スカーレット手帖

機嫌のいい観客

『敦盛2013』歌詞の考察

2013-02-04 | 好きなもの
もうあれから1ヶ月経ってしまったのだけど、
年明けすぐ、「武士ロックフェスティバル」に参加した。

ある意味、レジェンドな瞬間に立ち会えたことを幸福に思います。
生きててよかった・・・

そこで初披露された新曲『敦盛2013』がすばらしくて感動したので
歌詞の元ネタを探ってみました。

しろうと解釈ですが、
それでもかなり、歴史がなんとなくわかるしかけになっておりました。
(わかってたけど)戦国鍋TV、恐ろしい子…!



『敦盛2013』by 信長と蘭丸
作詞:安倍裕之
作曲:奥村愛子


曲を聴いてみましょう。



まず、曲のオマージュは聴いてわかるとおり
KinKi Kidsの「硝子の少年」および「雨のMelody」と思われます。
前回の「敦盛2011」はどうみても修二と彰だったわけで、
ジャニーズ2人組の系統でずっと行く気ですね。
とすると敦盛2015はタッキー&翼か。それともトラジ&ハイジか。はたまたMONSTERSか。
(けっこうジャニーズって2人編成あるね。)

歌詞をみていきましょう。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


死のうは一定
元ネタ:信長が好んで歌ったとされる小唄。
   「死のうは一定 忍び草
    忍び草には何をしよぞ
    一定 語り起こすよの」だそうです。

    テキトーに訳してみると…
    『人間って絶対死んでしまうけど、
     死んでからも語り草になっちゃうような偉業を俺はやったるでえ』

    みたいなかんじでしょうか。
    諸行無常アンド織田信長の生き急ぐ独裁的かつ天才なイメージと
    よく合っている気がします。
   

尾張は来ると分かっていたけど
ギャグ:尾張=終わり のギャグは敦盛2011でもありました。

謀反はいつもサドゥンリー
元ネタ:謀反されまくった織田信長の人生。
    1576年 波多野秀治 丹波国で裏切り
    1577年 松永久秀 大和国で裏切り
    1578年 別所長治 播磨国で裏切り
    1578年 荒木村重 摂津国で裏切り
    1582年 明智光秀 山城国で裏切り
    (Y!知恵袋より)
    

俺にはお前が最後の小姓
元ネタ:山本譲二「みちのくひとり旅」より
    ♪たとえどんなに 恨んでいてもたとえどんなに 灯りがほしくても
     お前が俺には 最後の女 俺にはお前が 最後の女


二人一緒なら
何があってもスマイリー

韻:「サドゥンリー」「スマイリー」で韻を踏んでいる。シャレオツ~


覚えてるかい?
安土城のイルミネーション

元ネタ:安土城は、信長が建てた幻の城。
    天主閣に初めて住んだ人としても有名な信長。
    イルミネーション云々は「信長公記」より。
    天正9年(1581年)の7月15日、孟蘭盆の夜に、帰国を控えた日本巡察使ヴァリニャーノらを安土城に迎えた。
    信長は安土城天主と惣見寺に数多の提灯をともし、
    新道や江の内の舟上で馬廻に松明をかかげさせて山上を照らし出させた。
    城は山下に輝いて湖面に映り、その美しさは言葉にも尽くしがたいもので、見物人は群れをなして集まった。
    城下の灯火を全て消させ、天主閣や見寺に提灯をつるして火を灯し、堀には船を浮かべ馬廻衆に松明を持たせた。
    この世の物とは思えぬ程綺麗な情景であった。
    (参考:http://blog.q-q.jp/201211/article_16.html)
    →これも史実(かもしれないの)か!やばい!!史実ヤバい!!!

是非に及ばす
元ネタ:信長公記
    「是非もなし(是非に及ばず)」という記述。
    本能寺の変(光秀の裏切り)を知って、信長がこう叫んだと、
    ドラマチックに語られることが多い気がする。
    「是非に及ばす!(こりゃもうアカン!)
     →これにてさらばじゃ!(→敦盛踊って自決)」みたいな。

武将と小姓のラブゲーム
元ネタ:日野美歌・葵司朗「男と女のラブゲーム」の題名。
    デュエット曲の王道ですね。


鳴り響く小鼓の音
オマージュ?: KinKi Kids「雨のMelody」
       サビの♪雨はギターの涙と叫び のところを
       思い出しました。

甘く香り立つ蘭奢待
キーアイテム:蘭奢待
       東大寺正倉院に収蔵されている香木。天下第一の名香と謳われる。
       正倉院宝物目録での名は黄熟香(おうじゅくこう)で、「蘭奢待」という名は、
       その文字の中に"東・大・寺"の名を隠した雅名である。
       その香は「古めきしずか」と言われる。
       紅沈香と並び、権威者にとって非常に重宝された。
       これまで足利義満、足利義教、足利義政、土岐頼武、織田信長、明治天皇らが切り取っている。
       (wikiより) 
       ※「古めきしずかな蘭奢待」は2番で出てきます。


理性なんて焼き討ちにして
元ネタ:信長の比叡山焼き討ち(元亀2年9月12日(1571年9月30日))

本能寺のまま踊りたい
元ネタ:本能寺の変(天正10年6月2日(1582年6月21日))
    まあ、この敦盛は全体的に本能寺の変のことを語っていますが。


時は今
元ネタ:明智光秀の連歌「ときはいま あめがしたしる 五月かな」
    この歌を読んで謀反(本能寺)の志を固めたとかよくいわれてますね。
    それにしても掛け言葉がよく出来た歌です。

下天のうちをくらぶれば
夢幻のごとくなり

元ネタ:幸若舞「敦盛」より
    ほんと、元ネタも元ネタの本物の「敦盛」です。

    人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり
    一度生を享け、滅せぬもののあるべきか
    これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ
    (歌詞はwikiより)


    「にんげん50年」ではなく「じんかん50年」ということらしいけど、
    多分、信長が50才ぐらいで死んだこともあるので
    にんげん50年 という印象が強い気が個人的にはしている。


忍び草にはwhat should I do?
元ネタ:また出てきた冒頭の小唄。




君の心の方面軍 他の武将には任せない
元ネタ:天正期に入ると、同時多方面に勢力を伸ばせるだけの兵力と財力が織田氏に具わっていた。
    信長は部下の武将に大名級の所領を与え、自由度の高い統治をさせ、周辺の攻略に当たらせた。
    研究者の間では、これら信長配下の新設大名を「軍団」「方面軍」と呼称。
    (wikiより)

二人の定宿、本能寺
防御力は城塞レベル

研究成果?:平成19年(2007年)に行われた本能寺跡の発掘調査では、
      本能寺の変と同時期にあったとされる堀跡や大量の焼け瓦が発見された。
      これにより、寺が城塞としての機能や謀反に備えていた可能性が指摘されており、
      現在も調査が続いている。(wikiより)
      →へえ~!最近の発見じゃないの。


覚えてるかい?
御馬揃えの大パレード

元ネタ:京都御馬揃え(天正9年2月28日(1581年))
    信長は絶頂期にあった。京都の内裏東の馬場にて大々的なデモンストレーションを行なっている。
    これには信長はじめ織田一門のほか、丹羽長秀ら織田軍団の武威を示すものであった
    このときの馬揃えには正親町天皇を招待している。
    (wikiより抜粋)

是非に及ばす
武将と小姓のラブゲーム


風に揺れてる桔梗の旗

元ネタ:明智氏の家紋が桔梗。

古めきしずかな蘭奢待

ビロードのマント脱ぎ捨てて

元ネタ:信長公記より、
    宣教師のルイス・フロイスがマントを信長に贈ったという記述があるらしい。
    ただし、ほんとにふだんから着てたかどうかは不明らしい。
    

本能寺のまま踊りたい

時は今

下天のうちをくらぶれば

夢幻のごとくなり

忍び草にはwhat should I do?



二人の愛それ以外に
滅せぬもののあるべきか?

元ネタ:これも「敦盛」より。

忍び草にはwhat should I do?


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



くぅ~調べるの疲れましたwこれで終わりです!


ということで、わかる範囲で調べたり考えたりしてみましたが、
史実、ギャグ、オマージュ、など、
あらゆる階層で仕掛けがしこんである
恐るべき歌であることが改めてよくわかる名曲です。
そしてめちゃめちゃ勉強になります。
ある意味、日本人でよかった という気持ちにもなるかも。

とにかく戦国鍋クオリティがすばらしい、
信長(村井くん)と蘭丸好きすぎる という気持ちで
まとめてみました。

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