昔から、自分には特徴がなかった。
趣味も、特技も、自己PRもできない。
ただ、図書館に通うことだけが、唯一の楽しみだった。
図書館は、環境が良い。
静かであり、清潔であり、なにより本が並んでいる。
それも沢山、並んでいる。
まだ手に取っていない本が並んでいるのは、良いことだった。
しかも一月の間に、絶えず本が入れ替わり行くのだから、
少なくとも図書館にある本を、すべて読み終えることは出来ない。
それはとても素晴らしいことだった。
図書館はいい場所だ。静かであり、清潔であり、本が並んでいる。
「かみさま」
思わず呟いた。
隣にいた女性が、ちらと僕の方を向いたが、そのまま去っていった。
少し、気まずい。
いえ、これは僕の独り言であって、別に祈りを捧げているわけではないのです。
見てください。ほら、これを。
「かみさま」
もう一度静かに呟いた。
「かみさま」
その本は、とても面白かった。
まさかこのタイトルから、主人公の女性はアパートに住んでいて、
お隣の住人が「くま」だなんて、誰が想像できるんだろう。
僕は本の貸出をお願いして、図書室をでた。
「かみさま」
手の中には、貸出を証明する、紙切れが一枚。
帰りの電車。僕は少し考えた。
「かみさま」
この本のタイトルが記された貸出の紙切れを、そっと電車の中においておく。
何気なしに開いた人は、一体何だと思うだろう。
「かみさま」
それは、少し素敵な考えじゃないでしょうか。
僕は一人笑みを噛み殺し、そっと、置いて席を立った。
「かみさま」
席を立った時、肩を掴まれた。
振り返ると、くまの駅員さんがいた。
「君、ゴミを捨てちゃいかん」
「ごめんなさい」
「きちんと家に持って帰って、処分なさい」
「はい」
僕は頭を下げて紙切れを受取った。周りの人の視線がちくちく、痛かった。
軽率だったと後悔して、電車を降りた。
その時だった。
「かみさま?」
告げられた言葉に振り返る。
同じ学校の制服を着た女子生徒。
僕の手にあった、その本がふと目に留まったのだろう。
「そう、かみさま」
応えた。けれど彼女は気まずそうに行ってしまった。
それがきっかけだった。彼女は今では――――
「……という、夢をみたことがある」
「夢オチは簡潔に」
「えー」