(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第四十一章 前日 十

2011-06-20 20:31:58 | 新転地はお化け屋敷
 息子の視点から見た僕の両親は、いわゆる「愛情たっぷり」というようなものではありません。だからといってそれが不足していたというわけでもなく、つまり極々普通の家庭環境だったと、僕は思います。なので家守さんが言ったようなことが起こり得るようには思えないのですが――。
 しかし、起こり得るのでしょう。
 そういう仕事に就いている人の話です。起こってきたのでしょう、これまで何度も。
「もしそうなったとしても、それが悪いことだってわけじゃないからね? 当たり前だけど」
 高次さんが、僕に向けて言いました。当たり前とまで言われるようなことなので、ならば僕にも理屈は分かります。そうなるとは思えない、という点は変わらないにしても。
「はい」
 僕は頷き、そして栞さんのほうを向きました。
 霊能者を名乗る家守さんと高次さんに敵意が向くという話。ならば、霊を名乗る栞さんにだって、それは等しく降り掛かるのでしょう。
「私は大丈夫だよ」
 尋ねる前にそんな返事、しかもにっこりと微笑まれてしまいました。心配は無用だったようです。
「え、えーと」
 困惑したような声。それは庄子ちゃんのものだったのですが、そのおかげで頭の中に作られつつあった「栞さんと二人だけの世界」がぱっと立ち消えるのでした。
 危ない危ない、みんなの目の前で何かしらやらかすところだった。
「なんか、ごめんなさい。変なこと訊いちゃって」
 お熱が急激に冷めたことにほっとしていたところ、何やら謝られてしまいました。はて?
「謝るとこじゃねえと思うぞ、別に」
「そ、そうだった?」
 大吾は僕と同じような意見らしいですが、しかし何を謝ろうとしたのかは分かっていそうな辺り、どうやら僕とはちょっと違うようです。僕の方はもう、今のが謝るところであったかどうか以前に、何を謝られたのかすらサッパリなわけで。
 というように首を捻っていましたらば、するとそこへフライデーさん。
「頭が凝り固まっているようだねえ、孝一君。でもま、明日のことを考えればそれもいいのかもしれないけどね。親御さんにぶつかりにいかなきゃならないんだし」
 その口調は、まるで面白いものを見たかのようなそれなのでした。そして何だかよく分かりませんが、取り敢えず僕は頭が凝り固まっているんだそうです。
 何も言わずとも「大丈夫」と言ってくれた栞さんといい、なぜこうも頭の中を見透かされてしまうのでしょうか。まあ今のフライデーさんの場合、肝心な「何を見透かされたのか」が自分ではよく分からないわけですが。
「んっふっふ、日向君は分かり易いですからねえ。――ああ、悪口ってわけじゃないですよ?」
 清さんにまでそんなことを言われてしまいます。悪口ではないとのことですがしかし、ぬぐぐ。
 ――けれど一旦落ち着いてよく考えてみれば、それらに反発して凝り固まっているらしい頭をほぐしてみたところで、解決できるかもしれない問題は「庄子ちゃんが何を謝ろうとしたか」というもの。はて、そこまでしてほじくり返すようなことでしょうか? 分からないなら分からないまま放っておいた方が、庄子ちゃん的にもいいような。
 うんそうだ、そういうことにしておこう。
「ころころ表情が変わるな」
 今度は成美さんから。またしてもぬぐぐ。
「それがこの人のいいところですから」
 次いで栞さんからそんな一言。そしてその一言が、僕弄りの最後の一言になったのでした。何故か皆一同に納得したような様子を窺わせ、ならば話の流れがよく分かっていない僕は迂闊に口を挟めませんでした。何なんでしょうね、もう。
 しかし僕についての話題は終了しているので、内容を把握する機会はもうありません。それで結構なんですけどね、さっきも考えた通り。
 で、僕についての話題が終了したということであれば、他の話題に移るわけです。
「庄子ちゃん、隣に清さんがいるけど訊いていい?」
「ああもうその時点で何の話か分かった」
 清さんがいる「けど」と言っている時点で引っ込めた方がいいんじゃないですかねナタリーさん。……というほどのことでないから、こうして尋ねたんでしょうけどね。訊いていいかどうかを事前に確かめる、という程度のことであると。
 さあそんなことはともかく、そして当然ながら、清明くんの話です。そして心配の種であるところの清さんですが、「んっふっふ」とだけ。
「ここに来るたびこの話してるなあ、あたし」
「自分から話し始めることもあるけどな」
 大吾の突っ込みが入りましたが、庄子ちゃんこれをスルー。しかし一瞬顔を歪めてはいたので、無視というよりは言い返せる言葉がなかったということなのでしょう。
「というわけだから一昨日も話してるわけだけど、さすがに二日でどうこうってことはないよナタリー」
「あ、そう?」
 庄子ちゃんはそれが当たり前だと言わんばかりでしたが、ナタリーさんは少々意外そうな雰囲気。しかしまあ庄子ちゃんの場合に限らず、人間がそういうところで言ってみれば「まわりくどい」ということは、そろそろ把握していることでしょう。でもなければナタリーさんのこと、「なんで?」と更に質問を重ねていることでしょうし。
 というふうに考えてみると、ならば逆にナタリーさんは誰か好きな異性が現れた時にどう行動するんだろう、なんて疑問が頭に浮かんでしまったりもするのですが、しかしまあたとえ蛇であっても、相手は年頃の女の子。首を突っ込もうとするのは野暮というものを通り越しているのでしょう。
 その年頃の女の子が相手にしているのもまた同じく年頃な女の子なのですが、そこはまあ親しい女の子同士だから、ということで。
「しかし庄子、そもそもの話だが」
「あ、はい」
 今度は成美さんから質問が。
「清明とは学校で会っているんだよな? 学校というものがどういうものなのか未だにしっかりとは把握していないのだが、まあそれはいいとして――会うのはどのくらいの頻度なんだ? 毎日か?」
 ああそれは気になりますねえ。と、首を突っ込むのは宜しくないだろうと今考えたばかりの男は、他の人に乗っかることにしたのでした。それくらいは許してもらわないと、ねえ?
「ま、毎日とまでは言いませんけど……。学年も違うし……」
 答える庄子ちゃんは、どういう思惑からかもぞりと身じろぎを。
「たまたま出くわすのとかも含めたら、二日に一回くらい、ですかね……?」
「じゃあ一昨日から今日までの間にも一回は会ってる計算になるな」
 二日でどうこうってことはない、とナタリーさんに言った手前、それは庄子ちゃんからすればちょっと具合が悪いのかもしれません。だとすればもちろんそれは考え過ぎで、そんなことを気にする人は誰もいないとは思いますけど。
 そして当然、その考え自体が僕の考え過ぎである、ということも有り得るのですが、
「……まあ、会ったけどさ。二日でどうこうってことはないとか、さっき言っちゃったばっかりだけど」
 どうやら見事に考え過ぎではなかったようです。自慢できることではありませんけど。
「でも会ったからって別に、今期待されてるような話をするってわけじゃないし」
 更にそう続けた庄子ちゃん、何やら語調が強くかつ早口気味なのでした。
 しかしその直後には溜息を挟んで「いや、当たり前なんだけどね」なんて言ったりもして、つまりそれは、自分で自分にダメージを与えてしまった感じなのでしょうか。
 けれど、庄子ちゃんの言う通りでもあります。なんせ庄子ちゃんと清明くんについてはまだ、「庄子ちゃんは清明くんのことが好きで、でも清明くんがどうなのかははっきりしていない」という段階なわけですし。
 自分の好きな人が自分をどう思ってるのか分からない。えぇえぇ、覚えがありますとも。更にはそのまま何もできずに終わった、などというオチ付きで。今はもう笑い飛ばせるんですけどね、そんな思い出も。栞さんという別の女性と付き合うようになったことはもちろん、友達としてその何もできなかった相手と親しくなった、ということもあって。
「どんな話をするもんなんだい? 今期待されてるような話をするってわけじゃないとなると」
「世間話。いや、世間話にすらなってないかもだけど、まあ適当な感じに」
 フライデーさんからの質問にはそんな返事。つまり、知り合いや友達といった関係におけるごく一般的な接し方なのでしょう。そりゃあそうなるしかないよね、ということではあるのですがしかし、実際にそれを言ってしまうのは無神経なのかもしれません。庄子ちゃんはそれ以上の関係を望んでいるわけですし――と、こっちはこっちで大袈裟な言い方なのでしょうが。
 なんてことを考えていましたらば、そんなことを考えられる間を挟んでから、庄子ちゃんが続けて言いました。
「周りに人が少ないとかだったら――お互いの身の回りのことというか、そんな話になることもあるんだけどね」
 身の回りの話。それをこそ「世間話」というのでしょうが、しかし庄子ちゃんは明らかにそれと区別した言い方をしました。
 この場の誰もが、皆まで言われずとも理解したことでしょう。それが庄子ちゃんと清明くんそれぞれの、亡くなってしまった大切な人の話だと。
「まあそれはいいんだよそれは」
 けれど庄子ちゃんはさらりと流します。
「これが続いてたらあたし、このまま卒業しちゃうんじゃあ」
 なるほど。それと同じことを実際に経験した身としてはその気持ち、よく分かります。けれど庄子ちゃん、それにしたって気が早いんじゃなかろうか? まだ今の学年になって一月ちょいなわけですし。
 そんな甘い考えを持っていたから庄子ちゃんの不安を体現してしまった、ということではあるんでしょうけどね。
「このまま卒業ってのはどういう意味だい?」
 妙な具合に頬が緩みそうなのを我慢していたところ、再度フライデーさんから質問。確かに、学校というものの在り様をしっかり把握していないと分からないことではあるのでしょう。
「あたしは今一番上の学年だから、来年には学校を卒業して清明くんに会えなくなっちゃうってこと。その……告白、できないままでってことね」
「ほほう。――ん? いやしかし庄子君、それはちょっと変じゃないかい?」
「変って?」
「学校で会えないって言っても、家が近所じゃない。会いたければいくらでも会えるんじゃあ?」
 そういえばそうでした。庄子ちゃんの家、つまり怒橋兄妹の家の詳しい場所までは知りませんが、この近所であるということだけは知っています。そして場所まで知っている清明くんの家、つまり楽親子の家もまた、この近所。近所同士ならそりゃあそのお互いだって近所ということになるのです。
 なんてことに今更気付いているのも方向音痴の表れ、ということになるのでしょうか。
 そんなことはともかく。
「いや……そこまでするのはなんか、気が引けるっていうか……」
「むむう? ここに遊びに来たりはしてるのに、清明君の家は駄目なのかい?」
 人にもよりましょうが、駄目な人は駄目なんですよフライデーさん。純粋に友達同士で「だけ」あるなら、こんなややこしいことにもならないんでしょうけどねえ。
「その家の一員としては、むしろ歓迎しますよ、ということでひとつ」
「はっ。そ、それは、非常にありがとうございます」
 応答の仕方が微妙におかしい庄子ちゃんでしたが、取り敢えず清さんから歓迎されればそれは嬉しいようでした。
「ああ、いいねえこういうのも」
 その一言は、実に不安なことに家守さんのものでした。庄子ちゃんに危険が及ぶかもしれません。
「こういうのって?」
 だというのに高次さん、家守さんの話を引き出そうとします。高次さんですからまさか庄子ちゃんに害があることを承知でそうしているわけではないでしょうが、しかし同時に家守さんならば害を及ぼしかねないということも承知していることでしょう。一見矛盾していそうなその二つ、はて高次さんはどうなさるおつもりなのでしょうか。
「微妙な距離感、みたいなさ。だってその点見てごらんよ、うちの二組を」
 ふわっと広げた右腕で示したその二組とは、まあ僕と栞さん、そして大吾と成美さんのことなのでしょう。
「一方は付き合う前からしょっちゅう一緒にいたわけだし、もう一方なんて微妙な距離感どころか超接近戦を繰り広げてたわけだし」
 …………。
 どっちがどっちなのか、当事者としては尋ねたほうがいいのでしょうか。
「ちょ、超接近戦って……言いたいことは分かりますけど、楓さんの目の前でやってたわけじゃないんですから」
 栞さんが尋ねました――いや、僕が思い描いた疑問については疑問ですらなかったようですが。初めっから僕達は後者前提ですか。ですよね、やっぱり。
 そしてもう一つ。家守さん、結局弄るのは庄子ちゃんでなく僕達なわけですね? そしてそうなると、高次さんも分かってて話を広げたんですね?
「そうなんだけどね。でも目は届かなくても、耳は届いちゃってたからさ」
「接近戦なのに巻き込む範囲だけは広いって、えらく迷惑な話ですねえ」
「こ、孝一くんまでそんなこと言っちゃう? 自分の話なのに」
 敢えて話に乗っかってみたところ、栞さんからやんわり非難されました。
「開き直ってみました、ということで。反論しても追い詰められるだけのような気がしたんです。事実は事実なんですし」
「あはは、まあ、そうなんだけどねー……」
 これまでの経験から、栞さんも「それは違う」とはいえないのでしょう。ということで笑ってみせた栞さんでしたが、しかし声には張りがないのでした。
「止めといた方がよかったですか?」
 この雰囲気ならまず間違いなくそういうことなのでしょうが、しかし、これと同じような話はこれまでに何度もしています。どうして今回に限ってこんな感じなんでしょうか?
「そういうわけじゃないよ、大丈夫。ただ、なんというか私も、しようと思えば庄子ちゃんとか成美ちゃんとかみたいな感じで孝一くんと付き合えたのかなって。そっちのほうが良かったって話じゃないけどね、もちろん」
 なるほど、そういう話でしたか。
 だがしかし栞さん、だがしかし。
「あ、いや、なんだか真面目な感じになっちゃったね。あはは、あのその、お構いなく」
 家守さんの意地悪すら入り込んでこられないほど、話をしている最中の栞さんは神妙な面持ちなのでした。その後に愛想笑いを浮かべなければならなかったほどに。
 何も言わずというか、何も言えずというか。とにかく僕は口を閉じたまま、栞さんの頭を手で軽くぽんぽんと叩きました。すると栞さん、その直後には抗議の意味も含めたであろう恥ずかしそうな顔をしたのですが、しかしそのまた直後には、柔らかく微笑んでくれたのでした。
 ――僕と栞さんがその付き合っている中でぶつかり合うようにしていたのは、なにも僕と栞さんが怒りっぽいからというわけではなく、そうしなければならなかったからです。
 なのでもし、いま栞さんが言ったように「庄子ちゃんとか成美ちゃんとかみたいな感じで」付き合えたとするなら、それはぶつかり合わなければならなかった理由を無視したか、もしくは初めからそんな理由が存在しなかったらと仮定した場合の話、ということになるのです。断じて「しようと思えば」程度の気持ちでできることではありません。
 そしてそれはもちろん、そうなることにどんな努力が必要だったとしても、してはいけないことなのです。仮定でしかない話は論ずるまでもないとして、「ぶつかり合わなければならなかった理由を無視する」だなんて、受け入れられるわけがありません。僕にとっても、栞さんにとっても。
「庄子ちゃん」
「あ、え、はい」
 庄子ちゃんに呼び掛ける栞さん。まさかここで自分に声が掛かるとは思っていなかったのか、普段はそうでもないのに庄子ちゃんが「はい」の一言だけとはいえ敬語です。
「あれこれ考え過ぎるのも良くなかったりするからね、こんなふうに。だから今の私を反面教師にして、学年の差とか卒業がどうとかあんまり気にしないほうがいいと思うよ。余計に緊張して言いたいことが言えなくなっちゃいそうだし」
 気を取り直したからなのか、それとも気を取り直すためなのかは分かりませんが、ともかく栞さん、自分を反面教師という立場に納めてしまうのでした。
 今の話と庄子ちゃんの話を結び付けるのは少々強引な気もしましたが、けれど庄子ちゃんがはっきりしっかり「うん」と頷いたので、ならばそれでいいのでしょう。なんせ本人が納得してしまったわけですし。
 ちなみに。
 あれこれ考え過ぎると緊張して言いたいことが言えなくなる、とのことでしたが、高校の時の僕にもそれは当て嵌まっていました。何の話だって、そりゃあ好きだった女の子の話ですとも。さすがに自分でもくどい気がするんで、これ以上は言いませんけど。
 というわけで僕の情けない話は横に蹴り飛ばしておきまして、成美さんが話しに加わります。
「緊張とはちょっと違うが、わたしもそうだったな。大吾に気持ちを伝えられずにいたのは、自分が猫だとか年寄りだとか、その辺りのことを気にしてのことだったし」
 そして視線を庄子ちゃんから大吾の方へ向けると、目元口元の両方をにこっと。けれどそれは数秒足らずなもので、大吾の方へ向いた視線はまたすぐ庄子ちゃんの方へ。
「どうせこうなるなら初めから気にしなければよかった――なんてことは、誰でもあることなんだろうけどな。何も惚れた腫れたの話に限らず」
「よくありますよね、そういうの」
 栞さんの話と同じく、納得した様子の庄子ちゃん。
 栞さんの話より成美さんの話のほうが今の庄子ちゃんには合ってたよなあ、なんてことはわざわざ考えないでおくことにしました。いいじゃないですか、どっちにも納得したんならそれで。
「成美さん」
 今の今まで成美さんと話していたというのに、ここで改めて成美さんを呼ぶ庄子ちゃん。そして同時に、座るに際して畳まれていた足が投げ放され、その投げ出した足を手で叩いてみせます。
「おっ。うむ、そういうことならお前がここに座るといい」
 そう言って立ち上がった成美さんは、それまで自分が座っていた座椅子を庄子ちゃんに勧めます。というわけで庄子ちゃんが座椅子に座り、その膝の上に成美さんが。それまで庄子ちゃんの肩の上にいたナタリーさんも、膝の上にいる成美さんのまた膝の上へ。
 見慣れた光景です。だからこそ、わざわざ「膝の上に来ませんか?」といったような誘いの言葉もなかったのでしょう。場合によっては合図すらなくこうなってたりしますしね。
 さてその見慣れた光景ですが、しかしそこから先はこれまでと違っていました。
「綺麗ですね」
 成美さんの首から下がっているネックレス。それを手の平で受け、そちらへ視線を落として、庄子ちゃんは呟くように言いました。
 まさか今の今までその存在に気付いていなかったということはないでしょう。僕達がここへ来る前に、それについての話はされていたんだろうと思います。誰から、どういう経緯で贈られたものなのか、という。
「うむ」
 既に説明を済ませているからなのでしょう、成美さんの返事は短いものでした。ただし、その短い返事に似合わないくらい嬉しそうな表情でしたけど。
「贈り主が兄ちゃんってとこ以外は、すっごい羨ましいです」
「何回それ言うんだよオマエ」
 既に何度か言われているらしい大吾なのでした。
 すると成美さん、小さく笑ってからこう言います。
「本当に嫌がられるかどうか、庄子にも何か贈り物をしてみるのはどうだ?」
 ならば怒橋兄妹、タイミングを揃えてこう言います。
「なんでコイツにそんなこと」
「止めてくださいよ成美さぁん」
 さすがに台詞までは揃いましたが、意味するところはまあ同じなのでしょう。表面的な意味も、裏側に隠した(つもりな)意味も。
「ふふ、まあこれより高価な物を贈られでもしたら、ちょっとくらいは嫉妬してしまうかもしれんからな。下手なことは言わないでおくとしよう」
 嫉妬云々については冗談としておきまして、それはつまり、「庄子ちゃん相手なら大吾はネックレス以上のものを贈ってもおかしくない」という意味が含まれているようにも受け取れます。そして嫉妬云々が本当に冗談であるなら、それを容認するということにも。
「成美さん、そんなこと言ってると全力猫じゃらしの刑ですよ?」
「な、なんだそれは? 怖いような、惹かれるような」
「兄ちゃん、猫じゃらし持ってきて」
「おう」
「おいちょっと、あの、大吾?」
 恐れと期待で表情を面白い具合に歪ませる成美さんでしたが、そんな懇願も虚しく、大吾はすたすたと私室のほうへ行ってしまいました。
 で、すぐに戻ってきました。これまでに二本買っている玩具の猫じゃらし、それを片手に一本ずつ、つまり二本とも携えて。
「ひい――」
 ものすっごく情けない声を上げる成美さんでしたが、それでもやっぱり半分は惹かれたままなご様子でした。

 ちーん。
 という効果音を鳴らせるものなら鳴らしたいような光景が、そこにはありました。
 ぐったりするのはいいですけど、涎を垂らしているというのはまずくないですか成美さん。――いや、成美さんよりも、成美さんをそうさせたそこの二人に言うべきでしょうか?
 けれどぐったりしながら涎を垂らしている成美さん、表情だけは幸せそうだったりするので、その二人に対してあまり強いことは言えないのでした。……まあ実のところ、実行犯は庄子ちゃんだけなんですけどね。大吾は猫じゃらしを二本とも庄子ちゃんに渡した後、見てるだけでしたし。止めもしませんでしたけど。
「うーむ、見てる分にはなかなか」
「こら楓」
 こら家守さん。
「んっふっふ、怒橋君は当然としても、庄子さんは本当に哀沢さんのことが好きなんですねえ」
 こら清さん、ということではないんでしょうけど、今の遣り取りの直後だとかなり不健全っぽく聞こえてしまうのでした。
「もちろんですとも」
 庄子ちゃんは自信満々にそう答えるのでした。ううむ、だったらもうちょっと手心を加えてあげてもよかったんじゃなかろうか?――というふうに考えてしまうのは、僕も少なからず家守さんと同じような考えを持っているからなのでしょう。いかんいかん。
「うちの息子のことも、それくらいに?」
「!」
 声を上げず、というか上げられず、表情だけで動揺を伝えることになった庄子ちゃんなのでした。いくらここでは普通に話していることとはいえ、いきなり話を振られるとやっぱり対応し切れないのでしょう。
 動揺による震えが伝わったのか、二本の猫じゃらしが小さく揺れました。それを見たのか成美さんがピクッとしましたが、ピクッとしただけでした。完全に体力が尽きてしまっているようです。


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