はしきやし

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雪まろげ〈下〉

2011-03-04 | 俳諧畸人録

【俳諧雪丸げ】下   河合曾良遺稿

   風流亭
○水の奥氷室たづぬる柳かな  (はせを)
    晝顔かゝる橋のふせ芝  (風流)
○風渡る的のそれ矢に鳩啼いて  (曾良)

   盛信亭にて
○風の香も南に近し最上川  (はせを)
    小家の軒を洗ふ白雨  (柳風) 白雨=驟雨
○物もなく麓は霧にうづもれて  (木端)

   元禄二六月四日羽黒山本坊に於て興行
○ありがたや雪を薫らす風の音  (はせを)
   住みけん人の結ぶ夏草  (露丸)
○用船の綱に螢を引き立てゝ  (曾良)
   鵜の飛ぶ後に見ゆる三日月  (釣雪)
○汲む水に天も浮べる秋の風  (珠妙) 異同→澄む水・秋の暮
   北も南も碪打つなり  (梨水)
○ゐねぶりて晝もかけ地に笠脱いで  (雪) かけ地→懸路?
   百里の旅を木曽の馬追  (翁)
○山盡す心に城の記を書かん  (丸)
   斧持ち過ぐる神木の森  (良)
○歌よみの跡慕ひ行く宿なくて  (雪) 異同→家なくて
   豆打たぬ夜は何となく鬼  (丸)
○古御所を寺になしたる檜皮葺  (翁)
   絲に立枝にさまざまの萩  (水)
○月見よと引起されて恥しき  (良)
   髪あふがする羅の露  (翁) 羅=うすもの
○まつはるゝ犬のかざしに花折つて  (丸)
   的場の末に咲ける山吹  (雪)
○春を經し七ツの年の力石  (翁)
   汲んでいたゞく醒が井の水  (丸) 醒ヶ井=近江の宿駅
○足引の越方までも捻り蓑  (圓入)
   敵の門に二夜寐にけり  (良)
○掻き消える夢は野中の地藏にて  (丸)
   妻戀するか山犬の聲  (翁)
○薄雪は橡の枯葉の上寒く  (水)
   湯の香に曇る朝日淋しき  (丸)
○鼯の音を狩宿に矢を矧ぎて  (雪) 鼯=むささび
   篠懸しぼる夜すがらの法  (入)
○月山の嵐の風ぞ骨にしむ  (良)
   鍛冶が火殘す稲妻の影  (水)
○散りかゝる桐に見つけし心太  (丸)
   鳴子驚く片藪の窓  (雪)
○盗人につれそふ妹が身を泣いて  (翁)
   祈りも盡きぬ關々の神  (良)
○盃のさかなにながす花の浪  (會覺)
   幕うちあくるつばくろの舞  (水)
○○○○はせを七珠妙一南都法輪寺露丸八梨水五
○○○○曾良圓入二江州飯道寺釣雪六花洛會覺一

   羽黒山に参籠して後鶴岡に至り重行亭にて興行
○めづらしや山を出羽の初茄子  (はせを)
   蝉に車の音添ふる井戸  (重行)
○絹機の暮いそがしき梭打つて  (曾良) 
   閏彌生の末の三日月  (露丸)
○わが影に散りかゝりたる梨の花  (良)
   錦を胡蝶とつけし盃  (丸)
○山の端の冴えかへりゆく帆懸舟  (行)
   繁らむ里は心とまらず  (丸)
○粟稗を日毎の齋に喰ひ飽きて  (翁) 齋=とき。斎食。精進料理
   弓の力を祈る石の戸  (行)
○赤樫を母の記念に植ゑおかれ  (良)
   雀に殘す小田の刈初め  (丸)
○此の秋も門の板橋崩れけり  (行)
   赦免にもれて獨り見る月  (翁)
○きぬぎぬは夜なべも同じ寺の月  (丸)
   宿の女の妬きものかげ  (良)
○婿入の花見る馬に打群れて  (行)
   もとの廓は畑に焼けゝる  (丸)
○金銀の春も一歩に改まり  (翁)
   奈良の都に豆腐はじまる  (行)
○此の雪に先づあたれとや釜揚げて  (良)
   寝巻ながらの化粧うつくし  (翁)
○遥けさは目を泣き腫らす筑紫船  (丸)
   ところどころに友をきほひて  (良)
○千日の庵を結ぶ小松原  (行)
   蝸牛の殻を蹈みつぶす音  (丸)
○身は蟻のあなうと夢をさますらん  (翁)
   こけて露けき女郎花かも  (良)
○明けはつる月を行脚の空に見て  (翁)
   温泉數ふる陸奥の秋風  (丸)
○初雁の頃より思ふ氷のためし  (良)
   木樵が作る宮の葺きかへ  (行)
○尼衣男にまさる心にて  (丸)
   行き通ふべき歌の繼橋  (良)
○花の時啼くとやらいふ呼子鳥  (同)
   艶に曇りし春の山彦  (?)
○○○○芭蕉九重行九曾良九露丸九

   六月十五日寺島彦助にて
○涼しさや海に入れたる最上川  (はせを)
   月をゆりなす浪の浮海松  (令道)
○黒鴨の飛び行く庵の窓あけて  (不玉)
   麓は雨にならん雲きれ  (定連)
○樺橡の折敷作りて市を待つ  (曾良)
   影にまかする宵の油火  (任曉)
○不機嫌の心に重き戀衣  (扇風)
   末略

   出羽酒田の湊伊東不玉亭にて
○あつみ山や吹浦かけて夕すゞみ  (はせを)
   海松刈る磯に畳む帆筵  (不玉)
○月の出は關屋を借らん酒持ちて  (曾良)
   土もの竈にけぶる秋風  (翁)
○しるしゝて掘りに遣りたる色柏  (玉)
   霰の玉をふるふ蓑の毛  (良)
○鳥屋籠る鵜飼の宿に冬の來て  (翁)
   火を焚く影に白髪垂れつゝ  (玉)
○海道は道もなきまで切りせばめ  (良)
   松笠贈る武隈の土産  (翁) 土産=つと
○草枕をかしき戀もしならひて  (玉)
   岐の神に申すかねごと  (良)
○御供してあてなき我も忍ぶらん  (翁)
   此の世の末もみよし野に入る  (玉)
○朝勤め妻帯寺の鐘の聲  (良)
   けふも命と島の乞食  (翁)
○かしげたる花し散るなと茱莄折つて  (玉) 茱莄=ぐみ
   朧の鳩の寢所の月  (良)
○もの言へば木魂に響く春の風  (玉)
   姿は瀧に消ゆる山姫  (翁)
○強力が蹴爪突きたる笹傳ひ  (良)
   棺を納むる塚の荒芝  (玉)
○初霜はよしなき岩を粧ふらん  (翁)
   夷の衣縫ひ/\ぞ泣く  (良)
○明日しめん雁を俵に生け置きて  (玉)
   月さへすごき陣中の市  (翁)
○御輿は眞葛が奥に隠し入れ  (良)
   小袖袴を送る戒の師  (玉)
○わが顔の母に似たるも床しくて  (翁)
   貧にはあらぬ家は賣れども  (良)
○奈良の京持ち傳へたる古今集  (玉)
   花に封を切る坊の酒藏  (翁)
○鴬の巣を立ちそむる羽遣ひ  (良)
   菜種動きて帚手に取り  (玉)
○錦木を作りて古き戀を見ん  (翁)
   異る色を好む宮達  (良)

   温泉大明神の拝殿には八幡宮を移し奉りて両神一方に拝まれたまふ
○湯を結ぶ誓ひも同じ岩清水  (芭蕉)
   秋鴉主人の佳景に對す
○山も庭も動き入るゝや夏座敷  (同)
○田や麥や中には夏のほとゝぎす  (同)
   光明寺行者堂
○汗の香に衣ふるはん行者堂  (曾良)

   高久角左衛門に宿る みちのく一見の桑門 同行二人 那須の篠原を尋ねて
   尚ほ殺生石を見んと越えける程に 雨降りければ先づ此所に宿りて
○落ち來るやたかしの宿のほとゝぎす  (はせを)
   木の間をのぞく短夜の雨  (曾良)

   白川關
○西か東か先づ早苗にも風の音  (はせを)
○關守の宿を水雞に問ふものを  (同)
○五月雨は瀧降り埋む水嵩かな  (同)
○早苗にもわが色黒き日數かな  (同)

   桑門可伸の主は栗の木の下に庵を結べり
○隠家や目だゝぬ花を軒の栗  (はせを)
   まれに螢のとまる露草  (栗梁)
○切り盡す山の井の名はありふれて  (等躬)
   畔傳ひする石の棚はし  (曾良)
   末略

   はせを翁みちのくに下らんとしてわが茅屋をおとづれて
   尚ほ白川のあなた須賀川といふ所に留まりはべると聞きて
   申し遣しける
○雨晴れて栗の花咲く跡見かな  (桃雪)
   いづれの草に鳴き落つる蝉  (等躬)
○夕餉喰ふ賤が外面に月出でゝ  (はせを)
   秋來にけりと布たくるなり  (曾良)

 跡見=茶事用語。参会できなかった人のために行う茶会。

   別 會
○旅衣早苗につゝむ食乞はん  (曾良)
   淺香の堤あやめ折らすな  (はせを) 淺香=安積
○夏引の手引の青苧繰りかけて  (等躬) 夏引=夏季の糸紡ぎ

   別 會
○刈りやうをまた習ひけりかつみ草  (等躬)
   市の子供の著たる細布  (曾良)
○日おもてに笠を並べる涼みして  (はせを)

○五月乙女に仕方望まん忍ぶ摺  (はせを)

○月山や鍛冶が跡とふ雪清水  (曾良)
○錢踏んで世を忘れけり湯殿道  (同)
○三日月や雪にしらけし雪の峯  (同)

   六月十七日朝 象潟雨降る 夕止む 船にて潟を廻る
○象潟や雨に西施が合歓の花  (はせを)
○象潟や苫屋の土座も明け易し  (曾良) 土座=土間
○象潟や蜑の戸を敷く夕すゞみ  (低耳)
○象潟や汐焼く後は蚊のけぶり  (不玉)
○海川や鹽風わたる袖の浦  (曾良)
○夕晴や櫻にすゞむ浪の花  (はせを)

   羽黒より送る
○忘るなよ虹に蝉鳴く山の雪  (會覺)
   杉の茂りをかへり三日月  (芭蕉)
○磯傳ひ千束の弓を携へて  (不玉)
   汐に絶えたる馬の足跡  (曾良)

   淵庵の扉を開き 月のもとにはなむけの酒など酌みけるが
   再び見ゆること又いつの頃いづれの所とも定めがたき世のならひなれば
   一刻を惜しみかけろの聲かさなりはべるに
○すゞしさを思ひ出にして杖とらん  (曾良)

   越後の國出雲崎といふ所より佐渡が島へ海上十八里となり
   初秋の薄霧立ちもあへず さすがに浪も高からざれば
   たゞ手の上の如く見渡されて
○荒海や佐渡に横たふ天の川  (芭蕉)

   直江津にて
○文月や六日も常の夜には似ず  (はせを)
   露を乘せたる桐の一葉  (左栗)
○朝霧に飯たく煙立ち分けて  (曾良)
   蜑の小舟の走せのぼる磯  (眠鷗)
○鴉啼く向ふに山を見せにけり  (此竹)
   松の木間より續く供鑓  (布嚢)
○夕嵐庭吹きはらふ石の塵  (右雪)
   盥取りまく賤が行水  (執筆)
○思ひがけぬ筧を傳ふ鳥一つ  (栗) 筧=懸樋
   きぬぎぬの場にも起きも直らず  (良)
○かず/\の恨みの品に指つきて  (義年)
   鏡に映るわが笑ひ顔  (翁)
○明けはつれ朝氣は月の色薄く  (栗)
   鹿引いて來る犬の憎さよ  (雪)
○碪打つすべさへ知らぬ墨衣  (鷗)
   たつた二人の山本の庵  (栗)
○花の咲く其のまゝ暮れて星數ふ  (年)
   蝶の羽惜しむ蝋燭の影  (雪)
○春雨は髪剃る兒の涙にて  (翁)
   香はいろ/\に人々の文  (良)
   (以下欠)

   同 所
○星今宵師に駒牽いて留めたし  (右雪)
   色香はしき初刈の稻  (曾良)
○瀑の水桶にいそ/\布つきて  (はせを)
  (此の間十三句なし)
○種植ゑて小枝に花の名を記し  (や)
   雨のあがりの日は長閑なり  (良)
○糞を牽く雪車もをかしき雪の上  (翁)
   一むら烏人馴れて飛ぶ  (雪)
○金山や佗て小砂を拾ふらん  (右)
   科の昔を島蔭の庵  (や)
○憂きことの百首に魚の名を詠みて  (翁)
   人いそがしき年の暮かな  (良)
○松柏荒れて嵐の音すなり  (雪)
   子を射させたる猪の床  (翁)
○修行者の袂を濡らす硯水  (右)
   往昔の月山に問ひたし  (や)
○檜皮むく老の頭の秋寒く  (翁)
   しぐれて露の深き牛部屋  (雪)
○鹽濱の孤村のけぶり雲結ぶ  (や)
   清水の流れ半ば淡しき  (右)
○傾きし地藏の膝に石かひて  (良)
   笈を下ろせる里の物蔭  (雪)
○俳諧を尋ねて花の實に入り  (翁)
   幹を取りまく梅のひこばへ  (良)

   餞 別
○行く月をとゞめかねたる兎かな  (此竹)

   細川青庵亭にて
○藥園にいづれの花を草枕  (はせを)
   萩の簾を揚げかける月  (棟雪)
○爐煙の夕を秋のいぶせくて  (更也)
   馬乘りぬけし高藪の下  (曾良)

   枕引き寄せて寐たるに 一間隔てゝ若き女の二人ばかりと聞こゆ
   又年老いたる男の聲もまじりて物語するを聞けば
   越後の新潟といふ所の遊女なりし
   伊勢參宮するとて此の關までをのこの送り來りて 翌は故郷へかへす
   文などしたゝめて果敢なき言傳などし遣るなり
○一つ家に遊女も寐たり萩と月  (芭蕉)

   西 濱
○小鯛さす柳すゞしや海士が家  (芭蕉)

   一笑追善
○塚も動けわが泣く聲は秋の風  (芭蕉)

   鶴の賛
○鶴啼くや其の聲芭蕉破れぬべし  (芭蕉)

   少幼庵にいざなはれて
○秋すゞし手毎にむけや瓜茄子  (芭蕉)

   旅愁なぐさめかねてもの憂き秋もやゝ至りぬれば
   さすがに目に見えぬ風のおとづれもいとゞしくなるに
   残暑猶やまざりければ
○あか/\と日はつれなくも秋の風  (はせを)

   觀水亭雨中意
○濡れて行くや人もをかしき雨の萩  (はせを)
○心せよ下駄のひらきも萩の露  (曾良)
○かまきりや引きこぼしたる萩の露  (北枝)

   北國行脚の時 いづれの野にやはべりけん 暑さぞまさると詠みはべりし
   撫子の花さへ盛り過ぎ行く頃 萩薄に風のわたりしを力に
   旅情を慰めはべりて
○しほらしき名や小松吹く萩すゝき  (はせを)

   山中湯
○秋の哀れ入りかはる湯や世の氣色  (曾良)

   草の扉に待ちわびて秋風の淋しき折々 妙觀が刀を借り
   竹取の巧みを得て竹を割き 竹を枉げて みづから笠作りの翁と名乘る
   たくみ拙ければ日を盡して成らず 心安からざれば日を分くるに懶し。
   朝に紙をもて張り夕に乾して復た張る 澁といふものにて色を染めて
   いさゝか漆を施して堅からんことを要とす 二十日過ぐるほどにこそ
   やゝいできにけり 笠の端の斜めに裏に巻き入り 外に吹きかへして
   偏に荷葉の半ば開けるに似たり 規矩の正しきより中々をかしき姿なり
   彼の西行の佗笠か坡翁雲天の笠か いでや宮城野の露見に行かん
   呉天の雪に杖を曳かん 霰にいそぎ時雨を待ちてそゞろに愛でし
   ことにふれて みづから筆をとりて笠の裡に書きつけはべりけらし 桃青書
○世にふるもさらに宗祇の宿りかな

 参考=世にふるもさらに時雨の宿りかな (宗祇)

   芭蕉翁獨吟歌仙(前書略)
○松の花苫屋見に來る序かな
   汐干の沖を知りて行く蝶
○いかのぼり日のちら/\とうつろひて
   月片割は鐘にへだゝり
○礎はたゞあらましの草紅葉
   代とて案山子を据ゑし關守
○此しもや陸奥の湯ぬるく成りまさり
   霜に欠出の笈下ろすらん
○一備へ又稲の日の森の中
   どの畔々に消える螢ぞ
○いろ/\に氣のつく神の時行やら
   石なき川を木萱流るゝ
○連れ立つて旅せば寐なと雁の聲
   月に黒むといとふ面ぶり
○かくまでの妬みは君の御あやまり
   心の水にそゝぐ筆垢
○花あれば狭きを常の住み所
   蝶舞へとてか取殘す芝
○陽炎の映るか細き雛の友
   几帳にもたれいまそかりけり
○得言はぬは位に震へたる憶にて
   文を宿世に結ぶ色なし
○憂身とて討手の勢には交られず
   泣く/\山を追ひ下す兒
○寐覺やら何やら淋し窓の月
   緑袗の袖に包む稻蟲
○弓場殿の木槿あはれに咲きつゞき
   檜皮を積みに通ふ船頭
○朝もよひ紀貫之に御酒盛りて
   額一下り朽ち殘るなり
○ありかずに此のまゝ見よや峯の花
   晝の前後はねぶき貌鳥
○春の駒おのれが影にふりかへり
   雪吹の袖をふるふ兄弟
○松竹の冥加を買はん今日の市
   暦巻きたる曉の霜

   大 尾
  元祿三庚午とし

   叔父曾良の反古の中より一つの雪丸を得たり こゝにまろめつけて見れば
   一冊となれり 叔父みまかりしより此の方二十八年の春秋をふれども
   此の雪の消えざる 金玉にして誠に貴くこそ覺ゆ
○呵られた昔戀しや雪丸げ
                             甥周徳拜書

  元文巳のとし孟冬

俳諧畸人録目次