オルガン同好会員のネタ帳

オルガンなのにあえて近現代志向

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

2015年駒場祭オルガン演奏会の録音

2016年01月14日 | 雑記
アイヴズ:オルガン前奏曲「神の御子は今宵しも」
ボロディン:交響曲第3番 第2楽章 より
ランディーニ:「愛よ、この乙女を」
フランク:「オルガニスト」 ハ長調とハ短調のための7つの小品 より
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

アイヴズ:オルガン前奏曲「神の御子は今宵しも」

2015年12月21日 | オルガン音楽
 保険会社の経営者という本業を持ちつつ、余暇を利用して作曲活動を行ったアイヴズ。そのためアマチュア作曲家とみなされることも多いのですが、実際には正期の音楽教育を受けたプロフェッショナルな作曲家でした。一般に知られるようになるのは戦後になってからですが、今なお評価は定まっていません。様々な前衛技法を駆使したため、前衛音楽の創始者と見る向きがあります。しかしながら、アイヴズの作品には冗談なのか真面目なのかよくわからない所が多々あり、聴き手にも弾き手にも困難を突きつけます。
 そんなアイヴズの作風がよく現れている作品として、「カントリーバンド行進曲」があります。この作品は、極めて複雑なリズムとクラスターのような強烈な和音に彩られています。このマーチを聴くと、複数の音楽が雑然と入り乱れて聞こえてくるような聴覚体験が得られます。
 「カントリーバンド行進曲」に限らず、アイヴズの作品には、テンポやリズムの乱れ、音外し、そして無関係の騒音までもが取り込まれています。よく知られた民謡や流行歌が度々引用されますが、それらは主題として直接展開されるのではなく、”それが聞こえてくる状況”の再現として用いられているようです。いわば、音楽の素材として音楽を用いたといえます。
 他の作品でも、アイヴズは後に前衛技法として一般的になる技法をいち早く使用しています。「宵闇のセントラルパーク」という作品は、ゆっくりしたテンポのコラールが10回反復される中に、ジャズ風の音楽が全く異なるテンポで乱入してきます。これによってアイヴズはジャズをいち早くクラシックに取り入れた作曲家となっていますが、テンポの違いがランダムな演奏効果を生み出すため、結果的に「偶然性の音楽」の先駆的用例にもなっています。他にも、ピッチが1/4音ずつずれた2台のピアノを使用し、音が外れたような響きを生み出した作品があり、微分音の先駆者とされることもあります。
 しかしながら、アイヴズの前衛のパイオニアとしての業績には疑問符がつきます。アイヴズはトーン・クラスターや多調性、偶然性、微分音などを自作に用いたものの、それらが”アイヴズの作風”を超えた普遍的な理論に直接結びついたわけではありませんでした。あくまで音楽史から孤立した作曲家だとみなすべきなのです。むしろ、孤立しながら、演奏を想定しない曲を書き続け、出版譜のエラーを「全て正しい」として訂正しなかったその創作哲学にこそ、アイヴズの特異性が現れていると言えるのではないでしょうか。
 オルガン前奏曲「神の御子は今宵しも」はアイヴズの初期作品です。ジョン・フランシス・ウェードが18世紀に作曲したとされる賛美歌を基にしていますが、その旋律は後半まで出てきません。前半は、変ロ短調の寂しげな旋律が歌われます。経過句を経てヘ長調に転じ、ようやく定旋律である「神の御子は今宵しも」が登場しますが、ここに冒頭の旋律が重なります。実は、冒頭の旋律は定旋律と鏡像の関係にあります。2つの旋律が重ねられることで、その関係性に気付かされる、という仕掛けです。
 ヘ長調の定旋律に重なる冒頭の旋律は変ロ短調のままであり、2つの調性が同時に鳴り響く複調音楽になっています。複調の使用例としては「ペトルーシュカ」より早い点が特筆されます。
 アイヴズがこの曲で狙ったと思われる効果はふたつ。ひとつは、耳慣れない旋律が、実はよく知られている歌の旋律をひっくり返したものだったことに気づく驚きです。リズムは同じはずなのに、2つの旋律は驚くほど似ていません。同時に演奏されることで、辛うじてその関係性に気づくことができます。(我々はあまり賛美歌を聴き慣れていないため、このような驚きを共有できないのが残念です)
 もうひとつは、音が外れたような効果です。複調の関係にある2つの旋律は、所々で間の抜けた響きを生み出します。穿った見方ですが、「正しく演奏すればするほど音が外れて聞こえる」ことで演奏者へ意地悪をしているのかもしれません。しかしながら、アイヴズがそのような情けない響きを愛したのも、また事実であるように思います。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

第8回駒場祭オルガン演奏会

2015年11月22日 | 雑記
11/21に東大で開催された第8回駒場祭オルガン演奏会に出演してきました。

以下の4曲を演奏しました。

アイヴズ:オルガン前奏曲「神の御子は今宵しも」
ボロディン:交響曲第3番 第2楽章 より
ランディーニ:「愛よ、この乙女を」
フランク:「オルガニスト」 ハ長調とハ短調のための7つの小品 より

このうち、純粋なパイプオルガンのための曲は一番前衛的(!)なアイヴズのみ。
フランクは足踏みオルガンのための作品で、今回はブローオルガン(いわゆるピアニカ)とオルガンの二重奏で演奏してみました。

残りの二曲は私が編曲したものです。

楽譜を公開しましたので、是非ご覧ください。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

メンデルスゾーン:オルガンソナタ 第3番

2015年11月05日 | オルガン音楽
 「夏の夜の夢」「フィンガルの洞窟」などの作曲者として知られるメンデルスゾーンは、作品の知名度にもかかわらず、その業績と影響力が見落とされがちな作曲家ではないでしょうか。メンデルスゾーンの多岐にわたる活動の中でも、オルガン奏者としての一面と、バロック音楽の擁護者としての一面は見逃すことができません。特に、バッハの死後まったく演奏されていなかった「マタイ受難曲」を、1829年に再演したことは、その後のバロック音楽の再評価に大きく貢献したと言えるでしょう。こうしたバッハ研究の成果として、また自身のオルガン演奏家としてのキャリアの集大成として生まれたのが、1845年に出版された6曲のオルガンソナタです。
 この6曲のソナタは、古典派時代に完成されたいわゆるソナタの形式を踏襲していません。コラールとフーガが重要な役割を果たしており、バロック研究の成果を見ることができますが、いずれも自由な形式で書かれています。
 ロマン派の前期はより独創的な構成のソナタ・交響曲が模索された時代でもありました。古典派期に一定の形式として完成したソナタ・交響曲(いずれも本来は「器楽曲」以上の意味はない)は、ベートーヴェンによって著しく発展・拡張され、最終的に解体に至りました。前期ロマン派の作曲家にとって、ベートーヴェン以後に何ができるのか?は重要な課題であった筈で、それはメンデルスゾーンも例外ではありません。
 古典派期に確立されたソナタ形式は、それを踏襲するであれ、批判するであれ、以後の音楽に大きな影響を与えました。2つの主題(のちに3つ以上になりますが)の対立関係が示され、再現部において対立が解消される。言うまでもなく、これは西洋的な二元論に即したものです。ソナタ形式(あるいは序曲形式)の根本にあるのは主題の対立とその解決であり、対立関係が示される主題提示部は、いわばソナタ形式の命でした。2つの主題は調的に対立するのみならず、曲想もまた明確に対立するようになります。後期ロマン派の時代になると、主題の拍子やテンポまでもが対比され、同じ曲の同じ楽章とは思えないほど異なる曲想が並立するようになります。こうなると、対立関係の解消に説得力を持たせるためには長大な展開が必要となります。こうして、かつては省略されることも少なくなかった展開部(中間部)が著しく肥大化し、一楽章で20分を超えることも稀ではなくなりました。
 一方、前期ロマン派の時代には、前時代(古典派)への反発からか、こうしたソナタの構図を解体しようとする動きが盛んでした。単純な二元対立に囚われない展開も模索され、共通のモティーフによって主題の対立関係を意図的に弱めることもありました。他ならぬメンデルスゾーンのスコットランド交響曲(交響曲第3番)がそれであり、ベルリオーズの「幻想交響曲」に至っては、明確な第2主題を見つけることも困難です。楽曲の展開は客観的な楽理より、主観的な性格変奏とテキストによってもたらされるようになります。この傾向はブラームスらによる古典派音楽の再評価が始まるまで続きました。
 オルガンソナタ第3番もまた、古典的な形式感が薄められています。まず、楽章数が明確ではありません。4つの部分があり、最初の3つが第1楽章、残りが第2楽章を構成しているように見えますが、そうすると第2楽章が短すぎ、歪な構成になります。最後の部分は内容的には独立していますが、まったく別の楽章ではなさそうです。
 このように、末尾の独立性を高め、曲想を一変させてから終わらせる手法は、前述したスコットランド交響曲にも用いられています。その起源を探すとベートーヴェンに行き着きます。楽曲を終結に導くための推移部に過ぎなかったコーダを肥大化させ、あまつさえを主題を展開するための空間として用いたのがベートーヴェンの英雄交響曲(交響曲第3番)でした。メンデルスゾーンは主題すら扱わず、楽曲が向かっていたのとは異なる終着点へ導くコーダを作り、コーダの概念を解体したことになります。音楽が楽式を超えて、自らストーリーを語り出したとも言えます。
 但し、メンデルスゾーンのこの実践については賛否は分かれています。否定的に見ていたことで有名なのがクレンペラーで、スコットランド交響曲の録音時に「古典派的な」コーダを自作して代替するという挙に出ています。一方、メンデルスゾーン以後もコーダにおける音楽の発展の可能性は大いに研究され、コーダで合唱を導入する例も現れました。メンデルスゾーンの方法はまだ過渡的段階と言えるのではないでしょうか。
 コーダに対する「主部」、すなわち最初の3つの部分は三部形式を構成しています。最初にイ長調で提示される下降音階の主題は重厚そのもの。対して、中間部ではイ短調の跳躍的な主題が扱われます。この2つの主題の性格の違いに、古典派的なソナタの影響を見ることができます。
 中間部はフーガの形で書かれています。その前半部分では付点リズムが支配的ですが、後半に16部音符の細かい動きによる新しい主題が導入され、二重フーガとなります。メンデルスゾーンはこのフーガにコラール「主よ深き淵の底より」の旋律を重ね、フーガとコラール前奏曲の統合を試みています。中間部から再現部にかけては音の密度が高くなり、足鍵盤には性急なパッセージが渡され、クライマックスを形成します。
 再現部は最初の主題の強奏に終始しますが、結尾の直前にフーガの主題が顔を見せます。フーガ主題の上昇的なモティーフに対し、下降主題が決然と応える、という応酬が2度繰り返されます。この場面に、対立主題の解決という図式を見ることができます。
 メンデルスゾーンの3番目のオルガンソナタは、コーダを含めても10分程度の作品です。これは6曲の中でも短い部類ですが、魅力的な旋律に加え、様々なアイデアが試されているという点でも注目されます。フーガとコラールの合体、主題の統合、そしてソナタ形式の解体。それは、バロック、古典、そしてロマン派の音楽の特異な交差点となっています。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

グラズノフ:前奏曲とフーガ 作品93と98

2015年11月02日 | オルガン音楽
 グラズノフは、19世紀ロシアにおける西欧派と国民楽派の対立が、20世紀ロシアにおけるロマン主義とモダニズムの対立へと変化していく過程を生きた作曲家であると言えます。早熟の天才として注目を集め、国民楽派の後継者として期待されたグラズノフは、しかし次第に理論派の道を進み、後年には保守的な作曲家というレッテルを貼られるに至りました。グラズノフの生涯は、表現主義、原始主義などの新しい音楽が次々と世に現れた時代と重なります。それらを支持できなかったため、グラズノフはアカデミズムの深みに嵌った、という見方をされることがあります。その作品は、ロマン的で複雑な響きを持ちながらも端正に仕上げられており、非凡さを遺憾なく発揮しています。しかしながら、19世紀においてはチャイコフスキーとロシア五人組の間で埋没し、20世紀においては尚更影の薄い印象を拭えません。
 2つの「前奏曲とフーガ」が書かれたのは30代から40代のころであり、既にロマン主義的なスタイルが明確に現れている時代の作品です。フーガという、既に徹底的に書き尽くされた形式に挑戦しています。短い曲でありながら制作期間が数年に渡っていますが、改訂を繰り返したのでしょう。それだけに、非常に高い完成度の作品に仕上がっています。
 一聴したところ、ありきたりな始まり方をするのがグラズノフ。しかし、この「一見ありきたり」という部分が、グラズノフを受容する上で障害になっているように思います。師匠筋のボロディンやリムスキー=コルサコフのように印象的な旋律で始まるわけでもなく、また後進のストラヴィンスキーやショスタコーヴィチのように奇怪な音色で驚かせてくるわけでもない。噛めば噛むほど良さが出てくるのですが、ハッタリに欠ける印象は拭えません。
 それでも、曲が進行するに従って、グラズノフの半音階的な怪しい世界へと吸い込まれていきます。行き場を見失ったかのように躊躇いながらも、少しずつ糸口を見つけては進んでいく音楽。この世界に浸れるかどうかが、グラズノフを聴く上でのカギになっているように思います。
 作品98のフーガは、途中で拍子を変えます。リズムが複雑なため、一瞬拍子どころかテンポもわからなくなる。彷徨っているうちに、まったく見知らぬ場所に放り出されてしまったかのように。しかし程なくして、また逡巡の世界に戻ってきます。その行き着く先には、また一見ありきたりな形の終結が控えています。やはり、中盤の複雑な和声による逡巡こそが、グラズノフの真髄であるようです。
 グラズノフはペテルブルグ音楽院の教授、そして院長に就任し、20世紀初頭におけるロシア楽壇の最高権威となりました。そこに13歳の若さで入学したのがショスタコーヴィチです。ショスタコーヴィチは卒業に際して交響曲第1番を制作しますが、グラズノフがその冒頭の和声にアカデミズムの立場から注文をつけ、最終的にショスタコーヴィチが従わなかったのは有名な話。グラズノフの提案した「一見ありきたり」な始まり方を若きショスタコーヴィチが否定し、かつそれが大好評をもって迎えられたのは、この時代の熱気を語る上で、象徴的に扱われるエピソードです。
 グラズノフは新しい傾向の音楽を頭から否定していたわけではなく、むしろ理解しようと努めていたともいいます。しかし不安定な政情の中、ロシア楽壇の威信の保持に心血を注いだため、自身の創作のための時間が犠牲になったと考えられます。
 ソ連の成立当初は保守的な音楽が批判され、より進歩的な音楽が求められました。そうした立場から非難を受けたグラズノフはロシアを去り、最後のロマン主義者として静かに余生を送ったようです。
 グラズノフ以後のソ連はアバンギャルドの擁護から抑圧へと舵を切りました。皮肉にも、それがオルガン音楽の命脈を保つ一因となりました。保守的な楽器としてオルガンは生き残り続け、かつ即興演奏の形でオルガンによる前衛音楽が実験されていたようです。その成果はペレストロイカ以後、東欧の進歩的なオルガン音楽として世界に紹介されることになります。また、グラズノフが守ったペテルブルク音楽院は、現在に至るまで優れた音楽家を輩出し続けています。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

交響曲

2015年08月17日 | 雑記

http://quni.biz/bei/works_symphony.html

「交響曲」の1楽章と3楽章をUPしました。
ポスト現代っぽいオルガン曲を目指しました。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ロイプケ:オルガンソナタ「詩篇94」

2015年03月12日 | オルガン音楽

1 復讐の神、主よ。復讐の神よ。光を放ってください。
2 地をさばく方よ。立ち上がってください。高ぶる者に報復してください。
3 主よ。悪者どもはいつまで、いつまで、悪者どもは、勝ち誇るのでしょう。
4 彼らは放言し、横柄に語り、不法を行なう者はみな自慢します。
5 主よ。彼らはあなたの民を打ち砕き、あなたのものである民を悩まします。
6 彼らは、やもめや在留異国人を殺し、みなしごたちを打ち殺します。
7 こうして彼らは言っています。「主は見ることはない。ヤコブの神は気づかない。」
8 気づけ。民のうちのまぬけ者ども。愚か者ども。おまえらは、いつになったら、わかるのか。

   詩篇94篇「悪への復讐」より


 ユリウス・ロイプケは、一般にはあまり知られていない作曲家かもしれません。24歳の若さで没したこともあり、作品数はごく僅か。しかしながら、ほぼ唯一の大作であるオルガンのための「詩篇94」は、ロマン派オルガン曲における不滅の金字塔となっています。
 リストに師事したロイプケはその影響を強く受けています。1857年に作られた「詩篇94」もまた、リスト直伝の妖しげな半音階的和声や華麗なヴィルトゥオーゾに彩られています。
 一方で、その影響の強さゆえに、ロイプケの個性というものが見えにくくなっています。長生すれば独自の境地を切り開いていたかもしれませんが、病がそれを許しませんでした。
 それでも、「詩篇94」が極めて重要な作品であることには変わりがありません。まだオルガンのロマン派的な語法の開拓期にあったメンデルスゾーンやリストの作品が、その斬新さゆえに構成の散漫さや効果的でないパッセージなども含んでいたのに対し、ロイプケの作品は異様なまでの完成度を誇っています。
 この作品は、オルガン曲としての演奏効果がよく考えられています。強奏部では両手のオクターブによる物量攻勢を使いつつも、それに頼りきりにはなっていません。困難なパッセージを多用しながら、それらが効率よく演奏効果に結びついています。異なる音色の鍵盤が同音域で交差するという、オルガンならではの技法も序盤で駆使されており、また中盤ではコラール変奏曲風の展開が見られます。暗い雰囲気が濃厚ながらも表現やダイナミズムの幅が豊かで、約25分間にわたって聴き飽きることがありません。最後に待ち受けるフーガは、技巧的にも困難を極めますが、それに見合った驚嘆すべき効果を上げます。フーガでは付点リズムが多用され、非常に不気味かつ躍動的な音楽が作り上げられています。
 このソナタは、冒頭で提示される主題が様々な形で展開される一種の変奏曲です。緩-急-緩-急の4部構成と捉えることができますが、各部分は推移部によって切れ目なく繋がっており、あくまで単一楽章の音楽です。
 この4部構成はバロック以前の教会ソナタに通じるものですが、同時に、リストの作品にみられる典型的な形式でもあります。例として、リストのオルガンのための「幻想曲とフーガ」が緩急緩-急の構成です。この作品は1850年に作曲されており、「詩篇94」はその直接的な影響下にあると考えられます。
 「詩篇94」を表題と捉えると、このソナタを一種の交響詩と捉えることもできます。これは旧約聖書の「悪への復讐」という章に対応します。悪人達に対する怒りと復讐心を歌い上げるもの。冒頭にその一部を示した通り、きわめて不穏な内容を伴っています。それに相応しく、「詩篇94」はオルガン音楽としては比類ないほど壮大なスケールを持った作品となっています。重厚な和音が時に軽快に跳ね回り、時には10小節近くに渡ってベタ塗りされます。特に後者のもたらす音の洪水は圧巻で、通常編成の管弦楽では到底実現不可能でしょう。
 峻厳な曲想が目立つ一方で、第3部では安らぎに満ちた旋律が歌われます。この場面にはコラール変奏曲風の展開がみられ、古典音楽へのオマージュが捧げられています。また、このような場面を挟むことで全体の構成が引き締められ、推進力に満ちたフーガによるフィナーレ――ベルリオーズの「幻想交響曲」を思わせる――の印象が強められています。
 早世が惜しまれる幻の大作曲家ロイプケ。しかし彼がオルガンの世界に残した業績は、まさにピアノにおけるリストに匹敵するものでした。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ヒンデミット:オルガンソナタ 第2番

2015年03月07日 | オルガン音楽
 様々な独奏楽器のためのソナタを作曲し、室内楽のレパートリーの拡充に大きく貢献したパウル・ヒンデミットは、ヴィオラ奏者としても活躍しました。ヴィオラといえば、(失礼ながら)何かとぞんざいな扱いを受けることが多い楽器でもあります。マイナーな楽器への愛着は、ヴィオラ奏者としての鬱屈が昇華したものだったのかもしれません。
 独奏楽器としてのオルガンもまた、長らくマイナーな存在に甘んじている楽器でした。その理由にはヒット曲の不在があるのでしょう。また、物量に任せたゴージャスな響きばかりが強調され、独奏楽器としての特性の追求が不十分であったことも弱点でした。そんなオルガンにヒンデミットがシンパシーを感じた…かどうかは不明ですが、とにかく3つのオルガンソナタが残されました。
 ヒンデミットはモダニズムの音楽家でした。アンチロマン主義。機械のような反復音型や、血も凍る和声。それらを職人的な精密作業が支えます。尖ったサウンドを志向しながら、無調音楽には批判的でした。モダニズムの技法をひと通り体得した後に、ヒンデミットの創作は擬古典へと向かっていきます。
 オルガンソナタ第2番はバロックへの回帰志向が鮮明に表れた作品です。それは単に様式を模倣しただけではなく、ロマン派以前の音楽と、自身の音楽性とを結びつけようという試みが込められています。
 このソナタにおいて、オルガンの演奏効果が再考されています。近代的で複雑な和声が採用されていますが、音の数自体は多くなく、楽譜も聴覚上の印象よりは随分すっきりとしています。両手がオクターブで重ねられることも多くありません。
 ピアノにおいては、同じ音をオクターブで重ねて弾くことはごく普通に行われます。これは音量を強化し、分厚い音色を生み出します。オルガンにおいても一時期多用され、時には両手で10和音を連発し、極限の音量が求められることもありました。しかし、これはオルガンにとって必ずしも効果的ではありませんでした。8フィートと4フィートのストップを同時に用いれば、単音でもオクターブの重複を表現できるのがオルガンの特徴です。ここに1オクターブ上の鍵盤を追加しても、音量はあまり増えません。これは、1オクターブ上の音が「すでに鳴っているから」に他なりません。オルガンでは(よっぽどストップ数を絞らない限りは)倍音が単音でも十分に満たされるため、オクターブの重複があまり音量の強化に寄与しないのです。加えて、音が伸びないオルガンではオクターブ奏法の難度はピアノよりも高く、しかも演奏効果は下がるため、技術的にも燃費が悪い。
 オクターブ奏法はヴィドール、ヴィエルヌら超絶技巧のオルガン奏者が活躍した時代には多用されましたが、その後すぐに使われなくなりました。メシアンは両手の和音構成が異なる特殊な合成和音を多用していますが、これは(そういう意図があったかはさておき)両手の構成倍音の重複が少ないため、周波数帯が面状に埋められた、特異な音響を効率的に生み出しています。
 ヒンデミットの場合は、そこまでの強烈な音響自体を求めていません。音の強さや分厚さに依存せず、対位法によるシャープな描線の重ね合わせによって音楽を構築しています。これはロマン派〜印象主義における音響偏重へのアンチテーゼですが、同時に、豊穣であること、面状に満たされていることを是とする既存の美意識への挑戦であるでしょう。対位法の機能美は、京都の清水寺やパリのエッフェル塔のような、骨組みを剥き出しにした建築物に通じるものがありますが、それらへの評価の高まりとモダニズム芸術の発展は、いわば共鳴関係にありました。

 第1楽章は軽快なロンド。バロックからバッハの重厚なサウンドを想像してしまう向きもありますが、バッハは寧ろ特異例であり、本来はヴィヴァルディのような軽快な音楽が中心です。モダニズムとの相性もよさそうです。ホ短調の主題はシンプルで親しみやすいものですが、トリオでは黒鍵と白鍵を交互に弾く(ペトルーシュカ和音)など、先鋭的な表現が随所に現れます。
 第2楽章はより息の長い旋律が歌われる緩徐楽章。弾く鍵盤が指定されています。バッハの「ドリア調のトッカータとフーガ」にも見られる指示ですが、バッハのような掛け合いの面白さよりも、繰り返される旋律の印象を変える狙いがあるようです。
 第3楽章はヒンデミットの面目躍如。技法が凝らされたフーガによるフィナーレです。主題はこれまでとは打って変わって複雑そのもの。12音すべてが使われています。しかし、内部に反復音形が含まれていることもあり、記憶に残りやすい旋律となっています。この反復は楽章の随所で活用され、いわば曲を展開するためのエンジンとなっています。終盤には音が厚くなり、耽美な響きを奏でますが、旋律だけが残り、静かに曲を閉じます。

 ヒンデミットは難解で人を選ぶ作曲家だという印象を持たれている節があります。確かにそれは、感動的な旋律や、豪華な和声によって着飾っているわけではありません。ではバロック音楽はどうでしょうか。バロック音楽もまた、ロマン派的な感情表現に慣れた聴衆にとっては決して身近なものではない筈です。我々はチャイコフスキー風の――嵐のように疾走し、感情のままに叫ぶような――表現に慣れすぎています。感情の伝え方が違うのです。非ロマン的な芸術に触れる上で必要な物は、的確な解釈に触れることと、自ら歩み寄ろうとすることではないでしょうか。しかし、ひとたび慣れてしまえば、それが難解であるとは決して思わなくなるでしょう。
 ヒンデミットの2番目のオルガンソナタは、小規模ではありますが、異なる個性を見せる楽章によって構成された魅力的なソナタとなっています。旋律が明快なため、取っ付き易いのも魅力です。今後一層の評価が待たれる作品です。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ラインベルガー:オルガンソナタ 第4番

2015年02月23日 | オルガン音楽
 19世紀以降、オルガン音楽の発展の主導権を握ったのはフランスの音楽家たちでした。フランスはドイツに先んじてオルガンという楽器――それを収容する建築物も含めるべきでしょう――の規格化と大型化を進めました。それには戦争や宗教といった要因が絡んでいますが、とにかくオルガンが生み出す音響や演奏効果を「計算できる」ようになったことは、フランスのオルガニストにとって大きなアドバンテージであったと言えます。
 この時期のオルガンにおける最も重要な作曲家としてはフランクを挙げることができます。フランクはピアノにおけるショパンのように、新時代のオルガンに適した演奏技法を成熟させる役目を担いました。その作品は効果的な書法と共に、確かな構成力に支えられており、現代に至るまでオルガン演奏家にとって重要なレパートリーとなっています。
 一方のドイツは、メンデルスゾーン、リスト、ロイプケらの傑作が光るものの、オルガン音楽の発展からは徐々に取り残されていきます。
 オルガン音楽におけるフランス優位の構図は、近代になると更に強化されます。ヴィエルヌを筆頭にトゥルヌミール、デュプレといった大家たちが現れ、斬新な音響を駆使した新しいオルガン音楽を次々と生み出しました。同じ時期のドイツのオルガン音楽としてはレーガー、シェーンベルク、ヒンデミットらの作品が注目されますが、対位法に重点をおいた彼らの作風が、フランスの和声や音響に比べて幾分地味に響いたのは否めません。そうした対位法のシステムがセリーに発展し、現代音楽界を席巻する頃には、オルガンはもはや注目される存在ではありませんでした。ドイツを含む中欧におけるオルガン音楽の復権は、リゲティの「ヴォルーミナ」の登場を待つことになります。
 そんな中でのラインベルガーです。ロマン派期にリヒテンシュタインで生まれ、ドイツで活躍したラインベルガーは高名なオルガニストでした。しかし死後急速に忘却が進んだこともあり、フランスのオルガン音楽に抗えるほどの巨大な存在とは言えないところがあります。それでも、情緒的な旋律に富み、比較的小型のオルガンでも効果的な演奏ができるという点で、たいへん魅力的な作曲家であることもまた確かです。
 ラインベルガーは早熟型の天才であり、12歳で音大に入り、20歳の頃には教授となっています。オルガンソナタは20曲を数え、第4番は1876年の作品です。
 ラインベルガーのオルガンソナタは多楽章・無表題のいわゆるソナタらしいソナタの形式を保っています。意外にも、ラインベルガー以前にはこうした形のオルガンソナタはみられません。もちろん、本来の「ソナタ」には「器楽曲」以上の意味はないのですが(「交響曲」も同様ですね)、アレグロ楽章で始まる3または4楽章制のソナタはオルガン音楽には多くないのです。
 これは、古典派ソナタが流行した時代に、オルガン音楽自体が下火だったことが影響していると考えられます。それ以前の時代にも多楽章形式のソナタはありましたが(無伴奏ヴァイオリンソナタなどが有名ですね)、オルガン曲にその形式が取り入れられることは原則としてありませんでした。バッハが例外的に「トリオ・ソナタ」と称される多楽章のオルガン曲を書いていますが、これは当時流行していた三重奏のためのソナタを模倣したもの。当時のオルガン曲の典型的なフォーマットは、やはり「前奏曲とフーガ」の2楽章形式なのでしょう。
 ロマン派期になると、本格的なオルガンソナタが生まれ始めます。しかしながら、メンデルスゾーンやリッター、ロイプケらのソナタは比較的長大な単一楽章による作品でした。多楽章制のオルガンソナタが生まれるのは古典回帰の音楽が流行り始める19世紀後半になってからですが、ラインベルガーのソナタはその典型と言えるでしょう。

 第1楽章はソナタ・アレグロの力強い開始楽章。序奏はなく、第1主題の提示によって始まります。経過句として用いられる半音階的な下降音形は第3楽章の主題にも通じるもので、その予告編となっています。第2主題はコラール風に提示されます。ラインベルガーは宗教音楽をライフワークとしており、その扱いには手慣れたものがあります。コラール主題を駆使して作られたメンデルスゾーンのソナタに着想を得たのかもしれません。それ以降はお手本通りのソナタ形式で展開しますが、末尾に第1主題によるストレッタが置かれ、大いに盛り上げます。
 第2楽章は、悲壮な両端楽章の緩衝材としての役割を持つ間奏曲。特に際立った特徴があるわけではありませんが、主題に素朴な味わいの良さがあり、安らぎと暖かさに満ちています。
 第3楽章は半音階主題によるフーガ。ゆったりとしたテンポを維持しながら、しかし間延びせずにじりじりと盛り上げていくフーガです。その風格からは、バッハの「ドリア調のトッカータとフーガ」が連想されるかもしれません。コーダでは第1楽章の第1主題が回帰し、コラールも短いながら再登場。循環主題によって全体の統一を図りつつ、力強く幕を閉じます。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

更新情報

2015年02月20日 | 雑記
ブリッジ:カントリーダンス

ブリッジの4つの小品、これで完結です。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加