中央線沿い小宇宙

主に政治、社会などについて個人的な意見を述べます。
猫のブログは引越ししました。

父の三回忌

2021年01月29日 | Weblog
2021年1月19日早いもので父の三回忌正確には神式で祀ったので何回忌というものは無いらしい。つまりは 父が他界して2年が経った ということだ。遺品整理などもほぼ終わって 実家では母親が一人で暮らしている。母は家の中の父の物や私達子どもたちのものを どんどん整理して捨てている。自分の物は全く捨てない。ゴミのような自分の物は捨てないが 思い出の五月人形などは廃棄されていった。自宅裏の物置も取り壊す事 . . . 本文を読む

父の一周忌

2020年01月28日 | Weblog
早いもので父の一周忌を終えました。神式でしたので正確には一周忌などは無いのですが 一応の区切りです。しかし命日よりも誕生日のほうが印象深く悲しみも弱いので息子としては誕生日を毎年祝ってやろうと思っています。 . . . 本文を読む

父が天国に行った日のこと

2019年08月28日 | Weblog
父が他界してから気がつけば7ヶ月新盆も済んだちょっと 父が亡くなった日の事を思い出してみたいと思う。2018年12月中旬から体調が悪く入院をしていた父と年末年始に実家に帰った時に会った。病院からは一時退院をして自宅での年越しを勧められたが、父が嫌だと拒んだため病院で最期の大晦日と元旦を迎えた。自宅に行けば家族に迷惑がかかる と思ったのではないかと思う。12月31日と1月1日の面会が最後だった。1日 . . . 本文を読む

父の新盆

2019年08月16日 | Weblog
父の新盆でした。お盆を実家で過ごすのは25年ぶり。前回は夏に行われていた成人式のために帰省していましたが愛犬が事故死するという悲しい思い出だけが残るお盆になってしまいました。あれから25年今度は父の新盆です。8月13日 犬のお墓と家のお墓に順番に迎えに行き迎え盆を済ませました。その夜 私は体調が悪く38度の熱を出して寝ていたのですが熱で寝れず苦しんでいた夜中 寝ている横から「ペロペロペロ・・」と犬 . . . 本文を読む

寒川へいく

2019年07月16日 | Weblog
7月は会社の商売繁盛祈願のため、神奈川の寒川神社へいく事にしている今年は父が亡くなって最初の年なので"一応"発起人となってもらった父は関係者であるということで神様に報告をした。信州の穂高神社に祀ってもらったので、もし知り合いでしたらよろしくお願いたします。父の来世は幸せで楽しい人生になりますように・・と穂高神社の神様に伝えてください。と会社の商売繁盛祈願に来たのにあつかましいと . . . 本文を読む

父との思い出 むかし一緒に映画をみた

2019年06月24日 | Weblog
父に連れられて見た映画は1本しかないスターウォーズ 3作目 ジェダイの帰還1983年公開だ。なんで連れて行かれたのか覚えていなが 当時かなり話題だったからだろう。松本の中劇で2人でみた。これが父子で見た最初で最後の映画だ。当時8歳だった私は森の中をスピーダーというエアロバイクで駆け抜ける主観目線でのシーンにドキドキした。あれはもうちょっとした遊園地のアトラクションレベルだった。その後 特にスターウ . . . 本文を読む

家族に運転をさせないという選択をさせる難しさ

2019年05月21日 | 社会・政治について
高齢ドライバーが起こす死亡事故が問題になっている自分の父の事を書こうと思うこのブログでも書いてあるように2016年から父は抗がん剤治療をしていた。抗がん剤治療での通院は月に2-3回。隣町の病院まで自分で運転する車で行っていた。医師からは「薬の副作用で何がおきるかわからないから、車では来ないで欲しい」と言われていたが母が協力的ではなかった事、私や姉が付き添えないことなどが原因で父は一人で通院していた . . . 本文を読む

最近のこと 雑記

2019年04月24日 | Weblog
実家とは別に東京の自宅に父の祭壇を作った。市販の小さな棚を祖霊舎に見立てた簡単なもの。毎日神棚と一緒に、水やお茶、時にはヤクルトなどをあげる。父が好きだったお菓子は日替わりであげる。特別信仰をしているわけではないが神棚には毎日手を合わせている。今日も一日無事に過ごせますように というおまじないだ。ここに父が加わった。今までと違うのはなんとなく話しかける時があることだ。「はい、モナカどうぞ」「ウイス . . . 本文を読む

自慢の息子は恥ずかしいこと?

2019年04月08日 | Weblog
父が亡くなってからも母親の文句が絶えない。「お父さんはお前(私)のことを自慢してたらしいわ、恥ずかしい」そんな事を言われた。父は晩年、親しい知人などに私のことを「よくできた息子だ」と自慢していたということを母親は恥ずかしいという。俺、恥ずかしい息子かな?高校を卒業後、上京し希望していた音楽業界に自力で入りその後独立し、31歳で音楽関係の会社を設立した。小さい会社ながらも東京で12年運営している。そ . . . 本文を読む

自分の名前はお父さんがくれたもの

2019年04月01日 | Weblog
父がガンになって翌年だったか食事のときに名前の話になった誰の事だったか聞き取れなかったが、親戚で農家の息子に生まれた子供に「松夫」とつけた。しかしその子は幼くして病気で亡くなってしまった。親は「田んぼに松なんか生えたら抜かれてしまうよな・・」と農家なのに松という漢字を使ったことを悔いていたそうな。そんなエピソードを覚えていた父は私と姉の名前には名字からつながる水に関係のある漢字を入れた、との事。正 . . . 本文を読む