(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第二十二章 思い出の人 七

2009-02-18 20:37:45 | 新転地はお化け屋敷
 指摘されて初めて自分が微笑んでいることに気付き、口元を手で抑えつつ横を向く。口を利かないと宣言している中でわざわざ言ってくるということは、相当気になったんだろう。しかもその口調は、ちゃんと怒っている。
「すいません」
 謝り、小さく咳払いをして気持ちを切り替える。何か考えるにしても、自分の立場をわきまえることを忘れてはいけない。
 ――自分でも女々しいとは思うけど、あの記憶……いや、あの思い出は、本当に大切なものなのだ。適わなかったとは言っても嘘偽りのない恋だったし、本気だった。しかもそれを現在の恋の相手である栞さんが認めてくれた以上、僕自身がそれを他人事にしてしまってはいけない。
 もしもそうしてしまったのならそれはきっと、僕だけの話ではなくて、栞さんへの裏切りにもなるのだろう。なにせその認めてくれたことの背景には、好意以外にも僕への信頼があると、ついさっきハッキリ言われているのだから。
「…………」
 ちらりとだけ、栞さんの顔色を窺ってみる。再びそっぽを向いてしまっているものの、むっとした口元は変わらない。
 栞さんから視線を外し、手元を見下ろす。今みたいな表情になってしまう心情にあって、それでも僕への信頼を口にしてくれるなんて、頭が下がる思いだった。だけど何度も確認しているように今はそれが許される状況ではなくて――
 よし、決めた。話をするのが許されたら、初めに言うのは「ありがとう」だ。
 今の今までは、途中で何度か好きだと言われていたことを受けて「僕も好きです」なんて言おうかと思ってたけど、それじゃ足りない。それは一部でしかない。
 こんなことがあってもまだ好きでいてくれたのはもちろん、ちゃんと怒ってくれたこと、しっかり叱ってくれたこと、色々なことを考えさせてくれて色々なことに気付かせてもらったこと。それら全てを話し始めの一言で表すとするならやはり、好意を伝える言葉ではなく感謝を伝える言葉を遣うべきだろう。感謝に付随して一層高まった好意を伝えるのは、その後でいい。
 僕は思い出を自分だけのものだと考えていて、だから自分の中で勝手に他人を完結させることに罪悪感を持ってしまっていた。でも栞さんは、その思い出ごと僕を受け入れてくれる。音無さんの思い出を、今の僕の中に見てくれる。
 もう一度、栞さんを見る。こちらを見ていないし、こちらが見ていることに気付く様子もない。それでも僕はきっと、また微笑んでしまっているんだと思う。
 ――ありがとう、栞さん。
 気付かれないまま、また顔を伏せた。


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