(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第五十九章 結婚式 二

2014-04-19 21:01:24 | 新転地はお化け屋敷
「ふふふ、流石は庄子だな。その偏屈者からそうも気に入られるとは」
「元嫁が何言ってんだよ」
「む、それもそうか」
 庄子ちゃんのこととなれば褒めちぎりに掛かる成美さんとその逆を行く大吾は、そんなことを言って笑い合っています。しかし真面目な話として扱うのであれば、成美さんの言い分の方が正しい、ということにはなるのでしょう。なんせ関係の一方は猫と猫、もう一方は猫と人間ですし、加えて猫さんは基本的に人間が嫌いなんですしね。まあ場所をここに定める限り、あんまりそんなふうには見えなくもあるわけですけど。
「あ、あはは……うう、早く家守さんに会いたい……」
 猫さんとの会話ができない以上はコメントなりリアクションなりの要求を一人で受けてしまうことになってしまう庄子ちゃんは、そんなふうに嘆いてみせるのでした。そりゃそうですよね、そう言っているこの瞬間ですら視線が集中してるんですから。
「ってことは、楓さん達はまだ起きてないの?」
 いくらなんでも庄子ちゃんに追い打ちを掛けるほど意地悪ではなかったようで、栞が成美さんにそう尋ねます。そういう意地悪だったらそれこそその家守さんが好みそうな、とまあ、そんな話はどうでもいいとして。
 どうして成美さんにそんなことを尋ねたかというのは、もちろん成美さんがそれを知り得るほどの聴力をお持ちだからなのですが――しかしその成美さん、尋ねられたところで、半分笑って半分しかめているような、微妙というか中途半端というかな表情を浮かべるのでした。
「もう起きてはいるようだが、そうだな、身支度を整えている最中と言ったところか。お邪魔するとしても、もう少し落ち付くのを待つくらいはしてやりたいところだな」
 その言い方からして、予め把握していたというよりは今栞に尋ねられて初めてそちらに意識を向けた、という感じでしょうか。となれば直前の半端な表情も耳に意識を集中したからなのかな、などと考えを巡らせてみる僕だったのですが――。
 するとその時、大吾が座った姿勢のまま爪先だけ立ててシャカシャカとこちらへ近付いてきました。小柄ならまだしも大柄な人間がやると結構インパクトのある動作ですがそれはともかく、そうして僕達、つまり僕と栞の間に割り込みかねないほどの近距離にまで移動してきた大吾は、そのまま僕達二人へ向けて小声でこう告げてきました。
「できるだけ楓サン達の話はしないようにしてやってください。ええと、まあその、昨晩よっぽどだったみたいで」
 そりゃもう無言で頷くしかない僕達なのでした。というのは何も成美さんへの、あと家守さん高次さんへの気遣いという意味だけでなく、自分達にだって関わりがないわけではない話だからです。
 以前からちょくちょく話題にはなっているので殊更に気にするようなこともなくなってはきましたが、僕達のあれやこれやだって成美さんの耳には届いてしまっているわけですしね。こんなことすらだんだん気にならなくなってくるなんて、慣れというのは本当に恐ろしいものです。文字通りの意味で。
 で、ということは逆に言って、昨晩の家守さん達は僕達のそれを押し退けるほどだったという推理も……いや、止めておきましょう。下種い勘繰りにも程があります。なんせ今日が、つまりは当時からすれば翌日がこういう日なんですもん。そうなっても仕方ありませんって。
「あー、あたしだけ仲間外れっぽいー」
 庄子ちゃんが不満がっていましたが、仲間に加えるわけにはそりゃあいきません。というわけで、そんな非難を全く無視する形で再びシャカシャカと成美さんの隣へ戻る大吾なのでした。今ならその縮こまったような動作にも理解を示せますとも。
 そしてそんな大吾を、こちらで何を語ったか気付いていないわけがない――というか普通に聞こえてたんでしょうけど――成美さんは、照れ臭そうにはしながらも「すまんな」と謝罪の形をとった礼を以って迎え入れます。
 というわけで、兄としても夫としてもお優しい、いつも通りの大吾なのでした。
 で、ともあれそういうことなら、家守さん達に声を掛けるのはもう少し後でということにしておきましょう。というちょっとした考えすら、今の話の後だと引っ込めておかざるを得ないわけですが。
「そんでよ孝一」
「おっ」
 ここで普通に話し掛けてきた大吾に驚いてしまう僕でしたが、でも普通なんですから驚くことじゃないわけで、話に入る前に苦笑いを浮かべられてしまいました。こうなる事情はあっちだって把握してるわけですしね。とまあ、それはともかく。
「今お互いこういう格好なわけだけど、出る時どうする? このまんまでいいもんなんだろうか」
 お互いこういう格好、という話。ではその格好がどういうものかといいますと、私服です。僕と大吾に限らず、栞と成美さんも。結婚式だからと普段と違う格好をしているのは、今のところ学校の制服を着てきた庄子ちゃんだけということになります。
 それについてはもちろん、僕と栞だって考えなかったわけではありません。そりゃなんたって当事者なんですし、そしてそれを抜きにするにしたって、どうしたって服のことを気にせざるを得ない場面が二度もあったわけですからね。起きた直後とシャワーを浴びた後の着衣、という。
「うーん、行く時は私服でいいんじゃない?」
 その二度のタイミングを経て、しかし結局のところ今でも私服でいる僕は、そんなふうに答えます。
「ちゃんとした服装で行ったって、どうせ向こうに着いたらまた着替えなきゃいけないんだろうし。……とは言ってもまあ持っては行くけどね、スーツも」
 まだ大学の入学式で一回着ただけなんだよなあ、なんて、大して昔でもないことをついつい懐かしんでもしまいますが、それはともかくとしておいて。
 そんなふうに答えた僕ではありますが、とはいえそりゃあ、普通は正装で出向くものだとは思っているわけです。どうせ後で別の衣装に着替えるんだからいいだろう、なんてそんな適当なことではいかんだろう、というくらいのことは。
 ではそう思っていて何故そういう答えになったのかというと、
「スーツかあ。ちょっと憧れちゃうなあ、楓さんとか格好良いし」
 一方だけが正装、なんてことになるくらいなら揃って私服の方がまだいいだろう、と思ってのことなのでした。病院から出ることがないまま亡くなってしまった人間に、スーツを着る機会なんてそりゃああったわけもなく。
「女の人はドレスとかになると思うけどね」
 と細かい指摘をしてはみますが、そんなものスーツ以上に有り得ないのでしょう。
 が、まあ、ここにいる人達に対してわざわざそんな説明をする必要があるとは思えないので、それについては省略しておくことにします。
「オレも一応、庄子に家から背広持ってきては貰ったんだけどな」
「感謝してよね。そんなもの持ち出す理由なんて、考えるの大変だったんだから」
 持ってたのかとかまだ残ってたのかとか、大きなお世話以外の何物でもない感想が浮かばないでもないのですが、それはともかく。
 得意げにしている庄子ちゃんへ呆れたような顔で「へいへい」と返す大吾と、あとその隣で微笑んでいる成美さんは、そりゃまあその理由というのは既に聞いてはいるのでしょう。
「理由って?」
 一方で僕達は当然それを知らないわけで、ならばとそう尋ねてみます。
「学校の友達の参考資料ってことで。今日のこと、親には友達の家に遊びに行ったってことにしてるんです。思った以上に朝早くになっちゃったのはちょっと苦しかったかもしれませんけど」
 ははあ。大吾の結婚式にお呼ばれしたから、なんて本当のことは言えない以上、そりゃまあそうするしかないということではあるのでしょう。が、それにしたって。
「スーツが参考資料って?」
「ええと、その名前を使わせてもらった友達っていうのが、いろいろお話とか書いてる子で。そのお話に出すから実物が見たいって言ってる、ってことにさせてもらいました。あ、もちろん本人には電話で了承は得てますけどね」
 ……結構無理があるような気はしましたが、しかしそれが通ったということなら妙な文句は付けないでおくことにしましょう。その友達のこともよく知らないわけですしね。
 と思ったらここで、僕ではなく大吾から文句が。
「オレが言うのもなんだけど、故人のスーツとか嫌だよな普通」
 あー。
「ん? お父さんのを持って来ればよかったのかな?」
「…………」
 にっこりと首を傾けながら言ってくる妹に、兄は何も言えなくなるのでした。そりゃそうだ。
「電話で了承は得たってことは、そのお友達って大吾くんのこと、というか幽霊のことって知ってたり?」
 頭の中だけとはいえしょうもない追い打ちを掛けていた僕に比べて、栞のその疑問のなんと真っ当なことか。そしてこれまたそりゃそうで、その友達からすれば参考資料というのは嘘で別の目的があるというのは、分かっているどころか話の前提なんですしね。
 しかし、庄子ちゃんは「ううん」と首を横に振ります。
「知らせてはないよ。知らせない方がいいっていうのは……まあ、兄ちゃんがあたしをここにあんまり来させないようにしてたこととかだってあったから、分かってはいるつもりだし」
 何故にと言われれば、愛故に、ということになるのでしょう。力尽くでそれを捩じ伏せた形になる庄子ちゃんではありますが、とはいえ大吾の考えに理解がないというわけでもないようで、少し後ろめたそうにしているのでした。
 だからといってもちろん大吾が、それに成美さんだって、それを責めるような素振りは一切見せないんですけどね。むしろ、本人の様子に反して嬉しそうですらあります。
「ただ、自分から教えたりはしないけど、例えば何か感付かれることがあってあっちからそういう話をしてきたとしたら、嘘吐いてまで隠そうとはしないと思う。多分」
「そっか。ごめんね、変なこと訊いちゃって」
 謝ってみせる栞に対して、庄子ちゃんは再度「ううん」と首を横に振るのでした。
 変なこと。真面目な話ではありますし、それに栞がそれを気にするのも何もおかしいところはありません。となれば別に変なことではないわけで、ならばそれについて栞が謝る必要も特にはなかったのかもしれませんが――しかし、そこは真面目な話だからこそ、ということになりましょう。
 大吾や成美さん、それに先日身内という直接の関係を持った猫さんならまだしも栞が、というか僕達が気にしていい領分を越えているように思えるのです。僕と栞にだって、二人の間だけにしておきたい話はあるわけですしね。……とまあ、そうしておきたかったけど成美さんの耳に届いてしまっていた、なんてことは既に発生しているのかもしれませんが。
「その場その場で対応を考えるよりは、そうして初めから決めておく方が対処もしやすいだろうしな。それでいいと思うぞ、わたしは」
 成美さんが納得してみせると、庄子ちゃんの表情はぱっと明るくなりました。
「対応を考えるっつったら、庄子の場合そんなことよりあっちだよな。清明くん」
 大吾が余計なことを言い出してみせると、庄子ちゃんの表情はがっと敵意むき出しになりました。
「今それ関係ないでしょうがよ! っていうか、そっちだってちゃんと考えてるっつうの! むしろ気が付いたら考えちゃってるっつうの! 仕方ないじゃん好きなんだから!」
 ここに来る度それで弄られ続けてきた庄子ちゃんでしたが、とうとう開き直るところまで到達してしまったようなのでした。
「お、おう。なんかすまん」
 予想外の剣幕に、いつもなら更に調子に乗っていたであろうところ気勢を削がれてしまう大吾。庄子ちゃんの膝元の猫さんも、急にどうしたとばかりに起き上がり、下から顔を見上げています。
「えー、何かあったのか?」
 苦笑いを浮かべながら尋ねたのは成美さんでした。庄子ちゃんの気を静めるとするならこれ以上ないくらいの適任でしょうし、そしてその見立ての通り、しおしおと背中を丸めながら弱々しく答え始める庄子ちゃんなのでした。
「これこそ本当に参考資料ですよ。さっき言った友達に、頼み事するのと引き換えに清明くんとのことを教えてあげるって話になってるんです。学校でちょっとあって、清明くんのことは顔も名前も知られちゃってまして……」
 なるほど、スーツなんかよりは立派に参考資料でしょう。と、納得している場合ではないんでしょうけど。
「話せるようなことが碌にないっていうのがもう、恥ずかしいやら悲しいやら」
「ははは、なるほど大変そうだな。お前からすれば楽のこともあっての縁なのだろうが、まさかそれを話すわけにもいかんのだし」
 楽のこと、というのはもちろん清さんのことなのですが、「それもあって」と成美さんは言いました。ちょっとした言い回しでしかなくはありますが、しかし大事なことでもあるのでしょう。そのことだけで好きになったわけではない――どころか、それは飽くまで知り合った切っ掛けであって好きになった理由には関係ない、とすら言おうと思えば言えてしまうんでしょうしね。
「まあ別にいいんですけどね。話せることがあったとしたら積極的に話したい、ってわけでもないんですし」
「別にいいで済むようなことであんなキレられたのかオレ」
「うっさい」
 もはや単なる拒絶の言葉しか掛けられなくなり、情けない顔になるばかりの大吾なのでした。
「で、服のことはもういいのだな? 元々わたしにはよく分からん話だが」
 その話題転換は大吾への助け船なのか、それとも釈明の余地すら与えないという追撃なのかは、成美さん本人と大吾のみが知るところなのでしょう。二人の中だけでなら意見は一致するんでしょうしね。多分。
「そうですね。――ああ、来賓の皆さんはきっちりした服装で来るとは思いますけど、そうなったとしても気にすることはないですからね?」
「うむ、大吾にもそう言われている。どれがきっちりした服装なのかすら分からん以上、気にしようがないという話でもあるのだがな」
 そう言って笑う成美さんではありましたが、とはいえやっぱり、そうやって大きく構えていられるのは大吾がそう言ってくれたから、というところもないということはないのでしょう。大吾だけが負っているものではないにせよ、その一番手であることは間違いないんでしょうしね。成美さんに人間のあれやこれやを教える役割、というのは。
 ちなみに。
 来賓の皆さんは、などと人ごとのように言った僕ではありますが、僕だってその来賓の一人ではあるのです。自分の式でもある以上その最中はもちろん主賓なのですが、他二組の式の間はそりゃあそちらの立場ということになるわけですしね。
「まあ成美さんはその普段着からしてドレスっぽいって言えなくもないですし」
「形もそうだけど、綺麗だもんねえ」
 これが男女の差ということになるのか、僕が大吾のことや自分のことを考えている間に、庄子ちゃんと栞は成美さんの現在の服装に言及しているのでした。
 私服じゃないのが庄子ちゃんだけ、ということでその成美さんももちろん私服で今ここにいるわけで、そしてこれまたもちろん、その私服というのはいつも通りの真っ白なワンピースです。残念ながらドレスと呼ばれるもの全てがワンピース型なのかどうかを把握している僕ではありませんが、とはいえそう言われてぱっと思い付くものといえばやはり、上下一繋ぎの形になっているものなのでしょう。
 で、栞が言った通り、その形状の話に加えて綺麗であると。小さい方の身体でいらっしゃる今現在ですら――というと大吾から顔をしかめられるかもしれませんが――そんな評価を得られる成美さんなのですから、大人の身体になれば、それこそただのワンピースでもドレス姿の女性と遜色なく並ぶことができてしまったりもするのでしょう。
 ……多少苦しいのは承知の上で、そういうことにしておきます。
「そういえばそもそも、ドレスで来そうな人って何人くらいなんでしょうか?」
 庄子ちゃんから質問が。ふむ、言われてみれば。
「僕が声を掛けて来てもらうことになってる中だと――」
 指折り一人ずつ名前を挙げそうにもなりましたが、そうしたところで庄子ちゃんには誰が誰だかなんて分かるわけもなく、なので指は降りつつ名前は頭の中だけで。
 異原さん音無さん諸見谷さん平岡さん霧原さん岩白さん。
「女の人は六人かな? あ、もちろん栞とうちの親は除いてだけど。それにまあ、その全員がドレスかどうかも分からないんだけどね」
 なんせ申し訳ないことに今回の結婚式は急も急な話でして、となれば、予め持ち合わせていないと用意なんかとても間に合いはしないんでしょうし。……それとも、特に使う予定がなくともスーツのように正装として常備しておくものだったりするんでしょうか? ドレスって。
「六人も。割とプレイボーイですか日向さんって」
 現役女子中学生が口にするような単語なのでしょうかそれは。と、それはともかく何やらどえらい誤解を受けているようで。
「いやいやみんな付き合ってる人いるよ?」
 というか大学生にもなると友人という括りに加えるにあたって、同性異性は関係しなくなってくるんだよ庄子ちゃん。とまあそこら辺は人それぞれでしょうし、だったら人によってはそれこそ中学生の時分からそんなふうだったりもするんでしょうけどね。――僕? ははは、この隣の席の女子に声を掛けることすらできない高校時代を過ごした人間に対して何という愚問でしょうか。
 ……まあ、どうでもいい話として。
「え? ええと、それはそれで凄い話に聞こえますけど」
 というわけで、それはそれで驚いてみせる庄子ちゃんなのでした。いやはやまったくで。
 と思ったらその庄子ちゃん、それに続いて今度は「ああ」と手を打ってみせたりも。
「なんたって結婚式ですもんね。呼ぶんだったらそういう人達の方が、なんか『自分だけ独り身だし』なんて居た堪れなさとか感じさせちゃったりするかもしれませんもんね」
 なるほどそういう気の遣い方もあるのか、なんて今感心させられているところからして、もちろんそんな考えからこの結果に至ったわけではありません。大学の友人が悉く異性と交際中というだけのことなのです。いや、だけ、で済ませていい偶然ではないとはそりゃあ思いますけど。
 なんてことを今更考えていたところ、
「オマエそれって……いや、これ以上は言わねえけど……」
「ふんぐぐぐぐぐごごぉ」
 庄子ちゃんの将来に幸があるよう祈らずにはいられないのでした。
「孝さん孝さん」
 頼むよ清明くん、と勝手にも程がある祈りを天だか清明くん本人だかに捧げていたところ、すると栞がちょんちょんと肩を突きながら小声で尋ねてきました。
「ん?」
「まさかとは思うけど、一貴さんとか……」
 肝心の一貴さんがどうしたのかというところを言い淀む栞。はて、なんでここで一貴さんの名前が? 庄子ちゃんが嘆き悲しんでいることについての話では――もちろんないでしょうし、となるとその直前の――ドレスを着てくるのが何人かという話。
 あっ。
「いやいやさすがにそれは」
「だ、だよね。あはは」
 確かに仕草や言葉遣いが女性っぽい男性である一貴さんではありますがしかし、服装についてはこれまでのところ一度も、男性のものとされるであろう範疇を逸脱したことはなかったんですしね。……してきたらしてきたで普通に着こなしそうでもあるのが恐ろしいところですが。
 とまあこの話についてはこれでお終いということで、ならば栞、今度は普通の声量でこんなふうにも。
「あと女の人って言ったら、椛さんもじゃないかな。楓さんに訊いたわけじゃないけど、呼んでないってことはないと思うし」
「そりゃそうか」
 大吾が妹である庄子ちゃんを呼んだように、と無理矢理関連付けることもないとは思いますが、家守さんの妹さんであらせられる椛さんです。そりゃまあ間違いなく来ることでしょう。
 が、
「でもドレスはどうかな。お腹がほら」
 と言ってみたところ、「ああ、椛さんってあの」と庄子ちゃん。そういえばつい先日初めて会ったばっかりなんでしたっけ。
「お腹がどうので思い出すなよ」
「し、仕方ないじゃん」
 さっきまでの意趣返しなのかそんな庄子ちゃんを兄が虐め始めますが、あちらはあれでいいとさせてもらってこっちの話を続けます。
「私も考えなくはなかったけど、どうなんだろうね。まだ見た目に分かるほどじゃなかったけど、それでもやっぱり薄着とかは控えるようになるものなのかな」
 現在、椛さんのお腹の中には新しい命が宿っています。いま栞が言ったように、そうだと言われなければ気付けない段階ではありますし、それにここや四方院さんの所へ出向くほど身軽だったりもするわけですが、しかしだからといって何の制限も掛かっていないということではないのでしょう。服装の件に限らず。
「なるほど、母親の身体が冷えるのは赤子にとっても良くはないのだろうしな」
 とここで、そんなふうに納得してみせたのは成美さん。話題が話題なので僕に限らずこの場の全員がそう思ったことでしょうが、成美さんはこの中で唯一、それを実際に体験した女性でもあります。
 そしてその成美さん、今着ているワンピースのあちらこちらをさすりながら、続けてこうも仰います。
「ふむ、服を着てようやく体温を保てるというのは大変だな人間は」
 そのワンピースについてはそう保温性は高くなさそうですが、という突っ込みはともかく、そういえば成美さんからすればそういう話にもなりますよね、と。猫だった頃は当然服なんか着てなかったわけですし――ああいかん、変な想像をするな僕。猫だった頃だろ猫だった頃。なんだったら今目の前にいる猫さんだって全裸だぞ。
「体温調整なあ。温める方にだったらまあ、他の動物に劣ってるってのはそりゃそうだろうけど」
 そう返した大吾でしたが、言葉の裏に「全く保てないわけじゃない」とか「冷やすほうだったら負けてない」という意図が込められているようでもあるのでした。
 今更改めるまでもなく動物好きである大吾ですが、人間だってそりゃあ動物の一種ではあるわけで、ならばその動物としての機能というか何というか、こういう話になったらそりゃあそういう反応をしたくもなるのでしょう。
 そんなふうに僕が察せられるんだったら当然成美さんもということで、珍しくちょっとした対抗心を燻らせた大吾へは、ふっと柔らかい笑みを浮かべてみせる成美さんなのでした。
「なに、猫と人間でどちらが上だ下だというような話がしたいわけではないさ。この毛が殆ど生えてこない身体にだって、いいところは見付けているぞ」
「例えば?」
「こうして肌が露出しているおかげで、その温もりを直に感じ合えるだろう?」
 …………。
「あと水気とかな。毛が水を吸うとこれが結構重くて敵わんのだ――とまあ、これは今だって髪がそうなんだが、それは大吾があの熱い風が出るぶおーって機械で乾かしてくれるしな」
 熱い風が出るぶおーって機械。ドライヤーのことでしょうか。と、それはともかく。
 他にもあるんだったらそっちだけにしといてあげてくださいよ成美さん。大吾の方しか見てないから気付いてないかもしれませんけど、その反対側で庄子ちゃん真っ赤ですよ今。感じ合えるってまた。
「そっか」
「うむ、そうなのだ」
 成美さんが胸を張って答えたところ、軽く笑って話を終わらせる大吾。でもきっと内心では白旗を揚げていたりもするんだろうなあ、なんて、これは邪推ってやつなんでしょうけどね。自身の経験に基づいていたりもしなくはないにせよ。


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