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釣鐘ばかり吹あまし

2011-02-25 | 俳諧畸人録

俳諧畸人録◇僧浪化

 僧浪化は東門主一如大僧正の連枝にして越中井波瑞泉寺の住職なり
 一年蕉翁の雅情をしたうて ある夜ひそかに落柿舎にて対面して
 師弟の酒盃を汲む この事を其角が《砺波山集》にも
 御志のめでたく覚えぬれば 予もひとかたに思ひぬる由を約すと記せり
 その一生の句をあつめて《白扇集》と名く
   ○分入れば巣鷹の声や雄上川
   ○牛馬の臭みもなくて時雨かな
   ○春待ちや机に揃ふ書の小口
 元禄十六年壮歳にして寂す あゝをしいかな

 (俳家奇人談)

 連枝=れんし。兄弟姉妹。身分の高い場合に用いる語。
 落柿舎=らくししゃ。嵯峨にあった去来の別宅。芭蕉がしばしば滞在した。

 浪化(ろうか 寛文11年-元禄16年:1671-1703)は東本願寺十六世一如の異母弟。越中礪波(となみ)にある瑞泉寺の住職となったのは7歳のときと伝える。父啄如(たくにょ)は季吟門だったが浪化は蕉門に入り、身分の高さもあって北陸俳壇の中心人物となった。《有磯海》《となみ山》《浪化日記》などを遺す。

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 ○待春や机に揃ふ書の小口

和綴じの書物が小口(裁ち口)をそろえて重ねてある文机。その光景が春を待つ気持を表す。正月を前にあれこれ片づけを済ませたのだろう。心地よい静寂を感じさせる一句。

 ○興ふかに巣鷹の鳴くや雄神川

巣鷹(すだか)は鷹の雛。かつては雛のいる鷹の巣が見つかるとその一帯を立入り禁止とし、雛を保護した。いわゆる巣鷹山、御巣鷹山で、鷹狩用の若鷹を捕獲するためだった。浪化の時代には行われなくなっていたので、見つけても褒美はなかっただろう。
雄神川は《万葉集》にも詠われる礪波の川。流域に雄神神社がある。浪化にとっては第二の故郷を詠んだものということになるか。

 ○牛馬のくさゝもなくて時雨かな

排気ガスの臭さもなくて、といえば現代の感覚に近いか。雨の匂いが日常の匂いを消し去ったのである。湿った清々しい空気に深呼吸したくなる。

以上3句、『奇人談』の記載は誤伝なのか憶えちがいなのか、他書との異同がある。

 ○糠星も上にくづるゝ花の空

糠を散らしたように細かい星々を糠星(ぬかぼし)と呼ぶ。花の季節に糠星とはうらやましい風景。「くづるゝ」の語ひとつが動的な効果をあげている。

 ○一いろに目白囀る木の芽哉

春先の枝にさえずる目白。木の芽の色と目白の色が同じなのである。

 ○山ありて舟橋ありて五月雨

五月雨(さつきあめ)の中に山と舟橋が見える。それだけの話なのだが、道具立てが揃ったことで梅雨の風情がいっそう深まるではないかと、浪化は言いたいのだろう。山を描き、川に舟橋を画き加え、さらに雨を降らせて一幅の風景画が完成したのだ。

 ○中食に鵜飼のもどる夜半哉

中食(ちゅうじき)は朝食と夕食の間に摂る食事をいう。一日二食時代の名前である。ふつうなら昼に摂る中食を夜間労働の鵜飼たちは夜半に摂ったのだろう。一斉に引き揚げていく姿、しんと静まった川面が見えるような句。

 ○手近なる秋見に出るや瓜畑

秋が来たことを、ふらりと近所の瓜畑に見に行った。仕度を調えての行楽でないところが面白い。とりあえず近所で実感したいという心である。

 ○前の夜に見ておく星のそなへ哉

これも前の句と同じく「軽み」の一句。七夕の前夜、星のぐあいはどうだろうかと空を見上げる。備えてもしょうがないのだが、つい見てしまう。

 ○木がらしや釣鐘ばかり吹あまし

木枯しに草木のなびく中、釣鐘だけがゆらりともせずにいる。寺の戸や窓も音を立てていたかも知れない。木枯しもかなわぬ堂々とした鐘の姿。観相の句と捉えてもよいか。

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