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霊感少女 さとみ 2  学校七不思議の怪  第四章 女子トイレのすすり泣きの怪 16

2022年02月12日 | 霊感少女 さとみ 2 第四章 女子トイレのすすり泣きの怪
「わあっ、先生! 朝の惨状からは想像もつかない綺麗さですね!」
 しのぶが感嘆の声を漏らす。数学準備室は綺麗に片付いていた。壁も床のタイルもぴかぴかに磨き上げられている。しのぶが思わず言うのも納得だ。
「何を言っているんだね、栗田君」松原先生は慌てたように言う。「いつもこうだったじゃないか。君は記憶違いをしているのだよ」
「いいえ、そんな事はありません」しのぶは言うとポシェットから携帯電話を取り出し、画像をチェックし始めた。その手が止まる。「ほら、今朝の惨状ですよ。これでも記憶違いですか?」
 時代劇で、悪代官たちを平伏させる究極のアイテムのように、しのぶは携帯電話の画像を皆に見せた。ぽんこつの松原先生と散らかり放題な周辺とが写っている。百合恵はくすくすと笑い、覗いていたみつと冨美代と虎之助も笑っている。
「ちょっと、栗田君!」
 松原先生は言うが手遅れだ。松原先生は真っ赤になってしまった。
「でも、先生がここまでなさったのは驚きですし、素敵ですわ」百合恵が優しく言ってフォローする。その言葉に松原先生はにこりとする。「……これだけお出来になるのなら、お嫁さんはいりませんわね」
 松原先生は困った顔で頭を掻いている。……百合恵さん、先生をからかって楽しんでいるんだわ。それに、しのぶちゃんもあまりにも天然よ。少しは先生の胸中も察して上げないと。さとみは思う。これから大変な事があると言うのに、みんなの呑気さに少し不安になる。ふと気がつくと、冨美代が何か言いたそうにさとみを見ていた。さとみは霊体を抜け出させた。
「冨美代さん、どうしたの?」
「はい……」冨美代は言い淀んでいる。「実は……」
「どうしたんですか、冨美代殿?」みつが怪訝な顔をする。「これから嵩彦殿と相見えることが出来ようと言うのに?」
「そうよ、冨美代ちゃん」虎之助が言う。「もし、嵩彦ちゃんが囚われているんなら、わたしとみつさんとで囚えているヤツを倒してやるわ。……ねっ、みつさん?」
「もちろん、言わずもがな!」みつは腰の刀の鯉口を切る。それに合わせるように、虎之助も素早い左右のパンチを繰り出す。「冨美代殿、何ら心配はいりません。ご安心なされ」
「いえ、その心配は致しておりません……」冨美代は笑む。しかし、力が入っていない。「ただ……」
「ただ、なあに?」
 さとみが言う。松原先生と話している百合恵もそっと聞き耳を立てている。
「……わたくし」冨美代は意を決したようにさとみを見つめ、言葉を継ぐ。「皆様と御一緒させて頂いて、嵩彦様がいないと言う時を過ごしました。わたくしは嵩彦様の物言いに立腹致しましたのが原因でございましたが、嵩彦様がいなくても、楽しく、充実した時を過ごすことが出来るのだと言う事を実感致しました。なので、不安なのでございます。嵩彦様とお会いして、はたしてこの心が戻りますのやらと」
「冨美代殿、それでは話が違うではありませんか」みつが咎める。「嵩彦殿と会って話せば心は戻るはずとおっしゃっていたではありませんか」
「ええ、そうでした。みつ様に言われ、自身で良く考えました時は、必ずや、わたくしの心は嵩彦様に戻るはずと思っておりました……」冨美代が言って、視線を落とす。「ではございますが、やはり、わたくしの心に嵩彦様が戻ってまいりません。今こうして、もうすぐお顔を見ることが出来ると分かっても心は躍らず、嵩彦様が危機的な状況に陥っていると知れても同情の心が湧きません。……皆様と過ごすうちに、嵩彦様の影がすっかりと薄くなってしまったようなのです」
「じゃあ、会わないの? 助けないの?」さとみが驚いて言う。「どうするの?」
「はっきり申し上げて、どうでも良いと言う思いでございます……」
 さとみは呆れた顔でみつや虎之助を見る。二人も呆れている。聞き耳を立てていた百合恵も呆れている。
「これから現場に行くんだけど、どうするの?」さとみが冨美代に訊く。「どうでも良いって言っているけど……」
「わたくし、ここにおります」
「え?」
「会いたいとも、助けたいとも思いません。もう結構です。嵩彦様がいなくても平気になったと確信できたのです」
「そう……」さとみはため息をつく。「じゃあ、そうすると良いわ。嵩彦さんだけじゃなくて、他にも囚われている霊体がいるようだから、みんなを助けてみるわ。そして、嵩彦さんも助け出せたら、冨美代さんが、嵩彦さんがいなくても平気になった、会う気はないって伝えるわ」
 さとみは言うと霊体を戻した。
「さあ、行きましょう! ここに居ても仕方がないわ!」
 さとみは立ち上がる。
「どうした、綾部?」松原先生が驚いている。「何を怒っているんだ?」
「怒っていません!」さとみは答えると、ぷっと頬を膨らませた。「先に現場へ行っています!」
 さとみは準備室を出た。しのぶが「会長、待ってください!」と言って後を追いかける。松原先生は「やれやれ……」とつぶやきながら立ち上がる。百合恵も少しむっとした顔で立ち上がる。みつと虎之助も無言で姿を消す。数学準備室には冨美代だけがぽつんと残っていた。


つづく 

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