各楽章に標題を追加し、全曲の副題を「現代典礼」としました。
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前奏曲(「洲本」より)の楽譜

2016年10月14日 | 雑記
四段譜ですが公開しました。
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シューマンの交響曲第4番 第4楽章

2016年09月22日 | 雑記
オルガンに編曲しました。
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ヴォーン・ウィリアムズ 前奏曲とフーガ(ハ短調)

2016年07月28日 | 雑記

より、前奏曲を吹奏楽に編曲しました。
http://quni.biz/bei/assets/wp.ogg
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洲本(交響組曲)

2016年07月03日 | 雑記
http://quni.biz/bei/works_sumoto.html
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2015年駒場祭オルガン演奏会の録音

2016年01月14日 | 雑記
アイヴズ:オルガン前奏曲「神の御子は今宵しも」
ボロディン:交響曲第3番 第2楽章 より
ランディーニ:「愛よ、この乙女を」
フランク:「オルガニスト」 ハ長調とハ短調のための7つの小品 より
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アイヴズ:オルガン前奏曲「神の御子は今宵しも」

2015年12月21日 | オルガン音楽
 保険会社の経営者という本業を持ちつつ、余暇を利用して作曲活動を行ったアイヴズ。そのためアマチュア作曲家とみなされることも多いのですが、実際には正期の音楽教育を受けたプロフェッショナルな作曲家でした。一般に知られるようになるのは戦後になってからですが、今なお評価は定まっていません。様々な前衛技法を駆使したため、前衛音楽の創始者と見る向きがあります。しかしながら、アイヴズの作品には冗談なのか真面目なのかよくわからない所が多々あり、聴き手にも弾き手にも困難を突きつけます。
 そんなアイヴズの作風がよく現れている作品として、「カントリーバンド行進曲」があります。この作品は、極めて複雑なリズムとクラスターのような強烈な和音に彩られています。このマーチを聴くと、複数の音楽が雑然と入り乱れて聞こえてくるような聴覚体験が得られます。
 「カントリーバンド行進曲」に限らず、アイヴズの作品には、テンポやリズムの乱れ、音外し、そして無関係の騒音までもが取り込まれています。よく知られた民謡や流行歌が度々引用されますが、それらは主題として直接展開されるのではなく、”それが聞こえてくる状況”の再現として用いられているようです。いわば、音楽の素材として音楽を用いたといえます。
 他の作品でも、アイヴズは後に前衛技法として一般的になる技法をいち早く使用しています。「宵闇のセントラルパーク」という作品は、ゆっくりしたテンポのコラールが10回反復される中に、ジャズ風の音楽が全く異なるテンポで乱入してきます。これによってアイヴズはジャズをいち早くクラシックに取り入れた作曲家となっていますが、テンポの違いがランダムな演奏効果を生み出すため、結果的に「偶然性の音楽」の先駆的用例にもなっています。他にも、ピッチが1/4音ずつずれた2台のピアノを使用し、音が外れたような響きを生み出した作品があり、微分音の先駆者とされることもあります。
 しかしながら、アイヴズの前衛のパイオニアとしての業績には疑問符がつきます。アイヴズはトーン・クラスターや多調性、偶然性、微分音などを自作に用いたものの、それらが”アイヴズの作風”を超えた普遍的な理論に直接結びついたわけではありませんでした。あくまで音楽史から孤立した作曲家だとみなすべきなのです。むしろ、孤立しながら、演奏を想定しない曲を書き続け、出版譜のエラーを「全て正しい」として訂正しなかったその創作哲学にこそ、アイヴズの特異性が現れていると言えるのではないでしょうか。
 オルガン前奏曲「神の御子は今宵しも」はアイヴズの初期作品です。ジョン・フランシス・ウェードが18世紀に作曲したとされる賛美歌を基にしていますが、その旋律は後半まで出てきません。前半は、変ロ短調の寂しげな旋律が歌われます。経過句を経てヘ長調に転じ、ようやく定旋律である「神の御子は今宵しも」が登場しますが、ここに冒頭の旋律が重なります。実は、冒頭の旋律は定旋律と鏡像の関係にあります。2つの旋律が重ねられることで、その関係性に気付かされる、という仕掛けです。
 ヘ長調の定旋律に重なる冒頭の旋律は変ロ短調のままであり、2つの調性が同時に鳴り響く複調音楽になっています。複調の使用例としては「ペトルーシュカ」より早い点が特筆されます。
 アイヴズがこの曲で狙ったと思われる効果はふたつ。ひとつは、耳慣れない旋律が、実はよく知られている歌の旋律をひっくり返したものだったことに気づく驚きです。リズムは同じはずなのに、2つの旋律は驚くほど似ていません。同時に演奏されることで、辛うじてその関係性に気づくことができます。(我々はあまり賛美歌を聴き慣れていないため、このような驚きを共有できないのが残念です)
 もうひとつは、音が外れたような効果です。複調の関係にある2つの旋律は、所々で間の抜けた響きを生み出します。穿った見方ですが、「正しく演奏すればするほど音が外れて聞こえる」ことで演奏者へ意地悪をしているのかもしれません。しかしながら、アイヴズがそのような情けない響きを愛したのも、また事実であるように思います。
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第8回駒場祭オルガン演奏会

2015年11月22日 | 雑記
11/21に東大で開催された第8回駒場祭オルガン演奏会に出演してきました。

以下の4曲を演奏しました。

アイヴズ:オルガン前奏曲「神の御子は今宵しも」
ボロディン:交響曲第3番 第2楽章 より
ランディーニ:「愛よ、この乙女を」
フランク:「オルガニスト」 ハ長調とハ短調のための7つの小品 より

このうち、純粋なパイプオルガンのための曲は一番前衛的(!)なアイヴズのみ。
フランクは足踏みオルガンのための作品で、今回はブローオルガン(いわゆるピアニカ)とオルガンの二重奏で演奏してみました。

残りの二曲は私が編曲したものです。

楽譜を公開しましたので、是非ご覧ください。
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メンデルスゾーン:オルガンソナタ 第3番

2015年11月05日 | オルガン音楽
 「夏の夜の夢」「フィンガルの洞窟」などの作曲者として知られるメンデルスゾーンは、作品の知名度にもかかわらず、その業績と影響力が見落とされがちな作曲家ではないでしょうか。メンデルスゾーンの多岐にわたる活動の中でも、オルガン奏者としての一面と、バロック音楽の擁護者としての一面は見逃すことができません。特に、バッハの死後まったく演奏されていなかった「マタイ受難曲」を、1829年に再演したことは、その後のバロック音楽の再評価に大きく貢献したと言えるでしょう。こうしたバッハ研究の成果として、また自身のオルガン演奏家としてのキャリアの集大成として生まれたのが、1845年に出版された6曲のオルガンソナタです。
 この6曲のソナタは、古典派時代に完成されたいわゆるソナタの形式を踏襲していません。コラールとフーガが重要な役割を果たしており、バロック研究の成果を見ることができますが、いずれも自由な形式で書かれています。
 ロマン派の前期はより独創的な構成のソナタ・交響曲が模索された時代でもありました。古典派期に一定の形式として完成したソナタ・交響曲(いずれも本来は「器楽曲」以上の意味はない)は、ベートーヴェンによって著しく発展・拡張され、最終的に解体に至りました。前期ロマン派の作曲家にとって、ベートーヴェン以後に何ができるのか?は重要な課題であった筈で、それはメンデルスゾーンも例外ではありません。
 古典派期に確立されたソナタ形式は、それを踏襲するであれ、批判するであれ、以後の音楽に大きな影響を与えました。2つの主題(のちに3つ以上になりますが)の対立関係が示され、再現部において対立が解消される。言うまでもなく、これは西洋的な二元論に即したものです。ソナタ形式(あるいは序曲形式)の根本にあるのは主題の対立とその解決であり、対立関係が示される主題提示部は、いわばソナタ形式の命でした。2つの主題は調的に対立するのみならず、曲想もまた明確に対立するようになります。後期ロマン派の時代になると、主題の拍子やテンポまでもが対比され、同じ曲の同じ楽章とは思えないほど異なる曲想が並立するようになります。こうなると、対立関係の解消に説得力を持たせるためには長大な展開が必要となります。こうして、かつては省略されることも少なくなかった展開部(中間部)が著しく肥大化し、一楽章で20分を超えることも稀ではなくなりました。
 一方、前期ロマン派の時代には、前時代(古典派)への反発からか、こうしたソナタの構図を解体しようとする動きが盛んでした。単純な二元対立に囚われない展開も模索され、共通のモティーフによって主題の対立関係を意図的に弱めることもありました。他ならぬメンデルスゾーンのスコットランド交響曲(交響曲第3番)がそれであり、ベルリオーズの「幻想交響曲」に至っては、明確な第2主題を見つけることも困難です。楽曲の展開は客観的な楽理より、主観的な性格変奏とテキストによってもたらされるようになります。この傾向はブラームスらによる古典派音楽の再評価が始まるまで続きました。
 オルガンソナタ第3番もまた、古典的な形式感が薄められています。まず、楽章数が明確ではありません。4つの部分があり、最初の3つが第1楽章、残りが第2楽章を構成しているように見えますが、そうすると第2楽章が短すぎ、歪な構成になります。最後の部分は内容的には独立していますが、まったく別の楽章ではなさそうです。
 このように、末尾の独立性を高め、曲想を一変させてから終わらせる手法は、前述したスコットランド交響曲にも用いられています。その起源を探すとベートーヴェンに行き着きます。楽曲を終結に導くための推移部に過ぎなかったコーダを肥大化させ、あまつさえを主題を展開するための空間として用いたのがベートーヴェンの英雄交響曲(交響曲第3番)でした。メンデルスゾーンは主題すら扱わず、楽曲が向かっていたのとは異なる終着点へ導くコーダを作り、コーダの概念を解体したことになります。音楽が楽式を超えて、自らストーリーを語り出したとも言えます。
 但し、メンデルスゾーンのこの実践については賛否は分かれています。否定的に見ていたことで有名なのがクレンペラーで、スコットランド交響曲の録音時に「古典派的な」コーダを自作して代替するという挙に出ています。一方、メンデルスゾーン以後もコーダにおける音楽の発展の可能性は大いに研究され、コーダで合唱を導入する例も現れました。メンデルスゾーンの方法はまだ過渡的段階と言えるのではないでしょうか。
 コーダに対する「主部」、すなわち最初の3つの部分は三部形式を構成しています。最初にイ長調で提示される下降音階の主題は重厚そのもの。対して、中間部ではイ短調の跳躍的な主題が扱われます。この2つの主題の性格の違いに、古典派的なソナタの影響を見ることができます。
 中間部はフーガの形で書かれています。その前半部分では付点リズムが支配的ですが、後半に16部音符の細かい動きによる新しい主題が導入され、二重フーガとなります。メンデルスゾーンはこのフーガにコラール「主よ深き淵の底より」の旋律を重ね、フーガとコラール前奏曲の統合を試みています。中間部から再現部にかけては音の密度が高くなり、足鍵盤には性急なパッセージが渡され、クライマックスを形成します。
 再現部は最初の主題の強奏に終始しますが、結尾の直前にフーガの主題が顔を見せます。フーガ主題の上昇的なモティーフに対し、下降主題が決然と応える、という応酬が2度繰り返されます。この場面に、対立主題の解決という図式を見ることができます。
 メンデルスゾーンの3番目のオルガンソナタは、コーダを含めても10分程度の作品です。これは6曲の中でも短い部類ですが、魅力的な旋律に加え、様々なアイデアが試されているという点でも注目されます。フーガとコラールの合体、主題の統合、そしてソナタ形式の解体。それは、バロック、古典、そしてロマン派の音楽の特異な交差点となっています。
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