そんな五郎兵衛の思いをしっかり受け留めるかのように、花形演じる朝比奈が最初から最後まで今までにないくらい五郎兵衛に対して本当に優しくて暖かくて。だから最後のあの選択に、観ているこっちはやるせなさといたたまれなさでいっぱいになるし、芝居に対する感情の波も最高潮になるわけで。
終盤、五郎兵衛が必死の思いで朝比奈の足元にすがろうとしてすがれずに力なく手を落とす瞬間があるのだけれど、今までは力尽きて手が届かなかったかのように見えていたけど、この前は彼がすがるのを諦めまたは遠慮断念して自ら手を落としたように見えて、切なくてたまらなかった。
子分達が「心中お察し致します」と寄って来た時の追い返し方も、刃にそっと顔の半面を映して確かめた後も、地底から轟く雄叫びのような表現ではなく、手に負えない哀しみに打ちひしがれた男がそれを必死に隠さんとし、最後は一人で嗚咽する姿を、抑制の効いた芝居で見せるその技量感性ほんとすごい。
そしてあの日も座長の死に際の芝居は相変わらず確かにすごかったけれど、私はむしろそれよりもその前段階の切腹の所作と表情のまさに演劇に今年一番と言えるくらいに感動したのでした。刀を腹に刺すその瞬間、そしてその刀を横一文字に自分で斬る刺すよりも苦しくてなかなか尋常では耐えられない所業。
所謂「切腹」の介添人は切腹した本人が見苦しくなった時に首をはねる役目だと昔どこかで読んだような。あそこで自決する座長の芝居は、勿論私は切腹する人を観たことはないけれど、本当に切腹する人を間近で観なきゃならなくなった人の気分でした。お芝居なのは百も承知なのに(続)
継)それまでの気持ちの波もあるものだから、あのシーンでは「やめてやめて、もうやめてーっ!五郎兵衛が死んじゃう、死んじゃうよーっ!誰か止めて、お願い誰か彼を止めて!」…って叫びそうになるのを必死でこらえながら客席で泣きじゃくってました。お恥ずかしながら本当に。
当然そんな座長と花形の芝居を受けて最後に立ち会う子分達の嘆き悲しみの芝居もとても良くて、そしてイレギュラーにお嬢さんを演じたア太郎くんの細やかな表情やリアクションも相変わらず心憎く、本当に本当にこの前の喧嘩屋は歴史に残る名芝居だったと思います。私の中では今年ベスト。
これはあくまで私の好みですが最後に朝比奈が五郎兵衛のただれた顔半分をそっと懐紙で隠してあげるのが好きで、だから死にゆく五郎兵衛の顔が血のりで汚れるのはやっぱり芝居として好きじゃないなと、改めて感じたり。
…。随分と長くなりました。正直、もっといっぱい書きたいこともあるにはありますがもうそろそろこのくらいにしておきましょうかね。文字にして残しておきたい事はかなり書いた気がします。本当はその日その時にその気持ちを書き留めるのがこのツールの本来の使い方なんでしょうけど。
なかなか気持ちに合う言葉がみつからないことも多々あります。大好きなだけに女性週刊誌やスポーツ紙みたいな使い古された陳腐な形容はしたくないし選挙カーやティッシュ配りみたいな手法で闇雲に宣伝する気もありません。その日その時に自分が観て感じたものを自分の言葉でこれからも書いていきます。