21世紀のデカメロン Decamerone del duemila

映画と世界史のあれこれ


植村 GIulio 光雄

58.イノセンス

2008-10-06 | 映画

 「スカイ・クロラ」の押井守監督の2004年の旧作「イノセンス」を見ました。1995年の「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」の続編にあたる作品で,日本では単に「イノセンス」というタイトルで公開されましたが,アメリカでは前作が当たったこともあって「GHOST IN THE SHELL 2: INNOCENCE」とタイトルがつけられました。アニメ作品としてはじめて日本SF大賞を受賞しています。私は前作は見ていましたが,続編だとは知りませんでした。
  ストーリーは,前作から4年後の2032年,姿を消した少佐,草薙素子にかわって,その相棒であったバトーが主人公です。突然ガイノイドと呼ばれる少女型のアンドロイドが暴走して所有者と警官を殺害する事件が起こります。バトーは相棒ドクサとともに捜査を開始し,ロクスソルス社が,法律で禁じられている生身の少女のゴースト(精神のようなもの)をコピーする方法で,大量のガイノイドを作っていたことを暴くのです。バトーは救出した少女に問いかけます。「犠牲者が出ることは考えなかったのか?人間のことじゃねえ。魂を吹き込まれた人形がどうなるか考えなかったのか!」
 登場人物たちの多くは,義体化と呼ばれるサイボーグ技術や脳に直接インターネットをつなぐ電脳化という技術で肉体改造を施しています。そして,全編,人間の精神と肉体,あるいは生と死をめぐる引用にあふれています。監督はできればセリフをすべて引用だけにしたかったそうです。セリフをドラマに従属させるのではなく,ディテールの一部にしたかったのが動機だそうですが,この意味は私にはよくわかりません。引用は旧約聖書,仏典,孔子,世阿弥,ミルトン,ゴーゴリ,マックス=ヴェーバー,ロマン=ロラン,斎藤緑雨など脈絡がありません。斎藤緑雨は映画の中に出てくる「僕本月本日を以て目出度死去致候間此段広告仕候也」という死亡広告を残し,36歳の若さで亡くなった明治時代の小説家・ジャーナリストです。実際は,監督が片っ端から読んだ本の引用をコラージュしたようですが,電脳化によって巨大なデータベースにつながる主人公たちは,いくらでも引用ができるというわけでしょう。しかし,それらはインターネットなど想像もできなかった時代の人々の言葉であるのは皮肉なことですね。
 ただし,娘の代わりに人形を持ち歩いていたというエピソードが紹介されるデカルトは,ちょっと違います。デカルトの「われ思う,ゆえにわれあり」の言葉はあまりにも有名です。かれはすべて疑わしきは疑うという方法的懐疑により,絶対に疑えないものとしてわれの存在を見いだしました。ただし,これは同時に人間の精神と物質としての肉体を切り離す作業でもあったのです。精神の本質は思惟であり,物質の本質は延長です。この物心二元論がデカルトにとって乗り越えることのできない問題として残りました。デカルト自身は両者は松果腺で接触すると考えましたが,松果腺は脳の中央にある大きさ8mmほどの器官で,これも物質であって答えにならないとされてきたのです。でも,電脳化されたバトーたちは,首の後ろにある端子に直接インターネットをつなぎます。これはデカルトの考えたことに意外と近いのではないでしょうか。
 前作は1995年に公開されました。やっとWindows95が発売されて話題になった年です。この世界を理解するのはなかなか大変だったでしょうし,それだからこそ影響も大きかったと思います。ウォシャウスキー兄弟の「マトリックス」に大きな影響を与えたことはよく知られています。しかし,多くの人が普通にインターネットを利用し,町を歩きながら携帯電話機からつなぐこともできる今,映画の世界は身近になりました。2032年まで,あと24年です。

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2 コメント

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押井守さんと言えば、どちらかというと、私の中で... (kiku)
2008-10-08 01:28:05
押井守さんと言えば、どちらかというと、私の中では「うる星やつら」の人だったりします。

インターネット自体、膨張し続ける巨大な脳みたいなものだと、ふと思いました。
膨大な情報や感情の塊があって、アーカイブやログなどの記録・記憶もある。それも、消そうと思えば消せる、いつの間にか消えてしまった、物理的に耐えられず(サーバがクラッシュしたり)にトンでしまったりする。
情報や感情はリンクやトラックバック、回線などでシナプスみたいに繋がって伝わっている。
そしてそれは時に想像以上に増幅されて伝わったりする。

そういえば、今朝、通勤時に買った週刊誌に斎藤緑雨さんの写真が載っていました。
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攻殻機動隊、イノセンスに比べたら、スカイクロラ... (Unknown)
2009-11-10 23:56:10
攻殻機動隊、イノセンスに比べたら、スカイクロラは随分大衆に媚びたように感じました。
イノセンスのセリフのほとんどが引用とは知らなかったので驚きです。
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