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無分別なる置どころ

2010-12-25 | 俳諧畸人録

俳諧畸人録◇西山宗因

 西山次郎豊一(とよかず)はもと肥後州加藤家の臣なり
 初め連歌を昌琢(しょうたく)に学んで宗鑑 守武の風流をしたふ
 天性奇才あつて道に進む事衆に越えたり
 寛永中主家憒転(かいてん)の事ありて國を去り
 ひそかに俳道にこゝろをよせ
 貞風を感破(かんぱ)して一派の始祖となる。

 薙髪して宗因と改名し 都の北野に幽棲(ゆうせい)し
 移りて難波の天満に卜居(ぼくきょ)す
 世に梅翁と称せり 斎を忘吾と号し 庵を向栄といふ

 この翁重頼(しげより)と交り深き事 鬼貫が筆記に見えたり
 延宝の頃江戸にて松意(しょうい)が輩俳諧談林を唱へ初めけるに
 折節この叟(おきな)の下向ありしを迎へ
 江戸十百韻(とつぴゃくいん)を興行して道を弘む
 その巻頭に梅翁

  ○されば爰に談林の木あり梅の花

 時に奥州岩城の城主風虎 露沾の二公この門に入り給ひて
 上手の聞えありしゆゑ その派流ますます弘まりしとかや

 ある日市村〔竹之丞〕座芝居見物に行きたり
 折節蕉翁居合せられて 初めてこの翁に対面せらる
 時しも門人何某が句案に 《子はまさりけり竹之丞》として
 上の五文字を置きかね 梅翁に伺ひけるに
 《おやおやおや》と冠すべしと教へける
 後に蕉翁この事を弟子に示して その奇才を称嘆ありしなり

 およそ一代の名句といふは

  ○白露や無分別なる置所

 許六もこの什古今になしと評せり また

  ○新春の御慶は古き言(ことば)かな
  ○世の中や蝶々とまれかくもあれ
  ○移り行くはやいかのぼり紙幟
  ○有明の油ぞ残る杜鵑

 この句ひとり卓然また異体(いてい)なり
 余按ずるに 史記の註に滑稽は俳諧のごとしと
 言ふこゝろは戯言をいふて人を悦ばせ 世の心にかなふ意なり
 これこの翁の俳腸おのづからこの場に順(かな)へりとす
 されば古今に俳諧の上手といふは
 難波の宗因と伊賀の桃青(とうせい)ならではなしと言ひ伝ふ
 天和二年武都の客舎〔はたご〕に没す 行年七十有八

 (俳家奇人談)

 昌琢=里村昌琢(1575?-1636)
 宗鑑=山崎宗鑑(?-1539)
 守武=荒木田守武(1473-1549)
? 憒転=乱れ転覆すること。取り潰し。
 貞風=松永貞徳(1571-1653)を祖とする俳諧流派(貞門派)の流儀。
 重頼=松江重頼(1602-1680)
 松意=田代松意(生没年不詳)
 風虎・露沾?=岩城平藩主内藤風虎(ふうこ)と次男露沾(ろせん)。
 市村座=江戸三座の一つ。後に猿若町に移転。
 許六=森川許六(1656-1715)

 西山宗因(慶長10年-天和2年:1605-1682)は肥後国八代の人。幼くして和歌を学び、八代城主加藤正方に仕えてからは連歌に親しむ。主君解職により上洛し、里村紹巴の孫昌琢に師事、正保4年(1847)に大阪天満宮で連歌の宗匠となる。俳人としての活動はそのあとのことで、承応2年(1853)に初めて発句を発表している。65歳で出家後、宗匠を息子宗春に譲り俳諧に専念。軽妙洒脱な俳風は西鶴や芭蕉の支持を得て談林派の中心人物と見做されるようになっていくが、貞門派からの手厳しい攻撃にさらされる。晩年は連歌にもどり天和2年3月28日、78歳で没。

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梅翁発句集(安永10年)

 ○歳徳や御身輕げに巳午より
 ○十六の若文字かへす今年哉
 ○世の中やてふ/\とまれかくもあれ
 ○それ花につら之もこれや夕嵐
 ○な折りそとしかるに一枝の花の庭

一句。身軽に居場所を変える歳徳神。
二句。十六を返すと六十になる。
三句。世の中はともあれかくもあれ。
四句。人はいさ。
五句。折るなと言われても。

 ○ながむとて花にもいたし頸の骨
 ○爰にせう梅あり山あり川もあり
 ○池水に緑をいそぐ柳かな
 ○さらしほす夏來にけらし不二の雪
 ○日本には我等如きも田唄かな

一句。首が痛くなるほど。
二句。春の絶景ポイント。
三句。池の水が先に春らしく。
四句。持統天皇と赤人。
五句。田植唄を歌っていられる平和。

 ○子規來ぬ夜數かくかしら哉
 ○前にありと見れば螢のしりへ哉
 ○笋(たけのこ)の一寸のぶれば千尋かな
 ○有明のつきし松嶋物がたり
 ○白露や無分別なる置きどころ

一句。子規(ほととぎす)は来ても来なくても句になるか。
二句。神出鬼没。尻を光らせて。
三句。一夜で五尺伸びるというが。
四句。有明も月島も江戸の地名。月の夜を日本三景に見立てて。
五句。場所を選ばず。

 ○今こんといひしは雁の料理哉
 ○民の家も又あらたなり煤はらひ
 ○あてなしに打ちこす年や雪礫(つぶて)
 ○小家なれど膝をゆるりの炬燵哉
 ○暮れやすしこんな事なら百年も

一句。素性法師。いひしばかりに。
二句。師走の風物詩。
三句。あてのない年越し。
四句。あてはなくとも。
五句。百年も経ちやすし。

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