サイレント

 Silent

2006-11-16 19:33:20 | Weblog


五年ほど前から、
詩のような小説のような、
そんなものを書きたいと思っていた。

改行せずに長々と文章を書くのは、
あまり好きではない。

ブログというものが、
その、少し詩的な小説まがいのものには、
ちょうどいい媒体なのだと、
最近やっと気付いた。

サイキックと霊能。
これらは別個に扱われることが多いようだ。
確かに別物といえば別物なのだろう。

私にはそれらの方面の能力は、まったくない。
だから、
ここでこれから私が書く内容は、
完全に私の想像の産物に過ぎない。

そう、
私の話は100%フィクションなのだと、
最初に断っておきたい。


始末屋(1)

2006-11-16 19:31:00 | Weblog


「始末屋として復帰しないか?」
師匠は唐突に切り出した。
いつも何の脈絡もなく、脳内に話しかけてくる。

「始末屋? なぜ?」
私は聞き返した。
心の声で返事をするようにしているが、
つい言葉として、口に出してしまうこともある。
それが人前だったりすると、ひどく後悔する。

「お前、仕事しろよ、引退してる場合じゃない」
師匠は、目には姿が見えない。
それでもなんとなく周りにいる。
何か用事があるときだけ、私に声をかける。
耳では聞くことのできない声で。

「始末? 誰を?」
だいたいの見当はついていたが、一応確かめた。
私のところに回される仕事は、
ほかの人たちがやりたがらない事柄が多い。

「犯罪者だ」
いちいち分かりきったことを、という感じで、
師匠はひとことだけ吐いた。

「強くて面倒な連中?」
それぞれの地域で、担当者は既にいるはずだ。
彼らにとって荷が重い強者...
であろうことは想像に難くない。

「......」
師匠からの返事はなかった。
答えるまでもない、という意味だろう。


「肉持ちの相手も多いはず」
仕事を受けるかどうか即答せず、私は絡んだ。
私は師匠をからかうのが好きだ。
師匠の方は、それを好まない。

肉、とは生身の人間のことだ。
この世で一般には不可視であるはずの存在が、
力の容器として、潜伏する隠れ蓑として、
生身の人間を所有していることは、実は多い。

「相手が肉を持っていた場合、
その人間を、害することもありえますが」
私は、またも無駄口を叩いた。
師匠はこの手の初歩的なことには返答しない。


「この話、受けるのだな?」
しびれを切らした師匠が、確認を急いだ。

「喜んで」
私は淡々と答えた。



始末屋(2)

2006-11-16 19:28:21 | Weblog


師匠「子供殺しの件だが...」
私「連続子供殺し事件?」
師匠「そうだ」
私「いま日本のあちこちで起こっている...」
師匠「......」
私「一件一件は独立した...」
師匠「......」
私「大人による連続した子供殺し?」
師匠「そうだ」

師匠が仕事の話を持ってきた。
いつものことなのだが、
詳しい説明などはあまりしない。
基本的には、自分で考えさせるのが師匠流だ。


私「あれって、単独犯?」
師匠「......」
私「日本の各地で何人もの大人に憑依して...」
師匠「......」
私「次々と子供を生け贄にしている者が...」
師匠「......」
私「いるんですね?」
師匠「......」

よくあることだ。
血の贄は、美味しい御馳走である上に、
貴重なエネルギー源となる。
ただし、
そういう行為は処分の対象となりうるが。

処分されるか否かは、
その時代の、そしてその地域における、
管理責任者の方針にもよるし、
実行犯と処分担当との力関係にもよる。
取り締まる側の手に余る犯人であれば、
実際問題として、放置されてしまう。


私「最近、急に増えたというか...」
師匠「......」
私「矢継ぎ早に連発してるというか...」
師匠「......」
私「妙だな、とは思ってましたが」
師匠「......」

静かな師匠。語る私。

私「本当に単独犯ですか?」
師匠「......」
私「変な組織の末端とかじゃないでしょうね?」
師匠「......」
私「調査も含めて私に一任ということですか?」
師匠「......」


師匠は寡黙な人だ。
典型的な職人肌の仕事師タイプであり、
自分にも他人にも厳しい。
無論、私にも厳しい。

そう、私が子供の頃から、
これまでずっと師匠は私に厳しかった。

姿の見えない師匠の存在を知ったのは、
ほんの数年前のことだが、
私が生まれた時からひたすら私を見守って、
成長期、そして成人してからも、
師匠が私を陰ながら指導してきたことを、
私はあとから理解した。

そして、
これまでの自分の数十年を振り返ってみて、
師匠の私への指導方針が、
どれだけ厳しかったか、私は知った。


師匠「頼むぞ」
私「わかりました」

私はこの件を引き受けた。



始末屋(3)

2006-11-16 19:25:45 | Weblog


「今の会話、聞いていたな」
何もない空間に私は話しかけた。

「今夜のうちに片を付ける」
さらに私は、姿の見えない誰かに声を掛けた。
師匠ではない、別の誰かに。

「最近の一連の子供殺しを全て洗え」
部下に対するような口調で、私は命令を発する。
信頼できる絶対的な部下とでもいえる存在。

「目星がついたら知らせろ」
ひとこと伝えるごとに、これまでの絆を思い出す。
どれだけ修羅場を共にくぐってきたことか。

「公開処刑にしよう、人目の多い所がいい」
処刑...響きがあまり優しくない。
しかし適当な言葉がほかに見あたらない。

「私はこれから車で新宿にいく、そこでやろう」
夜の新宿。車で訪れる夜の新宿。


いい忘れていた。
私は東京に住んでいる。一人暮らし。
近辺には、家族も親戚も友人も知人もいない。
私はいつもひとりだ。

夜の東京で私は、人目につかないように、
こっそりと単独行動を取っている。
夜の闇に溶け込むように、暗い深海を潜航するように、
誰ともつるまずに夜の時間を歩いている。

そうなのだ。
私は生身の人間とは誰ともつるまない。


「標的を捕捉したら知らせろ」
私は念を押した。

「もう捕捉してます」
私が話しかけていた相手である、私の「カゲ」が、
姿を見せないまま脳内に届く声で答えた。

私の部下であり相棒であり守護役である、
私の「カゲ」が。



始末屋(4)

2006-11-16 19:22:42 | Weblog


私は車で夜の新宿を目指した。
途中、私とカゲはいくつかのやり取りをした。
運転しながらの脳内での会話だ。

私「単独犯か?」
カゲ「そうです」
私「何者だ?」
カゲ「動物です」

カゲがいう動物とは、
この世に生を受けた動物のことではない。
見えない世界での玄妙な動物のことである。

一見、四つ足の動物に見えても、
必ずしも常時四つ足のままとは限らないし、
時には必要に応じて人型にも変化する。
羽が生えて飛ぶものもいるし、
危険を察知すると巧妙に姿を消すこともある。

そして何より、
この物質的な世の中で問題を起こすような動物は、
ほぼ例外なく気性が荒く、血を好む。
そうではない穏やかな動物もたくさんいるのだが。


私「なんでそんな動物なんかが...」
カゲ「......」
私「所轄の手に負えないんだ?」

私は所轄という言葉をよく使う。
問題のある行動をしたものを取り締まる係の中で、
いわば地域の警察のような存在を指す。

カゲ「合体してるんです」
私「合体?」
カゲ「30体くらいが合体して一匹になってます」
私「......」
カゲ「それで強くなってます」
私「ほう」
カゲ「......」
私「所轄が狩れない理由はそれか」

動物の中には、時にこういう相手がいる。
数十体が合体しているとさすがに強力になる。
ちなみに、
生粋の人型はあまり合体はしない。
したとしてもケンカになって別れやすいようだ。


私「なんで日本全国のあちこちで活動したんだ?」
カゲ「それは...」
私「......」
カゲ「テリトリーを全国に広げることで...」
私「......」
カゲ「憑依対象を増やしたということでしょう」

この世のものではない存在たちは、
ごく日常的に、物質的なこの世界に干渉している。
よくあるのが憑依である。

憑依とは、心へのハッキングのようなものだ。
人間の心に干渉して、狙い通りの行動を起こさせる。
狙った人間に何をさせるかはいろいろだ。
暴言、傷害、レイプ、殺人、さまざまなものがある。

そして、
ハッキングされて操られるようにやってしまった行為は、
基本的には衝動的な行動となる。
その結果その人間は、
あとから冷静に振り返ったときに後悔する。
なんであのとき自分はあんなことをしたのだろう、と。


憑依されやすい人間には、決まった傾向がある。
ハッキングされて暴力をふるってしまう人間は、
もともと暴力的な人間であるし、
憑依によって殺人を犯してしまう人間は、
元来、衝動的に人を殺してしまう可能性があった人だ。

反対に、
自分は絶対に盗みなどはしない、という意志の固い人なら、
どんなに誘惑的な状況でも、
どんなにハッキングが上手い者が憑依を試みても、
盗みを働いたりはしないものだ。

何事にも動じない堅固な心をもつ人間は、
霊的存在から心を陥落させられることは少ない。
とはいえ、
それほどの人物はほとんどいないわけだが。


カゲ「つまり」
私「......」
カゲ「手っ取り早く子供殺しをさせやすそうな...」
私「......」
カゲ「そんな対象をほぼ毎日捕らえるために...」
私「......」
カゲ「広い範囲で動いたようです」

随分と安直な手口だ。
よほど幼い血に飢えていたのだろう。
その、飢えに苛まされていた30体ほどの動物たちが、
寄り集まって合体したことにより、
突如、狂ったように連続憑依に及んだのだろう。

カゲ「犯行時の動画、見ます?」
私「え?」
カゲ「動物の記憶の中に残ってたものですが」
私「そんなの入手したのか!」
カゲ「......」
私「見せてみろ」

視覚とは異なる脳内のビジョンで、
私は犯行時の動画記録をついつい見てしまった。
車を運転している最中なので、
普通の視覚では車外の風景を見ているのだが、
それと並行して、脳内の映像を見ることも可能だ。

私はその凄惨な動画を、
ほんの数分の間だけ確認し、そして辟易とした。
その数分間はとても長く感じられた。


私「もういい、もう見たくない」
カゲ「......」
私「十分だ」
カゲ「......」
私「酌量の余地はない」
カゲ「......」
私「ハンターたちを差し向けろ」
カゲ「はい」

ハンターとは、
私のカゲの中で、狩りを専門とする連中のことだ。
私のカゲはひとりではない。
いろんな分野の専門家たちが、驚くほど多く存在する。

それが私の特徴だ。
そしてそれが、
私がこれまで生き残ってこれた理由なのだ。



始末屋(5)

2006-11-16 19:19:49 | Weblog


標的である動物に対して、
私はさっそく仕掛けることにした。
カゲに向かって矢継ぎ早に命令を下していく。
夜の街、車を走らせながら。


「標的の周囲を固めろ」
私のカゲの中には標的の周囲を制圧する集団がいる。

「標的を見失うな」
私のカゲの中には標的を同定し追尾する集団がいる。

「標的を捕らえろ」
私のカゲの中には標的を捕獲する集団がいる。

「新宿の駅前に移してハリツケにしとけ」
車はもうすぐで新宿に到着しようとしていた。

「動きは止めておくように」
標的の身動きが全く取れなくなるということである。

「加藤、準備しろ」
加藤とは、トドメを刺す役割の私のカゲのひとりだ。

私のカゲたちは、全て私が無から生み出した。
数え切れないくらいのカゲの中で、
ある特殊な連中には名前がついている者もいる。
名前のつけ方はいつも適当だ。加藤とか田中とか。


新宿駅に着いた。
様々な種類のたくさんの人混みで溢れている。

「加藤、カケラさえも残すな」
標的の抹殺を私は命じた。

一瞬で破裂してバラバラになった標的の姿が、
私の脳内のスクリーンに浮かんだ。
その炸裂した肉片のひとつひとつがさらに破裂し、
この繰り返しで、
文字通り標的はカケラさえも残さずに消滅した。


加藤はかつて、
何人もの相手を霊的に封殺した。
肉持ち、つまり人間として生きている相手もいたし、
そして無論、
肉を持たない霊的な存在のみの相手もいた。

肉持ちの相手が霊的に封殺されると、
この世に生を受ける人間としてどうなるかというと、
多くは何となく精気を失い元気がなくなる程度だが、
明らかな鬱病になったり、
病気や事故で入院することもある。

加藤のような封殺の最終実行者は、
私のカゲの中ではひとりだけではない。
もっとたくさんいる。それぞれ特性や特徴がある。
私はそれらを、状況や目的によって使い分けてきた。

師匠が私に復帰の話を持ちかけた際、
私はこの手の裏稼業からは引退していた。
それまでは、
私は数年間こっそりと手を汚すような仕事を続け、
そして嫌気がさして引退を決意した。
およそ一ヶ月前のことだ。

しかし、
結局たった一ヶ月しか休めなかった。
師匠の誘いに乗ってしまったのは何故だろう?
正直にいうと、決断にあまり悩まなかった。
この理由については、
これからじっくりと自分の中で確かめていきたい。
当面、始末屋として働きながら...


新宿のような繁華街には、
一般には不可視のはずの存在が無数に集まっている。
いかがわしい者たちも多い。

今回、連続子供殺しの犯人であった動物を、
新宿のような場所で目立つように殺したことには、
ちょっとした意味がある。
いわゆる「見せしめ」としての。

毎日、日本のどこかで殺人事件が起こる。
それは仕方がない。
大昔からそうだった。今はむしろ減った方だ。

そして、それらの出来事の裏では、
ウマい汁を吸うために蠢く霊的原因もいたりする。
それも仕方がない。
大昔からずっとそうなのだから。

しかし目に余る行為というものもある。
今回の、ほぼ連日に渡る連続子供殺しなどはそうだ。

それはさすがにやり過ぎだろう、
という判断がどこかで誰かによって下され、
おそらくそれで私に始末依頼が来たのだろう。

もっと間隔を空けて散発的にやっていたら、
多分問題とはされなかった...のではないかと思う。


私は帰途についた。
うかつにも脳内スクリーンで垣間見てしまった、
何人かの犠牲者の子供たちを悼んで、
私は少しだけ合掌した。



亜空間(1)

2006-11-16 02:51:46 | Weblog


始末屋として仕事に復帰した二日後、
次の仕事の話がきた。
ヤクザの捕縛だ。

ヤクザといっても、
無論この世の実世界におけるヤクザではない。
別世界における組織のことだ。

ここでヤクザという言葉を使うのは、
この世のヤクザと実態がとても似ていて、
これ以上合うような言葉がないからだが、
完全に同じかといえばそうでもない。


話は師匠がもってきた。
例によって用件を短く伝えるだけで、
詳しい事情は説明しない。

あちらの世界におけるヤクザ組織のひとつが、
ある計画を立てていたらしい。
かなり巧妙な仕掛けを用意しておいて、
相当数のこの世の人命を奪って収奪しようという、
大胆な企みだったらしい。

しかし、その計画は実行前に白日に晒された。
所轄がその動きを事前に察知し、
巧妙かつ大胆な仕掛けを潰したとのことだ。

そして所轄は、ヤクザ組織の頭領や幹部に対して、
ごく当然の成り行きとして、逮捕状を出した。
問題はここからだ。

所轄が逮捕できないでいるのだ。

異世界における、そのヤクザに相当する組織が、
強力な戦闘能力を有しており、
所轄が組織の本部に直接的に実行力を行使できず、
事実上、いまだ野放しになっている状態らしい。


私に話がきた仕事とは、
その、強力なヤクザ組織の本部に立て籠もっている、
頭領や幹部たちを逮捕することだ。

おとといの動物狩りよりも楽しそうだ。
私は無表情のまま口元を緩ませた。



亜空間(2)

2006-11-16 02:49:57 | Weblog


師匠はたった一言しかいわなかった。
捕縛できない一派を捕縛しろ、
たったそれだけだ。

その一言だけでは全く意味がわからないので、
私は即座に自分のカゲに調べさせて、
やっと具体的な事情を知ったのだった。
それが前述の内容だ。


異世界におけるその組織が、
この世の多くの人命を贄として狙ったという、
その「仕掛け」とやらについて、私は興味をもった。
そしてそれをカゲに尋ねた。

カゲ「いま世間を騒がせているアレですよ」
私「アレ?」
カゲ「......」
私「アレといわれてもわからない」
カゲ「......」

実をいうと、師匠だけでなく私のカゲも、
異世界の出来事とリンクするこの世の出来事を、
詳しく私に知らせることをしたがらない。
告げるときも必要最低限にとどめようとする。

その、知らせたがらない理由はいくつかあって、
そのひとつをあげると、
この世で人として生きる者にとっては、
異世界のことなどあまり詳しくは知らない方が、
必要以上に悩まずに生きていけるのだそうだ。


だがこれは仕事の話だ。
この時の私は、あえてカゲに吐かせた。

カゲ「耐震偽装です」
私「あ、マンションのアレか?」
カゲ「そうです」

最近、大きな社会問題として発覚し、
連日ニュースで報じられだした、
まさにその問題こそが「仕掛け」という意味だろう。

私「ああ、アレな」
カゲ「......」
私「中規模の震度の地震でも倒壊してしまって...」
カゲ「......」
私「多くのマンションの住人の人たちが...」
カゲ「......」
私「死んでしまうかもしれないという...」
カゲ「......」
私「例のアレだな」

アレ、を私も連発することになり、
自分でも苦笑してしまった。

私「しかしそうか」
カゲ「......」
私「あの問題は、背後で糸を引いてる連中が...」
カゲ「......」
私「しっかりといたわけだ」


よくあることだ。
旅客機事故、海難事故、列車事故、大火事などの事故、
のみならずさまざまな自然災害、
これらの多くの惨事の裏で、
霊的に干渉して仕掛けて儲けている連中がいる。

そう、こういうことは、
怖いくらいによくあることなのだ。



亜空間(3)

2006-11-16 02:47:42 | Weblog


「しかしだな...」
私はふと浮かんだ疑問を出そうとした。
ちょっと考えればすぐに気付くことだ。

私「日本全国のすべての建築物が...」
カゲ「......」
私「なんら設計や建設に落ち度がなく...」
カゲ「......」
私「しっかりと規定の耐震性を...」
カゲ「......」
私「実現できているかといえば...」
カゲ「......」

やはりそのことを突っ込んできたかと、
カゲのただただ黙っている気配を私は感じつつ、
そのまま続けた。

私「それはとても疑わしい」
カゲ「......」

カゲはあまり答えたくはない様子だ。
私の独り言は止まらない。

私「考えてみれば...」
カゲ「......」
私「あらゆるビルやマンション...」
カゲ「......」
私「高速道路や新幹線の線路など...」
カゲ「......」
私「十分な耐震性が守られているのか...」
カゲ「......」
私「疑い出せばキリがない」
カゲ「......」


これはとても微妙な問題だ。
私たちは毎日、自分の身の回りの建築物を、
そう簡単には壊れないものだと信用して、
なにげなく暮らしている。

もし、周囲の建築物を信じることが、
まったくできなくなってしまったら、
乗り物にも乗れず、買い物もできず、職場にもいけない。
日常生活が成り立たなくなってしまう。


私「今回の件は、例によって...」
カゲ「......」
私「あまりにもやり過ぎだということで...」
カゲ「......」
私「表沙汰になったのだろう?」
カゲ「......」

これは異世界の組織についてもいえるし、
耐震偽装のこの世の当事者たちにもいえる。

私「規模が大きすぎて、程度があからさまで...」
カゲ「......」
私「だからこそ騒がれているだけで...」
カゲ「......」
私「じゃあ、小さい規模のものは...」
カゲ「......」
私「放置しててもいいのかと...」
カゲ「......」
私「なるんじゃないのか?」
カゲ「......」

私はどこか変にマジメなところがある。
こういう仕事は黙ってこなすだけこなして、
あとは余計なことは何も考えない方がいいのだ。


私「......」
カゲ「......」

少し間をおいてカゲがやっと口を開いた。

カゲ「それ以上はあえて触れない方が...」
私「......」
カゲ「利口な生き方ではないかと」
私「......」

その通りだ。

あまたあるであろう小さな規模の違法建築にも、
それぞれ背後に異界の存在がいたとして、
それら全部を処分対象にしようなどとしたら、
とてもやり遂げられるとは思えない。

そしてなにより、
この世に生きる人として、
身近な建築物に対して不信を抱かない方が、
きっと気楽に暮らせるはずだ。
たとえそれが無根拠な信頼であったとしても...


私「よし、こう考えよう」
カゲ「......」
私「この国は、きっとほかの国よりも...」
カゲ「......」
私「ずっとマシなはずだ」
カゲ「......」
私「日本に生まれてよかった」
カゲ「......」
私「ははは」

いらないことばかり考えてしまい、
つい仕事にとりかかるのが遅れてしまった。


私「しかし、この組織の仕掛けについて...」
カゲ「......」
私「よく所轄はネタをつかんだな」
カゲ「......」

このことに関しては、素直にすごいと感じた。
どんな事件や事故であっても、
未然に防ぐというのは、大変に難しいものだ。

カゲ「それはですね」
私「ん?」
カゲ「所轄の諜報担当が...」
私「......」
カゲ「自分を犠牲にして曝いたそうです」
私「!!」

所轄の諜報担当...
情報収集を仕事とする連中のことだろう。
潜入捜査でヤクザ組織に潜り込んだり、
囮捜査で自ら囮になる者もいるらしい。

私「この件の仕掛けのネタを曝くのに...」
カゲ「......」
私「体を張って身を捨てた仕事をした者が...」
カゲ「......」
私「いたんだな?」
カゲ「そうです」


私はこの手の話にとても弱い。
子供が死んだとか、
情報収集の段階で覚悟の犠牲者がいたとか、
そういうことを耳にすると、
いつも手抜きができなくなってしまう。

情けないくらいに私はとても弱い。

「標的を全員、正確に捕捉しろ」
私はカゲに指示を出した。

「もう捕捉してます」
カゲは私に答えた。



亜空間(4)

2006-11-16 02:44:38 | Weblog


「新規に亜空間をひとつ作れ」
私はカゲに命じた。

「標的たちが籠城しているアジトごと...」
この世のものではないヤクザ組織は、
要塞のようなアジトに立て籠もっているはずだった。

「すべて丸ごと移送しよう」
移送とは、亜空間に移し入れるということだ。

亜空間...
私のつくったカゲたちは、
この世でもない、あの世でもない、
まったくオリジナルな空間を作ることができる。

私はたまに気が向いたときなどに、
標的を私のオリジナル空間に移して、狩る。
そこは、私が極めて有利に戦える「場」なのだ。


私「標的全員をアジトごと移送」
カゲ「......」
私「まず隕石群を降らせろ」
カゲ「......」
私「地下から火柱を無数に噴出」
カゲ「......」
私「正面から砲撃開始」
カゲ「......」
私「空爆開始」
カゲ「......」
私「三方向から機甲師団を」
カゲ「......」

数え切れないほどの私のカゲたちの中には、
軍隊もある。
戦闘機、爆撃機、戦車部隊、砲撃部隊、艦隊、
歩兵、工兵、特殊部隊、いろいろと揃っている。


私「先制攻撃の間...」
カゲ「......」
私「向こうの防御の特徴を見極めろ」
カゲ「......」

攻撃が簡単に決まることは、普通はない。
敵の防御をいかに崩すかが重要となる。

カゲ「まだ解析途中ですが...」
私「......」
カゲ「標的の防御は五重で...」
私「......」
カゲ「オートカウンター式の城塞型と...」
私「......」
カゲ「性質変換防御、休眠型防御、それに...」
私「......」
カゲ「ロックオン誤算誘導型...」

これらはどれも過去の戦いにおいて経験があり、
敵防御の突破方法について、いろんなノウハウがある。

私「既知のタイプの防御に対しては...」
カゲ「......」
私「それぞれ個別に通常対応でいい」
カゲ「......」
私「最後のもうひとつは未知のタイプの防御か?」
カゲ「そうです」
私「解析を急げ」


敵の防御のデータを取るために、
さらに攻撃の手を加えることにした。
データが揃うまで攻撃を続けないといけない。

私「南原を用意させろ」
カゲ「......」

南原とは、私のカゲの中で、
少し変わった特殊技能を持っている者だ。
南原は敵の無意識領域に干渉することができる。
いわばメンタル兵器のようなものだ。

「南原、標的全員に...」
私はその南原に対して話しかけた。

「愛する者の惨殺イメージを刷り込め」
これは...あまり美しい攻撃とはいえないが、
戦いとは、往々にして醜いものだ。


「標的からカウンターがもうすぐ届きます」
カゲが報告してきた。

自分から攻撃を仕掛けると、
よほど弱い相手でない限りは、
カウンター攻撃が敵から返ってくる。

カゲ「意識されたマニュアル対応によるもので...」
私「......」
カゲ「複数でかつ多種のカウンターです」

これも普通のことだ。
いちいち驚いているようではいけない。

私「こちらの通常結界の一カ所を開けて...」
カゲ「......」
私「標的からのカウンターをそこに集中させろ」
カゲ「......」
私「そのまま返せるものは三倍返しでまた返せ」
カゲ「......」
私「返せないタイプは吸収して消化する」
カゲ「......」
私「私の周囲には散らさないようにしろ」
カゲ「......」

私の仕事のとばっちりによって、
私の実生活における周囲の人たちに被害が出ることは、
私にとっては恥ずかしいことだ。
なぜなら、
それは私の防御が不完全であることを意味するので。


カゲ「最後の未知の防御タイプが判明...」
私「......」
カゲ「おそらくはマニュアル式の全無効化で...」
私「......」
カゲ「ダメージを吸収させる専用の穴に...」
私「......」
カゲ「ゴミを捨てるように廃棄して...」
私「......」
カゲ「ダメージを無効にするようです」
私「!」
カゲ「しかも、その吸収穴は...」
私「......」
カゲ「集団全員で共用できるようです」
私「ほう!」

興味深い防御方法だ。私はうなった。
またひとつ防御の種類を敵から学んだ。
戦歴が多ければ多いほど学ぶものが増える。

敵は敵ではあるが、見方を変えれば敵ではない。
学ぶべき教師でもあるからだ。


私「そのダメージ吸収専用の穴をふさぎ...」
カゲ「......」
私「標的全員と穴との連絡ラインを分断しろ」
カゲ「......」
私「そして無効化されたこちらの攻撃を...」
カゲ「......」
私「全復帰させるように」

やがて私の脳内で、多くの悲鳴や絶叫が響いた。
痛みや苦しみや悲しみに満ちたものだった。


私は次の一手を打つことにした。
要塞のようなアジトの中にいる敵組織の、
頭領や幹部を最終的に仕留めるために、
内部に突入する必要がある。

私「そろそろ中に突入するか」
カゲ「......」
私「逮捕状の出ている標的を残らず殺す」
カゲ「逮捕では?」
私「所轄には死体を引き渡せばいい」
カゲ「......」
私「そのまま封印でも、蘇らせて懲罰でも...」
カゲ「......」
私「好きにしてくれと所轄に通達」
カゲ「変わりませんね」
私「え?」

カゲは私のやり方を熟知している。
いやというくらい一緒に仕事をしてきた。

私「一度ちょっと引退したからといって...」
カゲ「......」
私「変わる理由は特にないよ」


カゲの微笑む気配を感じながら、
私は突入して標的を仕留める者の人選を決めた。

私「五本指を五人とも呼び戻せ」
カゲ「......」

五本指とは、私のカゲたちの中で、
とりわけ数多くの実戦を重ねてきた連中で、
元々は五人のメンバーからなるグループなのだが、
目的に応じて個別に使うことも多い。

その五本指は五人とも、
私に招集されるこの時まで、別々に派遣されていた。
中東、アメリカ、ロシア、中国、EU圏...
それぞれの派遣先で、
私に何を命じられて何をしていたかは、秘密だ。