「二升だる」 ★焼酎屋のはなし
普通「商人のもみ手」といって、商人はあきないがはじまると「はい!いらっしゃい、何を差し上げましょうか。お安くしておきますよ」と両手を前垂れのところで揉み手をしながら、景気よく商売をするものです。
ところが、日当山に決してその「揉み手」をしないというので、とても評判の悪い焼酎屋がありました。
そこで侏儒どんは、世間の噂どおりその焼酎屋が暴利を貪っているかどうか、お供の者に「二升だる」を持たしてその店に乗り込みました。
なるほど、そこの主人は揉み手どころかふところ手をしたまま「売ってやる!」という傲慢な態度でした。
「おい、焼酎をくれんか」
「何升だ」
「一番上等のやつを一升くれ」
大きなかめの中から一升ますで二升だるの中に、上等の焼酎を入れました。
「いくらじゃ」
「五十文です」
「それはちと高いじゃないか、世間は三十文じゃぞ」
「そんなら、その安い、店に買いに行くがいい」
「そうか、負けてくれぬとあらば仕方ない。ほかで買おう。ご亭主、悪いが返すから一升、タルから出してくれ」
すると主人は真っ赤な顔で怒って、「面倒なことを!買わんのはお客さんのほうだから、自分でそのカメに戻して帰りやがれ!」
侏儒どんは共の若いものに目配せして、一升ますで量って返すように命じました。そして、カメに戻し終えてから、
「ご亭主、よく考えてみると、他の店まで買いに行くのはちと遠い。やっぱりここで買うことにする。もう一度一升入れてくれぬか」
主人は面倒臭そうに又一番上等の焼酎を「二升だる」に一升入れました。
「ご亭主、面倒じゃったのう。値段はそちらの言うとおりでいいが、支払いをちと伸ばしてくれんか」
「今度は支払いを伸ばしてくれだと!いつ、払うだと」
「三ヶ月後にしてくれぬか」
「ダメ、ダメ、そんな約束はできん。早く元のカメに入れてとっとと帰ってくれ!」
仕方なく侏儒どんはまた共の者に一升量ってカメに戻させるのでした。「ご亭主、ホントにすまんかったのう」と言って急いで立ち去りました。
実は、この「二升だる」にはちょっとした仕掛けがしてありました。
「二升だる」の中には先に一升分の水が入れてあったのです。
したがって一升づつ、上等の焼酎を二度入れたり出したりしたので、二升だるに残ったのはただの水でなくて、ちょうど飲みごろの焼酎が一升分残った、と言う訳です。
侏儒どん宅に帰るや近所の若い衆をよんで皆に焼酎を振舞ったのでした。
♪ 焼酎は飲め飲め二升だるで買わせ
♪ 一升戻せば、オハラハアあとはタダ、アヨイヨイ
歌がでて、一層盛り上がっている頃、
「先程は、知らぬこととはいえ、ご無礼を申し上げました」と焼酎屋の主人がお詫びにやってきました。
「わかってもらえれば良いのだが、短気は損気と言うことをご存知かな―商人は小僧の時代から決してお客に腹をたてるなと教える。それには揉み手が一番と自然に習得したものじゃよ」
「なるほど、さようで・・・・・」
「つまり指先を揉むと、どうやら頭の中と繋がっているらしく、心が不思議と落ち着くのじゃ。その証拠に、中風になる前には必ず手先が痺れるじゃないか」
「侏儒どんさあ、本当にありがとうございました。目が覚めました。心を入れ替えて精進いたします」
主人はひとしきり揉み手をしながら帰っていきました。
これが侏儒どんの像です。右は侏儒どん橋の上にあり前述したように道竹久氏の作品です。両方とも何となく可愛い創りになっていて日当山(ひなたやま)の人々に可愛がられています。