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「殺せば味方の団体から攻撃されると思った」山本竜太

2010年11月29日 | ヒトゴロシ

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鑑定で彼が言っていたのは、『今すぐ殺される』というよりも、『長い目で見たら殺される。精神的に追い込んで、自殺に追い込もうとしているかもしれない』ということでした

山本竜太

山本被告はこれまでの被告人質問などで、見知らぬ人に話しかけられるなど不自然な出来事が事件前に続いていたとし、「圧力団体が自分を監視し、嫌がらせをしていると考えた」と説明。また、刺殺した中央大学理工学部教授の高窪統さん(45)が、「団体のトップだと思っていた」とも話した

事件後は、見知らぬ人に話しかけられることはなくなったというが、この日の被告人質問でも、「圧力団体の実在について確信している程度は」という弁護人の質問に「50%程度になりました」と答え、現在も半信半疑であることを打ち明けていた



山本被告は卒業前に開かれた研究室の「お別れ会」で食中毒となり、翌日の記念写真撮影に参加することができなかった。このことで「研究室全体に陥れられたのではないか」という不信感を抱き、自宅に盗聴器が仕掛けられているのではないかと疑うようになる。これらの事実を確かめるために、高窪さんの元を2度訪れたが、結局は食中毒や盗聴器についての質問をすることはできなかったという

弁護人「さきほどはその理由について『怖いから』と話していましたが、何が怖かったのですか」

 被告「(高窪教授に)また不審に思われるのが嫌だったからです」

 弁護人「仮に高窪教授が(食中毒や盗聴器への関与を)否定していたら、信じることはできましたか」

 被告「半信半疑だったと思います」

 弁護人「高窪教授に不審に思われると、何か悪影響があると思ったのですか」

 被告「仮に(高窪教授が)圧力団体に所属していたら、嫌がらせがエスカレートするんじゃないかと思いました」





 弁護人「さきほどの質問で武士道の話が出ましたが、あなたの調書には『神風特攻隊』という言葉が更に多く出てきます。これはあなたが言った言葉ですか」

 被告「はい」

 《検察側が証拠提出した供述調書によると、山本被告は動機について「幕末に武士が誰かに嫌がらせを受けたとしたら、武士として(殺害を)やったと思います」と説明したという。また、犯行直前の精神状態を「神風特攻隊が敵を見つけて飛び立つ心境だった」と表現したという内容の調書も法廷で読み上げられている》

 弁護人「これは、どういう心境だったのですか」

 被告「高窪教授が盗聴をしていると思ったので、高窪教授を殺せば、高窪教授の味方をする団体から攻撃されると思っていました」

 弁護人「自分の攻撃は自分の死を招くかもしれないということですね?」

 被告「そうです」
 



 弁護人「お父さんには、『盗聴されているかも』『尾行されているかも』ということは伝えましたか」

 被告「はい」

 弁護人「それに対して、お父さんは何といっていましたか」

 被告「『勘違いじゃない』『被害妄想、激しいんじゃない』といわれました」

 弁護人「そういわれて納得できましたか」

 被告「半々くらいでした」

 弁護人「あなたは、『警察に相談しても、まともに取り上げてくれないと思った』と説明していますが、それはなぜですか」

 被告「両親に『分からない』『被害妄想、激しいんじゃない』といわれたのと、小学校のときの担任の先生にも『勘違いじゃないか』といわれ、警察に相談してもそういわれると思いました」

 弁護人「相談をする相手で、警察以外に考えたところはありますか」

 被告「小学校のころの担任の先生や、近所の大学の准教授などです」

 弁護人「弁護士会や人権団体への相談も考えたと、私にいっていましたね?」

 被告「はい」

 弁護人「でも、あきらめたのですか」

 被告「はい」

 《また、弁護人は遺族への思いについても尋ねた》

 弁護人「(山本被告が留置されていた警視庁)富坂警察署で高窪教授の遺族について、『なんとか謝罪の言葉を伝えられないだろうか』と私に遺族の住所や正確な名前を教えてほしい、と頼んだことを覚えていますか」

 被告「はっきり覚えていません」

 弁護人「仮に当時でも今でも、(遺族の)名前や住所を知ったとしたら、遺族に対してやりたいことはありますか」

 被告「…できれば口頭で謝罪をしたいと思います」



2009.1.14. 45歳中大教授刺され死亡 理工学部のトイレで

14日午前10時半ごろ、東京都文京区春日1の中央大学理工学部の1号館4階トイレ内で、男性が血を流して倒れているのを警備員が見つけ110番した。男性は同大理工学部電気電子情報通信工学科教授の高窪統(はじめ)さん(45)で、病院に搬送されたが約1時間後に死亡が確認された。背中などに刃物のようなもので刺された傷が複数あるという。警視庁捜査1課は、殺人事件とみて現場付近で目撃された不審な男の行方を追っている。

 捜査1課によると、高窪さんはトイレ内で背中から血を流しうつぶせに倒れていた。留学生がトイレから30歳ぐらいの男が出てくるのを目撃したという。富坂署によると、第一発見者の男子学生が現場のトイレ近くの廊下で黒っぽい服を着た男とすれ違ったといい、関連を調べる。

 また捜査関係者によると、現場から立ち去った男は大量の返り血を浴びている可能性があるという。黒いニット帽をかぶっていたとの情報もある。

 中央大広報室の話では、高窪さんが倒れていたトイレの近くには高窪さんの研究室があり、14日は午前10時40分(2限目)からの授業を控えていたという。受付がないため、学内には誰でも立ち入りが可能だという。

 中央大のホームページによると、高窪さんは都立青山高を経て上智大大学院を修了。専門は電子工学で高機能集積回路の研究をしていたという。97年に中央大理工学部助教授となり、03年に教授に就任した。

 高窪さんの親族によると、高窪さんは亡くなった父親が中央大名誉教授、叔父も青山学院大の名誉教授で「教授一家」だった。
 現場は東京メトロ丸ノ内線・南北線「後楽園」駅の近く。東京ドームから北西約200メートル。

毎日新聞 2009年1月14日

青少年育成連合会 | 日本の【未来を夢と希望に満ちた国にする為に日本人の心】に訴えたい

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