矢・島・慎・の小説ページです。

「星屑」
    沖縄を舞台にした若者のやまれぬ行動を描くドラマです。
    お楽しみ下さい!

五章

2005年04月01日 | Weblog
車が目抜き通りを過ぎ、暫く走って交差点を左に折れると、横文字の看板が林立するセンター通りにでた。
「もうじきか、糸数?」
 そう聞く和昭に、
「少し行った左側で、オリンピアの看板が出ている結構大きな店だ」
と左右を確かめながら答える。道の両側に椰子の並木が続き、横文字の氾濫する店の多くは、バーやクラブであった。
「ここだ」
 糸数は一軒の店の前で車を止めた。窓から見上げると、CLUB OLIMPIAと縦に英語で書かれたネオンの文字が目に入った。店の入り口では、客引きのホステスが三、四人、大きく胸を晒し、スカートのスリットも深々と、すらりとした脚を露出させている。
「察なんかに捕まるんじゃないぞ。いいか、和。何かあったらいつでも連絡してくれ。この携帯、使うか?」
「携帯はいい、居場所が分かる。またお前に世話になるかも知れんが、頼むぞ糸数」
 そう言葉を残し、和昭と安江は両手に紙袋をさげ、車から降りた。二人ともジーパンを履き、和昭は薄地のジャンパーを、和江はトレーナーを顔を隠すようにはおった。糸数は車のハザードを一瞬点滅させ、車の流れに消えた。
 クラブの入り口に立った二人に、客引きのホステスが奇妙な眼差しを向けた。ホステスの一人に和昭は潤の名を告げ、呼び出しを頼んだ。白いドレスの裾を滑らせ、店の中に消える。クラブの店先にポツンと立つ二人の横を、マリンコと呼ばれる海兵隊の兵士が、ホステスを物色しながら通りすぎる。
 暫くして黒いスーツの潤が現れた。潤はテレビで既に和昭らの事件を知っていた。
 二人の姿を見るや、自分の後に続くよう合図を送った。三人は店の端の細い通路を進み、鉄製の階段を上がった。二階には部屋が二つあった。手前の部屋のドアを開けると潤は、
「テレビでお前たちのことは観た。後は俺に任せろ。この部屋を使ってくれ、俺たちは奥の部屋を使っている。俺は店があるから、終わるまでは戻れないが、寝るんだったら奥の部屋の押入れに布団があるから適当に使ってくれ。もし何かあったら、下に連絡しろ、いいな。ここだったら安心だ」
 そう早口に喋ると潤は、階段を降り店に戻って行った。廊下に残された二人は、ドアをくぐり部屋に入った。靴を脱ぎ手の紙袋を床に置き電気のスイッチを入れた。ガスコンロと流しが廊下側の壁際にあり、中央にテーブルが置かれていた。
 木戸を開いた奥の部屋は、畳敷きで、小物が散在していたが気になるほどではなかった。カーテンがかかった窓があり、二人はカーテンを少し開け外を見る。街の騒音がガラス越しに聞こえ、街の明かりも目に映った。下を見ると、椰子の茂りの横で、店先に立つホステスの頭があった。
「潤さんは誰かと一緒?」
 安江が聞いた。
「潤の女だ。三年ぐらい前から一緒に住んでるって聞いたことがある」
 二人が話し合っていると、ドアをノックする音が鳴った。
「俺だ、入るぞ」
と潤が、手にピザや果物の乗った銀皿を持って入ってきた。
「お前たち腹が減っているだろう。これで一息入れろ」
とテーブルに置く。
「うわーおいしそう!」
 安江はテーブルに駆け寄った。
「ゆっくり休め」
 そう言って階段を降りて行った。二人はピザをむさぼるように口に運んだ。チーズの香りが鼻をついたが、空腹が先にたち味わっている余裕はなかった。まるで呑み込むように、あっという間に平らげた。
 腹が満たされると急に眠気が襲い、二人は毛布を頭からかぶると、着替えもせず寝込んでしまった。
 それからどの位時間が経ったか、和昭は物音に目を覚ました。耳を澄ますと表で騒ぎが起きているようだ。緊張から体が硬直した。すっと手を紙袋に伸ばしナイフを掴んだ。安江も気がつき起き上がる。明かりは消したまま二人は、毛布から抜け出し窓に寄った。道路の向こう側に、外人らしき数人の人影が見える。
 騒ぎは米兵同士の喧嘩だった。一人の黒人の男に、両側から白人の男が二人突っかかっていた。その少し離れたところに女が一人立っている。窓から見る限り、事情は分からない。
「米兵同士の喧嘩かな、和?」
「喧嘩だったら、もっと離れたところでやってくれ、ヒヤッとするじゃねえか」
 喧嘩の黒人は喚き声をあげ、ゴミ箱を金網の塀にドーンとぶつける。両側の男に対するむき出しの怒りだった。男の声は黒人特有の艶のある響きで、何か喋るたびに、語尾に「ファッキング!」吐叫ぶ。暴れまわる黒人の男に両側から白人の男が、顔を突き出し食ってかかる。中央の男も怒鳴り返すのだが両手はだらりと下げ、ノーファイトのポーズをとった。刻一刻と男たちに闘争心が高まった。
 ついに緊張が破れた。白人の男が中央の男を金網に突き倒した。黒い巨体が金網を大きく揺らせる。続いてもう一人が、思い切り膝蹴りを入れると、ドスンと下腹に食い込む。
 男は痛みから体をくの字に曲げる。口はパクパクさせるが声にはならず、息が激しく乱れている。続いて両側から殴りつけた。その度に体を震わせ、ついに路上に崩れ落ちる。白人の男は、ペッっとつばを吐き、人ごみに姿を消した。
 やがて一台の車が走りより、中から男が飛び出してきて、ぐったりしている男を抱え、車の中に運び込み、そのまま走り去っていった。さっきまで立っていた女は、いつの間にか消えていた。
 窓の隙間から様子を伺っていた和昭と安江は、喧嘩よりその後のことが気になっていた。
 やがてサイレンが聞こえると、パトカーが二台、赤い回転灯をつけ止まった。ドアから降り立った警官は四方に散ると、聞き込みを始めた。一人の警官が道を渡り、こちら側に歩み寄ってきた。和昭はカーテンをゆっくり閉めた。
「和、大丈夫だろうか?」
「ここまで来ることはないだろう」
 二人は電灯を消したまま、息を殺し時間の過ぎるのをまった。やがて警官はパトカーに乗り込み、走り去った・窓の隙間から見る外の様子は、夜の賑わいに戻っていた。
 コザの街は酔っ払いによる喧嘩騒ぎが日常茶飯事で、毎夜どこかで騒動が起こっている。そのためか路上では二人一組になった警官の巡視が頻繁だった。
 二人が寝付かれないまま畳に座り込んでいると、店が閉まったのか、潤が戻ってきた。その後をホステス姿の女が続く。二人は和昭の居る部屋に入ってくる。
「まだ起きていたのか、今夜は客が多かったので遅くなった。どうだ、少しは落ち着いたか」
「寝てたら表で騒ぎがあって……」
「よくあることだ気にするな。和、こっちは美也。いま一緒に住んでいる。あの二人は俺のダチで、和昭と安江さんだ」
 潤の紹介で皆は軽く頭を下げた。

 潤ーー金武潤といい、以前は那覇や糸満で仕事をしていたがコザの街が性に合うといって、この街に住み着いた。和昭とは那覇に居たころからの付き合いだった。偶然この店のボーイとして働き始めたのだが、持ち前の行動力が気に入られ、いつの間にかマネージャーになっていた。
 潤はいままで警察の厄介になったことがなく、機敏と言うか立ち回りのうまい男であった。美也とは、彼女が九州から沖縄に出てきたときに知り合い、どうせならとこの店のホステスをしているが、クラブのママに近い存在だ。

翌朝、陽も高く昇ったころ和昭と安江は目を覚ませた。隣の部屋の潤らはまだ眠っているようだ。和昭らは静かに布団をたたむと、カーテンを引いた。ガラス窓の外はネオンの輝きに彩られた夜の顔は失せ、まるでくすみ切り、色あせた街並みであった。
 二人がごそごそとパンとジュースを取り出し食べ始めると、隣の部屋の窓ガラスの空く音がした。続いて窓越しに、
「オー、起きたか」
と、眠そうな潤の声だった。
「和、俺たちは出かけるが、何か欲しいものはないか? 買ってきてやるぞ」
「そうだな、食い物を頼む。贅沢は言わないが日持ちのいいものを適当に頼む」
「よし分かった」
 潤と美也は、暫くして外出していった。和昭と安江は部屋の中で、逃亡中の不自由さを嫌というほど味わう。買い物も外食も、外をパトロールする警官が多く出来なかった。

 順に世話になり始めて三日目の夜、店を終えてから四人は潤の部屋に集まった。テーブルの上にはウイスキーやビールにつまみ類がある。この夜は何故か潤の機嫌がよく、一人ではしゃいでいた
。美也も、店で酒を飲んだ上に潤に付き合い、グラスをあけるのでかなり顔が紅い。
「安江ちゃん、なんか困ったことがあったら言ってね」
 美也が安江の体を気遣った。
「美也さんにはほんとにお世話になります。私、もちろん子供産むの初めてだし、誰にも相談できないから心配で……」
「そうよね、私も経験がないから何にも教えてあげられないけど」
「そうか、和は親父になるわけか」
 そう話す潤の声は、酔いが回っているせいか聞き取りにくかった。
 安江はジュースを飲み、和昭は安江に気兼ねしてビールを少しあけているだけ。それに比べ潤らはコップが空になることがないくらい飲んだ。もはや二人の目には、和昭や安江の姿は映っていなかった。
 潤が美也の膝にうずくまるように、床に座り込む。すべすべした美也の太ももに顔を寄せ、手でなぜる。
「私の脚に触れるのは誰でしょうね」
 美也の乱れた声は、潤の髪をかきむしるように撫ぜる。潤が美也の膝頭に唇を当てると、美也はうめき声をあげた。二人はすっかり夢心地の境地にあった。美也は潤の頭を手で押さえ、
「この潤の虫けらめ、ぐさりと串刺しにしてやる」
と、潤の頭のてっぺんから串棒を差し込む真似をした。
「どうだ、虫けら」
 美也が声をだすと、潤も刺激されるように手をばたつかせた。美也はなおも、ぐいぐいと頭に刺した串棒をえぐる格好をする。
「頭から脳みそを出しちゃえ」
と手を回し、大げさなジェスチャーをとった。
 和昭と安江は無邪気な二人に、互いに笑いあった。そのうち潤は美也のスカートの奥深くへ手を差し入れる。
「こんな悪いことをする潤は、もっと脳みそを出しちゃえ」
 美也は盛んに串棒をかき混ぜる仕草をした。その動きに合わせ、潤の手は美也の奥深くをまさぐった。いたずらな手の動きに、美也は興奮し、引きつったようなうめき声を漏らす。
「潤ったら、感じるじゃないの」
 二人の戯れをあとに、和昭と安江は席を立ち自分の部屋に戻った。
 四月の夜は、一年を通し最も快適に過ごせる時期だ。和昭が布団に横になりタオルケットをかぶると、横から安江が体を寄せてくる。
「和、ちゃんと守ってね」
「当たり前だろ安江」
「私一人になったら、どうしていいか分からないから。絶対嫌だよ」
「一人にするわけないだろ」
「きっとだよ」
「安江、任せろ」
「嬉しい、和」
 安江の白い肌は熱く火照って、声がかすれるように上ずっている。和昭は、我に帰ったように両手に力を込め、安江を抱いた。
「和、私どんなことがあっても産むからね」
といって手を和昭の腰に回した。
「和、抱いて……」
 二人はタオルケットの中で、絡む炎のように燃え上がった。